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魔法学園へようこそ!  作者: cymbal
第3章 殲滅魔術師
18/42

決闘騒動

 騒ぐ生徒の声を聞き、わたしは一年生校舎の敷地を駆ける。校門より先に入るのは初めてですが、騒動がどこで起きているかは、なんとなくわかります。

 振り返り様子をうかがう生徒。声を聞いて現場に向かう生徒。そんな様子を横目に見ながら現場に急ぐ。

 校舎から武道場へと続く渡り廊下。そこに人だかりができていました。かき分けて中に入ると、ユウさんとひとりの男子生徒が構えて向き合っていました。


 既に手に持つ木刀を構え、一触即発という雰囲気。


「わ、わ……」


 一瞬中に入って止めようかとも思いましたが、さすがにこの状況に萎縮してしまい、結局はらはらと趨勢を見守ることになります。

まさか戦闘態勢の両者の間に入って取り持つ度胸もなければ、技能もありません。


「あ……」


 駆け付けてきたわたしを見て、遠巻きに騒ぎを見物している生徒たちは「なんだなんだ」「従者の人が来た」という感じの反応をします。わたしも結構な有名人ですねこの校舎では。

 でも、今はそれがありがたいです。


「あの、これはどういう状況なんでしょう?」

「え? はい、ええっと……」


 傍にいる女生徒に聞いてみると、つまりこういうことみたいです。

 ユウさんに向き合っている男子生徒は隣国ヴェネト王国の貴族の御曹司で、ディラックさんという方だそうです。その生まれもあり、クラスではひと派閥を持つほどに権勢を誇っていたそうなのですが、最近、これまでお追従をしてきた友人たちの多くがユウさんの方に鞍替えをしてしまったそうです。

 この学園で派閥を持ったりクラス内の権力闘争をするなどというのはそう多くはありませんが、貴族様だったりするとあってもおかしくありません。

 とはいえディラックさんの方はあまりクラス内闘争などには興味のない質だそうで、別に取り巻きがどうしようと構わない、というくらいのスタンスで静観していたそうです。


 が、ここ最近で状況が変わりました。


 ユウさんは結界破りを成し遂げて新入生では有数の有名な生徒となり、ウサコさんを破った腕っぷしも目立ち、しょっちゅう決闘を申し込まれる立場になってしまっています。そんな彼に目を付けて集まった何人かの生徒たち。ユウさんは新しくできた取り巻きの人たちを決闘にて使い捨てるように相手をさせて、結果何人か怪我人も出たそうです。

 そういえば、今日の朝にそんな話が出ていましたねえ。自分と戦いたいならば、まずはこいつらの相手でもしていろと露払いに使ったと。さすがに、あまりに哀れな扱いではあります。

 そのことで義憤に駆られた彼は、ユウさんに対して決闘を申し込んだ……という次第のようです。


 つまり彼は、自分を裏切った友人たちがユウさんに冷遇され、その身を案じていたということです。


「……え、いい人じゃないですか」

「はい、そうですね」


 一通りの事の起こりを聞いてぽかんとしているわたしに対して、説明してくれた女生徒は困ったように笑った。

 なんでもこのディラックさん、クラスでは面倒見もよく信頼は厚いそうです。周囲の様子も、どちらかというと彼の方を応援する声が多い。

 完全にこっちに非がありますしねぇ……などと考えていると、不意に周囲がわっと湧く。


 どうやら、戦いが始まったようです。


 戦いが終わりました。


 魔法で身体能力の強化を行っているのでしょう。攻防は一瞬でした。

 とことん戦闘技能系の魔法が苦手なわたしには戦いの詳細はよくわかりませんでしたが、相手の攻撃をはじいたユウさんが、無防備になった脳天に一撃をお見舞いしたようです。


 周囲の一年生たちは戦いが終わってもなおわあわあとはやし立てる。うーん、あっという間に彼らもこの学園の一員になっているのだなあ、というような感懐があります。が、今はそれどころではありません。


