シャルと夏の日その1!朝食!
着替える制服はブレザーだ。
ベージュの上着に黄色と緑のチェックのスカート、そして一年生の証である白いリボンの至って普通の学校制服というべきだろう。
「ごっはん~ごっはん~!味噌汁に卵、おっつけものにウィンナー!」
シャルは食卓で朝ごはんを前にして、えらくにこにこ顔だった。
飽きないのかシャルはいつも同じだろうと満面の笑顔で食事をする。
元が犬だからか分からないけど、シャルは食べることに関しては凄く好きだ。
それも何でも食べてしまう。
味噌汁に玉ねぎが入っていても気にしないし、この間はチョコレートも平気で食べていた。
姿が人間である以上、栄養分解とかは犬とは明らかに別なんだとは思う。
レントゲン写真を撮ったことあったけど、医者は何も言ってこなかったから。
「シャル。待て」
私が手のひらを向けて待てのサインを出すと、ピタッとシャルは姿勢を石像になったように止める。
そして表情を中途半端に固まった状態で、私に恨めしそうな目で見てきた。
早く食べたくて仕方ないのが、誰が見てもわかる。
「箸を手に取りなさい」
「…箸、ですか。わぉん………」
シャルは箸の扱い、というより手作業全般がどうも苦手らしい。
食事も最初は犬食いを見逃していたけど、学校や外食ではそうもいかず箸の特訓をさせていた。
未だにフォークとスプーンすら満足に扱えないシャルだったが、最近は箸を多少は使えるようになっている。
使う箸は小さなお子さんに使わせるような、箸の頭にゴムが付いたやつではあるけど。
「ご主人サマ、知ってますか?犬が前足を使うのは大きなものを食べるときだけなんですよ。人で言うとフライドチキンとか…あぁ単語を口にしただけでおいしそう…、じゃなくてそういうものでしか犬は手を使わないんです。豆とか細々としたのは大きな口で、がぷぅと直に食べるのが一番効率がいいんですよ!」
「似たようなことを初めて箸を使わせるときも聞いたよ。その食べ方の方がおいしいとか何とか…、でもあなたは一応は人間と同じ姿しているんだから、箸ぐらい使えるようにしなさい。慣れたらきっと字も少しは上手くなるはずだよ」
「うーん、それは私が初めて箸を教えて貰った時に聞いた気がします」
「そんなことどうでもいいから、箸を使いなさい。ほら」
私に促され続けて、ようやくシャルは箸を手にとった。
正しい持ち方にするのに最初は両手を使う有り様だけど、ここは優しく見守るしかない。
うまく持つ段階にきたら褒めてあげる。
これはシャルや犬にとっては大事なことだ。
褒める、というのは犬に限らず立派なコミュニケーションの一つだ。
だから私はよく褒めてあげたり、声をかけてあげている。
もちろん躾として、今のように生活の仕方に指導もきっちりとしていく。
「見てくださいご主人サマ!持てましたよ!さぁ頂きますしましょう!頂きます頂きます!」
シャルは尻尾を大きく振って、すでに連呼してもう待ちきれない様子だった。
私はその姿を微笑ましく思いながら、シャルと一緒に食事の挨拶をする。
「そう、よくできたねシャル。私は嬉しいよ。じゃあ、頂きます」
「いたぁだきまぁす!」
シャルは好きなのから食べるから、一番はウィンナーを箸で突き刺して口の中に運んで頬張った。
刺し箸だとフォークと扱い変わらないなぁ、と思いながら私はシャルの食べる姿をみつめる。
そしてシャルはウィンナーを咀嚼して、これ以上にない幸福といった顔で喜んでいた。
「あぁ……、ウィンナーを最初に作った人は偉大ですねぇ…。口に広がるこの肉特有の匂い、最高です…!パリッと食感も犬としてはすごく評価高いですよ。やっぱり噛みごたえがないといけないです!」
シャルは早食いで、すぐに料理をパクパクと口に入れては噛み砕いて飲み込む。
どれもおいしそうに食べていったりと、真夏の朝からよくそんなに食欲があるものだと感心してしまう。
「はふぅ…おいしいです!」
恍惚とかしたその顔が誇大表現じゃないと分かるほどに、シャルは幸せそうだ。
何度も噛んでは喉に通す最後の瞬間まで、味を楽しんでいる。
これほど食べている動作だけでおいしいと伝えているシャルは、凄いと思えてしまう。
「そう、良かったわね。…そういえばシャルって嫌いな物とかあったけ。いつも何でも好きそうに食べてるから、無いのだと私は勝手に思っていたけど」
「そうですか?実はこうみえても嫌いなものありますよ。梅干とか酸っぱいものは基本的に厳しいですねぇ。初めて食べた時はトイレでこっそり吐いちゃいましたよ!あっはははは!」
「吐くって……シャル…」
笑顔で朝食に吐くという言葉使うあたり、動作や仕草だけじゃなく、発言にも指導がいるなぁ。
そう考えながら私は味噌汁を啜って、シャルの食べ方を見守った。
犬だからか啜るのも苦手みたいだし、食事一つでもシャルは大変な思いをしないといけない。
なのにこうも楽しんで食事をできるあたりは、さすが犬というよりシャルらしいなと思えた。
「あ、ご主人サマ!おかわりいいですか!?」
「え?…やめておきなさいよ。朝から食べ過ぎは良くないわ」
私は注意して適切な量にするようにと促してみるが、シャルの輝く目がもっと食べたいと口にするまでもなく訴えかけていた。
尻尾もパタパタと振っていて、一応聞いてるだけで私はおかわりしますよーってのが見え透いている。
