端緒
結界破りを決行する日がやってきました。
とはいえわたしとユウさんは第三魔術研究会のみなさんに同道するというくらいのものですけどね。
朝ご飯を食べて、すぐに寮を出ます。
決行する時間はまだまだ先ですが、今朝魔法掲示板を確認すると『実行部隊はなるべく早いうちから部室に集合』という連絡がルカ先輩から来ていました。その文章を読んで、気が引き締まるような気がしました。
いえ、見学するだけなんですけれど。
ともかくいざ当日ということで、わたしの心は落ち着きなく緊張していて、部室棟へ向かう道すがらもなんだか挙動不審になってしまいます。
すれ違う学園生たちが、わたしたちと同じように結界破りに加担する人で、今日は一緒に大騒ぎするかもしれないと思ってしまう。道行く人たちの表情も、どこかそわそわしているように見えるから不思議です。
あるいはもしかしたら、突然守備隊士や自治委員に声をかけられてそれによって今日の計画が看破され、水泡に帰すかもしれません。その想像がありえないとはわかっていますが、それなのにそんな心配をしてしまうのはわたしの気質のせいでしょうか。
「ユイリ、緊張してる?」
「そうかもしれません。こういう大事、これまでは遠目に見ているだけだったので」
わたしの隣を歩くフォロンさんは、その答えにふうんと小さく息をつきます。
彼女は同じ寮に住んでいるので、今日は時間を合わせて一緒に部室へと向かっています。
昨日初めて言葉を交わした仲ですが、なんだか妹みたいでかわいい。フォロンさんの方も不思議と懐いてくれている様子ですので、ほとんど知り合いもいないこれからの学園生活に光明が差したような気分になります。
フォロンさんの逆側の横にはユウさん。
昨日フォロンさんはユウさんのことをすっかり忘れていた様子でしたが、それはユウさんも同様でした。今朝、わたしが間に入って再度互いを紹介しましたが、両者どうでもよさそうな様子で挨拶は終わってしまって、この二人は友好的な様子がありませんね。まあいいんですけど。
ユウさんはわたしたちの会話に興味を示すことなく、ぼおおっと周囲に視線をめぐらしています。
「大丈夫だよ、ユイリ」
ちらりとユウさんの様子をうかがっていましたが、逆側から声をかけられてフォロンさんの方に向きなおる。彼女はユウさんいない者扱いですね。
「どうせ失敗しても、残念だなって思って終わりだから」
「まあ、そうですね」
しょせんはただのお遊びですからね。
ですが、この学園では無為だからこそ全力を尽くす、という非生産的な努力が称賛されるきらいがあります。きっと参加する各クラブ、無駄に戦力を割いて今日の騒動にのっかってくることでしょう。
わたしはちらりと大通りの結界を見やります。今日も今日とて、非常に強力なこの結界は、この春一度も破られることもなく健在です。
昨日までは時折パレードが通っていたものですが、今日はそれもありません。明日の始業式を控えて基本的にほとんど全ての新入生は昨日までに入学手続きを終えており、今日は予備日です。この日に入学する生徒はごく少数ですので、パレードを形成する規模にはなりえず、全然結界内の通路が使用されない日です。
だから混乱を避けるため王女様はこの日に入学することになり、そして結界破りは決行日とされたのでしょう。
それに例年、やはり最終日に決行されることが多いらしいです。新入生の目が最も集中する日だからでしょう。
今日はきっと王族の入学に守備隊も敏感になり、相応の防御体制を敷いているはずです。結界破りが始まれば、少なからずの生徒が拘束されるしょう。結界破り自体は校則違反の範疇には入らないそうなので、拘留されて終わりらしいですが……。
それでも、できる限り無事に過ごせれば、というのが願いです。
わたしがそんな感想を口にすると、フォロンさんは咎めるような視線を向けてくる。
「これくらいでびくびくしてたら、この部活じゃやっていけない」
「えええ! 一体これまでなにしてきたんですか!? そっちが気になるんですけど!」
