番外、夏の日その1!
時刻は遡り、放課後。
シャルと真理奈が教室の掃除を終えて、コンビニで買い物している頃のこと。
「最近、カツアゲが多発しているって?」
あずみは生徒会室で、同年代の生徒会書記から話を聞いていた。
それはちょっとした噂話。
「そうなんだって。何でもこの学校の近くでだよ。私達の学校の生徒による仕業じゃないかと噂されているんだから」
「にゃはー。誰がそんな噂をしているのか知らないけれど、私達の学校は優秀で真面目な生徒しかいないよ。カツアゲなんてとんでもない!」
「だよねぇ。真面目かはともかく、カツアゲとかをする生徒は少なくとも同年代にはいないよねぇ。先輩方も比較的温厚な人が多いし」
「むむ、まだ浅いとはいえ愛する母校の評判が貶められるのは些か好ましくないなぁ。よし、このあーちゃん様がその事件を解決しよう!」
あずみのその宣言に、生徒会室にいた生徒役員全員が目を丸くする。
あずみは一年とはいえ、早くも副会長という座に着任している。
これからマラソン大会とかの打ち合わせがあるというのに、副会長が抜けるのは少し面倒な話だ。
でも生徒役員の全員はすでにあずみの性格を把握しているがために、その言葉は誰もが妨げれないと内心早くも悟っていた。
「ちょ、ちょっと…一応生徒会の仕事あるんだけど…」
「にゃっはっはっは、事件解決も生徒会の仕事みたいなものだよ!では、行ってきます!」
「いやいや生徒会ってそういう集まりじゃあ……、あーもう行ってる…」
生徒会書記の制止は虚しく、もはやあずみの姿は生徒会室から消えていた。
まさに嵐のような一年生だ。
そしてあずみは荒々しい足音を鳴り響かせながら、廊下を駆けていた。
「あ、しまった。詳しい場所を聞いてなかったなぁ。まぁ学校の近くらしいから、辺りを走っていれば見つかるでしょ」
あずみはそう言いながら、風通しをよくするために開けられていた廊下の窓に身を乗り出した。
そのことに、近くにいた生徒が驚きの声をあげる。
「わわっ、ここ三階だよ。そんな、あぶなっ…」
生徒が驚いている間に、あずみは勢いよく窓を蹴って宙へと身を投じた。
照りつけるような日光と蒸し暑さを覚える風が、あずみにとっては気持ちよく感じる。
それもそのはずで、落下した勢いによる風があずみの身を包んでいた。
しかしあずみはその気持ちよさを堪能することはなく、飛び出した先にあった木を蹴り落下の勢いを殺した。
続けてあずみは身を回転させて、綺麗に地面に着地する。
その光景に窓際にいた生徒は驚きの声をあげた。
「嘘っ、なにあれ…!」
あずみはその声を気にせずに、すぐに校外へと出ては走り続ける。
もはや真夏だというのを関係なく、あずみは額に汗を垂らせはしても、楽しそうな表情を浮かべるばかりだった。
「さてさて、噂のかきあげ?カツアゲか。カツアゲ君はどこかなー!」
やがてあずみが学校の周辺を走り回っていると、裏路地の方で妙な群れを見つける。
それは学生服を着た生徒が、一人の壮年の男性を囲んでいる様子。
カツアゲ……、今の状況だとオヤジ狩りという少し古臭いフレーズか。
あずみはそんなことを思いながら、路地裏へと入ってはその集りに恐れを抱くことなく声をかけた。
「にゃっはっはっはー!ついに見つけたぞ!ここで会ったが百年目!あーちゃん様が悪を成敗してくれる!」
「……あぁ、なんだこいつ?」
いかにも強面の一人の男子が、あずみの名乗りに苛立ちを込めた言葉を吐く。
鋭い目つきであずみは睨まれるが、あずみは視線を逸らすどころか睨み返す。
ただ男子の方の睨みは敵意的なものだが、あずみの睨みはどこか期待を含めてのもの。
目の奥が輝いてしまっているという奇妙な睨みだった。
「さぁて、あーちゃん様はあまり暴力は好かないからね。成敗すると宣告はしたけど、もし素直に謝ってカツアゲのような行為を二度としないなら、見逃してあげるよ?どうかな、にゃっはっはっはー」
「こいつ、ふざけてるのか?女子が、しかもそんな小さな形をした奴に、どうして俺たちが謝らないといけないんだよ。しかも突然やってきて、意味わかんねー」
その言葉に、あずみはため息を吐く。
短絡的な行動は好まないが、必要なら躊躇うことなくあずみは短絡的な行動をするだろう。
そうと言わんばかりに、あずみは構えを取る。
拳を打つ構えを。
そのあずみの小さく拳を構える姿に、他にいた男子は一瞬だけ呆気に取られる。
まさか本当に暴力を振るうつもりなのかと。
どうみても体格差からして、あずみは暴力を一方的に振るわれる側。
だからその場にいたカツアゲをしていた不良の男子全員、五人が笑っていた。
「にゃはー、素直になれないというのは悲しいことだよ。じゃあ仕方ない。このあーちゃん様が全員を打ちのめしてあげようか」
「馬ッ鹿じゃねーの!女子が何を言って…!」
