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魔法学園へようこそ!  作者: cymbal
第2章 結界破り
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部員

 第三魔術研究会の部室で、わたしとユウさんはお茶を飲みながら結界破りの計画を練る部員の皆さんの様子を眺めていました。


 王女様が中央通りの結界を馬車移動している間に中へと侵入を目指す、という計画。

 話を聞きながらわかるのは、このクラブは今回の計画の旗頭としても動かなくてはいけないようだということ。どうも全体の統括に人員を割かなければいけないようです。

 第三魔術研究会は大人数というわけではないので、ただでさえ少ない人数を分けるとなると結界破りの成功率に大きく影響しそうです。


「計画を変更するぞ」


 ルカさんがテーブルの上に広げられた地図の上に魔法将棋のピースを並べます。それぞれ、人員を示す印が付いてあるようです。

 部隊は大きく分けてふたつ。ひとつは合図の花火をあげてその後に中央通りに移動し、結界破りを行う実行部隊。もうひとつは結界破りを行う諸団体を助けるために、制空権を保持して時間を稼ぐ陽動部隊。

 そこに割り振られていた駒を入れ替えます。


「俺とクローディアを交換する。今日他のクラブと話してきた感じだと、俺が向こうに入ったほうが時間が稼げるような気がする」

「ええ」


 クローディア先輩は小さく頷く。


「正直、その方が助かります。部長の方が顔が利きますし。でもいいんですか? 部長の『恩寵』でコンラートを助けるという計画では?」

「コンラート、がんばれ。お前ならできる」

「いや、あの、僕にそんな過度な期待はしないでくださいよ。今年の結界は相当時間をかけないと難しいですよ。ただ、まあ、部長がいない分、おふたりが付いてくれるということなんですよね?」


 コンラートさんがちらりとわたしたちに目を向ける。


 ルカさんは魔法の効力を上げる『恩寵』という能力があります。コンラートさんがどんな魔法を使えるのかは知らないですが、彼を中心にして結界破りのフォローをしていくという計画だったのでしょう。

 でも、そこにユウさんが現れた。

 ユウさんは魔力を吸う、という芸当ができるとのことですから、彼が補助に回ればその穴埋めになるということなのでしょう。


 とはいえ、わたしたちは協力を約束しているわけではありません。

 校長候補生であるユウさんにとって、騒動に巻き込まれるのはあまりいいことではないはずです。何度か彼のことが新聞の記事に乗ってしまって、不安で不安でしょうがないです。