 相手の方はばたりと倒れ伏してしまっています。慌てた様子で、友人らしき人が介抱を始めている。

 対してユウさんは未だに気を抜いた様子もなくじっと木刀を構えていて……


「ユウさん、ユウさん、もう充分ですよっ」


 戦いが終わったとみて、わたしは輪の中に入って止める。


「ユイリ。来てたのか」


 彼はやっと木刀を下ろし、どうでもよさそうにそんなことを言う。せめて少しくらいはばつの悪さでも感じた顔でもしてくれればいいのですが、まったく悪びれた様子はないですねえ。


「あのですねぇ、もう倒してるのに追撃とかしちゃだめですよ」

「負けた振りをして隙をついてくる奴がたまにいる」

「決闘の事情は他の子から聞きました。そういうことする人じゃないですよ、きっと」

「最初にそんな口上を言っているのは聞いたが、どうだか」


 肩をすくめてみせるユウさん。


 ふと視線を移してみると、決闘相手の男子生徒が目を覚ましたようで、よろよろと体だけ起こしています。

 わたしは思わず、彼のもとに駆け寄る。


「あの、大丈夫ですか?」


 さすがにユウさんがしでかした不始末なので、このまま放置というわけにもいきません。

 一応わたしも加害者側の人間ですので、大丈夫かなどと聞く筋合もないのかもしれませんが。


「あんたは……ああ」


 ディラックさんは俳優のように整った顔立ちと、それに不釣り合いに鋭い目つきの男性です。不機嫌そうなその声に、ついびくりと反応してしまう。

 さすがは貴族様でしょうか。普通の方とは一線を画した風格があります。多分、様付けしなきゃいけないような方なのでしょう。普段身の回りにいる貴族はルドミーラくらいですのであまり気にしていませんでしたが、今の時代でも一応身分制は残っています。


 彼はわたしの顔を見て誰なのか不思議そうな顔をしましたが、すぐに合点したようです。


「あいつの従者か」


 忌々しげに、顔をそむける。仕方がないことですが、頑なな感じです。


「あ、あの、申し訳ありません。もっとちゃんと見張っているべきだったんですけれど、ご迷惑をおかけいたしました」

「ま、決闘をしたのはこっちからだから、やり返されても文句は言えないだろ」


 わたしの謝罪に応えたのは、横で介抱していた友人らしき男性。この状況でも軽い口調で笑っていて、どことなく軽薄な印象の人です。


「おまえな……」


 やいのやいのとこき下ろす男子生徒をちらりと睨み、ディラック様、という貴族様は息をついて立ち上がります。

 友人にけなすようなことを言われても呆れるくらいで怒るまでではなく、短慮な性格というわけではなさそうです。


「勝負はついた。俺の負けだな。あいつに詫びを言わせたかったが、今日は引こう」

「別にお前、決闘する必要なかったんじゃないの」

「それくらいしないと、あいつは頭なんて下げないだろ」

「ていうか、今日は? また挑戦するの? ウケるんですけど」

「全くウケない」


 言い合う二人。

 どうやら、捨て駒にされた級友にちゃんと謝罪をしろと条件を付けて今回の決闘に臨んだようです。見た目はどことなく冷たい印象を与える感じがしますが、性格はかなり優しい感じがします。

 今も周りには心配そうに彼をうかがう生徒が結構います。信頼されているのでしょう。おそらく、貴族だからとかそういうのではなく。


 ディラック様はやや覚束ない足取りで、でも支えは拒否して歩き出そうとする。


「あ、いえ、あの、ちょっと待っていただけますでしょうか」


 わたしは慌てて立ち去ろうとする貴族様を止めます。


「は?」

「先輩、どうかしましたか?」

「いえ、あの、そのままで、ちょっとそのままでっ」


 言うだけ言って、ユウさんの方に取って返す。


「ユウさんユウさん」

「なんだ。話が終わったらな、俺たちも行くぞ」


 さして興味もなさそうでわたしたちの様子を見守っていたユウさんが、面倒そうに言う。

 ですが、わたしは引かずに言葉を重ねる。

 喧嘩別れみたいになってしまうのはさすがに見逃せません。邪魔そうな目で見られそうですが、ユウさんのために、ここは首を突っ込んでおきたいところです。


「いえ、こうしてお別れだと禍根を残しますよ。元はといえばユウさんが悪いんですからね。もっと周りと仲良くしないと、敵ばっかり作ってしまうことになりますよ」

「どうでもいいが」

「どうでもよくないです。ほら、あのなんとかさんにこれからは気を付けますっていうくらい言ってあげてくださいよ。それだけでも、違うと思いますし」

「あいつが先に決闘で話をつけようとしてきたのが悪いんだろ」

「それはそうかもしれないですが、すれ違ったままというのも悲しいじゃないですか。ね?」


 がんばってそんなことをまくし立てると、ユウさんはやがてげんなりした顔で息をつきます。納得した様子でもないですが、折れてくれたようです。この人粘ると折れてくれるところがあります。


