シャルと夏の日その1!真理奈の味!
「ところでご主人様、コンビニでは何を買ったんですか?」
「んー、蜂蜜よ。あと紅茶のパック。これでハニーティーでも作って、かき氷のシロップにしようと思うの」
「わぁ、何だかお洒落ですね!どう作るのです?」
「簡単よ。少量の紅茶に蜂蜜と砂糖を溶かして、できるだけ甘味を強くして味を濃くするの。気をつけるのは蜂蜜の量かしら。濃くするとは言っても、少し混ぜるだけで蜂蜜の独特な風味は充分に出るからね」
私は簡単に説明しながら、少量のお湯に紅茶のパックを浸して葉の味を滲み出させた。
そして赤茶に染まったお湯に蜂蜜と砂糖を適量入れて、かき混ぜて溶かす。
それから少しだけ冷まして、これで出来上がりだ。
もっと味に工夫を入れてもいいのだが、簡単に作れるという利点があるからこそ手作りができる。
もしもっと手間がかかるなら、私は手作りをする気にすらならなかっただろう。
「はい、できあがり。味は……どうなのかしら。もしかしたら少し薄いのかも」
思いつきで自作したから、多少の不安が残る。
確かに味の保証はできないが、少なくとも変な物は入れていないから不味いことはないはず。
とりあえず、私は手製のハニーティーをかき氷へとかける。
するとかき氷は本当に薄くだが、黄色っぽく染まって溶けていった。
そしてスプーンで掬い、私は一口だけ食べる。
まず最初に蜂蜜の独特な匂いが、鼻の中を突き抜ける。
それから僅かな甘味と紅茶の味が、口の中に広がる。
全体的に少し味が薄いかもしれないが、ハニーティーの味として楽しむには充分だ。
改善の余地があっても、初めて作った割には我ながら上出来だと思う。
「どうです、ご主人様。おいしいですか?」
シャルは私の手製のシロップがどのような味なのか気になっているようで、臭いを嗅ぎながら私に詰め寄ってくる。
そのことに私はたじろぎ、さっきの苺味とは違って飾らずに率直な感想を口にした。
「あまり甘味は無いから、かき氷には向いてないかもね。これなら暖かいハニーティーを飲む方がいいのかも。今は夏だけど」
「えっと、おいしいのですか?」
シャルはさっきと同じ質問を口にする。
もう一度言ってくるのは、私がおいしいかどうかの感想じゃなかったからだ。
だから私は改めて短く答える。
「そこそこおいしい」
「そこそこですか」
「そこそこね。一口食べる?」
私は自分のスプーンでかき氷を掬い、シャルに差し出した。
それだけのことなのに、何故かシャルは目を輝かせて尻尾まで振って大喜びする。
「いいんですか!?」
「え、えぇ。私の感想より、食べた方が分かりやすいでしょ。好みとかもあるだろうし、百聞は一見に如かずってね」
「私、すごく好きですよ!」
「まだ食べていないのに、何を言ってるの?」
シャルの言葉に私は困惑していると、シャルは必要以上に口を開けてはスプーンを咥えた。
それから舌でスプーンを舐めているのが、スプーンを持っている感覚で分かる。
唾液の音も鳴り、明らかにかき氷食べているだけの食べ方には思えない。
「シャル、あなた何でそんなって、あぁ……」
ここで私はどうしてシャルがあんなに大げさに喜んだ素振りを見せたのか、遅れながらも把握した。
シャルはかき氷ではなく、私が使ったスプーンの味を楽しんでいるのだ。
さっき私のスプーンを欲しがっていたのだから、すぐに分かることだった。
「ちょっとシャル、汚いからやめなさいって」
「無理ですよ、やめられないですぅ…。あむっ…んん、だって………ご主人様の味がするのですよ。ずっとご主人様の咥えて……はぅ、舐めて……いたいのです。ちゅぱ……、すっごくおいしい………です、くぅん」
シャルの声は甘い鳴き声となっていて、愛おしくて仕方ないといった表情に変わっていた。
それに口の中でスプーンを舐め回して、なかなかに離さない。
音も口の動きも、少しずつ大きくなっているように思える。
「食事中に発情は問題あるわよ。いや、これは私の責任なのかしら」
シャルが常に発情しているなんて、前々から知っていることだ。
だから上手く扱わないといけない。