 現状、副校長などからわたしに苦言を呈するということはありませんが、苦々しく思っていることでしょう、きっと。

 わたしはユウさんが節度のある学園生活を送れるように気を配らなければならない立場です。あんまり騒動の元になるようなことは慎むつもりです。


 というか、そもそも……。


「言っておくが、協力するつもりはないぞ。面倒だ」


 コンラートさんの目配せを、ユウさんはばっさりと切り捨てます。

 本人が手伝う気ゼロですね。彼からしてみれば、結界破りの計画はどうでもいいことなのでしょう。


 彼を当てにしている三人は、困ったようにこちらに目配せをしてきます。

 いえ、わたしにそんな目をされても困ります。わたしも拒否する系の立ち位置なんですけれど。


「ま、それはおいおい考えていってくれればいい」


 ルカ先輩が話をさっさとまとめてしまう。なんだか、徐々に懐柔していこうぜ、という空気をひしひしと感じますねえ。


 そのまま、話は当日の予定についてになります。

 集合場所や行動予定など、手帳にメモを取りながら話を聞いていると唐突に部室のドアが開け放たれました。


「ただいまーっ」


 女の子が、ぱたぱたと元気よく部室に入ってくる。

 胸の宝玉は赤色。クラブ生の宝玉ですので、学年はわかりません。小柄ですので、同学年か下級生に見えます。活発な印象の女の子です。


「あーもう疲れた」


 席に着くと、そのままくたっと倒れこんで机に頬を付ける。


「ミスラ。おまえ、今日は陽動の会合に行ってるんじゃなったっけ?」


 話の腰を折られたルカ先輩が声をかける。ミスラと呼ばれた女の子は、その言葉にばっと顔を上げる。


「そうなんだけどさ、そうなんだけど。聞いてよ部長。あの連中、いざ守備隊と真っ向から戦えるとわかったらもう目を輝かせて作戦会議を始めちゃってさ。もう男連中バカみたいって思って抜けてきちゃったの。いくらクラブ生の数を揃えても守備隊に勝てるわけないのに、何考えちゃってるんだろ。ほんとは私たち、時間稼ぎをすればいいんでしょ? 本筋見失いすぎでさ、部長から言っておいてよ。ていうかあいつら……」


 矢継ぎ早にまくしたてる女の子でしたが、突然火が消えたように言葉を止める。くりくりとした瞳がわたしとユウさんを見据えました。

 どうやら、今わたしたちの存在に気が付いたようでした。


「……かわいい!」

「え? えっ?」


 じっとわたしの方を見て、叫んだ言葉に戸惑ってしまう。


「部長、この子誰!?」

「結界破りに同行する二人だ。昨日、魔法掲示板で寮に連絡送っただろ」

「連絡? まだ見てない」


 まったく悪びれた様子もない返事にルカさんは苦笑して、わたしたちのことを説明してくれます。

 とはいえ、そう大した話があるわけでもなく、あっという間に話は終わる。


「そうなんだ、そうなんだ。よろしくね、ユイリちゃんにユウ君。私は農業科、この春四年になったミスラ・カバコフっていうの」

「は、はい。よろしくお願いします」


 ちっちゃい子だと思っていましたが、どうやら先輩のようです。よかった、年下扱いする前に学年が聞けて、と胸をなでおろすわたし。


 先ほどコンラートさんが同じ錬金術科の人が来ると言っていましたが、その人とは別の方みたいです。

 どうやら、ミスラ先輩は会議を抜けて戻ってきてしまった様子です。


「ねえねえ、ユイリちゃんはどこに住んでるの?」


 机に肘をついて、ぐっと顔を寄せてくるミスラ先輩。


「銀の聖杯亭です。あの、中央通りの七番街の」

「そうなんだ。それじゃフォロンと同じか。私は金だから、ライバル寮だね」

「あ、そうなんですか」


 銀の聖杯亭。そのライバル寮と言われているのが金の聖玉亭です。

 この学園には創立時から続く八つの寮があり、毎年秋に寮杯と呼ばれる対抗試合が開催されます。そういえば、女子寮の寮監であるリーズウッド先輩にも寮杯についての話を聞いたことがありました。

 銀、金、火、水、風、土、陽、月の名を冠する八つの寮。わたしたちの寮は聖杯という名が付いていて、これは畏教の神話で地上に降り立った神人が身に着けていた八つの聖具のひとつとされて、他の寮も同様に聖具の名前が付けられています。

 その中でも、銀と金、あるいは聖杯と聖玉。対応する言葉を持つ二つの寮は、ライバル関係にあることが多いです。


 特に寮杯直前にもなると険悪になりがちな間柄なんですが、ミスラ先輩はライバル意識も関係ないように友好的な様子です。

 そのまま雑談に突入しそうな空気になりましたが、ルカさんが止めます。


「今のところ、戦力はどれくらいだ?」

「あの後、ナジュ錬金協会は協力してくれるって話になったみたいだよ。魔法陣学会は部長と副部長が守備隊に捕まってるけど、協力してくれるって。武装生活指導委員会はひとまず静観みたい。他にはちょこちょこお金と物資の協力があったって。あとミルゾーザ・ラティナが今回の結界破りの応援ソングを提供してくれるらしいよ。あの人ファンが多いみたいだから、ファンクラブもこっちについた感じかな」