 わたしはユウさんを伴って貴族様の元へと戻ってきます。

 近付くユウさんに敵意を持った目をする貴族様。ちょっと緊張した様子の後ろのお友達。またなにか戦いでも始まるのかとわくわくした様子でわたしたちをうかがう新入生の輪。

 先生方が来たら面倒なことになるので、さくっとお詫びしてこの場は納めてしまいましょう。


「まだ何か用か、ユウ・フタバ」


 律儀に待ってくれていた決闘相手、ディラック様は睨むくらいの眼差しで、こちらを見る。なんだか視線、ちょっと剣呑すぎませんか。まあ、仕方ないですけれど。


「あー……」


 ユウさんはちらりとわたしの方を見る。

 わたしはつんつんとわき腹をつつき、ささやく。


「お詫びしてください」

「すまん」


 わたしに言われて頭を下げるユウさんは素直です。


「……何のつもりだ、それは」

「それは……」

「自分のせいで、あの人の周りの人間関係をかき乱してしまったことを謝るんです」

「俺のせいで、お前の周りの人間関係をかき乱した……そうなのか?」

「そうなんですっ」

「完全に言わされてるじゃないかっ」


 ディラック様はツッコミを入れた。

 わたしがコントロールしているのがバレバレですね。


 そして、まわりの生徒たちにはなぜかウケていました。コントじゃないんですが。


「もういいか?」


 小声でわたしに聞くユウさん。もう帰りたそうです。


「いえ、今後気を付けますって言ってあげたほうがいいかと」

「今後気を付けよう」

「全然、気を付けてくれなさそうなんだがな……」


 わたしに呆れた目を向けてくる貴族様。

 そんな彼に、隣で面白そうに様子を見守っていた友人の方が口を挟む。


「おいディラック。ここで俺も気にしていないぞ、と答えてあげろよ」

「なんで俺まで操縦されなきゃならんっ」

「面白いから」

「馬鹿かおまえは」


 周りの生徒は、結構ウケていました。見世物じゃないんですが。

 ですけれど、ちょっとだけ雰囲気は和やかなものになりました。普通、決闘の直後はもっと物々しい空気なものですから。


「あいつも、なんか大変そうだな」


 そんな様子を見てユウさんがなぜかしみじみとした目をしていました。


「はは、そうですね」

「どうしようもない奴が友人だったり、お目付け役だったりするとな」

「はは……あれ? ひょっとしてわたし、馬鹿にされてますか?」

「全然そんなことないぞ」

「へぇ……」


 どうでしょうかねえ……。

 わたしは目を細めてユウさんを見ますが、彼の方はどこ吹く風です。


「とにかくだ、ユウ・フタバ」

「なんだよ」

「おまえの言葉は受け取った。まあ、本心というわけでもないだろうが」

「本心なわけないだろ。本心に見えたなら、お前は底抜けの馬鹿だろ」

「なんだとこら」


 武器に手をやろうとしたディラック様をお友達が慌てて抑える。なんだか大変そうですねえ。

 貴族様も頭に血が上ったようですがすぐに気を取り直し、仕切りなおす。


「今日はこれまでとしよう。貴様の行い、天も人も見ているぞ。この俺もな。少しは身を慎むがいい」


 それだけ言うと、ばさりとマントを翻らせて歩き去っていきます。周囲の生徒は自然と道を開け、わたしたちはその後姿を見送りました。


「負けたくせに、偉そうな奴だったな」

「貴族様ですから、そもそも偉いですけどね。さ、わたしたちも行きましょう」


 周りの生徒の視線から逃げるように、わたしはユウさんを引っ張ってその場を後にします。

 ユウさんは今日も武道場に行こうと思っていたようですが、決闘騒ぎがあったせいでなんとなく気が削がれたようで、わたしたちはそのまま校舎の敷地を後にします。


 しかし、たまに時間が空いたからと来てみると決闘騒ぎ。ユウさんの学園生活が大いに不安になるわたしでした。ユウさんの様子を見るとけろっとした感じでもあるので、もしかしたらこれはいつものことなのかもしれませんが。

