シャルと夏の日その1!かき氷!
「たっだいまーなんですよ!可愛いシャルのご帰宅です!」
「はいはい、かわいいわね」
自宅に着くなり、シャルは元気よく挨拶をした。
そんなシャルに私は投げやりに反応しては、ローファーを脱いで家の中へと上がる。
するとシャルは私に置いていかれないようにと、慌ててローファーを脱ぎ捨てて後ろについてきた。
「さぁ、ご主人様!早速かき氷を作りましょう!もうシャルは楽しみで楽しみで、仕方ないんですよ!」
シャルは小さく跳ねながら笑顔を浮かべて、弾んだ声で私に言ってきた。
本当に心待ちにしていた様子で、待ちきれなかったのだと声色と動きで充分に伝わってくる。
それと尻尾の動きでも。
「先に着替えてからね。制服のままでいるわけにもいかないし」
「確かにそうですね!なら私がお着替えを手伝いますよ!脱ぐのも脱がすのも得意ですから!」
「……遠慮しとくわ。ほら、シャルも早く着替えてきなさい。私は私で着替えるから」
「くぅん、遠慮しなくていいんですよ…ご主人様。今ならまだ着替え合えますよ?」
シャルはどこかにやついた顔で私にそう言ってくる。
如何にも、本当はご主人様は着替え合いたいのだと思っているくせに、と言いたげな雰囲気だ。
それに対して私は少し冷たく言い返すだけだ。
「しつこいわよーシャル。しつこくしたら、かき氷を作ってあげないんだから」
「わぅん!?そんなジャーキーに続いてかき氷までお預けされたら、シャルはどうすればいいんですか!あまりにも無慈悲です!」
「それなら早く着替えなさいって」
「分かりました!高速で着替えますよ!私が戻るまで待ってて下さいね!」
シャルはそう大声をあげながら、言い終わらないうちに猛ダッシュで階段を駆け上がっていった。
ドタバタと荒々しい足音が聞こえては、続けて激しく扉を閉める音。
どう考えても急ぎすぎだ。
私はコンビニ袋を居間に置いてから、遅れて階段をあがって自室へと行く。
そして制服から家着用の服に着替え、少しゆっくりしたいなと思いながらも自室へと出る。
シャルの部屋からは騒がしい音が聞こえてこない。
代わりに下の階から慌ただしい音が聞こえてくるから、もうすでに着替え終えて降りていったのだろう。
「本当、落ち着きないわね」
そんなことを私は呟いて、階段を降りて行った。
それからすぐに居間へと行くと、居間で楽しそうに尻尾を振っているシャルがいた。
ホットパンツを履いていて、薄着のシャツを着た如何にも涼しくて動きやすそうな服装だ。
シャルは私が居間に来るなり、楽しそうな表情を浮かべては私の手を強引に引っ張っていった。
「さぁご主人様!早く作りましょう!」
「分かったから落ち着きなさいって。そんな時間が無いわけじゃないんだから。それにかき氷なんてすぐにできるわよ」
私はキッチンの方へ行き、棚の奥にしまわれていた箱を取り出した。
そして箱を開けて、中にはビニール袋で包まれた電動式のかき氷機。
そのかき氷機を手に取って、私はコンセントを差して電源を入れる。
「前は手動だったけど、今は何でも電動式ね。シャル、氷は?」
「こおひぃでふか?ちゃんと用ひしてまふよ!」
何だか変な喋り方をしているなと思ってシャルの方を見ると、シャルは口の中に氷を含んでいた。
手には氷を入れた陶器を持ってはいるが、まさかもう口にしているとは思っていなかった。
「ちょっと、かき氷を食べる前に氷を食べてどうするのよ」
「うへへ…、でも冷たくて気持ちいいですよぉ。ご主人様に口移ししてあげましょうか?」
「やめてよ、赤ん坊に飴をあげる母親じゃないんだから。ほら、氷」
私はシャルから氷が入った陶器を受け取っては、すぐにかき氷機の中へと氷を放り込んだ。
そしてカップをセットして、スイッチを入れる。
するとかき氷はミキサーのように揺れて動き出し、細かく砕かれた氷をカップの中へと吐き出した。
あっという間にカップの中は砕かれた粒子のような氷で満たされて、氷の山ができあがった。
その出来事にシャルは目を輝かせて、嬉しそうに跳んではしゃいだ。
「ご主人様、これすごいですよ!一瞬で出来上がりました!私が噛み砕くより早いです!」
「何言ってるのよ。そういえば見るのは初めてだったけ」
「はい、初めてです!そうだ、ご主人様。次は私にやらせて下さい!お願いします!」
「やらせてって言われても、スイッチを押すだけよ?はい」
私は新しいカップをセットして、シャルに場所を譲る。
シャルはかき氷機に新しい氷を入れて目を輝かせながら、小さな指でスイッチに触れた。
そしてスイッチを入れると同時に動き出すかき氷機に合わせて、シャルがまた小さく飛び跳ねる。
「わんわん、凄いです!感動ですよ!あれだけの氷を一瞬で粉砕するなんて、人間業ではありません!」
「機械だから当然ね。ほら、できたわよ。何味のシロップをかけるの?苺?」
「はい!シャルは甘くとろける苺味さんをお願いするのですよ、わぅん!」
私はシャルの要望通りに苺味のシロップ瓶を取り出して、シャルに手渡した。
意気揚々とシャルはシロップ瓶を受け取って蓋を取り外す。
「かけすぎないように気を付けなさいよね。かけすぎたら、ただシロップを舐めているだけになるんだから」
「大丈夫ですよ!シャルは色々な味を楽しみたいですからね!豪快にかけて楽しむのもいいですけれど、今回はちょっとずつ楽しむのです!」