 生徒手帳を取り出し、ぺらぺらとそんな報告をします。それを聞くルカさんは、満足そうな表情でした。

 こうして聞いているだけで、次々と各種団体が今回の結界破りに参加表明をしていることがわかります。クラブだけではなくて、新聞や商工会など、幅広い組織に根回しをしているようです。


 そしてミスラ先輩は、色々な集まりを渡り歩いて情報の整理をするのが役目のようですね。話している内容からして戦える人みたいなので最終的には戦闘部隊に入るようですが、特に指揮をする立場というわけでもなさそうです。


「ていうか、ユイリちゃんが結界破り側なら私もそっちに行きたいな。部長が指揮を執ることになったなら私がいなくなってもいいでしょ?」


 そんなこと言い出すミスラ先輩。わたしに対して、そんな意気投合した感じを受けたのでしょうか。


「ダメですよ」


 ですが、クローディア先輩がぴしゃりとそれを断ります。


「戦闘部隊はいればいるほどいいんです。こっちは部長と交代で私が付く予定になりましたから、あなたは変わりないです」

「そりゃ、クロ先輩ほど護衛役はうまくやれないと思うけど……」


 むーん、と不満そうなミスラ先輩。

 と、そこでルカ先輩からの目配せに気づきます。頼むよ、というような表情。


「……」


 えーと……。


「ミスラ先輩、あの、ありがとうございます。でも、わたしたちだけでなんとか頑張れますから、戦闘部隊のほうを支えていただけると嬉しいです。あの、今度一緒にお買い物にでも行きましょう」

「うん。わかった!」


 超ものわかりいいですね!

 ……などというツッコミは心の内にしまっておきます。


 そんな様子をルカ先輩が満足そうに眺め、クローディア先輩が微笑ましげに見つめ、コンラートさんは苦笑して、ユウさんは呆れた顔をして見ていました。

 でもわたし、なんだかやっと一仕事をした感じがします。それにそもそも、ミスラ先輩はちょっとルドミーラっぽい感じがして、波長が合いそうな予感がします。


 そのままミスラ先輩を加え、結界破りの計画に話が戻る。さっきよりも賑やかな雰囲気になって話し合いが進みます。

 そしてあらかた今後の計画について話が終わると、そのままどんどん脱線していき雑談。話はヴェネト王国のお姫様の話に移ります。


「部長は、王女を部員にするつもりなんですか?」


 コンラートさんの質問。

 先ほど花束を渡してお祝いの言葉をかけると話していましたし、そのまま勧誘というのも自然ではあります。


 お姫様と肩を並べて部活、などと想像するとちょっと心が弾みました。まるで、物語みたいな展開です。

 とはいえ、そんなわたしの心中はすぐさま否定されます。


「いや、そのつもりはないぞ。お姫様の方から部員にしてくれって言ってきたら断るつもりもないけど、そりゃないだろ。あの国の王族は代々この学園に通っているけど、クラブに入らないのが伝統だ」