 ……それはそれで、殺伐としすぎている気もします。


「あの人、クラスメートということなんですよね? 普段から付き合いとかあるんですか?」


 並んで通りを歩きながらユウさんに聞くと、知らない、という返事が返ってきました。


「貴族様なんですよね。そういう人と喧嘩したりして、大丈夫なんですか? ユウさんは一応、普通に一生徒なんですよ。あんまりもめごととか、やめてくださいよ」

「周りが勝手に騒いで、相手が勝手に突っかかってくるだけだ」

「それを全部はねつけるからダメなんですよ。多少は歩み寄りの気持ちを持ちましょうよ」

「知るか、そんなもん」


 ダメ人間ですねえ。

 わたしはやれやれと息をつきます。


「まあいいです、今日は。ところで、これからどうしましょうか」


 気を取り直して、話を変えます。

 寮の夕食の時間帯まではまだ時間があります。こうしてユウさんと放課後の時間を一緒に過ごすというのは、そう多くはありません。

 ユウさんは放っておくと寮と校舎の往復しかしない人ですので、たまに機会があればどこかに連れ出してあげるようにしています。


「どこか行きたいところとかありますか?」

「特にない。おまえは、行きたい当てでもあるのか?」

「んー、今からですと遠出する時間もないですからね。そういえば、大通りの劇場でやっている演劇が面白いって話題になってましたよ。行ってみますか?」


 昨年度までは貧乏生活でそんな高等的な芸術を楽しむ余裕もありませんでしたが、最近のわたしはそんな話にもついていけるようになりました。縁がなかっただけで、嫌いではないんです。


「どんな話だ?」

「たしか、身分違いの恋愛ものだったと思います」

「却下だ」


 あんまり恋愛ものに興味はないのでしょう。わたしもどうしても行きたいというほどでもないので、あまり気にしません。


「そうですか。それでは本屋でも寄って、そのまま部室でも行きましょうか」

「ああ、そうだな。あと文房具屋も寄りたい」

「いいですよ。なにか足りないものがありましたか?」


 話の流れでそう聞くと、ユウさんはしばらく黙る。

 不思議に思って彼の横顔を見てみると、なんだかげんなりした表情をしていました。ユウさんの表情はあまり大きく変化しないので見分け方が難しいのですが、ここ最近でわりと表情が読めるようになってきました。変化がわかりづらいだけで、けっこう表情豊かではあるんですよね。


「最近何故か、ペンがなくなるんだよな……」

「え、大丈夫ですか?」

「さあな」


 いじめられているんでしょうか。


「代わりに別のペンが入っている。女が使うようなものだ」

「ああー……それ、おまじないですよ」

「おまじない?」


 意中の相手と筆記用具を交換してお互いにひと月そのペンを使うと恋が成就する、というようなおまじないですね。わたしも新入生の頃にそんなおまじないを聞いたことがあります。やったことはありませんが。

