シャルと夏の日その1!激突!
ようやく掃除を終えた私とシャルは、帰る支度をして教室から出た。
普段なら帰るときは帰る時で、シャルは非常に元気なんだけど、今は少し大人しい様子だった。
結局、香奈恵の机を痛めてしまったのだから当然と言える。
「くぅ~ん、また香奈恵さんに謝らないといけません…」
シャルは落胆して肩を落としては、小さな声で鳴いていた。
さすがに今のシャルに対して少し憐れみの気持ちが私の中にあり、私は元気づけるように声をかける。
「そうね。素直に謝れば気持ちは伝わるものよ。とりあえず、謝るのは後日になるから今日はもう帰るわよ。時間ある内に謝罪の言葉でも考えることね」
「わふぅ……。号泣しながら謝罪した方が、気持ちがより伝わりますかね?」
「何でそういう発想になるのか分からないけど、支離滅裂な事を言いながら号泣とかやめてよね。笑いのネタにされるだけよ」
こんな会話をしながら私とシャルは階段を降り、玄関へと向かっていく。
そして上履きからローファーに履き替えようとしたとき、一つの明るい声が私たちに向けて遠くから発せられた。
「お、真理奈っちー!シャルちゃーん!もう帰るのかな!にゃっはっはっはー!」
独特な笑い声に似た叫び声で、誰が言ったのか声色以外でも充分に理解できた。
私は声がする方へと視線をやっては、サイドポニーテールを揺らして手を振っているあずみの姿を視認する。
そんな満面の笑みのあずみと目が合えば、あずみは猛ダッシュで近くまで駆け寄ってきた。
相変わらずの足の速さと強引さで廊下を走るものだから、周りにいた人は驚きつつもあずみを避けている。
「あずみ、あなた腐っても生徒副会長なんだから風紀を乱す真似はやめたらどうなの。今の走りはどうみても周りに危険だったわよ」
「にゃっはー、大丈夫大丈夫。私はぶつかって転んでも受け身は完璧にとれるから!そして、衝突した相手が転倒しそうになったら私が受け止める!この豊満な胸で身も心もナイスキャッチだよ!」
そう言いながら、あずみは一目では見当たらない
胸を張って見せた。
非常に残念なことに、あずみは力はあっても華奢な体型で背も高くない。
それに胸があるかないかと言えば、明らかに無い方に分類される。
だからあすみが相手を受け止めても、とても衝撃を和らげれるとは思えない。
私はそんなことを思いながら、あずみとシャルの胸を見比べては呟いた。
「うーん、まだシャルの方が胸があるから、受け止めるならシャルね」
「な、にゃにぃ…!シャルちゃんの方が爆乳だって?そんな……。この鍛えぬき、鍛え上げられた超絶スタイル良い女性が、たかが少女一人にも劣ると……!」
「何言ってるのよ。あずみの場合、体を鍛えるより心を磨く方がいいわよ」
私がそう言っていると、あずみはゆっくりとシャルに近づきながら両手を前に突き出して構えていた。
その構えは、いかにもシャルに触れるためのもの。
どこに触れるためのものなのかは言えないけれど、善意的なものではないのは見て分かる。
しかしシャルもあずみの両手の構えに気づいては、野生の勘で半歩だけ後ずさっていた。
「にゃはは~、本当にシャルちゃんの方がお胸があるのか是非とも確かめないとねぇ。私のテクニシャンな手つきで揉みほぐしてあげるよ!ほらほら~シャルちゃん、その巨乳を外に晒すんだよ~」
あずみはさっきからシャルの胸を巨乳やら爆乳とか言ってるが、どちらかと言うとシャルはあずみ同様で全体的に華奢な体だから、胸が特別あるわけではない。
むしろ年頃の女性と比べたら平均的過ぎるほどで、揉みごたえなんて皆無に近い。
逆にいうと、それだけあずみの胸が揉みごたえどころか胸の存在自体が空想レベルだ。
酷い言い草かもしれないけど、事実なのだからそうとしか言いようがない。
シャルは潤んだ瞳で私に助けを求めるようにして、鳴き声を漏らした。
「くぅん、助けて下さいご主人様ぁ…!」
「あら、いつもは問答無用で私の体にべたべた触ったり舐めてたりするじゃない。これを機会に、少しは私の気持ちを理解することね」
「私のはスキンシップですけど、これはセクハラというものですよ!それに頭を撫でられたりするのは良いですが、さすがに胸はあまり積極的に触られたくは……」