「え? 代々ここに通ってるの?」


 その言葉に、ミスラ先輩が不思議そうな顔をする。


「私、イリヤ=エミールと戦争中だからお姫様は安全なイヴォケードに入学するんだと思ってた」


 わたしも先輩と同様でした。というか、よく聞く噂もそんなものです。


 ここ数十年で急速に勢力を拡大してきたイリヤ=エミール帝国。世界に覇を唱えんと膨張する大国です。

 少し前からヴェネトとイリヤ=エミールの戦争の端緒が切られ、じりじりとヴェネト王国の国土が削り取られている状況だという話です。

 そして、その状況の中で王女を生かすために国外へと逃がす、それが今年の入学の真相だとよく聞きます。


「戦争が始まる前から、セレスティン王女のご入学は決まっていました」


 クローディア先輩が淡々と説明してくれます。


「亡命論の噂が出てきたのはここ最近。王国側の戦況の不利を煽るために帝国側がそんな噂を流して、士気の低下を狙っているんでしょう。情報戦は帝国の得意分野ですから」

「へー、その話も聞いたことあったけど、そっちが根も葉もない噂だと思ってた」

「困ったものです」

「さっすが、クロ先輩。出身国のことはよく知ってるんだねっ」

「みんな、知ってます、それくらい」


 茶化すようなミスラ先輩の言葉に、ふいと顔をそらすクローディア先輩。どうやら、イヴォケード魔法学園のお隣、渦中のヴェネト王国の出身の人のようです。


「セレスティン王女がクラブに入るというのは、考えづらいですよ。部長が言った通り伝統もありますけど、さすがにうちの部が大混乱になります。相手方も、一介のクラブに入るような無茶はまあ、ないですよね」

「ま、そういうことだ」

「なるほど、わかりました」


 まあそうですよね、と笑うコンラートさん。彼としても、ちょっとした話の種として振ってみただけなのでしょう。


「王女様かあ。わたしも、一目顔くらいは見てみたいですね」


 わたしはぽつりとそう呟く。

 顔写真は見たことがありますが、楚々とした雰囲気の美しい女の子です。少し眠たげにも見える優しく下がった眼差しが親近感を抱かせてくれるような雰囲気があります。

 儚げな雰囲気の王女様ですが、王族枠ではなく普通のイヴォケード学園生の中でも特待生レベルの魔法の才能があることで有名です。受肉の治癒魔法使いというのは稀有な存在です。通常の回復魔法では欠損した肉体を復元することができませんが、彼女にはそんな奇跡を起こす才能があるという話です。最高位の治癒魔法である受肉。すごいです。

 地位、容貌、才能。どれを取ってもわたしなんか比べ物になりませんね。


 ついつい、嘆息してしまう。


「大丈夫ですよ、ユイリ。見れます」


 思わず口をついたわたしの言葉に、クローディア先輩が答えてくれます。


「私たちが結界を破るんです。一緒に結界破りを成功させて、王女様に会いに行くんですよ」


 いつもは怜悧な表情のクローディア先輩の眼差しが優しい。


「……はいっ!」


 わたしは笑って、その言葉に答えます。

 なんだか、今回の結界破りを頑張れそうな気がしてきました……などと思っていると、先輩方がこっそりとガッツポーズのやり取りをしているのに気が付きます。


「あ」


 しまった。そうだ、わたしはそもそも結界破りに乗り気になってはいけない立場の人でした。すっかりそれを忘れていい返事をしてしまいました……。


「おまえ、乗せられてるからな」


 隣でずっと黙って話を聞いていたユウさんが、馬鹿を見る目でわたしを見ていた。

 すみませんすみません。











 歓談していると、前触れなく扉が開く。

 大柄な男子生徒がのっそりと中に入ってきました。

 胸元の宝玉は錬金術科を示す三角形の魔法石が埋め込まれ、藍色は六年生を示しています。コンラートさんが錬金術科の生徒が後から来るといっていましたから、この方がそうなのでしょう。

 ですが、見上げるくらいに身長差があるのでむしろ会話をするのも怖い感じなんですが。


 彼は他の部員の挨拶に「おお」とか「ああ」というようなことを口の中でもごもごとつぶやくと、空いている席の一つに座ります。


「ヴィクトール。この二人が昨日連絡した協力者だ」


 ルカさんがわたしたちを紹介してくれる。いえ、協力するとまでは言っていないんですけどね。

 その言葉に、ヴィクトールと呼ばれた大柄の先輩は、こちらをちらりと見やります。目の下にうっすらと隈があって、なんだか疲れた様子です。


「ヴィクトール・バイス・メザイアだ。よろしく」

「あ、はい。三年生のユイリ・アマリアスです。こっちは一年のユウ・フタバです」


 ユウさんの分もついでに紹介してしまいます。口を開きかけていたユウさんがわたしを二度見しました。あっ、どうやら、自分で挨拶しようとしていたのを遮ってしまったようです。どうせ自分で挨拶なんでしないだろうと思って他己紹介してしまいましたが、勇み足だったようです。

