シャルと夏の日その1!就寝!
時間は午後九時過ぎ。
どこか騒がしい入浴を済ました後、居間で私とシャルはのんびり時間を過ごしていた。
お父さんは明日も仕事のため、早くも就寝についている。
だけどシャルも眠たいらしく、テレビを見ていたシャルは頭を何度も上下させていて眠りに落ちそうになっていた。
今日は特に朝が早かったから、眠くなるのは分かる。
まぁそれでも、シャルは授業中に眠ってしまうことが多いから少しだけ睡眠時間は過多のように思える。
「シャル。眠いなら自分の部屋に行って寝なさい」
「わふぅ…。うーん、でもこの番組をもう少し見ていたいのですよ」
「そう言って、ここで寝られても困るのだけど」
居間で寝られたら、私がシャルを彼女の自室まで
連れて行かなければいけなくなる。
シャルの部屋は二階。
意識が半分眠ってしまっている相手を二階まで誘導するのは大きな手間だ。
それにシャルは小学生と大差ない所もあるから、尚更素直に言うことを聞くか心配でもある。
「あと少し……あと少しだけ起きています」
「いやいや、もう今にも寝そうでしょ。寝られたら私が困るから。素直に寝なさいって」
「でも、ご主人様ともっと一緒に居たいです」
「………あー、じゃあ私はもう寝るわ」
「では私も眠ります」
私の言葉に、シャルは早くも意見を変えて言ってきた。
素晴らしいほど私に合わせてくる。
もしかして私に甘えたいだけなのか、少し分からない。
シャルはテレビの電源を消しては立ち上がり、私に歩み寄ってくる。
すでにシャルの目が寝ぼけ眼のようになっていて、とろんとしてしまっている。
しかも大きなあくびまでしていて、これでまだ起きていると、さっきはよく言えたものだと感心した。
「あくびを噛み殺すこともできていないじゃない。ほら、部屋まで連れていってあげるから」
私は居間のソファから立ち上がって、シャルの手を掴む。
それだけのことなのに、シャルはどこかにやけて笑ってみせる。
「えへへ…、ご主人様の部屋まで連れて行ってくれるんですか?今日は一緒に眠れるのですね」
「何言ってるのよ。シャルには自分の部屋があるでしょ。自分の部屋で寝なさいって」
「くぅん、それは残念です…。……でも、実はご主人様は私と一緒に眠りたいのではありませんか?」
「それは嫌いじゃないけど、嫌よ。舐めてくるって分かってるから。それか完全に密着してくるでしょ。暑いこともあるからお断り」
私はいつものようにキツめに言葉を返すが、シャルは聞いているのか分からない反応で首を傾けるだけだった。
寝ながら立っているのかと思わせる反応。
それに涎が垂れかけている。
「ちょっとシャル、本当に起きてる?実はすでに寝言を口にしているとかじゃないわよね?」
「起きてますよー。私は意識が覚醒してますー。すごいなー、こんなに意識が鮮明なのは久しぶりだなー。うわー、世界が明るく見えるー」
「今は夜よ。わかったわ、すでに夢の中ということね。はいはい、お休みおやすみ」
私はいい加減で投げやりな言葉を口にして、シャルの手を引く。
一歩進むごとにシャルの頭が大きく傾く。
何だか階段で転ぶのでは、凄く心配だ。
シャルの尻尾と耳の反応も、日中と比べたら死んでいるみたいに動かない。
「ほら、階段。大丈夫?昇れる?」
「ご主人様ー、名犬シャルを舐めて貰っては困りますよ。階段くらい、何てこと…」
「不思議、そう口にされると凄い不安。踏み外す前フリとかじゃないわよね?」
「踏み外しかけたときはご主人様が抱きしめてくれるので、大丈夫です。そのときは優しく熱く愛おしく抱きしめてください」
意味が分からない。
これは完全に眠気のあまり妙な言葉を口にしているなと思うしかない。
でも、いつも通りのシャルの発言でもあるから怖い所だ。
「その時は猫のように着地すると信じているから、手放すわよ。私まで巻き添えで落ちたくないわ」
「私は犬ですよ……。あぁ、でも犬ってうまく着地できるのでしょうか。私に肉球とかありませんけれど」
「シャルの運動能力なら、案外簡単にできると思うわよ。少なくともあずみなら絶対にできる」