というか、まだ部員になったわけではないんですが、びっくりしてそっちはツッコミ忘れてしまいました。
うーん、やはりこの学園でも指折りのクラブです。十人足らずの小規模で今の名声というのも凄まじいですが、きっとそれに見合うだけの無茶はやってきたんでしょうねえ……。
「大丈夫。ユイリならできる。できるよ」
「ええー……」
そんな適当な感じで応援されても……。
みなさん才能に溢れる感じですので、引き立て役のダメな人というくらいしか役どころがないような気がします。
「そういえば、まだ会ってない部員の方もいるみたいなんですけど、今日これから顔合わせをするんでしょうか」
「今誰に会ってるか知らない」
「……」
わたしの質問にすげなく返事をされる。ですが、本人にはすげなくしている自覚はないんでしょうね。
「ええと、ルカ先輩とクローディア先輩、コンラートさんにミスラ先輩とヴィクトール先輩ですね」
指折り数えて部員のみなさんの顔を思い出します。
部長にしてユウさんと同じく直接干渉と呼ばれる特異な魔法を使用する『恩寵』のルカ先輩。怜悧な印象のある魔眼持ちの副部長、クローディア先輩。直接干渉を使えるもう一人、同じく副部長のコンラートさん。小柄で元気でムードメーカという印象のミスラ先輩。錬金術科の先輩で、大柄でぶっきらぼうながらも人の好さそうなヴィクトール先輩。
「あと私」
「そうでした」
ちょっと彼女の真似した返事をしてみる。全然それに対するコメントはありませんでしたが。
「なら、あとはアイシャとエステル。あと二人」
「なるほど」
もうすぐコンプリート(?)できそうです。やっぱり、少人数な部です。
「でも、今日は部室には来ない。別行動だから」
「あ、そうなんですか」
どうやら、陽動部隊は完全に別行動のようです。アジトかどこかに潜んで、襲撃計画でも練っているのでしょうか。多くの部を取りまとめる仕事をしているでしょうから、忙しいのも当然でしょう。
「そのうち会えるよ。ユイリは入部するんだよね?」
フォロンさんはちょっと期待するような目でこちらを見上げていました。
「う、うーん、そうですねぇ」
部活に入るとまでは考えていないので、はっきり言いづらい感じがあります。
わたしはごまかすように視線を空へと向けました。
青空に旋回する守備隊士の姿。遠くに見える中央校舎の威容。空に吸い込まれていく生徒たちの喚声。
ユウさんとフォロンさんと肩を並べて歩きながら、周囲の喧騒に身を包みながら、今日これからのことに思いを馳せながら、わたしたちは中央通りの混雑を歩いていきました。
いつもより少しざわついたような空気の中央部室棟のロビーを抜けて、第三魔術研究会の部室に着きます。
既にクローディア先輩、コンラートさん、ヴィクトール先輩は揃っていました。この面々で結界破りの実行部隊はすべて揃っていますので、わたしたちが一番最後ということになりますね。
三人一緒に来た姿を見てみなさん少し驚いたようです。
「おはよう。そういえば、あなたたちは同じ寮でしたね」
クローディア先輩がつぶやく。
「でも、この間来た時は会話もしてなかったと思うけど」
「あの時は本読んでたから」
フォロンさんはそう言うと、自然な様子で空いている席に掛けます。そこが指定席なのでしょう。先日会った時は壁沿いの本棚の近くに椅子を動かしていましたが。
わたしたちもこの間の席に座ります。
「今はアイシャ先輩から連絡があるまで待機です。あ、アイシャ先輩にはまだ会ってないですよね?」
言いながら、部室隅の台所に向かうコンラートさん。先日同様、お茶の用意をしてくれるのでしょう。
「あ、お手伝いします」
わたしは立って彼の脇に行きます。いつまでもお客様でいるのはなんだか申し訳ない気持ちになってしまいます。
「ああ、すみません。それで、アイシャ先輩は部長と同じ五年生です。部長の奥さんですね」
「えっ」
奥さん。ルカ先輩、結婚してたんですね。