 ああ……失敗です。

 すみません、と小さく謝ると、「どうでもいい」と吐き捨てるように言われてしまう。


 しまったなあ、などと考えていると、ヴィクトール先輩がじっとこっちを見つめているのに気付きます。


「君、中和剤の新薬の子か?」

「あ……はい。多分そうだと思います」


 わたしの新薬のことが話題になったのは二年も前のことなのに、未だに覚えているようです。ユイリ新約。わたしのこの学園への入学のきっかけ。

 どぎまぎしながら返事をすると、相手はしきりに頷きながら考え込むような様子になります。


「あれは実用化には至ったのか?」

「えぇと、研究中です」


 停滞しています。まさか入学時から少しも前進していません、などと正直に言うわけにもいきません。


「そうか。あれは面白そうな研究だからな。がんばってくれ」

「はい。ありがとうございます」


 なんだか、何かの面談でも受けているような気分になります。


「新薬といえば、ヴィクトール。例の新薬はできたのか?」

「ああ。これだ」


 ルカ先輩の言葉に答えて、ローブの内ポケットから小さな麻袋を取り出してどさりとテーブルの上に置く。

 その衝撃でゆるく縛った袋から粉が噴き出し、化粧品にも似た粉っぽい匂いが立ち込めてきます。なんらかの魔法薬品のようですが、何なのかはよくわかりません。まあ、新薬と言っていたのでわたしの知識にあるようなものではないのでしょうけれど。


「静かに置いてください。粉っぽいです」


 クローディア先輩が忌々しげにヴィクトール先輩を睨む。


「ま、粉だからな。我慢してくれ」


 ヴィクトール先輩はそれに軽い調子で謝ると、薬包紙を取り出して中身をほんの少しその上に広げて見せます。さらさらとした砂粒程度の大きさの粉です。


「この間フォロンの奴にどやされたからな。改良した」


 言いながら、わたしの方を見やります。


「ミズゴケとホロホロ草と中性砂岩、竜の翼が主な原料だ」


 試すような口調です。

 恐れていた事態にわたしはおののきますが、幸い、薬効の方向性はわかります。この新薬は、わたしの専攻している中和剤に類する薬品のようです。


「えぇと、魔法効果の打消しが主な効果な感じがしますけど、あんまり強力にはしたくないという方針でしょうか。魔力の分散を防ぐ薬とかですかね」

「ご明察。さすが、中和剤での特待生なだけはある」

「それは、あの、どうもです」


 まぐれ当たりで過大評価された感がありますが、ものすごく胸をなでおろすわたし。本当にものすごく胸をなでおろす。よかった。


「魔力が漏れるのを遮断する中和剤だ。散布薬として使えるようにしてみた。前回は液体で作ったんだが、魔法陣の上にかけたら魔法陣が使い物にならなくなってな。竜の翼はホロホロ草の効果を和らげてくれるから入れたんだ」

「はぁ」


 曖昧に頷く。

 竜の翼はギザギザの朱色の葉っぱをつける高山草です。想像上の生物である竜、その翼に形が似ているからとそういう名前が付いているそうです。結構高級な素材ですので、わたしはあまり使ったことがありません。ですので、詳しい効果についても不勉強です。

 幸いにして相手はわたしがよく分かっていないことには気付いていないようで、効果についてルカ先輩と話をし始めます。


 わたしが興味深そうに薬包紙の中和剤を眺めていると、ミスラ先輩がそっとヴィクトール先輩の前からわたしの所へ持ってきてくれます。


「あ……。ありがとうございます」

「ユイリちゃん、すごく目がキラキラしてたよ」

「どうしても、錬金術科の血が騒いでしまうんです」

「へえぇ、そういうものなんだ」


 そういうものなんです。

 わたしは中和剤を手に取ると、指ですりつぶしてみる。調合して蒸留しているような感じですね。精製途中で均一に強い魔力で加工しているので、魔力の少ないわたしに同じような品質で作ることは無理そうです。試しにテーブルの上に魔力を乗せてみて、その上に中和剤の粉をかけてみると、たしかに魔力の隠蔽がなされています。すごい。