 わたしがおまじないの説明をすると、ユウさんは呆れた顔になります。


「勝手に替えられて、迷惑しているんだが」


 まあ、普通は両想いのふたりがやるものですね。


「新入生は大体このおまじない知っていますから、遠回しな告白という感じなんじゃないですか」

「知るかよ」

「その替えられたペン、使っているんですか?」

「捨てた」

「えっ」


 どうでもいい話をしながら、わたしたちは放課後で賑わい始めた大通りを並んで歩いていきました。











 中央部室棟。

 今ではもう部室棟の複雑な構造に途中で迷うこともなく、第三魔術研究会の部室へ到着。


 中に入ると、部長のルカ先輩と部員にしてその奥さん、アイシャ先輩がいました。今いるのはお二人だけのようです。


「よう」

「あ、ユイリちゃんにユウくん。こんにちは」


 お二人は資料に目を落としていた顔を上げるとにこりと笑う。


「こんにちは。今日はお二人だけですか」

「うん。お茶、用意するね」

「あ、いえいえ、自分の分は自分で用意しますから」


 お茶を用意しようとアイシャ先輩が席を立ちますが、慌てて止める。


「そう? いいの?」

「先輩にそんなことをさせるわけにはいきません。というか、お二人の分もお茶を用意しますよ」


 わたしは新入りですので、こういう雑用も進んでするようにしています。元々、お茶を淹れるのは苦にもならないので気にならないですし。こんな有名なクラブに席を置かせてもらっているだけでありがたいので、せめてお茶くみ係としての役割くらいは担いたいというのもあります。


 ユウさんは手伝う素振りもなくいつもの席に座るとぱらぱらと鞄から出した本をめくっています。

 わたしは自分の分のお茶を用意しつつ、なくなりかけていたお二人の分の飲み物も補充。


「ユイリちゃん、ありがとう。なんだかユイリちゃんにはいつもお茶作ってもらってる気がするなあ。私が自分で作るよりおいしいから、うれしいんだけどね」

「いえいえ」


 アイシャ先輩は、お嬢様然としたおっとりした雰囲気の人です。ルカ先輩と同じく魔法科の五年生。外見に似合わず戦える人のようで、先日の結界破りの際はルカ先輩と一緒の隊で戦っていました。あの日はあのまま部員が集合することもできなかったので、顔を合わせたのはその数日後でした。


「ユウが来るのは、珍しいな」


 書き物をしていた手を止めてお茶を飲むルカ先輩が、ユウさんの方に話を振る。

 たしかに、ユウさんがここにくるのは珍しい……というか、わたしが誘わないとそんな機会がないですからね。わたしが来る時は大体フォロンやミスラ先輩に誘われて来ることが多いです。その場合、わざわざユウさんを探して誘うことはないですからね。ユウさんが部室に足を踏み入れるのは、多分結界破り以降で数回といったところでしょう。


「今日は、こいつに連れてこられた」


 ユウさんは本から顔を上げると、顔でわたしを示します。


 む。


「というか、ユウさんがあんな騒ぎを起こすから校舎に居辛くなったんじゃないですか」

「おっ、揉め事か?」

「ルカくん、嬉しそうな顔、しないの」

「おっと、悪い」


 奥さんにたしなめられて取り繕うように真面目な表情になるルカ先輩。


「で、どんな話なんだ。先輩に教えてくれ。おまえたちのことが心配なんだよ」


 ううん、いい表情すぎてうさんくさいですねえ。わたしは息をついて、先ほどのことを説明します。

 ユウさんの周辺での決闘騒ぎは今に始まったことではありませんが、相手が貴族というのは初めてです。あの人たちは家名を背負っているだけあって時々すごく面倒くさいことがあるので、よく知らない貴族とは関わり合いになりたくないのが本音です。今日の人はいい人そうでしたし、大丈夫そうですけれど。ただ、そのバックにどんな人が控えているかはわからないですから。


「家名はわからなくて、ディラックという名前の一年生ねぇ」


 わたしの説明を聞き終わると、ルカ先輩は腕を組んで考え込む。


「なるほどな」

「ルカくん、知ってるの?」

「いや、知らん」

「ええー、知らんかー」


 困ったように笑うアイシャ先輩かわいい。


「そもそも、この学校貴族の数自体多いから全部は知らないぞ。部活連で非公式に作っている『要注意生徒リスト』というのがあるんだが」

「え、なんですかそれ」

「その名の通り、下手に手を出すと面倒になりそうな生徒のことだ。取り返しがつかない問題にならないように、事前にそういうのが作られているんだよ」

「貴族の方のリストですか?」

「そういうわけじゃない。貴族も多いが、暴力事件とかの校則違反者とかが主だな。あとは決闘好きとか、整理整頓委員会みたいに武闘派のクラブの幹部とか」

「へええ。なんだか、ユウさんも入ってそうなリストですね」


 わたしは軽口を言う。


「もちろん入っている」

「……」


 的中してしまいました。

 でも、考えてみれば決闘騒ぎをあれだけやっていればブラックリスト入りするのは当然かもしれません。


「それの一年生版もざっと目を通したことはあるんだが、そこで見た覚えはないな。要注意人物ではないだろ。多分、小うるさいような家系じゃない。そもそも、この学園に入る貴族ってだけで結構変わってるしな」

