シャルと夏の日その2!休日!
朝。
私の目覚めは何者かの視線によってのものだった。
寝ていても気づくほどの熱い視線。
それほどに気配というものを私は感じてしまい、少し気だるさを覚えながらも体は寝かせたまま目を開ける。
「……おはよー、シャル」
私の視線の先には部屋着姿のシャルの姿があった。
相変わらず朝から朝日に負けていないほどの輝かしい笑顔を浮かべていて、尻尾と耳を激しく動かしている。
内心、私はやっぱりシャルかと思いながら体を起こそうとしたとき、先にシャルは大声をあげながら私に飛びついてきた。
「ご主人様、おっはよーございます!今日も今日とて、可愛さではナンバーワンのシャルちゃんですよ~!今日もいいお天気です、わぅん!」
「う~、さすがに寝起きは頭に響くから大声は勘弁して…。って、今は何時よ。まさか、また早起き?」
私は自室にかけてある小さな壁掛け時計に視線を移すと、時計の短い針がちょうど六時を差している所だった。
つまり今は六時ということで、起きるには少し早い。
いや、そもそもシャルは今日は何の日なのか知っているのだろうか。
今日がどういう日なのか分かっていれば、六時の時間に起きるのは少しではなく相当早い。
「早起きは三文のお得意様ですよ!さぁ、学校に行く準備をしましょう!」
「お得意様って…微妙に間違っているわよ。それと今日は学校は休み。休日だよ」
「わぅん!?今日は休日だったのですか!」
「前にカレンダーの見方を教えたと思うけど……、青色で数字が書いてある日は土曜日だから学校は休み。記憶にないの?」
「うーん、昨日を木曜日と勘違いしてました。うっかりシャルちゃんです、てへっ」
シャルはわざとらしい反応として、舌を出してウインクしてみせた。
あからさま過ぎる気もするけれど、今更どうこう言う気はない。
「じゃあ、そういうことだから私はもう少し眠るわ。起こさないでね」
「えぇ、ご主人様まだ眠るんですか!?今日が休日なら、尚更早起きして出かけましょうよ!」
「今、まだ六時よ?早起きはいいけれど、さすがにちょっと早すぎるわ」
「早起きは三文のお得意様…」
「三文の得ね。でもシャル、知ってる?二度寝って損しているようで実は得なのよ。なにせ二度寝は最初に眠るより幸福感が強いの。睡眠不足が増える昨今、眠ることに幸福を覚えるというのは素晴らしい話だと思わない?」
私の思いつきの言葉に、シャルは一瞬だけ考える仕草をした。
しかしそれは本当に仕草だけで、すぐにシャルは否定的な言葉を口にする。
「体を動かせば、常に睡眠に幸福を覚えれますよ!ということで外に出ましょう!早く!そもそも昨日、公園で遊ぶ予定だったのにできなかったんですから、公園に行きましょうよ!フリスビーのキャッチとかできますよ!」
「別にフリスビーでもいいけれど、もう少し人間らしい遊びにしたら…?あぁ、もう分かったわ。起きるから、あまりベタベタしないで。今日も暑いんだから」
私は夏の暑さとシャルの熱意に負けて、嫌々ベッドから身を起こして寝ぼけ眼をこする。
そして一度大きなあくびをしては、シャルの頭に手を置いて撫でた。
突然のスキンシップとも言える私の行動に、シャルは驚きながらも、尻尾を激しく振って嬉しそうな声を漏らす。
「わわっ、ご主人様。急になんですか?恥ずかしいのですよ…!」
「シャルって急に撫でられると弱いのね。昨日も撫でられて、大人しくなったし」
「きっとご主人様の撫でなで攻撃には癒し効果があるのですね。同時に胸の昂まりも覚えてしまいますが」
「発情はしないでね」
私は身の危険を覚えて、すぐに撫でるのをやめる。
それから踵を返して、部屋から出ようとすると慌ててシャルが私の後ろ姿を追ってきた。
「わぅん!ご主人様、置いて行かないでくださいよ!ところで結局、公園には連れて行ってくれるのですか?」
「うーん、どうだろう。私は個人的には家でくつろぎたいけど…」
私がそう口にすると、反射的な早さでシャルは外に出ることを勧めてきた。
どうしても私と一緒に外に出たいと言わんばかりの口調で、くいついてきそうな勢いだ。
「いきましょう、公園。何だか今日は公園では運命の出会いがある気がします!」
「なに、私にとっての運命の人でもいるのかしら?それは魅力的な言葉ね」
「ダメですよ!ご主人様の運命の人は私ですから!」
厳密にはシャルは人ではない気がするし、他にも言いたいことができたが、私は口に出さず慌てるシャルの姿を見て薄く笑う。
そしてこのあとはシャルの提案通りに、私とシャルは顔を洗ってから朝食を済ませて、それぞれで外出する着替えと用意を済ませる。
きっと動き回るだろうと、私は軽装で動きやすい服装にした。
オシャレというより、運動服に近いだろう。
「シャル、準備はできたの?」
「はい、できましたよ!さぁ早く行きましょう!もう楽しみで仕方がないです!」
シャルは嬉しそうな声をあげながら部屋から出てきた。
案の定、シャルの服装も動きやすそうなものではあるようだが、どういうわけかミニスカートだった。
いつもはホットパンツだったりするのに、なかなかに珍しい。
「そう、準備ができたなら行くわよ。遊び道具はシャルが持ってね」
「任せてください、ご主人様!お使いもこなせる犬のシャルですよ!荷物持ちは大の得意です!」
「荷物持ちが得意って初めてきいたわ。運送屋にでもなるつもり?」
