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魔法学園へようこそ!  作者: cymbal
第2章 結界破り
14/42

号令

 第三魔術研究会の方々四人と、わたしとユウさん。総勢六人で、部室棟の傍の茂みに隠されていた転移魔方陣を使用して移動します。


 先日ルカ先輩に案内してもらった時同様にすぐに目的地に繋がっているわけではなく、途中で魔方陣のみが配されている小部屋を介して進んでいくことになります。

 転移するだけで魔力を吸われてわたしなんかはちょっと元気なくなってきますが、他の皆さんはこの程度の魔力の消費は大した問題でもないらしく、けろっとした様子なのが羨ましいです。こちらとしても、こんなことで心配かけるわけにはいかないので平気な顔をしておきます。

 この間のルカ先輩みたいに回復してくれる人もいませんからね。一応魔力を回復するポーションを持っていますが、すぐに効き目があるわけではありませんから。

 ユウさんだけはわたしの様子をうかがうような素振りがあります。彼は先日、わたしが転移魔方陣であっぷあっぷしていた姿を目にしていますからね、また調子悪くないか気になっているのでしょう。


 まさか移動だけで付いていけなくなるとかなったらまずいなあ、などと思っている頃、目的地に着きました。

 それまでは室内の小部屋を移っていきましたが、屋外に出ました。

 日差しと春の風を感じてなんだかほっとします。周囲を見渡すと、学内どこかの建物の上のようでした。遠くに見える中央校舎の位置から、学園の西側地区のようですね。

 どこかの校舎の屋上のようで、その隅のあたりにこっそりと転移魔方陣が隠されていたようです。簡単な屋根がついていて、傍には机や椅子が組み合わされて保管されています。資材置き場のようで、空を巡回する警邏の守備隊士の目が届かないような場所ですね。


「コンラート、周りに守備隊はいますか?」


 クローディア先輩は周囲を見渡しながら、周辺の警戒に出ていたコンラートさんに尋ねる。


「大丈夫です。近くにはいないですね」


 コンラートさんはこちらを振り返ると、ほっとしたような笑みを浮かべました。転移魔方陣は使用した際に発する魔力で捕捉される可能性もありそうですので、そのあたりが心配事だったのでしょう。

 とはいえ実際、守備隊の限られた人員での警備で学園上空をカバーできるはずもないので、ばれたとしたら運が悪いとしか言いようがないですね。


「この近くは巡回ルートから外れているって、あの予定表の通りだな。用意してくれたエステル様様だな」


 ヴィクトール先輩がそう言って笑います。どうやら、事前にある程度は相手の予定を把握していたのでしょう。


「はい。今回の計画のことが全く漏れていないとも思っていなかったので、守備隊の巡回予定も変更されているかもしれないと思いましたが、杞憂でしたね。今年の警邏の総隊長はウサコ・メイラーですから、そんな細かなことはしないんでしょうね」


 ああ、なんだかウサコさんがこけにされているような。

 でもたしかにウサコさんはそんな細かい指示を出すような人じゃないですねえ。基本ざっくりな性格ですし、そもそもこの時期の警護責任者の役目も上から言われたからやってる感がありありと伝わっていましたし。


 上空を警戒しながらも、わたしたちは物陰から出て広い場所に出ます。

 ヴィクトール先輩の作った薬でフォロンさんの魔法陣が隠されているということでしたが、全然わかりません。この屋上のスペースに、魔法陣が敷かれているんですよね。魔力的な違和感はないです。

 すごいな、などと思うわたしでしたが、その横でフォロンさんは不満そうに眉をひそめる。


「ちょっと魔力漏れてる」


 えっ。


「ああ、そうだな。やっぱり設置してから時間が経つと多少はな」


 えっえっ。


「というかおまえ、その説明はしただろ。仕様だ仕様」

「覚えてない、そんなの」

「まあ、あの時もう魔法陣作ってたからな。そっちに夢中だったってことか」


 フォロンさんとヴィクトール先輩がそんな会話をしていますが、わたしには全然魔力が漏れているなんて感じられないんですが。

 魔力の感度、という点でも彼らは秀でているのでしょう。クローディア先輩もコンラートさんも驚いた様子はありません。


「ユウさん、魔力が漏れてるなんて、わかりますか?」


 わたしは小声でユウさんに聞きます。


「あー、言われてみれば違和感があるくらいだな」

「あ、そうなんですか」


 どうやらやっぱり、わたしが一番だめな子のようですね。でもユウさんもあんまりよくわからないようですので、ちょっぴり安心します。ダメな子同盟を結成しましょう。


「でも、わかるはわかる。おまえと一緒にするな」


 わたしの安堵の表情を見てか、不満げに言ってくる。ダメな子同盟は解散でしょうか。とりあえず、そんなことないですよ、わたしたちは仲間ですよという表情だけ浮かべておきます。