シャルはそう言いながら、慎重に赤色のシロップをかき氷へと数滴だけ垂らした。
垂らされたシロップはかき氷へと染み込み、一部分だけを赤く染め上げる。
「わぁ、何だか神秘的ですね!かき氷は素晴らしいですね!視覚的にも最高です!」
「確かに少しずつ滲んでいく様子は、見ていて面白いかもね。ほら、スプーン」
私は銀色の小さなスプーンをシャルに手渡す。
おそらく今、スプーンを手渡さなければシャルはそのままかぶりついていただろう。
ただでも箸を使うことを好まないのだから、食器を使う習慣を身につけさせないといけない。
シャルは渋々とスプーンを受け取って、氷にへとスプーンの尖端を突き刺した。
そして素早く苺色に染まった氷を掬い、口の中へと運んだ。
「はぅむ!」
何でそんな勢いよく食べるんだと思いながらも、私はその様子を眺める。
すると最初は楽しみでいっぱいだったシャルの表情がみるみると変わっていくのが、眺めていてよく分かった。
口元がとろけ、目元は緩み、頬が垂れていっている。
まさに恍惚とした表情となっていて、大満足なのだと誰が見ても一目で分かる反応だった。
「う~…最高です……。このおいしさ、パパさんのウインナー級ですよ!」
「シャルは何かとウインナーを引き合いに出すのね。しかも今日の昼と、全く同じ言い分なのはどうかと思うわ」
「だってそれくらいおいしいんですよ!だから他の表現の仕様がありません!」
「なら表現の引き出しを増やすことね。私でも、もう少し上手く言えるわよ」
この言葉にシャルはくいついた。
手に持っていた食べかけのかき氷を私に押し付けて、少し怒った顔で私に言ってくる。
「ならお手本を見せて下さい、ご主人様!」
「ふふっ、任せなさい。たまにはシャルの飼い主の威厳というものを見せてあげるわ…!」
果たして食べ物の感想だけで威厳というものが出るのか。
そこは自分で言っておいて疑問があったが、口にしてしまった以上、避けられぬ運命だ。
シャルに私のボキャブラリー溢れる饒舌で、堪能な口ぶりを聞かせてやるしかない。
「はい、どうぞ!私のスプーンを使って、私の口の中の味の感想を述べてもいいですから!」
「それもいいけれど、スプーンは新しいのを使うわよ」
私はシャルのカップだけを受け取って、別のスプーンを手に取った。
そしてスプーンをかき氷に突き刺す。
ここまではシャルと何ら変わらない。
しかしシャルの熱い視線が私の顔に注がれていた。
そこまで熱い視線だとかき氷が溶けてしまいそうだ。
「あまりジロジロ見ても、まだ何も無いわよ?」
「いえ、動作から食の感想に入っている可能性があるので……」
「意味が分からないわ。もう好きにして」
「好きにとは……一緒に食べ合って、更に舐め合う……」
「それ朝の時もした会話よね?静かにしなさい」
さっさと食べて適当に感想を述べてしまおうと、私はあっさりと一口目のかき氷を口の中に入れる。
うん、苺の味だ。
それしか言い様がない。
でも、これでは飼い主の威厳が損なわれるだろう。
シャルにだけは負けたくない気持ちが私の中にあり、私は安易に言葉を出さず感想を頭の中で必死に思案した。
思考を働かせろ。
真剣になるんだ。
負けたくない。
ここで、私と大差ありませんね、なんて言われたら一生の恥だ。
だってシャルはまだ産まれて犬の時の姿の生活を含めても、十年にすら満たない。
これで十五年も生きている私が同レベルだなんて嫌だ。
「ご主人様?味の感想は……」
シャルは早く感想を言って欲しいらしく、促す言葉をかけてきた。
余計な思考のせいで感想がまとまらない。
でもここで時間を使っても、考える時間があった、という言い訳をされたくない。
だから私は勢いで、かき氷の味の感想を述べることにした。
「……そうね。食べた時の口当たりがとても優しく、ふんわりとしていて良かったわ。さすが昔から愛されている食べ物ね。そして口の中に入れた瞬間に氷が溶けて、いっぱいに広がる苺味。その苺の甘味と共に伝わってくる氷の冷たさは、一種の心地よさを覚えるわ。しかも心地よさを感じた後に、一気に突き抜ける苺の独特な甘い匂い。これが更にかき氷の良さを引き上げている。シンプルにして一番に舌に味を訴えかけてくるスイーツなんて、かき氷以外に中々ないと思わせてくれているわ。それだけ複雑で無い分、子供にも愛されるのがよく分かる。それと氷は水道水ではなくて、市販の天然水で作ってあるのも良い味の要点となっている。いつもお父さんがお酒に氷を入れるから、氷にこだわっているだけあってかき氷にも良い氷となっているわよね。それだけじゃなくこのかき氷機による完璧な粉砕具合が……って、シャル聞いている?」
私は必死になって長々と味の感想を支離滅裂になりがらも口にしていたが、シャルは少し遠い目になっていた。
どうも半分ほどしか頭に入らなかったらしい。
さすが授業ですぐに睡眠に入ってしまうだけある。
睡眠に入る前に、授業内容を頭に入れて欲しいものだ。
そんなシャルは、私に声をかけられてハッとしては大声をあげた。
「も、もちろん聞いていますよ、ご主人様!つまり苺味は素晴らしいってことですね!」
「えらくざっくりとまとめたわね。頑張ったのに……。ほら返すわ」
「あ、できればそのスプーンを頂けないでしょうか」
「やめてよ、はしたない」
私はカップだけをシャルに返しながらも、内心ホッとしていた。
これで飼い主の尊厳は守られたな、と。