「え? はい、それで、アイシャ先輩は偵察といいますか、物見の魔法が得意なんです。セレスティン王女は大草原を横切って馬車でやってくるらしいですから」
王女の入学は転移魔方陣でぱっぱと移動、というわけではないようです。でも、すぐにそれもそうかと思い直す。
ヴェネト王国とこの学園は隣国ながら、直接繋ぐ転移魔方陣はありませんから。
転移魔方陣はその始点と終点の間に魔力が乏しかったり全くないような土地をまたいで起動することはできません。そして王国と学園の間にある大草原は魔力がない土地です。土地の魔力をすべてこの学園の地にかき集めているせいですね。
ともかくそんなわけで、王女様は馬車で入学。偵察も容易なのでしょう。
いえ、それより。
「ルカ先輩、結婚してたんですね」
さっき心に思ったことを、そのまま言葉に出します。
人の寿命は平均すると六十歳程度ですが、魔力が強ければ強いほど寿命は長く、一流の魔法使いならば百歳を超えてもかくしゃくとしていることも多いです。たとえば当学園のジル・エレフガルド副校長は御年百二十歳。実は百年前の魔神の動乱期から第一線で活躍していた魔法使いでもあります。
そんなこともあり、魔法使いは結婚が遅いことが多い。一般的には田舎で二十歳前後、都会なら二十五歳くらいが適齢期ですが、魔法使いは晩婚化が進み平均三十歳くらいで結婚するのが多いそうです。魔法使いは四十歳くらいまで二十代が続くイメージですので、若いうちは研究が奨励される傾向があります。奨励されすぎて婚期を逃して初婚年齢が遅れているという感じもありますが。
とはいえ肉体的なピークは普通の人間と同じくらいで、四十歳くらいまでは魔力の成長と肉体の劣化が拮抗するというところです。
そんな事情もあり、この魔法学園においては学生結婚はかなりの少数派です。
ただコンラートさんの説明によると、ルカ先輩とアイシャ先輩は幼馴染だそうで、単純に恋愛結婚ということらしいです。
「なるほど」
ともかく、ルカ先輩の奥さんが作戦の開始時間を知らせてくれることになっているようです。部室の隅に魔法掲示板が備え付けてありますので、そこに連絡をくれるのでしょう。
それまでは待機。
クローディア先輩、コンラートさん、ヴィクトール先輩は地図を見ながら細かな調整の話し合いをしています。なんだか口を挟むのははばかられる雰囲気ですね。
わたしは先ほどいれたお茶を飲んで、ぼおおっとします。やることないです。
するとフォロンさんが横にずりずりと椅子を滑らせてきました。
「暇なの?」
「ええまあ」
「私も暇」
「話し合いに参加しなくていいんですか?」
「え、やだ。面倒くさい。今日の私の仕事は合図を打ち上げることだから、それ以外したくない」
「……」
フォロンさんは正直者のようです。
「遊ぼう」
言いながら、ボードゲームを出してきます。
ええと、忙しそうにしている脇で遊んでいていいんでしょうか。不安になって話し合いをしているお三方のほうに目をやると、別に構わない、というような仕草を返されます。
どうやらフォロンさんもわたしも、議論の戦力としては数えられていないようですね。
「ユウさんもやりますか? 軍棋知ってますか?」
「知らない。いい」
ユウさんの方に顔を向けると、興味なさそうなぼんやりした視線で盤を一瞥します。
まあ、いつもの反応ですね。でも、そうするとユウさんだけがなんだか蚊帳の外になってしまいますね。
わたしはフォロンさんに一声かけて、壁沿いの本棚から本を選び、ユウさんの手前に置いてあげます。
「なんだこれは……」
戸惑った顔をするユウさん。
「小説ですよ。わたしも好きなんです」
「面白いですよ」
いきなり口をはさむクローディア先輩。先輩の持ち込みみたいですね。
ともあれ、これでユウさんも時間を潰せるでしょう。わたしはいざと意気込んで、フォロンさんとボードゲームに興じました。
しばらくして、わたしがフォロンさんにぼこぼこにされて涙目になっている頃、鐘のような音が部内に鳴り響く。どうやらそれは、魔法掲示板の着信音だったようです。