 中和剤は魔力の結合が主たる効能ですが、応用として魔力の打消しや素材の魔力の相乗効果を生み出すことができます。わたしがこの学園に入学する縁になった新薬は魔力の打消しを突き詰めたものですが、これはそれらのアプローチとはまた別のものですね。

 中和剤の材料を使ってはいますが、中和剤の範疇を飛び越えるような薬品です。すごいすごい。さすが六年生。


 わたしは思わず肩を揺らせて興奮してしまいそうになりますが、周囲のみんなはそうも驚いた様子もない。

 みんな錬金術科ではないからあんまり感懐もないのでしょうか。いえ、みなさんこれくらいの天才には見飽きているのかもしれません。


「楽しそうだな」


 じっくりと新薬を眺めているわたしに、ユウさんが失笑して言う。


「はい。ユウさん、見てくださいよ」

「もう見てるが」

「これ、すごいですよ。コストにもよりますけど、そのあたりの兼ね合いがつけば商品化できます」


 現実には、多分元値がかさみすぎる気がしますけど。


「そんなの知るか」


 全然わかっていませんねこの人。

 いえ、それも仕方がないですね。このあたりは、感性が違うと思うしかありません。錬金術師としての感動でしょうから。


「ねぇねぇ、ヴィクトール先輩。ユイリちゃんが商品化できるって。やったね」


 静かに興奮する様子のわたしを見て、ミスラ先輩がそんな話を振る。


「まあ、そうかもしれないが、まだ研究途中だからな」

「あの、応援してます」

「そりゃどうも。これも見てみてくれ」


 懐から小瓶を取り出し、先ほどわたしが試しに魔法の隠蔽をした上に液体の魔法薬を垂らす。すると、隠されていた魔法がぱっと復活する。


「わっ」

「隠したままの状態だと魔法がうまく発動しないからな。これで中和して発動させる」

「すごすぎです」


 もはやそう言うしかない。

 いわゆる、中和剤の中和剤ですね。そんなものが必要になるような合成は個人の研究でやる範疇を超えているんですが……。

 わたしは感激しているのですが、本人はそこまで喜んだ様子もない。うーん、これくらいの研究成果はいつものことという感じなのでしょうか。でも、そこまで悪い感じはしていないようです。


 最初に顔を見た時は体が大きくて威圧感があり、表情はげっそりしていて不健康そうな人でしたが、話をしてみるとそこまで変な人という感じはしません。コンラートさんが言ってくれた通り、もしかしたら結構仲良くやっていけるかもしれません。


 まあ、この部に入るかどうかはわからないんですが。











 それからしばらく部室でおしゃべりをして、やがてわたしとユウさんはおいとましました。

 帰りはミスラ先輩が部室棟の入り口まで送って行ってくれました。部の皆さんのアドレスも教えてもらって、なんだか急にわたしもクラブの一員になったような気がします。

 今回の計画のために引き込むために、という部分もあるのでしょうが、歓迎してくれていることに偽りはありません。

 これまでは実家への仕送りのお金を稼ぐためにあれこれと忙しく働いていてクラブに入るというのはあまり考えたことがありませんでしたが、仲間と一緒にどこかに所属するというのはなんだかすごくいいことのように思えました。


 教えてもらったアドレスというのは、中堅以上くらいの寮が備えている魔法の掲示板です。自分の魔力を入力するとメッセージを確認することができます。魔法技術以外のものですと、電報に近いですかね。

 今住んでいる銀の聖杯亭ではその施設が無料で使えるので、非常にありがたいものです。本来は有料ですので、以前のわたしにとっては縁のない代物でしたが。


 将来的には宝玉を媒体にして情報のやり取りができるようにして一人一台という時代を目指しているらしいのですが、遠大な目標です。大地に膨大な魔力をたたえるこの学園だからこそ、目指すことのできる目標ですね。わたしの実家などでは土地の魔力が足りなくて、こういう魔法はそもそも発動できないでしょう。