 そんなやり取りをしていると、視線の先でヴィクトール先輩が鞄から取り出した液体状の魔法薬を周辺に巻き始める。わたしはユウさんのマントの裾を引っ張ります。


「あ、ほら、見てください。魔方陣を隠してるのを解除するの、始まるみたいですよ」

「……」

「ユウさん、どうかしましたか?」

「なんでもない。もうなんでもいい」


 話をしている内に部員の皆さんは準備できたようです。

 さっきまでわたしの横にいたフォロンさんは、今は少し離れた場所にぽつんと立って集中している様子です。ヴィクトール先輩がその周辺に薬をまいているので、彼女の立っている場所が魔法陣の中心部なのでしょう。そして、クローディア先輩とコンラートさんはその様子をうかがいながら、周囲を警戒しています。

 わたしとユウさんは、観客のように少し離れたここで並んで立っていました。


 わたしは手持無沙汰に空を見る。周辺に守備隊の姿はありません。

 目を凝らしてみると、遠く中央校舎の方面に空飛ぶ影が見えますが、あれは学園の中央部の警戒をしているという感じでこちらに巡回してくる様子はありません。山の方を見るとぽつぽつと空飛ぶ影が見えますが、先日わたしとユウさんで箒に乗りに行った時のように、学園の縁のあたりを飛んでいる一般生徒ですね。

 少なくとも今のわたしたちを見咎める相手はいません。


「できたぞっ」


 中和剤の散布を終えたヴィクトール先輩が短く言って、わたしは視線をそちらに戻す。


「フォロン、準備はいいか?」

「とっくにできてる」

「よしきた」


 ヴィクトール先輩がわたしたちの傍まで下がってきて、最後に一滴、また別の薬品を垂らします。その水滴が校舎屋上に付いた瞬間、フォロンさんの周りに煙が吹きました。


「わっ」


 吹き込む煙に目をおさえ、けほけほ咳き込み見てみると、わたしは目を見開きます。


 幾何学的な模様が床に描かれ、青白い光を放って輝いていました。

 溢れんばかりの魔力。その中央でフォロンさんが瞑想するように立ち尽くしています。この魔方陣、合図の花火の打ち上げに使い捨てにするような代物ではもはやないような気がするのですが。


 でもともかく、相当強い魔力です。かなりの距離が離れていても、容易に捕捉されるほど。

 だからとにかく、速さが命。用件を済ませたらすぐさまこの場を離脱しなければいけません。部員の皆さんがどれだけ戦闘能力に特化していたとしても、この人数では守備隊を押し返すのは不可能でしょう。


「さあっ」

「フォロンさんっ!」

「やっちまえっ!」


 部員の声を受けて、フォロンさんは目を開き、腰から手に収まるほどの小さな杖を抜いて地面に向ける。

 そうして、魔方陣の輝きが、より大きくなって……!


