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シャル!  作者: 鳳仙花
15/22

シャルと夏の日その1!帰路!

「ご主人様、今日は帰ったらどうしましょうか?まだまだ日は浅いから、遊び放題ですよ!」


帰宅途中、シャルは楽しそうな声と表情で私にそう言ってきた。

今は真夏だから空が暗くなるのは遅い。

だから暗くなるまで遊ぼうとしているシャルは、それが嬉しくて元気いっぱいだった。


「外で遊ぶにはいい天気かもしれないけど、暑いからねぇ…。私は家でのんびり涼んでいたいわ」


「そんな勿体無いですよ!せっかく暑いのだから、その暑さすらも楽しまないといけません!これが夏なんだって体感しないと!」


「惚れ()れするほど素晴らしい思考ね。暑さを楽しむなんて、少なくとも私には無理だわ。家でかき氷でも作ってあげるから、今日は家でのんびりしない?」


「わん!かき氷ですか!それはいいですね!暑い時に冷たいものを食べるのも、立派な暑さの楽しみの一つというものですよ!是非とも家でのんびりしましょう!」


あっさりとシャルは了承したが、シャルは単に食べるのが好きなだけだ。

とても扱いやすい性格だと思う。

でもこう単純ながらも、一生懸命な所が可愛く見えるものだよね。

そして帰路の途中にある道の階段を下りながら、シャルはかき氷のことを話し続けた。


「所でご自宅には何味のシロップがあるのですか?シャルはイチゴ味のシロップをご所望なんですよ!犬なだけにオーソドックスな味が大好きです!」


犬のドックとオーソドックスを掛けたつもりだろうか。

かけるのはシロップだけにしとけばいいのに。

私はそんなことを思いながら、シャルの言葉を半分に聞き流して受け応える。


「ん~、基本的な味はあったと思うわ。宇治金時や蜂蜜とかは無いと断言できるけど。それにミルクティー味とかなら簡単に自作できるからね。イチゴ味以外の色々な味を楽しもうと思えば、案外できるわよ」


「色々な味ですか!それは知的探究心がくすぐられますね!是非とも自作しましょう!」


「知的というより、本能的な食の欲求じゃないかしら…。まぁそうね、せっかくだから色々な味に挑戦してみてもいいわね。そのためにはコンビニか何かに寄らないといけないわけだけど……、余計な物は買わないわよ?」