机に向き合ってこれからの計画を吟味していたコンラートさんが緊張した面持ちで掲示板の文言を読み、わたしたちに向き直ります。
「セレスティン王女を乗せた馬車が見えたそうです。作戦を開始しましょう」
待っていた報告が来たようです。
わたしたちは神妙な面持ちで席を立ち、各々必要な道具や得手を用意したり、トイレに用を足しに行ったりと準備を始める。
ですが、そんな中、ユウさんは本に視線を落として微動だにしません。無視しているというよりは、没頭しているという感じです。どうやら、わたしの与えた本はお気に召したようです。
ちなみにこの『ビースト召喚士ZERO』は、ビーストと呼ばれる召喚獣を従えた主人公の少年が他のビースト召喚士と試合をしたり現れた魔物を討伐したりしながら旅をする、という物語です。召喚術は架空の魔法ですし、召喚獣なども存在しませんけどね。
「ユウさんユウさん」
「……」
「ユウさんユウさん」
「……」
声をかけても、微動だにしません。
「……もうウィントッツ出てきました?」
登場人物の一人、騎士ウィントッツはわたしの一押しキャラです。
「出てきてない。というか誰だそれ。ネタバレするなよ」
「あ、すみません」
顔を上げて文句を言って、また視線を本に……
「いやいやいや、ユウさん、聞いてました? そろそろ行きますよ?」
「無理だ。止まらない」
「こらこら」
わたしは彼の肩に手をついて、ぐらぐら揺すって邪魔します。
「くそ……」
妨害に音をあげて忌々しげに本を置くユウさん。
「わたしも持ってますから。帰ったら貸しますから、我慢してくださいね」
不満そうに鼻を鳴らすユウさん。子供ですか。
ユウさん自身は、特に何を用意するということもないです。心の切り替え、というか覚悟を決めるというか、そのくらいですね。
他の部員の皆さんは、完全装備。
コンラートさんは何本もの杖を腰にさしており、クローディア先輩は木刀、呪符帖、薬瓶、魔法石などで武装完了、フォロンさんは背中に二人乗りの箒を括り付け、ヴィクトール先輩はぱんぱんに膨らんだ鞄を肩から下げています。
物々しいです。
対してわたしとユウさんはいつも通りです。
「あの……よければわたしも何か持ちましょうか?」
なんだか、申し訳なくなってきてそんなことを言ってしまいますが、みなさん苦笑して必要ないと断られてしまいました。まあそうですよね。戦いの道具を人に持っていてもらうというのも変な話です。
「準備はこれで、大丈夫ですかね?」
緊張した面持ちで一同を見回すコンラートさん。
それも致し方ないですね。
わたしたちはこれから王女様に向けての花火を打ち上げに向かいます。それが他のクラブの人たちへの作戦開始の合図でもあります。各員準備にかかれ、という意味合いですね。その後、王女様が中央通りの指定の場所に辿り着いた時が決行の時です。
大々的な計画の端緒ですので、失敗は許されません。
他の部員一同も、大なり小なり緊張した様子は見られます。
「ああ、必要なものは持った。あとは野となれ山となれ、だな」
ヴィクトール先輩が投げやりな調子で言いながら、抱えていた鞄をぽんぽん叩きます。この中に、先日見せてもらった先輩謹製の新薬が入っているのでしょう。合図の花火は、大きな魔法陣らしいです。魔力を遮断する新薬でそれを隠しており、中和剤でその覆いを解き放つ。
「はい、あとは全力を尽くすのみです」
一番重装備のクローディア先輩は物々しく頷きます。部員のみなさん四人の中でフォロンさん以外が戦闘要員ですが、コンラートさんは結界破りに付きっきりになり、ヴィクトール先輩はそこまで戦闘特化という方ではないようですので、彼女が第三魔術研究会結界破り実行部隊の主戦力ということになります。
「いいから行こ。もう準備できてる」
フォロンさんは気負った風もない。彼女自身は戦闘に参加する予定もなく、事前に敷いておいた魔方陣を起動させればいいだけです。わりと箒に乗れる子らしく、有事の際には長箒を使って脱出作戦を担当することになっているそうです。