きっとあずみだったら、三階だろうが四階だろうが飛び降りても何てことない。
勢いよく学校の窓から飛び出して、平然と着地する姿が容易に想像できる。
「ほらほら、しっかり手を握って」
私は注意深くシャルの足元に気をつけて、階段を昇っていく。
進むたびにシャルの体が大げさに揺れている。
本当に大丈夫なのか。
まるで赤ん坊を見守る親の気持ちだ。
そんなことを思っている内に階段を昇りきれれば、通路を進んでシャルの部屋の前まで移動した。
私が扉を開けて、散らかった部屋を前にする。
「はい、もう大丈夫でしょ。おやすみ」
「くぅん、ご主人様ぁ…。できれば私が眠るまで一緒に居てくれないでしょうか?」
「私が居たら、発情して眠くなくなるんじゃないの?夜って寂しくなるって聞くからね」
「そんな…まるで私が野獣みたいじゃないですか。私は由緒正しき世間でも評判の良いシャルですよ」
朝から私を舐めておいてよく言うものだと思う。
私はかすかにため息をついては、仕方なくシャルをベッドまでは連れて行く。
「もう、少しだけなら一緒にいてあげるわ。私も眠いから早く寝てよね」
「わぅん、嬉しいです。シャルは幸せ者ですよー」
シャルは眠そうな声でありながらも喜びの言葉を口にして、ベッドの上へと倒れ込んだ。
そして布団の中にへと潜り込んでは、幸せそうな顔を私に向けてくる。
「お布団って気持ちいいから好きです。こう…何だかご主人様に抱きしめられているような感覚があります」
「私はいつから布団になったのかしら?毛布のつもりはないのだけど」
「それだけ安心感と温もりがあるということですよ」
満面の笑みでシャルはそう言ってきた。
本心からの言葉。
それだけ私のことを信頼していて、愛しているとも受け取れる。
シャルらしいと言えば、シャルらしい。
「ほら、寝なさい。ずっと床に座っているのも辛いんだから」
「座るのが嫌なら、私の布団に入って一緒に眠ってもいいのですよ。きっと暖かい気持ちになれます」
「冬なら少しは考えたけど、今は夏だから遠慮するわ」
夜とは言っても、夏だから暑いには変わりない。
だから一緒に寝て、汗だくになるのは非常に困る。
それならシャルの部屋の床に座っている方がまだマシだ。
そして少し間が開いたあと、シャルは目を瞑りながら私のことを呼んできた。
「ご主人様」
「ん、何よ」
「今日も楽しい一日でしたね」
「そうね。いつもの慌ただしい一日のようにも思えたけど」
私にとってはいつもの一日。
でもシャルにとっては、今日も楽しい一日。
いつもでありながらも、楽しいと思える一日というのは素晴らしい感覚だと思う。
これは嫌味とかではなく、私の率直な思いだ。
「明日もきっと楽しい一日です。私にとっては毎日が、ご主人様といる時間が幸せな日なんですよ。もちろん、こうして今一緒にいる時も嬉しくて仕方ありません」
「それは良かったわね。嬉しいことが多いことは素晴らしいことよ。不幸は多ければ多いほど悲しいけど、幸せは多ければ多いほど全てが輝く。この何気ない時間も、あとで振り返ればいつか輝いた時間だと思える時が来るかもしれない。あの時は幸せだったと思える」
少なくとも、私はそう思った時があった。
昔シャルがいなくなったとき、シャルとの時間がどれほど輝いていたことかと思った。
家に帰れば、吠えながら走って迎えに来るシャル。
今こうして一緒にいるときが再び来ることを、当時の私はどれほど願ったものか。
「ご主人様さえいれば、今も昔もこれからも幸せだったと私は思うことができますよ」
「私もシャルがいればそう思えるわ」
私は優しく微笑んでみせると、シャルは明るい微笑みで返してくる。
それから私とシャルが少しだけ話していると、気づけばシャルは深い眠りへと落ちていた。
「それで春さんのパンツが……、あぁ寝たのね」
私はシャルの寝息に気づき、息を殺して静かに立ち上がる。
それから眠りに入ったシャルの顔を見つめては、私はそっとシャルの顔に唇を近づけた。
そしてシャルの頬に優しく口づけをする。
「おやすみ、シャル。明日も幸せな一日になるといいわね」
私はシャルの部屋を退出し、そのあとは自室で眠りについた。