 ……ぽひゅん。


「……」


 ……。


 気の抜けたような音がして、何も起こりませんでした。

 フォロンさんはさすがに慌てた様子になって、何度も杖を魔方陣に向けますが、その度ぽひゅぽひゅ音が鳴るのみ。


「動かない」


 大弱り、という顔になってこっちを見てくる。


「えええええ!」

「ええーっ!?」


 びっくりしたのは、わたしとコンラートさんだけでした。


「フォロン、原因はわかりますか?」


 クローディア先輩は冷静にそう尋ねますが、言いながらもちらちらと上空をうかがっていて、やはり内心は穏やかではないようです。


「わからない。でも、多分、どこかの術式がおかしくなってる」

「俺の薬が変な風に干渉して、魔方陣を壊した感じだな」

「多分。ヴィクトールの馬鹿」

「直せますか?」

「多分」


 フォロンさんは杖を下に向けながら、魔法陣の検分に取り掛かります。


「せ、先輩、どうしましょう、大丈夫でしょうか?」

「コンラート、落ち着いてください。フォロンなら直せます」

「ああ。見た感じ、そこまでやばいって感じじゃないぞ。原因がわかればすぐ直るだろ」

「原因はあなたの薬でしょ」

「そりゃそうだが、つっかかるなよクローディア。トラブルは付き物だろ。そうじゃなくて問題は壊れた場所だ」

「あ、あの、守備隊が来るまで、どれくらいでしょうかっ」

「さあ、どうでしょうね。とりあえず来たら一戦交えます。準備しておいてください。ヴィクトールも」

「俺、おまえらほどには戦えないんだが……」

「あなたが原因でしょう」

「わかってる。というかこの魔方陣をここまで隠し通したのはあの薬のおかげだからな。魔法薬なめんな」

「そ、そんな言い争いしてる場合じゃないですよ二人ともっ」


 フォロンさん以外の部員の皆さんが、寄り集まって話し合い、戦いの準備を始めます。各々杖を抜き放ち、周辺を見回す。


「ユイリ、ユウさん、下がっていてください。もし戦闘が始まって、流れ弾が当たっても責任はとれませんよ」


 ちらりと視線をこちらに向けたクローディア先輩が言い放つ。彼女の魔眼、その瞳は普段も彩りを変えながらきらめいていますが、今はより強く輝き多様な色を放っていました。


「わ、わ、はいっ」


 わたしはこくこく頷いて、距離を取ります。


「転移陣の傍にいてください。合図を打ったら、すぐ逃げます」

「わかりましたっ。ほら、ユウさん、行きますよ。ここじゃ邪魔しちゃいますよ。あっちのほうに、ほらほら」

「わかったから、引っ張るな。おまえはすぐ人のマントを引っ張る」


 わあわあ慌てるわたしの後から、億劫そうに付いてくるユウさん。

 魔方陣を守るように散開する三人。ぐるぐると歩き回りながら不調の箇所を探して回るフォロンさん。もはや互いに言葉を交わすこともありません。


 おなかが痛くなるようなしばしの静寂……。


 そして。


「守備隊が来ます!」


 コンラートさんが杖を向けた空、その先に急行する守備隊の姿が見えました。

 ああやはり、わたしたちの画策は捕捉されてしまっていたようです。


「人数は五人。正面から二人、横から三人!」


 悲鳴のような声でした。

 人数で負けているのは厳しい。でも守備隊の数は五人が最小単位ですので、一部隊しかきていないというのはまだ望みがあるかもしれません。少なくとも何部隊かが一緒に来るよりは。

 見ていることしかできないのがもどかしいですが、非戦闘員のわたしが出ていけるわけもないのでやきもきしながら見守ります。

 戦うことのできるユウさんはといえば、大して興味もなさそうな表情でこの状況を眺めていました。それにわけもなくむっとしてしまいますが、口に出すことまではしません。


 そんな時。


「あ、原因見つけた。あと一分あれば直せる」


 この状況でも落ち着いているフォロンさんは一言そう言い、また下を向いて地面に文字でも書き付けるような仕草で魔法陣の修正に取り掛かる。


「聞きましたね、コンラート、ヴィクトール! 迎え撃ちます!」

「はいっ」

「おお!」

「頑張ってね」


 構える三人。気のない声援のフォロンさん。

 守備隊は臆する様子もなく突っ込んできます。


 様子を窺うか何をしているか問答してくるなどして時間が稼げるかもとも思いましたが、そんなことはありません。

 わたしたちは魔方陣を囲んで作業していて、何かよからぬことを企んでいるのは明らかですからね。発動される前に制圧してしまおう、という対応のようです。


 正面から二人の守備隊士が迫り、捕縛魔法を放つ。

 おおお、箒に乗りながらの魔法は制御が難しくなるのですが、ほれぼれするほど安定しています。浮遊と攻撃、ふたつの魔法をああも同時に自在に操るなんて、わたしには絶対にできません。


 捕縛魔法がフォロンさんに迫る。彼女が発動者ですからその狙いは当然です。

 部員の皆さんもそれは予期していたようで、すぐさま、コンラートさんが間に入り、杖を振るう。


 すると、魔法が弾かれるようにその振るった先に方向転換をしました。

 その矛先は横から回り込んできていた別の守備隊士たち。ありえない魔法の動きに、彼らは慌てたように散開して弾かれた捕縛魔法をかわしました。


 コンラートさんも扱えるという、直接干渉魔法。今魔法を弾いてみせたのが、それなのでしょう。さすがに相手もそんな芸当をできる人がいるとは予測していなかったようで、わずかに統率が乱れる。


