シャルと夏の日その1!体育!
そして座学ではない授業のときのシャルは一段と元気だ。
体育の授業で外に出るとなると、尻尾の振りも更に激しくなる。
こうして改めて見ると、一日中激しく尻尾を振っているように思える。
いつか尻尾が千切れるのではないかと、冷や冷やしそうだ。
猛暑日だから冷えることはないんだけど。
「ご主人様、今日はマラソンの練習ですね!頑張りましょう!」
体操着のシャルは、まさに待ちかねていたと言わんばかりに元気よく声をあげてきた。
本当に楽しみにしていたみたいで、素晴らしい笑顔だ。
「マラソン大会近いからね。私は……そうだね。倒れない程度に頑張るよ」
そんな腑抜けたことを言っていると、突然あずみが私に飛び込んできた。
あまりにも突然だから回避ができずに、私はあずみに抱きつかれる。
暑い痛いの二重苦だ。
「にゃっはっはっは~!なぁに弱々しいことを言ってるんだい真理奈は!走るって素晴らしいことじゃないか!汗をかき、体力というエネルギーを使って限界まで走る!これって素晴らしいことではないと思わないかな?」
「どうだが…、あいにく私は疲れるのは嫌いだから…」
そもそもシャルの遊び相手で、普段から体力を大きく消費している。
だから、走らなくても常に体力の限界に挑戦している気すらする。
ちなみに私は走るのが苦手か得意かと言われたら、おそらく得意な部類に入るだろう。
そのことに関しては例によってシャルのせい……、シャルのおかげだ。
「そんなことを言わずに、このあーちゃん様と一緒に走ってみようじゃないか!是非ともマラソンのライバル第三号として真理奈を加えたいところだよ!」
あずみは自分のことを妙な名称に様と付け足しては、私から離れて小さい胸を強調しては張り切って言う。
しかしそう言われても、あずみと肩を並べられる気はしない。
私が全力の本気じゃないからとかではなく、あずみは人外レベルの走力を持っているからだ。
まぁ、朝の登校の時でそれは再確認済みだ。
「ご主人様があずみさんのライバルになったら、同時に私のライバルでもありますね!いくらご主人様が相手でも、私は手加減はしませんよ!」
「大丈夫よ、あずみのライバル第一号の競走犬シャル。私はあんた達の領域には決して届かないから」
シャルも全力で走れば人外の速さを発揮する。
いや、一応犬だから元から人外みたいなものではあるのだけど。
それを踏まえてもシャルの本気の速さ、というより持久力がとてつもない。
「貴方達、この炎天下でずいぶんと元気ね……。よくマラソンでそんなに張り切れるわ」
あずみとシャル、ついでに私で騒いでいたら香奈恵がすでに辛そうな表情で話しかけてきた。
なんだか顔が青白く見える。
肌が白い香奈恵だけど、今の白さは不調子に見られる色合いだ。
かなり暑さにやられてしまっているんだろうな。
そう思っていると、濡らしてよく絞った冷え切ったタオルを手にしたメイドロボットの春がやってくる。
「香奈恵様、大丈夫ですか?調子が悪ければお休みになられた方が……」
「大丈夫とは断言できないけど、おおむね平気よ。まだ吐き気や倦怠は感じないわ。走りきれるかは別だけど」
「なら無理せずにお願いしますね?呼んで下さればいつでもトップから戻って助けに行きますから」
春は心配そうに言いながら、冷たいタオルを香奈恵に手渡す。
香奈恵はそのタオルをおでこに当てては、走る前から煮え切った頭の温度を下げることに徹し始めた。
まるで走りきったマラソン選手みたいで、本当に大丈夫なのかと私ですら心配になってしまいそうだ。
しかしそんな如何にも疲れている香奈恵のこと気にせずに、あずみは元気よく声を張り上げた。
「春さん!今、トップとか言ってたけどトップは譲らないから!トップは常にこの私、あーちゃん様で無ければいけないのだ!」
まるで創作物に出てくる軍事国家の偉人みたいなことを、あずみは高らかに言い切った。
その言葉にシャルは目を輝かせている所を見ると、これは名言だ、とか思っていそうである。