シャルの主張が終わらない内に、あずみはシャルに飛びかかっていた。
そのあずみの動きは傍から見ても怪しいもので、明らかにあずみがシャルを襲っている図だった。
しかしシャルは持ち前の運動能力で素早く後ろに跳んで躱したから、あずみの飛びかかりは空気を掴むだけとなる。
「おぉ、生意気にも避けるかシャルちゃん。しかし、このあーちゃん様の猛攻は終わらないぞ!知らなかったのか?あーちゃん様からは逃げられない!」
あずみはそう宣戦布告とも捉えれる発言をして、更に素早くシャルに接近した。
それに対してシャルは身を屈めながら、逃げずにあずみの隣を走り抜けようとする。
そして身を屈めるシャルをあずみが捕まえようと頭を下げるとき、狙ってなのかシャルの尻尾があずみの顔に当たって怯ませた。
「わふっ!尻尾の毛が口に…!」
だが、あずみはただやられるだけはなく、すかさずシャルの手荷物を奪ってみせる。
手荷物を奪われたシャルはあずみの隣を通り過ぎてから急停止をしては、すぐに振り返って大声をあげた。
「わぅん!私のバッグが!」
「にゃっはっはっは~。このバッグの命が乞いしかったら、素直にその可愛らしい胸を揉ませるんだね。そうじゃないと返さないよ!」
「くぅん……、それは困ります。ですけど、そんな簡単に気安く胸を触らせるわけにもいきません!私の胸を触っていいのはご主人様だけです!」
「私は別に触らないわよ」
シャルの言葉に私は冷静に言い返したが、シャルはそんなことを気にせずにバッグを取り返そうと戦闘態勢に入る。
それは履いていたソックスを投げ捨てて、両手の平を廊下に着けて走り出す構え。
その構えは陸上の人が走り出すためのようなものではなく、まさに犬が獲物に飛びかかる体勢だ。
「いきますよ、あずみさん!」
シャルは大声をあげると、弾丸が突き抜けるような速さで飛び出した。
風を切り、その勢いで発生した烈風が私の髪を揺らす。
まさにとてつもない速さ。
でも、シャルの行動に対してあずみは楽しそうに笑うのだった。
「そんなんじゃ駄目駄目だよ」
シャルの動きは俊敏ではあっても、あずみにとってそんなことは何の問題でもなかった。
何故ならシャルの狙いは、手にあるバッグだと明白に分かっているからだ。
つまり、あずみにとってシャルの動きなんて造作もなく予測できてしまうということ。
スポーツにおいて、相手の動きを予測できるのはどれほどの強みか。
最早それは勝者と敗者を決定付ける要素だろう。
「駄目駄目なのは、あずみさんです!」
あずみがシャルの動きに合わせて腕を伸ばしたとき、シャルはそう叫んで一瞬だけ足の動きを止めてみせた。
急激な速度の緩急。
まさに突発的にできるのは人間離れした運動能力と感性の持ち主だからと言える。
「にゃにゃ!?」
このシャルの動きに、さすがのあずみも面をくらってしまって動きが鈍る。
その一瞬の隙をシャルは逃すはずもなく、シャルは再び脚力で加速をかけてバッグへと飛びついた。
「わぅん!バッグは返して貰いますよ!」
「このっ!これで終わりだと思ったら甘いぞシャルちゃん!」
これでシャルは無事にバッグを取り返したように思えた。
しかしあずみはバッグを取られると同時に、無理に姿勢を変えて強引にシャルの制服を掴む。
「くぅん!?わわっ…!」
「にゃ、おっとと…!」
そのことによりシャルの姿勢のバランスが大きく崩れては、後ろに引っ張られる力で転倒した。
そしてあずみも掴んだ手を離さないものだから、シャルの転倒につられてあずみの体も大きく床へと倒れることになる。
ドタンバタン、と重々しい落下音が鳴った。
「シャル、ちょっと大丈夫?」
二人の攻防を傍観をしていた私だったが、さすがに二人共激しく廊下に転倒したものだから心配の声をかけた。
その私の声に一番に反応を示したのは、バッグを片手に痛がるシャルだった。
「くぅ~ん、何とか大丈夫でした。でも少し体が痛いですよ。………わふっ?何でしょう、何だか妙な感触が……」
そう言ってシャルは自分の状況を再確認する。
廊下に激しく転倒したシャルの片手にはバッグ、そしてもう片方には別の物を触れていた。