一人の不良がそう言っている最中だった。
あずみは地面を蹴りあげて、誰よりも素早く行動に移っていた。
地面を蹴る音と同時に鳴った殴りつける鈍い音。
誰かがあずみの行動に気づくよりも早く、一人の男子が嗚咽を漏らす。
「うっ…おぇ…!」
「安心しろ、水落だ。なんてね」
あずみは自分の移動速度でサイドポニーテールを揺らしながら笑っては、不良の一人をうずくませた。
今、あずみが一人の不良の下腹部を殴りつけたのだが、そのことに周りの人は理解するのに時間を要した。
それほどにあずみの動きは早く、そして容赦が無いものだった。
「こ、こいつ…!」
不良の一人が押さえつけてやろうと、あずみに飛びかかる。
同時にあずみは素早く動き、その不良の動きに合わせて飛び回し蹴りを放っていた。
その鋭い回し蹴りは的確に不良の頭を打ち、不良の体の動きが大きく歪んで姿勢のバランスを崩した。
あずみは姿勢が崩れた所を狙い、不良の肩を掴んでアスファルトの地面へと投げつける。
それから次の不良へと視線を移しては、あずみは素早く手刀を振りかざしていた。
「えいっ!」
的確にあずみは三人目の不良の喉に手刀を当てて、不良を酷く咽せさせた。
そこから追い打ちとしてあずみは高速のアッパーで、不良の顎を叩き上げてダウンさせる。
「にゃっはっはっはー。さぁ、どうかな?そろそろ降参してもいいんじゃないかな」
ほぼ油断からの不意打ちとはいえ、早くも不良は五人の内から三人は地面へと伏している。
だから今度はいくら警戒しているとは言え、単純に考えてあずみの格闘能力が三人でかかるより上の物ということ。
このことに、残った二人の不良は躊躇って二の足を踏むのだった。
「くそくそ…、調子に乗りやがって!」
一人の不良がヤケになったように声を荒らげては、ポケットから銀色に鋭く輝く小さな刃物を取り出した。
それはナイフだが、そのナイフは一般家庭で使用するにはあまりにも鋭利で、殺傷目的で使うに見える。
まさか刃物を手に取るとは、さすがのあずみも思ってもいなかったらしく、一瞬だけ少し表情を引きつらせた。
「おいおい少年よ。さすがにそれは重罪なんじゃないかなぁ。刃物で人を傷つけたら、それはそれは厳しく罰せられるぞ、にゃはー」
「へっ、へへ……。なんだ、びびってるのかよ。それに、人を散々殴ったり蹴っておいて何を言ってんだよ。今度は…こっちがお前を嬲る番だよ」
「嬲るって…変な本の読みすぎだよ」
あずみは一歩二歩と下がって、表面上はふざけたように緩んだ表情を見せていた。
しかし内心は刃物に驚いていて、このまま路地裏から出ようかと考えている。
「おら、下手に動くんじゃねーぞ!」
何気なくあずみは後退していたが、もう一人の不良が大声で怒鳴りつけてきた。
これは下手に逃げても刺激を与えるだけだなと、仕方なしにあずみは足を止める。
続けてあずみは後ろの方に視線を送っては、すぐに前へと向き直った。
「うーん、許してくれないかなぁ。さすがに切られるのは勘弁だよ」
あずみは決して緊張した素振りを見せずに、軽い調子で不良たちに言う。
しかしそれに対して、不良達は強い口調で言い返すだけだ。
「今更何いってやがんだよ!中学生だか分からねぇが、大人しく俺たちの相手をするんだな!」
「こう見えても私は高校生なんだけど、一応ね。……あー、ところでさ」
「何だ?まだ何か言うつもりか?」
「忠告、ってわけじゃないけれど、上……気をつけたら?」
あずみがそう言葉を口にした瞬間、ナイフを持っていた不良を覆う黒い影が空から落ちてきた。
その影はメイド服のスカートをなびかせて、不良の隣に着地すると同時にナイフを持つ手を捻りあげて体を投げ飛ばす。
更にメイドはもう一人の不良を素早く捕まえては、地面に叩き伏せて拘束した。
有無を言わさぬ瞬間的な制圧。
あずみは地面に落ちたナイフを拾い上げて、メイド服を着た人物に感謝の言葉を発する。
「にゃはー。ありがとう、春っち。おかげで助かったよ」
あずみはメイド服を着たアンドロイドである春を見据えては、いつもの笑顔を見せた。
その笑顔に、春も笑顔で返す。
「お無事のようで何よりです。たまたま買い出しで通りかかって、本当に良かったです」
「本当、腕っ節に自信はあっても慢心はするものじゃないね。香奈恵っちはいるのかな?」
「香奈恵様は先にご自宅に戻っているため、ここにはいません。…あと、この方々はどうしましょうか?」
「面倒だけど通報かな。被害者がいるわけだし、私の一存で決めるわけにはいかないよ。まぁ、とにかくこれで一件落着だね。にゃっはっはっはっはー!」
あずみは明るく笑って、少し満足そうな表情を浮かべる。
そしてこのあと通報をかけて、その場にいたカツアゲされていた男性を介抱してからあずみは生徒会室へと戻っていくのだった。