「ならいいんですけどねぇ」

「まあ、リストだって完全じゃないけどな。一年生のことは、まだわからないことも多いし」

「心配だったら、相手の人に一度きちんと謝った方がいいんじゃないかな。ちゃんと謝られたら、向こうの人も、怒り続けるわけにもいかなくなるよ。私だったら、そうだな」

「そうですね。うん、そうしてみます」


 アイシャ先輩の言葉に首肯する。

 別れ際に詫びは言いましたが、あれはどう考えても不十分でしょう。


「ユイリちゃん、がんばってね」

「ああ。最悪、うちの名前を出してもいいぞ。俺が代わりに出ていけば、多少は効き目があるかもしれないしな」

「いえ、そこまでしてもらうわけにはいかないですよ。悪いですし」

「何言ってる。ユイリもうちの大事な部員だからな。困ったことがあれば、なんでも言え」

「そうだよ、ユイリちゃん。私たちは同じクラブ、家族なんだよっ!」

「おう、家族家族」

「あ、ありがとうございます」

「……便利な言葉だな、家族って」


 まだ申し訳なさが先立ちますが、それでもこうも言ってくれるのはありがたいです。

 うーん、わたし、劣等生のお荷物学生なんですが、こんな天才児の集団に混じっていて本当にいいんでしょうか。


「あの、でも、まずは一度お話してみることにします。ありがとうございます」

「ああ。このことは他の部員にも流しておこう。そうだ、エステルの力を借りれば生徒会長を引っ張ってこれる。いざとなればそこの権力も使えるぞ」

「い、いえいえ、さすがに悪いですからっ。まずはその、頑張ってみます」


 ちなみにエステルさんはお会いしたことはないですがここ第三魔術研究会の部員で、かつ生徒会副会長をしている方です。

 基本的に生徒会と部活連は対立することが多い間柄なんですが、ルカ先輩がうまく彼女を取り込んで仲間にしてしまったそうで、生徒会の内部資料等こっそり横流しをしてもらっているらしいです。結界破りの時とかに守備隊の動向などを探ってもらっていたみたいです。最近はそんな悪行もばれだしているらしく、おかげでエステルさんは生徒会内で『クラブ狂い』と揶揄されて、立場が若干危ういらしいですが……。


 とにかく、そんな生徒会のレベルまで話を大きくするつもりはありません。

 わたしは丁寧に礼を言い、話を移す。


「あの、ところで、その資料は何ですか? テスト勉強とかですか?」


 わたしは話を逸らすように、先輩方の手元にある資料について尋ねる。

 おふたりとも魔法科ですので、研究発表中心である錬金術科のわたしとは違って一般教養の授業が多い。ふた月に一度くらいの頻度でテストがあるという話を聞いたことがあります。


「いや、もう五年生になるとさすがにテストは少ないぞ。これは別件だ」

「来月のイベント用で部活連に渡す運営資料なの」

「え、なんですかそれ」


 部活連とは、有名無名を問わず一定の規定を満たしたクラブが寄り集まっているギルド的な大集団です。基本的に、学園のクラブの大半は部活連に所属しています。所属していないのは学園の直下クラブ、部員数がひとりかふたりの弱小クラブ、もしくは非合法なクラブくらいと言われています。

 わたしはこれまで特にクラブに所属していなかったので、あまりこの方面には詳しくありませんが。


「来月の魔法発表会と一緒にやることになったイベントだ」

「魔法発表会、ですか」


 魔法発表会は、ゼミや研究室が中心となる魔法の新理論や新薬などの発表会です。

 学園東部に位置する湖水地方にある大講堂を何百と区切って各団体に場所を提供し、各々の成果の発表の場とします。この時期は各国の研究者が集まり、学内もかなり活気に満ち溢れます。

 秋の学園祭は単なる大騒ぎのお祭りですが、こちらは学術的な価値の高い催しです。年度末にも魔法発表会はありますが、これは各生徒の論文の提出と公開というものですので、イベントという感じではありません。