 散会した守備隊士に追いすがるように、クローディア先輩とヴィクトール先輩が捕縛魔法を放ち、そのうち一発がひとりの守備隊士に命中して少し離れた屋上に落とされます。

 五人の部隊のうち、あっという間にひとりをやっつけてしまいました。鮮やかな手並みです。


 わたしは音が鳴らないように小さく拍手して、思わずその場で跳ねてしまう。学園守備隊は間違いなく世界最強の軍隊なんですが、見事に出端をくじいてみせました。


 ですが、相手もさるものすぐさま態勢を整えて空中を旋回しながら追いつめるように魔法を放ちます。部員の皆さんも必死に応戦し、屋上の上を魔法が乱れ飛ぶ。


 こっそり物陰からそれを覗いていたわたしの脇をそのうちひとつの攻撃魔法が通り過ぎて行って、小さく悲鳴を漏らして固まってしまいます。


「ひっ」

「当たっても、大した威力じゃないぞ」


 そんな様子を、隣のユウさんは呆れたように眺めています。


「そ、それでも怖いものは怖いですよ。あああ、みなさん、大丈夫でしょうか?」


 今隠れているのは屋根もある場所ですので、わたしたちの姿は守備隊には見えていないようです。なにか彼らの助けになることをしたい気持ちもありますが、そんな手段もありません。

 やきもきしながら戦いの様子を見守る。


 ええと、戦況は……。


「負けそうだな」

「やっぱりそうですかっ」


 最初こそ下から上へと打ち上げる攻撃も見えていましたが、今やそれも散発的になり明らかに防戦一方でした。コンラートさんが敵の魔法を反射できるみたいなのでそれが起死回生の一手になるかもしれませんが、上空をぐるぐると回りながら魔法を放ってくる相手に対してこちらは魔方陣を守らなくてはなりません。

 見通しのいい場所で、頭数は少なく、しかも防衛戦。かなり状況は厳しそうです。


 じっと座り込むようにして魔法陣の修復に努めるフォロンさんの傍に立ち、コンラートさんはひたすらに魔法を弾いてしのいでいますが、もはや相手に向けて弾く余力もないようで、弾いた魔法はてんでばらばらの方向に飛んでいきます。

 クローディア先輩は最小限の動きで魔法を受け流し、相殺し、隙を見ては攻撃魔法を放ちます。腰に巻いた魔法薬を空に放って爆発させると、周囲の魔力の地場が乱れてさすがの守備隊も空中でバランスを崩します。その隙を逃さず追撃、ですがそれは相手に弾かれます。まだ先輩とは付き合い浅くて冷静な方かと思っていましたが、戦い方は果敢です。守備隊士を含めてなお、一番動きにキレがあります。すごく強い人だったんですね。

 ヴィクトール先輩は早々に攻撃するのは諦めたようで、クローディア先輩のフォローが行き届く場所を確保しつつ、ひたすら煙幕を張ったり閃光を放ったりと補助に徹しています。