今のは私のミス、ってことにしておこう。
さすがに、まさかスプーンだけでこんなに必死に舐めるとは思っていなかったけれど。
「しゃぶるのは勝手だけど、そろそろ離して貰えるかしら。涎だらけになりそうなんだけど」
「もう少しだけ…、もう少しだけ咥えさせてください。お願いします。ご主人様の咥えていたいんです…!もう頭の中も口の中も、ご主人様でいっぱいなんですよ!」
「それをやめなさいって言ってるの。はいはい、分かった。ジャーキーをあげるから、離しなさいって」
私がこの言葉を口にした瞬間、シャルは素早くスプーンから口を離して、とろけていた目と表情をいきいきとさせた。
そしてすぐに大声で歓喜の声をあげる。
「本当ですか!わぅん!最高です、ご主人様!ふぅ~、ご主人様は分かってる~!あまりの嬉しさに遠吠えをあげそうですよ!わぅ…」
「遠吠えしたら、ジャーキーあげないわよ」
シャルが遠吠えをあげそうになったとき、私はすかさず制止させる言葉を投げかけた。
すると一瞬でシャルの遠吠えは止まり、表情と動きまでもが喜びのまま固まった。
まるで石像だ。
「それと、先にかき氷を食べ終わってからよ。今すぐジャーキーをあげたら、絶対にかき氷放置して何十分とジャーキーを噛むでしょ」
「分かりました!苺のシロップを大量噴射ですよ!」
シャルは苺味のシロップをかき氷へと加減無しにかけては、全てを一気に口の中へと入れた。
そしてすぐに飲み込んで、カップをテーブルの上に力強く置く。
「さぁ食べ終わりました!ご主人様、次はお待ちかねのジャーキー………あぁ、頭が!」
「一気に食べるから体温が落ちすぎたのね。全く、少しは落ち着きなさいって」
「頭痛が痛いです…。うぅ……」
「頭痛が痛いって何よ。じゃあ、ほらジャーキーね」
私は台所の近くにある棚から、封を縛ってあるプラスチックの袋を取り出した。
この袋の中には、シャルの大好物であるジャーキーが入れてある。
シャルはこの袋を見るだけで、激しく尻尾を振っては身構えた。
一体なぜ構えるのか不思議だが、ここからのシャルはもっと凄い。
袋を開封すれば、ジャーキーの匂いが漏れ出していくが、その匂いにシャルの期待は更に高まる。
今にも飛びついては顔を袋に突っ込んで、暴れだすのではと思わせる程の気迫が発せられるのだ。
その鬼気迫る迫力に、私は気圧されかけるが負けじと私も気迫を出す。
「いくわよ、シャル!」
「はい、ご主人様!私はこの時のための心の準備はできています!何があろうと、そのジャーキーは私が頂きますよ!堪能させて貰います!」
「いい覚悟ね!ならその覚悟、偽りのものではないか、確かめさせてもらうわよ!」
私は袋から素早くジャーキーを取り出しては、放物線を描くようにシャルへ放り投げた。
それに対してシャルは待ち構えることはせずに、何と前へと出る。
私はその行動に驚きを隠せずにいた。
「そんな、なぜわざわざ前に…!まさかそれだけ自信があるということ!?ジャーキーを取るという絶対の確信でもあるというの!?」
「世界でも名高い犬のシャルはジャーキーを必ず受け止めて見せますよ!例え火の中、水の中だろうと関係ありません!見ててください、これがシャルの力です!わぅううぅん!」
シャルは前へと駆け出した勢いのまま、ジャーキーへと飛びついた。
そして口でジャーキーをしっかりと咥えては、鮮やかに床に着地する。
まさに華麗な動き。
これは私がジャーキーを投げてから、ほんの一秒にも満たないできごとだった。
その一秒にも満たないコンマの時間に、私とシャルは少し長々と話していた気がするが、あまり細かいことは気にするべきではない。
ただ、シャルが見事ジャーキーを取ってみせた。
その事実だけで充分なのだ。
「はぅ~、やっぱりジャーキーは最高ですね!この歯ごたえ、口に染み込んでくる味、芳しい匂い……世界一の食べ物です!」
シャルは床にごろごろと転がりながら、ジャーキーを堪能している。
本当に嬉しそうで、思わずこっちも嬉しくなってしまうほどの反応だ。
だから私はその様子を、微笑ましく眺めるのだった。