シャルは大きな肩掛けのバッグを背負い、茶色の毛の尻尾を振っては私の前に立つ。
そして私を先導するかのように、早足で家の玄関へ向かって歩きだした。
「ではパパ様、行ってきますですよー!」
「ちょっとシャル、待ちなさいって…!お父さん、行ってくるねー!」
私は急いでシャルの後を追って、シャルに続けて家から出て行った。
シャルの足取りは軽く、公園へと一直線に向かっている。
今日も天気が憎いほどに良い。
今は朝だからまだ気温が低くていいが、この日照りの様子だと、すぐに気温は上がって猛暑となるかもしれない。
「ほとんど手ぶらで来ちゃったわ…。タオルか何か持ってくるべきだったかしら」
私が自分の軽率な行動に後悔して呟くと、シャルはバッグを漁りながら振り返ってきた。
一体何かと思うと、私が訊く前にシャルはバッグからタオルを取り出してみせる。
「大丈夫ですよ、ご主人様!熱中症対策はバッチリです!いつでも安心して倒れてくださいね!」
「……倒れても大丈夫じゃなくて、倒れないように気遣ってくれたら嬉しいわ」
「ふっふっふー!もちろん冷たいお飲み物も持ってきてますから、倒れる心配は薄いと思って問題ないですよ!」
シャルはそう言っては、バッグから水筒を取り出してみせた。
いつ準備したのだろうか。
これでおやつまで入っていれば、まるで遠足に持っていくバッグみたいだ。
シャルのことだから、バッグにおやつが入っていてもおかしくないのだけど。
私がそんなことを思った矢先、シャルはバッグからジャーキーを取り出しては口に咥える。
なるほど、遠足のバッグだ。
「さて、ご主人様!公園に着いたらまずは何をしましょうか!?駆けっこ、鬼ごっこ、愛の抱擁、フリスビー、ブランコと何でも来いですよ!」
「まるで小学生ね。あと、何か一つ変な言葉が混ざってなかったかしら」
「細かいことは気にしたら駄目ですよ。それで何して遊びますか?」
「シャルの好きな遊びでいいわよ。遊びならね。だから抱擁とか明らかに遊びじゃないのは却下よ」
「うーん、悩みますね…。色々と遊びたいことは多くありますが……」
そしてシャルは何で遊ぼうかと考えて唸っている間に、私たちは公園へと着いた。
まだ朝が早いせいか、さすがに休日でも公園に子供の姿はない。
私は誰もいない光景を見て、なぜこんなに朝早く公園で遊ばなければいけないのだろう、と僅かだけ思ってしまう。
「ご主人様、とりあえずキャッチボールしましょう!キャッチボールしながら考えます!」
「キャッチボールって……、ボール持ってきてるの?」
「はい、当然です!野球グローブもありますよ!」
「……おかしいわね。家に野球グローブなんてあった記憶ないのだけど」
「そうなんですか?でもありましたから持って来ました!はいご主人様!」
私はシャルから野球グローブを受け取って、ぎこちない手つきでつけてみる。
野球グローブは少しくたびれているから、動かしやすくはある。
それでも慣れていないから、上手くボールを掴める自信が無い。
でも、どうやらそれはシャルも同じで、最初に投げようとしているシャルは何度もボールを手元から落としていた。
「ちょっとシャル、ちゃんと投げれるの?」
「だ、大丈夫ですよ…。ドッジボールの感覚で投げればいいんですよね」
「だいぶ違うと思うけど……、とにかく投げてみなさい」
キャッチボールするにしても、まずはボールが飛んで来ないと投げ返しようが無い。
このまま会話だけのキャッチボールをしてもいいけれど、それだと家に居るのと何ら変わらなくなってしまう。
「いきますよーご主人様。覚悟っ!」
シャルは威勢よく叫んでは、ようやく私に向かってボールを投げてきた。
だけどその投げ方はキャッチボールというのには似つかわしくないもので、まるでピッチャーの投げ込みの構えからの投球だった。
投げ方が悪くとも力いっぱいに投げられたボールは、かなりの速さで私の顔へと向かって飛んでくる。
私はとっさに危ないと思っては、体で避けるより先に、手が反射的に顔を守る動きになっていた。
「うわわっ!」
スパァン、と革が鳴らす特徴的な音が気持ちいいくらいに聞こえてきた。
同時に私は後ろへとこけてしまい、尻餅を着く。
だが私の体勢は崩れたものの、ボールは確かにミットに収まっていた。
「ご主人様、大丈夫ですか!?」
「大丈夫…だけど、もう少し気をつけて投げてちょうだいシャル。これだとケガしちゃうわ」
「くぅん…、ごめんなさいです。今度はもっと上手く投げて見せますよ!」
「変に気合を入れるから失敗すると思うんだけど。ほら、ボール」
私はシャルにボールを軽く投げ返したつもりだったが、シャルは無駄に動き回ってはボールに飛びついてキャッチした。
落ち着きがないのか、楽しんでいるのかよく分からない動きだ。
そしてシャルは今度はひと呼吸を置いてから、投球フォームを見せた。
片足を上げ、上半身を捻り、さっきとは違って綺麗なフォーム。
「え、いやいやちょっと待って。これただのキャッチボールよね?上手く投げるってそういう意味なの?ま、待ちなさいシャル!」
私は制止させる言葉をかけたが、今のシャルは集中していて私の声が耳に入らなかったようだ。
その証拠にシャルの目つきに変化はなく、真剣そのもので、すでに投げる直前となっていた。