 責め立てられながらもなんとか守りを維持している、という様子です。


 じれじれしながら眺めていると、不意にフォロンさんの周囲が輝きだす。魔法陣が輝いています。

 さすがにその様子に、戦っていた一堂の視線が集中する。


 魔方陣の修復が終わったようです。

 周囲の戦いの様子に気を留める素振りもなく一心に魔法陣の修復作業を行っていたフォロンさんが立ち上がり、手に持つ小さな杖を再度地面に向ける。


 いよいよ光が強くなり、輝く煙が渦巻いて、衝撃を伴って魔法が撃ち出されました。

 ぞわっと肌が粟立つような魔力の奔流。空中を旋回していた守備隊士たちが魔力にあおられて飛ばされていきます。

 上空では轟音が鳴り、なにか花火のようなものが開いている様子ですが、それを見上げる余力はありません。


「早くっ!」


 わたしは思わず身を乗り出して、彼らに声をかけます。

 今度は、この場を脱出しなければいけません。衝撃で守備隊士が離れている今が好機。


 安心したのか少しぼうっとしていた様子の部員の皆さんが、わたしの言葉にはっとこちらを向いて駆け出してくる。


「やりましたっ!」


 興奮した様子で、コンラートさんが叫ぶ。彼がこんな大声出すの、初めてです。でもあの猛攻を耐えきればそんな気分にもなるでしょう。


「はい、すごかったですっ。さあ早く!」


 わたしは大きく身振りでこちらに来るように促します。


「めちゃくちゃもう疲れたぞ、おいっ」

「まだっ、序盤ですよっ」

「おまえ、元気だな!」

「普通ですっ」


 言い合いながら駆けてくるクローディア先輩とヴィクトール先輩。ふたりとも息が切れていますが、晴れやかな表情です。


「……」


 フォロンさんは疲れた様子で無言です。彼女もかなり緊張する役割でしたから、致し方なしですね。

 わたしたちは合流して、転移魔方陣のほうへと向かいます。

 ともかく、あとは逃げれば万事良し。

 わたしはそんな呑気なことを考えましたが、現実はそう甘くはありませんでした。

 体制を整えて空からこちらに近づいていた守備隊士が、問答無用で捕縛魔法を放ちました。


「ああっ!」


 偶然後ろを振り返っていたわたしは、迫りくる魔法を見て叫び声をあげる。

 クローディア先輩、コンラートさん、フォロンさん、ヴィクトール先輩。猛攻を凌いで、誰もが安心して背後を注意していませんでした。凌ぎ切ったからこその油断。


 その捕縛魔法は強力で、このままではわたしたちは一網打尽に捕まってしまうかもしれない……そう思った時、わたしの叫び声に反応して、魔法陣のすぐ脇まで近づいていたユウさんが踵を返して振り返ったようです。

 わたしは彼の方を向き、ユウさんと視線が交わる。


「ユウさんっ!」

「っ!」


 彼が腕を振ると、その瞬間、目の前に迫っていた捕縛魔法が掻き消えました。直接干渉魔法の動線にいた守備隊士たちの周囲の魔力も同時に掻き消されたようで、相手のバランスも崩れたようです。

 やっと攻撃に気付いた皆さんが振り返り、ユウさんが力を使って彼らを守った様を見て、部員の皆さんは口々にユウさんの名を呼び、感謝の言葉をかけます。


「さっさと行くぞ」


 ですが彼はしかめっ面でぴしゃりとそう言い、わたしたちに先を促します。たしかに、のんびり喋っている時間はありませんね。

 体勢を立て直した守備隊士たちが、再び上空からものすごい速さでこちらに迫ってきています。こちらは駆け足ですので、速さは圧倒的に相手が上。


 ほんの少し先にある転移魔方陣が遥か彼方に感じます。

 ですが、駆け、駆け、駆けて、わたしたちは飛び込むように転移魔方陣に乗り、すぐさま起動させます。


 金属をひっかいたような起動音。ぐるんと世界が回る感覚、そして次の瞬間には中継地点の小部屋に移動していました。


 さっきまで見えていたわたしたちに追いすがる守備隊の姿が見えなくなって安心します。まさか、学園の誇りのように思っていた守備隊のことを恐ろしく思う時がこようとは思ってもみませんでした。


「はぁ……」


 わたしは大きく息をついて、呼吸を整える。


「ユイリもどいて」


 ですが、すぐさまフォロンさんに魔法陣の上からどかされます。

 今使用した転移魔方陣に向き直って、フォロンさんが杖を突き立てます。彼女はしばらく目を閉じてじっとしています。


「あの……?」

「魔方陣の破壊をしているんですよ。修復して、追ってこられないように」


 何をしているのかわからなくて声をかけようとしたわたしに、コンラートさんが解説してくれる。


「あ、そうなんですか。でも、これで一安心ですね」

「ううん、ダメ」


 にっこり笑ったわたしの言葉を、緊張した面持ちのフォロンさんが否定する。


「壊そうとしたけど、向こう側からリカバリされた。私の魔力じゃ抵抗できない」

「ええと、その、フォロンさん、つまり……?」

「魔方陣を壊せない。守備隊が、ここまで追ってくる」


 血の気が引きました。

 わたしたちは押し黙る。


 先ほどのごく短い戦闘でも明らかだったことですが、数の違いもあり実力は当然相手が上です。まだこれからやるべきことがあるわたしたちにはここで迎え撃つという選択肢はありません。

