バトンタッチ
「愛をください」
神はTSUTAYAのアダルトコーナーで真剣に品定めをしている青年に声をかけた。
「はい?」
「人類の信仰心が貨幣に向かい幾星霜……もはや私を信じることさえ商売と化している。純粋に求められていた頃が懐かしい……お願いだ、人の子よ。私に愛をくれ、いや、ください。奇跡を信じて、私に祈りを奉げてください!」
神はその場に膝をつくと、戸惑う青年に頭を下げた。額を黒ずんだフローリングにこすり付けての懇願は、まさに神級の土下座だった。心動かされた青年は、陳列棚から今まさに取り出そうとしていた『今夜抱きくらべてみました嫁と義母』を元に戻す。
「神よ。あなたの願い、聞き届けましょう。でも、ここで私があなたに祈りを奉げたとしても、昔のように万人があなたを求めることはもうないでしょう。何故なら効力が現れるまで時間がかかり、その過程が不透明な奇跡というやつは、一度っきりの人生を賭けるにはあまりにも費用対効果が弱い!」
神は青年を見上げ、訴える。目には薄らと涙が浮かんでいた。
「モーゼの時のように、即効性のある奇跡だっておこせるんです! それならきっと人々も喜んで信仰心を取り戻してくれるはずです!」
嬉々として語る神に、青年は静かに首を振る。
「ダメなのです、神よ。短期間の内に成果を上げた、それは神の御業ではなく自らのスキル、もとい日々の自己啓発の結果として処理されてしまうのです」
神は青年の足に縋りつく。
「そんなこといったら、早いも遅いも関係なく、私のもたらした奇跡は全部それで片付いてしまうではないですか!?」
青年は神の手を取り、ゆっくりと立ち上がらせる。
「その通りです、神よ。いいですか? あなたは登場するのが遅すぎたのです。あなたがこうして顕現する前に、私たち人は色んなものを自らの手であみ出してきたのです。お分かりですね?」
全てを悟った神は悲しみに震えながら、何とか言葉を紡ぎ出す。創造主である自らの存在にピリオドを打てるのは、やはり自分しかいない。
「私は、今日をもって、神を引退する。普通の男の子に、戻るんだ」
青年は元・神に優しく微笑みかけると、財布からTSUTAYAの会員カードを抜き取り、一万円札と一緒に『彼』に渡した。
「しばらくは、これで」
「ありがとう」
彼は最後に自らの顔を青年のそれに変えると、陳列棚から『世界の腰つき厳選2時間!』を抜き取り、アダルトコーナーを後にした。
相貌を失った青年は、何もない空間をタップして『創造アプリ』を現出させる。神にのみ許された万能アプリだ。青年は空間を2回スライドさせて人類70億人分の画像を把握する。新しい相貌として青年が選んだのはキムタクとトムクルーズを錦織圭で割ったものだった。人の期間が長かったので結局ミーハーな選択になってしまった。
「まっ、でも、いい感じじゃん」
青年―もとい神は新しい顔に納得し、アダルトコーナーを後にする。一連の出来事を観ていたおっさんは、神のおこぼれにあずかろうと、神の追跡を始める。最初の神殺しまで、あと3日―。