私はシャルを横目に、釘を刺すように言った。

なぜならシャルは間違いなくコンビニへ行けば、お菓子売り場の方へ直行して、お菓子棚に目を輝かせると分かっているからだ。

そして必ずおねだりをしてくる。

更に、お菓子を買わなければ駄々をこねる。

その様子は完全に幼児だ。

華奢とは言え、犬の耳と尻尾が付いた女子高生がそんなことをしたら状況は悲惨としか言い様がない。

それが分かってるのか分かってないのか、シャルは鼻をフンスと鳴らして当たり前のように言ってきた。


「もちろんですよ!この人面犬シャルは当初の目的を忘れたりしません!決して忘れません!」


「何で二回言ったのよ。二回も言われたら余計に不安だわ…」


私は嫌な予感を覚えつつも、シャルと一緒に近くのコンビニへと入って行く。

コンビニ内へと一歩足を踏み入れれば、エアコンによる温度調節が素晴らしく、日光で高くなっていた体温を一気に引き下げてきた。

おかげで私の出そうになっていた汗が鎮まる。

私はこの室温を少しだけ満喫しようと思うが、そうは簡単にいかなかった。

シャルの視線がお菓子売り場の方へ注がれていて、尻尾が激しく振られていたからだ。


「シャル、何度も言うけれど余計なものは買わないからね?」


「分かってますよ、ご主人様!シャルは目的を忘れたりしてないですよ!」


「それ聴くの三回目。で、目的は何か分かってるの?」


「お…、おいしいものを買うんですよね!分かってますって!」


今、シャルはお菓子と言いかけたように思える。

もしそうだとしなくとも、何だか目的が変わっている。

これは早く必要な物だけ買って、出て行くのが良いなと私は足を速めた。

買い物カゴを手に取って、使えそうな材料を素早くカゴへと放り込む。

そして早足でレジへと直行した。

これなら、シャルはコンビニの前に待たせても良かったかもしれない。

店員がレジ打ちを始める頃、シャルが何かを手に持って私の後ろへとやってきた。

それから申し訳なさそうな声で、シャルが小声で話しかけてくる。


「ご主人様、これはいいでしょうか…?」


私はシャルが差し出したものへと視線を移して、それが何か見た。

シャルが持ってきたのは何も変哲ない、ただの板チョコ。

お菓子……なのか、チョコシロップでも作るつもりなのか。

少し判断に迷いつつも、私はその板チョコを受け取って一緒にレジに通した。


「板チョコくらいならね。別にいいわよ」


「わぅん!ありがというございます、ご主人様!あとで一緒に食べましょうね!」


「………あ、お菓子として食べるつもりで持ってきたのね。もう、結局コンビニに来た目的を忘れているんだから」


私は会計を済ませて、買った商品が入れられたコンビニ袋を手にした。

するとシャルはコンビニ袋から器用に板チョコだけを取り出して、大切そうに手に持った。


「シャル、持つのはいいけど手の熱で溶けるわよ?」


「なら溶けないように持ちます!」


「そう…意味が分からないけど、頑張ってね」


シャルは溶けないようにと言っているが絶対に溶けてしまい、家に着いた頃には板チョコの原型は留めていないと断言できる。

その証拠に、シャルはすでに手でがっちりと板チョコを手にしてしまっている。

あの様子だと夏という季節関係なく、すっかり溶けてしまう。

私とシャルはコンビニから出て、朝も通った横断歩道へと行く。

それにしても日光が眩しくて暑い。

風も湿っているように感じるし、歩いているだけでかなり気だるくなりそうだ。

こうして私の気分が上の空になりかけてきたとき、突如シャルが大声をあげた。


「あ、危ないですっ!」


「え?」


私が呆気に取られている間に、シャルは走り出した。

何が起きてるのかよく分からず、私は足を止めて立ち竦んだ。

よくよく見れば、シャルの向かった先には横断歩道を渡る小さな女の子がいた。

そして近くには猛スピードで走る車。

その状況を理解した私はすぐに交通事故を連想して、咄嗟に叫ぶ。


「駄目、シャル!行かないで!」


しかし私の声などシャルの犬の耳には届かなかったのか、シャルの走る勢いは止まるどころか増していた。

その勢いのままシャルが女の子を抱きかかえた時、

車はすでにシャル達の眼前にまで接近している。

同時に鳴り響く鈍いブレーキ音。

私の胸の鼓動が嫌な方へと高まり、思考が乱れる。


「嫌……!嫌ぁ…!」


私は胸の内を酷く痛めながら、顔を青白くして小さく言葉を漏らした。

嗚咽が出そうになる。

でも私が涙を流す前に、シャルの声が私の耳に届いた。


「くぅ~ん、今のは危なかったです……。っいたた…尻尾がアスファルトで擦れて痛いですね…。毛が抜け落ちた気がします」


シャルは女の子を抱えたまま、横断歩道の上で尻餅を着いていた。

それから呆然としていた女の子を優しく離し、いつもとは違う落ち着いた静かな声で子供に話しかける。


「大丈夫ですか?ケガはありませんか?」