それでも良くないことはダメだと、躾けなければいけない。
あくまでシャルは人の姿をしてようと犬なのだ。
だから飼い主である私が、ベタベタに甘やかすのは健康の面では危険な話だ。
まして食事は特にデリケートであるべきな問題だ。
「だめですかぁ?ご主人様ぁ…くぅうん」
「シャルは一度許したらいつまでも食べちゃうんだからダメだよ。体によくないし、何より学校に遅れるから」
「わふぅ…そう、ですね。なら我慢します!その分、今食べれなかった分だけ昼と夜と次の日の朝は沢山食べますよ!満漢全席を私一匹でたいらげるぐらいに!」
私より体は小さいのに、冗談じゃなく聞こえてしまうのがなかなか恐ろしいところだ。
シャルは妙に固い決意を掲げて、箸を置いて両手の平を合わせる。
そして深々と俯いて、私が普段教えている通りに食後の挨拶を口にした。
「ごちそうさまです!…さぁご主人様!準備してすぐに学校行きましよう!お友達の皆さんが待ってますよ!」
「そんなまだ慌てる時間じゃないんだから落ち着きなさい。急いで行っても、別に速く会えるわけじゃないのよ?」
シャルは人懐っこいというべきか、他人に会うのが比較的に大好きな子だ。
だから誰とも打ち解けやすいし、誰にでも優しく楽しく接する。
そしてこのシャルのテンションについていけさえすれば、シャルはその人には友達的な意味で好意を抱いて特に遊ぼうとしだす。
「なら、ご主人様!公園に行きましょう!通学路の途中にある、いつもの公園です!あそこで時間を潰しましょうか!」
「朝から遊ぶつもり?まるで小学生ね」
「ふっふっふ~。いつ遊ぼうとも年齢は関係ないんですよ~。ご主人様のは偏見ってやつです。それに私はまだまだ幼いという年齢ですから!ということで行きますよ!」
「あ、ちょっと…!食器くらい片付けなさいよ!」
私が呼び止めようとした時にはすでに遅く、シャルは食卓から姿を消して二階の方へと移動していた。
そしてすぐに私のスクールバックと自分のスクールバックを持ってきては、シャルは玄関の方へと走っていく。
無駄に足が早かったり俊敏なのは犬だからか。
どちらにしろ、自分の思ったことをすぐに行動を移すのには感心する。
「ごめん、お父さん。シャル行っちゃうみたいだから行くね!行ってきます!」
私は慌ててシャルの跡を追っては、玄関の方へと駆けていった。
するとシャルはすでに黒のハイソックスに茶色のローファーを履いていて、今にも飛び出していきそうな雰囲気だった。
朝ご飯を食べて、すぐにこれだけ活発に動ける辺り凄いとは思う。
おそらく私が真似したら、腹痛でも起こして玄関の前でうずくまっている。
「はいご主人様、鞄です!」
シャルは耳を動かしては、玄関についてるガラスから漏れる朝日より眩しい笑顔を浮かべてきた。
ガラスを通る日光の屈折のせいで、シャルの笑顔がカラフルに一層輝いて見える。
思わず私はその笑顔に癒され、なんだかほんわかした気分になってしまう。
うん、笑顔が可愛い。
何よりこの屈託のない笑顔を見ると、やっぱり私はシャルが好きだと思える。
「ありがと、じゃあ公園は少しだけだよ。シャルは遊ぶと、時間をすぐに忘れて夢中になるんだから」
「夢中になれない遊びは遊びじゃありませんよ!夢中になれる事だからこそ遊びと呼べるのです!」
「んー、何かいい事を言おうとして意味不明なこと言ってない?私には何を言いたいのかイマイチ伝わってこないわ」
「そんな!私の秘蔵の語録集、名言その一が分からないなんて!なら次はもっと分かりやすいのにしますよ!」
そう言ってはシャルは手帳を取り出して、今発言した遊び云々について書いてある言葉に横文字を引いて塗りつぶした。
他にも言葉が書いてある所を見ると、手帳にはそんな言葉ばかりを書き溜めているみたいだ。
思わず私は少し呆れ気味に、言葉を漏らしてしまった。
「…あんた、夜中に勉強してると思ったらそんなこと書いてたのね。何に影響されてなのか分からないけど、また奇妙なことを……」
「ふっふーん!犬は興味や関心が強い動物ですからね!私も例外ではありません!特に今は数字に一番関心を持っているのですよ!なぜだか分かりますか!?」
「いきなりナゾナゾか何かのつもり?まさか鳴き声にかけて、ナンバーワンだからとか無理に繋げるつもりじゃないでしょうね?」
「…くぅん、さすがご主人様です。冴えてますね…。言い当てるからドッグリしました」
ドッグリ?
もしかしてドッキリを犬のダジャレ風に言ったつもりなのだろうか。
さすがに無理がありすぎて酷いことになっている。
「もう無理してダジャレとか言わなくていいから。さぁ、行くなら行くよ。こんなことで朝の貴重な一秒一秒を無駄にしたくないんだから」
「一秒…一秒か………。なるほど、ナンバーワンから畳み掛けると上手く言った感が増しますね…」
「くどいわよーシャル。これ以上ダジャレ関係を口にしたら、本当にジャーキーあげないんだから」
「それは勘弁です!中毒にかけたダジャレとか一瞬頭をよぎりましたけど口にしないからジャーキーはください!何でもしますから!何でもしますからああぁあぁあぁ!わぅーん!」
私がシャルの横を通り過ぎて先に玄関から出ると、後ろからシャルは泣き顔でそう叫びながらついてくるのだった。