シャルのことだからきっと今の言葉はいつか使ってくる。
どうでもいいことだろうけど、断言してもいい。
あずみの宣言に反応して口を開いたのは春ではなく、香奈恵だった。
それは春の性能を知っているからこその発言である。
「あずみ、それ本気で言ってるのかしら?前々から教えてあげようと思っていたのだけど、春は時速八十kmで走れるのよ。動物で例えたらライオンの最高速度と同じなんだから。もっと分かりやす言うと、あの有名なウサイン・ボルトのだいたい二倍の速さね」
なかなかのハイスペックだ。
しかしメイドロボなのに、そこまでの走力が必要なのか疑問だ。
そもそもライオンは四足であるからこその速さだ。
春は二本足で走るわけだから、単純に考えてもライオン以上の走力が備わっていると考えていい。
きっと本気で蹴られたらコンクリートの壁が砕けるに違いない。
「えぇ、そこまで速いの!?さすが私のライバル第二号!逆にやる気が湧くってものだよ、にゃっはっはっはっは!それに春さんに勝てれば、私は世界一速い人間になれるんだね!うわぁ、ギネスブックに載るの楽しみ~!」
シャルに劣らずのすごい思考だと感心する。
こうも前向きに物事を捉えて生きていけたら、さぞかし人生が明るくて楽しいだろう。
それにしてもこのクラスのマラソンの三トップが、人外だらけになってしまいそうだ。
あずみはちゃんとした人間だけど、私の中では人外みたいなものだよ。
朝の登校に限らず、色々と武勇伝があずみにあるからね。
一週間も山で遭難しても何ともなかったとか、数kmある湖を泳ぎ切ったとか、仙人に修行つけてもらったとか嘘か本当かよく分からないことだらけではあるけど。
「あ、ご主人様。そろそろ準備体操が始まりますよ!ペアで柔軟体操がありますから、そのときは組んで下さいね!」
「背中を合わせで体を伸ばすとき、尻尾で私の背中を毛だらけにしないならいいわよ。あと興奮しないこと」
「くぅん、ご主人様イジワルですぅ。いいじゃないですか、少しくらい欲情しても!ほら、こうしてご主人様の体に触れていると私の体が熱くなってしまうの、分かります?」
シャルはそう言っては、無邪気な笑顔で私に近づいて抱きしめるようにしてきた。
確かに暑い。
体がじゃなく、気温がね。
「もう…適当なこといって、ベタベタしないでよ。熱いのは気温のせいでしょ」
「むぅ、いくら猛暑でもご主人様の心は冷たいですね。愛犬シャルは悲しいです…」
呟きながら離れては、あからさまに落ち込んでシャルは物哀しい顔をしてしまう。
さすがに突き放した言い方だったかと私は後悔して、思わず慌ててシャルに慰めの言葉をかけた。
「ちょ、ちょっと…、冗談なんだからいきなりそこまで悲しそうな顔しないでよ。あぁ、もう!少し言いすぎたわ、謝るから許してあげるから悲しい顔をしないでシャル」
私がそう言うと、さっきの悲しそうな顔から嬉しそうな顔へとシャルは瞬時に切り替わった。
そして満面の笑顔で叫んできた。
「ワン!許してあげるってことは、つまりは何でもしていいってことですね!なにしても許されるってことでいいんですよね!?それならペアで準備体操の時に、たまたまうっかりご主人様を押し倒しても問題ないですよね!それから思いっきりぎゅーーって抱きしめて、ご主人様の顔を舐めても許されますね!そこから更に誤ってご主人様の匂いを嗅いだり、体操着がはだけたり、脚を絡めてしまっても仕方ないですね!そしてそれからそれから…!」
「何暴走してるのよ。本当にそんなことをしたら一晩中リードをつけてポールにでも括りつけるわよ」
「わぅん!?それは嫌です!ご主人様の匂いを嗅がないと死んでしまいます!大好物のウインナーを頬張らないとストレスで死んでしまいます!やめてください!お願いします!調子に乗ってました!誠意を見せて反省のポーズ!」
シャルは懸命に叫んでは校内のグランドにある近くの木に手をかけては、頭を下げた。
その反省のポーズは猿の芸だ。
何か間違っている、というか思いっきり間違っている。
本当、騒がしいけど面白い飼い犬だ。