「う、うん…」


状況を上手く呑み込めない女の子だったが、シャルに助けられたのを何となく把握して女の子は戸惑いながらも頷いた。

そしてシャルは何事も無かったように満面の笑みを浮かべて、板チョコを女の子に差し出すのだった。


「それなら良かったです!これあげますから笑顔で帰って下さいね!いつだって笑顔の時が一番の幸せの時間ですから!」


「えっと、ありがとう犬のお姉ちゃん…」


「わんわん!どうもいたしまして、なんですよ!」


板チョコを手渡したシャルは、女の子と簡単に別れの挨拶をして、互いに手を振り合って笑顔で離れていく。

そして車が走り去ったころ、シャルは私の方へと軽快な足取りで近づいてきた。


「ご主人様、お待たせしましたぁ!勝手に動いてしまってすみません!」


シャルは笑顔で言ってくるが、私の表情は真反対。

怒りじゃない悲しみの表情。

そのことに気づいたシャルは困惑して、恐る恐る私の肩に触れてくる。


「えっと…、大丈夫ですかご主人様?もしかしてどこかケガをしましたか…?私は毛はありますけど、ケガはありませんよ」


「違うわよ……馬鹿。何でも………ないわ。ただ、少し恐くなって泣いただけなんだから」


「恐くて…ですか?大丈夫ですよ!いつだって私が近くにいますから!怖い事なんてありません!もし怖い物が来たら、私が吠えて追い払います!わんわん、がるるる…って!」


シャルは両手で握りこぶしを作って犬の真似事をしながら、シャルなりに懸命に私を励まそうとしてくる。

それはとても嬉しいことだけど、今の私にとってはそれが余計に悲しかった。

こんなに私に尽くしてくれようとしているシャルがいなくなると思うと、もっと恐くなってしまうからだ。


「………もう、大丈夫よ。帰りましょうか。ほら、シャル。手を出して」


「手ですか?」


シャルは不思議そうにしながら、素直に手を差し出してきた。

私はその女の子らしい小さな手を握る。

シャルの手の温もりが私に手に伝わり、本当に大丈夫なんだと再認識した。

昔の時のように、冷たくなった体温じゃない。


「わわっ、ご主人様から手を握ってくれるのは嬉しいです!何だか新鮮な気分なんですよ!」


「手綱代わりよ。また勝手に走り出されても困るからね」


「そんなっ!?まるで私が狂犬みたいじゃないですか!」


「年中発情してたら充分に狂犬と一緒だと思うけれど。さぁ、帰るわよ……。と、その前にひとつだけ」


「わぅん?」


私はシャルの手を引き寄せて、優しくシャルの体を抱きしめた。

シャルの栗色の髪の毛が私の顔をくすぐる。

どこか甘い匂いと外の匂いが混じったシャルの体臭。

そしてシャルの暖かい温もりを、私とシャルは互いに感じながら私が囁く。


「無茶をする真似はやめてね…。私、シャルがいないと駄目なんだから……」


いつもなら、ここでシャルは興奮した態度を見せる。

でも、今だけは心が通じ合っているのか、シャルは優しく私を抱きしめ返してきたのだった。

柔らかく、ふんわりとしたシャルの体の感触。

その感覚はとても心が落ち着いた。


「私はご主人様を置いていなくなりませんよ…。シャルはいつだって、いつまでも一緒ですから。ご主人様からみんながいなくなっても、みんながどこかへ遠くへ行っても、私は離れません。私は常にご主人様と共に居ます」


「そう、約束よ」


私は目をつぶり、今のシャルの言葉をしっかりと心に刻む。

シャルも同様、今の言葉に偽りはないと心と記憶に刻んだ。

ずっと一緒でいたいからこその、お互いの言葉と意思だった。

それからしばらく抱きしめ合ってから、私は落ち着いた口調で呟いた。


「……じゃあ、そろそろ離して貰ってもいいかしら?」


「ご主人様が離すまで離しませんよ!」


「私はもう離しているのだけど…」


「でも体は密着してます!」


シャルはそう言いながら、私を離さないようにと抱きしめる力を強めてきた。

シャルの胸が私の体を圧迫し、更に体温を感じるがために気温が一気に上がった気がした。


「それはシャルが離さないからでしょ!もう、暑いんだから早く離しなさいよ!もう今、絶対に発情してるでしょ!」


「してませんよ!発情してませんけど、この胸のときめきは何でしょうか!すごく胸が苦しくて、ご主人様の匂いを沢山嗅ぎたい気分です!わぅん、もう我慢できません!ご主人様、少しいいですか!少しだけ!本当に少しだけでいいですから!この高まりを鎮めさせて下さい!」


「少しって何が少しよ!手は握ってあげるから、体は離しなさいって!もうこの変態犬!」


甘やかすとすぐに発情するシャルにちょっと呆れながらも、何事もなくこんなやりとりができることに私は素直に嬉しかった。

そしてこのあと、私は何とかシャルから開放されて一緒に家へと帰宅した。


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