 どうやら、そこにクラブのお祭りをくっつけてしまおうという目論見のようです。


「研究室のイベントにクラブが顔を出すんですか? それ、大丈夫なんですか?」


 お祭り騒ぎが大好きで、時に学園の運営を阻害することもある部活連。言うまでもなく、学園の体制側とは相容れない関係です。

 そんなわたしの心配が顔に出ていたのか、ルカ先輩は笑って大丈夫だと太鼓判を押してくれる。


「教授会からきた話らしい。色々疑問は残るが、ま、大丈夫だろ」

「教授会から? へええ、すごくお堅い印象でしたけど、そういうイベントごとの音頭を取ったりもするんですね」

「他の国のお偉いさんが来るからな、どこかからそういう依頼があったのかもしれない」


 なるほど。この学園のイベントごとに興味のあるほかの国が、滅多にない来訪時に学園のお祭り騒ぎの一端を知りたいと依頼した、と。なくはないはなしかもしれません。そんな依頼を出して上層部が動くとなると、よっぽど偉い人なんでしょうけれど。


「今は参加するクラブを募っているところだ。全クラブに声をかけるわけにもいかないし、うちでイベントの運営まではするつもりはないし、どうしたものかと思ってな」


 第三魔術研究会は才能のある部員が募る有名なクラブですから、こういう時は最前線に立って企画立案をしないといけないようです。ルカ先輩の顔の広さもあるでしょう。


 部活の方は部活の方で、どうにも忙しくなってきそうな雲行きです。ここでわたしにできることはそう多くはないでしょうが、なんにせよ、ますますユウさんの周辺のいざこざにクラブの皆さんを巻き込むわけにはいかなくなってきました。


 ユウさんの生活も、部活も新しい局面に入りつつある感じがします。

 やれやれ、と思いつつもちょっとわくわくする気持ちもあります。この春からの連日続く騒動の中で、わたしの感性もそれを喜ぶようになってきてしまったのでしょうか。


「魔法発表会までもうひと月半くらいしかないですね。あんまり準備する時間はないんですけど、どんな案があるんですか?」

「まだ、決まってはないんだよな。なにせいきなり決まって、これから部活連に話を持ってくところだ」

「やらないってことにはならないと思うけど、いろいろ他のクラブとも相談しながら決めていくの」

「そうなんですね。また、結界破りの時みたいに協力し合う感じになるんでしょうか」


 結界破りの時は、協力というよりはタイミングだけ合わせてあとは三々五々、という感じもしましたが。

 そんなことを思うわたしに同意するように、アイシャ先輩が苦笑して頭を振る。


「協力し合って何かをやるってはならないと思うよ。うちはクラブの結束、緩いから。でもきっと、忙しくなるよー。ユイリちゃんにもなにかお願いするかも」

「あ、はい。あの、雑用とか、何かお力になれることがあったら言ってください。わたしもお手伝いしますので」

「うん、ありがとう。ユウくんも、よろしくね?」

「できたらする」


 おざなりな返事のユウさん。そんな態度しているのを見るとハラハラしていますが、幸いにして先輩方はあまりそれを気にする人ではないのでありがたいです。


 ルカ先輩はそのまま事務仕事を継続していますが、アイシャ先輩は既に飽きているようで、資料を机に放りだすといそいそとわたしの横にやってきます。そのまま雑談に突入するわたしたちをルカ先輩は困ったように見やると、また書き物に戻ります。まあいいや、という感じでした。ユウさんは、先ほどからから手近にあった本をぱらぱらと眺めています。彼はこれまで物語を読むことがあまりなかったようで、わりとなんでも手にとっては読んでいます。意外に読書家なようで、趣味ができるのはいいことかもしれません。


 部室に、わたしとアイシャ先輩のおしゃべりの声。外から漏れ聞こえてくる他の部室のざわめき、かすかに聞こえる叫び声、遠くで鳴ってる爆発音、屋上から響く魔法の詠唱や管弦楽。時折部室の前を通り過ぎていくどことも知れないクラブの怪しげな物品の移動販売。

 何ともけだるい放課後の空気を、心行くまで味わって、わたしたちは帰宅の途につきました。

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