シャルと夏の日その1!天才とメイド!
その二人のクラスメイトを見るなり、シャルは勢いよく扉を開けて、窓ガラスを突き抜けるような大声で挨拶の声をあげた。
「おっはよーございます!名だたる番犬シャルでっすよー!香奈恵さんと春さん、改めておはよーですぅ!」
シャルの声に反応して、小柄で華奢な体の青髪の女の子はパソコンを触る手を止めた。
「あら、シャルちゃんじゃない。おはよう」
「はい香奈恵さん、三度目のおはよーですぅ!」
シャルは教室へと入りながら、香奈恵と呼んだ華奢な青髪の女の子にまた挨拶を返した。
シャルは挨拶が好きというより、大声を出すのが好きなのだ。
続けて桃色の髪をまとめあげている女性の方も、続けて挨拶を交えてくる。
「シャル様、おはようございます。今日もお元気そうで何よりです」
容姿端麗で桃色の髪の女性は丁寧に頭を下げては、優しい口調で言葉を発する。
シャルの元気ある声とはまた違う、健康的な声だ。
それに優しい笑みを浮かべるあたり、またシャルとは違った明るさがある。
「春さんにも三度目のおはよーなんですよ!そういえば、今日のメンテナスは済んでいるんですか?」
春と呼ばれた女性は、シャルの質問に愛想笑いをして答える。
完全に自然な笑みで、普通に愛想の良い人間より気持ちを良くさせる表情だ。
「えぇ、簡易的なメンテナスは済んでますよ。一定時間経つ度に、自動的に私の体内のプログラムが作動してチェックを入れますから。スキャンは済んでますし、通常通りです」
「なるほどー!さすが春さんですね!私の体にも勝手に悪いところを探す能力が欲しいですよ!」
シャルは笑顔で言うが、多分春の言葉をよく理解していない。
何をどう理解していないのか指摘するのは難しいが、会話が微妙に変だから理解する前に声にしていることは分かる。
私もシャルに続いて教室に入っては、軽く香奈恵と春に挨拶を返した。
「おはよ、香奈恵。それと春さん」
「おはよう真理奈」
「真理奈様、おはようございます」
香奈恵はノートパソコンの方に視線を移しながら挨拶を返しては、すぐにパソコンの操作に戻る。
相変わらずクールというか、マイペースな性格であると思う。
それに比べて春の方は凄く礼節をわきまえている。
この春の生みの親が、香奈恵だと思えないほどにだ。
そう思っていると春は突然、耳についている機械のカバーに触れては香奈恵に報告をしだした。
「香奈恵様。今しがたお姉様たちから連絡が来ました。近いうちに、私のお姉様達が日本に帰って来れるそうです」
「あら、そうなの?ずいぶんと早いわね」
シャルは二人のやり取りが意味不明だったので、遠慮なく何のことを言っているのか質問をする。
「お姉様ですか?春さんに姉がいたんですね!それに日本に帰ってくるってことは帰国子女というやつですか!どこの外国に行っていたんです!?」
「イタリアですよ。そこで違法的に戦闘ロボを使用している組織があって、その始末をしにお姉様達が行っていたんです」
春がそう答えたのだが、あまりにも突拍子もない言葉に私とシャルは絶句する。
いや、厳密にはリアクションに困って言葉が詰まったのだ。
おそらく彼女たちは違う世界に住んでいるのだろうと、思わずにはいられなかった。
人の姿をしている犬と暮らしている自分が言うのも変な話ではあるのだけど。
私は戸惑いながらも香奈恵に話した。
「…香奈恵、相変わらずよく分からないことをしてるのね」
「そうかしら?私は会社経由で手を貸して欲しいっ言われて行かせただけよ。それに春の姉は二人いるけど、一人は最新式のメイドロボでもう一人は旧型だけど、元は完全なる戦闘用のロボ。どちらもメイドとしてデータを成長させているけど、戦闘に関しては護衛機能として備わっているわ。護衛機能のテストと思えば変な話ではないものよ?」
「うーん、日本にそこまでの護衛機能って必要なのかしら」
「何も護衛機能は戦闘だけを指すものではないのよ。緊急な事故にあって、主人を救出するのも護衛の一環なの。…確かに、一人でどこぞの大国の海軍の第二連隊を降伏させた時は、機能強化しすぎたとは思ったけど」
この香奈恵って子は、メイドロボを世間に流通させた開発者でいわゆる天才的な人だ。
特に流通させるために試作で製作した彼女専用のメイドロボは、流通しているメイドロボとは次元そのものが違うらしく完全にオーバーテクノロジーらしい。
春って子がその香奈恵専用のメイドロボの一体で、やはり流通しているメイドロボと比べたら異常みたい。
仕草や表情、思考から発想力に至るまで人間と遜色ないのはこの春だけと聞いている。
流通していると言ってもよくメイドロボを見かけるわけではないから、どれほど機能に差があるのか私にはわからないのだけど。
「にゃはあー!香奈恵っちも春っちも早すぎるよー!朝の何時から教室に来てるのさー!」
突如、教室の入口からそんな叫び声が聞こえた。
あずみが悲壮感から復活したらしく、驚く程に元気になっている。
うん、こっちも普通の人と比べたら異常な力、というか活力がある。
「あら、あずみいたのね。一応言っておくけど、別にそんな早く来てないわよ。そうね、だいたい三十分前と言った所かしら」
朝の一分の差は大きい。
そう考えたら三十分早いのは相当な話だ。
「なぬ、三十分か…。それなら早起きすれば香奈恵っちより早く…」
「あ、言っておくけどそれより早く来ても学校は開いてないわよ。鍵が開放されるのはだいたい同じ時間で、私が登校した時間だから」
「にゃは~。…あー、つまり窓から入ればいいのか!二階なら…余裕で登れる!これで明日からは私が一番乗りだよ!」
あずみはそう元気よくいうが、本当にそんなことをしたら補導でもされそうだ。
そうしたら一番早く登校しても、教師に説教されるハメとなって、一番遅く教室に入ることになるだろう。
あずみの非常識な言葉を聞いては、香奈恵はわざとあずみには聞こえない声量で呟いた。
「…本当は五分前なんだけどね。面白そうだから黙っておこうかしら」
「か、香奈恵様…あはは」
香奈恵の冷めた言葉にいつも愛想笑いしている春ですら、苦笑いを浮かべていた。