「あ、あの、応援していますね」
それとわたしとユウさんです。丸腰のわたし。いつものように木刀を腰に佩いている程度で特別な装備などもないユウさん。なんだか、こっちだけ全然凄味のない感じですね。わたしの口調もついおずおずした調子になってしまいます。
ユウさんは名残惜しそうに机に置いた本を眺めています。この人結界破りより本が大事みたいですね。
ともかく、そんな実行部隊四人と金魚の糞二人。
彼らはユウさんに結界破りへの協力を期待していますが、本人には未だにやる気がないですね。
そして、わたしはどうでしょうか。
この学園で過ごしてきた二年間、それは地味な日々でした。わたしの才能では華々しい活躍などできるはずもなく、特待生として入学したのに早々にエリートコースを踏み外し、こつこつと小金を稼ぎながらせっせと実家に仕送りを出す日々でした。
そんな中、わたしは降ってわいたようにユウさんの世話係という立場を手に入れ、副校長からは彼にまっとうな生活を送れるように支えてくれと頼まれました。
まっとうな生活、それは静かで地味で目立たない生活と自己解釈していました。それがわたしにとって、この学園での日々だったからです。でも、三年生になって未だ始業式すら始まっていないこの時期、その間だけでも多くの生徒と言葉を交わす機会がありました。同じ寮に住む生徒たちは、春休みのこの時期から学業に部活に大忙しで、地味に静かになどという暮らしをしていません。
中央通りは大賑わい、なぜそれほどというくらいに活力に満ちた生徒たちが行きかっています。
第三魔術研究会の人たちも、変で才能に溢れ一生懸命で、騒がしい。そんな彼らの姿を見ていると、騒いで楽しむことこそが、この学園のまっとうな生徒の生活なのではないかと思わされました。
そんなことを思って、いえいえと頭を振ります。問題を起こして、もし取り返しがつかなくなったらそれはことです。わたしとユウさんは、そっと傍からその騒ぎを目にして楽しませてもらえれば、それで満足なはずです。
そう、きっと、それが正解なんです。
わたしは自分を納得させる。
部員のみなさんが、部室棟を出たところに用意してある転移魔方陣を目指して歩き出すところでした。
先日ルカ先輩に連れてこられた時に使った魔法陣でしょう。わたしは慌ててぱたぱたと、彼らの後ろに続きます。
その後ろから、興味もなさそうに、ユウさんが続いて歩いてきます。
「おまえ、どうかしたのか」
「え?」
歩幅の大きいユウさんが、すぐにわたしの隣に並ぶ。彼はヘンなものでも見るような視線をわたしに向けた。
「さっき、変な顔してたぞ」
「え、酷いです。ちょっとした考え事というか、悩み事ですよっ」
「へぇ……」
わたしの抗議をよそに、ユウさんは口の端をあげる。
「おまえが悩み事か」
「そうですよ、わたしにもいろいろ考えることがあるんです」
あなたのことですけどね。とは言いませんが。
「まあ、くよくよしちゃうのが悪い癖ですけど」
「そんな感じはたしかにするな」
「え、酷いです」
「考えて、ろくでもない結論出しそうだ」
「うわ、追撃されました」
わたしが文句を言うと、ユウさんは心なしか満足げな様子で先に行ってしまいます。
あの人最近、わたしに対する当たりがきついなあ……とも思いましたが、よくよく考えれば最初からですね。最近はむしろ、互いにきつめのジョークが言える仲になったという気分ではいますけど。
「……」
それでも、ユウさんの最後の言葉はジョークというにはずしりと重い影響をわたしに与えました。
わたしはくよくよ考えすぎて、ろくでもない結論を出す傾向があるかもしれません。たしかに、そうかもしれません。
また悶々としそうになって、わたしは気を取り直すように息をつく。
前を向いて、これからの結界破りに向けて溌剌と歩く部員のみなさんの背中を追いかけます。
考え事は脇に追いやり、今やろうとしていることに集中することにします。
結界破り。無為で壮大な計画が、今、始まろうとしていました。