 だから選ぶは、逃げの一手。でも、どうやって逃げるか。一同の頭にあるのはその一点。


 一番に口を開いたのはクローディア先輩でした。


「二手に分かれましょう。幸い、転移魔方陣はあとふたつ」


 先輩が示す通り、この小部屋には今使った魔方陣の他に、もうふたつ、それぞれ別の場所へと繋がっている転移魔方陣があります。


「今の時期ならば、うまく人ごみに紛れれば守備隊も追ってこれないはずです」

「うん。クローディアの言う通り。でも私はここに残る」

「え? フォロンさん!?」

「みんなはあっちの魔法陣で移動して。私はそれをこっち側から壊した後、もうひとつの魔法陣で逃げるから」

「それなら、たしかに片方の追手は振り切れますけど……」


 逡巡する様子のコンラートさん。

 たしかに、これじゃ見殺しにしろっていう話です。


「今大事なのは、結界破りを成功させることでしょ」


 ですが、フォロンさんは覚悟を決めた様子で淡々と喋ります。


「私は結界破りには役に立たないから、囮にはうってつけ」

「ですが……」


 それでもまだ決断できないコンラートさん。クローディア先輩も部員を切り捨てられないのか、困った表情です。


「よしわかった」


 膠着した空気の中、ヴィクトール先輩が明るい調子で言います。


「俺がフォロンに付いていこう」

「ええ……?」


 顔をしかめるフォロンさん。


「なんだその顔。まだ攪乱できるような魔法薬は残ってるから、うまくいけば逃げれるぞ。おまえの箒を使えば、他にもやりようはあるだろ」


 その言葉に、フォロンさんはぎゅっと長箒を握りしめる。


「ヴィクトールの魔法薬は信頼できない」

「なら、汚名挽回だ」


 軽薄な口調を装うヴィクトール先輩に、フォロンさんは根負けしたように息をつきます。


「うん。それじゃ、手伝って」

「おう。そういうわけで、お前らはお前らで逃げてくれ。こっちはこっちで、なんとかする」

「……わかりました」

「はい。それでは、ヴィクトール先輩も気を付けてください」

「ああ。……お、そろそろやばいな」


 ヴィクトール先輩がちらりと今来た魔方陣を見る。輝きを増してきていて、今にも守備隊士たちが乗り込んできそうです。


「もう行って。みんなが行った後に魔方陣を壊さなきゃいけないから」


 フォロンさんに、無理矢理押し込められるように転移魔方陣のひとつに押し込められるわたしたち。


「みんな、がんばって」

「おまえらならできるさ」


 フォロンさんとヴィクトール先輩は、穏やかに笑います。


「ふたりとも、無理しないでくださいっ!」


 わたしが思わずそう叫ぶと、ふたりはにこりと笑って、頷きました。

 光の粒子が飛び交って、再び、わたしたちは転移魔方陣で別の場所へと飛ばされました。


 そして、今度はどこかの倉庫のような場所にたどり着いていました。埃っぽい空間の中、わたしは床に手をついてじっとふたりの最後の笑顔を思い返します。


「……向こう側の接続は切れましたね。こっちからも、破壊します」


 コンラートさんが魔方陣に杖を突き立てると、きらきら微かに光っていた魔方陣がゆっくり明滅して形を失っていきました。

 これで、お互いの行き来はできなくなりました。わたしたちは守備隊の追跡を振り切ったのです。


 ただし、はじめは六人いた仲間のうち二人を減らして。


 その犠牲に思いをはせて、しばし重苦しい空気が漂います。別に死に別れたわけではないと思っていても、あの場に残してきてしまった後味の悪さがあります。


「いつまでもここにいても仕方がありません。行きましょう」


 クローディア先輩が口を開きます。すでに、先輩はいつものような冷静な表情に戻っていました。


「ふたりから託された、役目があります」

「そうですね……。これからが、本番です。そこまで時間に余裕があるわけではないですから……行きましょうか」


 コンラートさんも気を取り直したように言うと、倉庫の扉を開けて出ていきます。ここはどこかの部室棟の物置のようで、外の通路には何かのクラブの備品と思しき甕が並んでいました。

 廊下に一歩出たコンラートさんが、わたしたちを振り返る。


「……結界破りへ、行きましょう」


 その言葉。

 わたしはそれを聞いて、思わず、強く、頷いていました。

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