その別の物の持ち主であるあずみは、シャルに触れて顔を真っ赤にしている。
「にゃは~、シャルちゃんって意外に大胆なんだねぇ。まさか逆に私の胸に触れて来るとは予想外だったよ。それにこんなに脚を絡ませちゃって……」
あずみは色っぽく甘く囁きながら、シャルとの脚を意図的に絡ませる。
それから腕でシャルの体を引き寄せては、より体を密着させて互の顔が至近距離となっていた。
すると顔が赤いのはあずみだけではなくなり、照れ出したシャルの顔も赤く染まり始めた。
「わぅん…!か、顔が近いですよ、あずみさん!」
「にゃっはっはっは、シャルちゃんはいつも真理奈の顔を舐めてるじゃん。ならこれくらいなんて近いうちに入らないよ」
「そうは言っても唇が…!もうあずみさんの息が直接私の肺に来てます……!」
「あーちゃん様の甘くてとろける吐息にメロメロかなぁ?それにしても、こうして間近で見ると本当にシャルちゃんは可愛いよねぇ」
あずみは静かな声で言いながらも、ふっと息を吐いてシャルの顔に吹きかけた。
それからあずみは幼っぽさがある顔つきにも関わらず、妖艶に微笑む。
そして匂いに敏感のシャルは反射的に吐息を嗅ぎとり、頭の中があずみの息の匂いでいっぱいになる。
わざと誘うにようにしてくるあずみに、シャルの胸の内が爆発しそうとなっていた。
それは私から見ても今のシャルが興奮し始めているのだと分かるほどに、シャルは激しく尻尾を振っている。
「あずみさん、私もう我慢が……!」
「こらこら、こんな学校の玄関で発情しない」
シャルの鼓動が高まりかけたとき、私はとっさに声をかける。
飼い主である私の声が耳に届いてなのか、シャルはすぐに我に返っては冷静になった。
ただ少し慌て気味にあずみの拘束を振りほどき、立ち上がっては私の背中の方へと隠れるようにしてしがみついてきた。
そのことに、あずみも立ち上がりながらいつもの天真爛漫な笑顔と明るい声で話し出す。
「にゃは~、あとちょっとでシャルちゃんのお胸を同意の上で揉めたのに!これは残念無念!」
「……あずみ、アンタ本当に学校の風紀を少し尊重した方が良いんじゃないの?少なくともさっきの行動も今の発言も問題ものよ」
「細かいことは気にしない!それに結局はシャルちゃんが私の豊満な美乳を揉んだだけだからね!私は何一つ風紀を乱していないのだ!まさに今明かされる驚愕の真実ゥ!」
ただ事実を述べているだけな気がするが、あまり追求しても不毛すぎる。
私は少し呆れながらも、背中にぴったりと張り付いているシャルに声をかけた。
「シャル、大丈夫?転んだ時にケガはできなかった?」
「くぅん…、体にケガはなくても何だか心にケガができた気がします。ご主人様、私を慰めて下さい!できれば抱きしめながら頭を撫でてくれると嬉しいです!」
「……あなたもあずみと変わらないわよ。はいはい、帰ったらね」
私がそう言うと、シャルは明るい表情で尻尾を振りながら大げさに喜んだ。
その喜びようからしてケガはなさそうなので、私は一安心した。
「あずみもケガはないの?私から見たら、タンコブとかできていてもおかしくない転び方だったけど」
「にゃっはっはっは~。このあーちゃん様の体はダイヤモンドのように硬く、ゴムボールのように衝撃に強いからね。仮にトラックに衝突されたとしても、かすり傷すら負わないよ!むしろ私に衝突したトラックが大破するさ!」
「そこまでいくと人間やめてない?まぁ、傷がないならそれでいいんだけど…。じゃあ私達帰るから。またね、さようなら」
これ以上、校内で騒ぎを起こさないためにも私は少し強引に別れの挨拶の言葉をかけた。
するとあずみもあずみで何か用事があるのか、あっさりと別れの挨拶を返してきた。
「うん、真理奈さようならだね。あとシャルちゃんもまたね!今度こそは胸を揉ませて貰うから!」
「私の胸には、そんな執着して触るほどの価値はありませんよ。それではあずみさん、さようならです!今度遊びましょうね!」
シャルが笑顔であずみと挨拶を交わすのを見届けて、私はローファーを履き直した。
そしてシャルもソックスとローファーを履き終わってから、私とシャルは学校の玄関から出て行くのだった。