「わたし、魔法掲示板って使ったことないんですよね」

「さっき教えられたアドレスか」

「はい。ユウさんは使い方わかりますか?」

「わかるわけないだろ。そもそも、存在を知らなかった」

「あ、ですよね。わたしも田舎にいた頃はそんな魔法があるなんて知らなかったです。郵便も、毎日は来ないようなところでしたし」


 現在、全世界の主要都市の中では魔法掲示板の技術は確立しています。が、普通の町ではまだまだ箒に乗った郵便配達人がいくつかの町を回って集荷を取りまとめているという状況です。そして定期的に郵便局に郵便を受け取りに赴かなくてはなりませんでした。

 そう思うと、即時に伝言が伝えられる魔法掲示板は未来技術ですね。


「でも、せっかくタダで使えるみたいですので、よかったですね。わたしたちもこれからお互い伝言を残し合うようにするのはどうでしょう」

「面倒だ」

「……」


 ばっさり切られます。

 ああもう、わたしはユウさんを監督する責任があるので、そのあたりのこちらの事情も少しくらいは鑑みてほしいのですが。


「で、今日はこれからどうするんだ」

「買い物の続きですね。ユウさん、まだ服とか全然持ってませんよね」

「制服があるが」

「そうですけど、部屋で着る服とか、休日の私服とかありますし」


 まあ、この学園は休日も学生服を着ている生徒もいますし、そうすれば衣類は最小限に抑えることもできますが。

 わたしの言葉に、ユウさんは面倒臭そうに顔をしかめる。どうやら、お買い物が好きというタイプではないようです。


「適当に買っておけ。それを着る」

「いやいやいや。わたしも男の人の服はよくわからないので、そんなの無理ですよ。せいぜいお店の場所知っているとかですので」


 場所を知っているというだけで、評判は知りません。とんでもない服を選んでしまって大恥をさらすのは避けたいところです。

 そう思うと男の友達にでも同行してもらうのがいいのでしょうが、わたしには異性の友人はいません。錬金術科は比較的女子生徒の方が多い専攻で、わたしはその中でも完全に女子生徒の輪の中だけで過ごしていました。

 しかも一緒にいた生徒のみんなは卒業してしまったので、その伝手から誰か男子生徒に同行を願うのは難しいです。寮の男子はまだ別に親しくもないですし、そう考えてみると助けを求めるべくは第三魔術研究会の方々くらいしか思い浮かびませんでした。

 ……でも、この結界破りで忙しそうな時期に服を見繕ってくれとお願いするのも無理そうですね。今回の騒動が終わったら、頼んでみることにしましょう。


「うん、結界破りが区切りがついたら、そのあたりは始めていきましょうか」


 結局先延ばしにすることにします。まあ、すぐに困る問題ではないですし。


「いいようにしてくれればそれでいい」


 どうでもよさそうにユウさん。


「そういえば、その結界破りっていうのはいつやるんだ?」

「え、今日の午前中、部室での話を聞いてなかったんですか?」

「聞いていたが、忘れた」

「……」


 興味なさすぎですね。

 せっかくこの学園に入ったのだから、もっと面白がっても損はないのになあ、などと思いながらもわたしはその問いに答えます。


「結界破りの計画は、隣の国の王女様が入学してくるのを合図に実行に移すみたいです。そして、それは明後日ですよ」


 そう。明後日。

 結界破りの実行は、ずいぶん近くに迫っています。

 ユウさんの学園生活。ここから始まるお祭り騒ぎ。

 静かに過ごすというのがわたしたちに求められていることです。

 ですが、それでも、ちょっとくらいはここでの生活に興味を持って、楽しんでほしい。

 わたしは心の中ではそう思いながらも、あえてそれを口に出そうとまではしませんでした。

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