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シャル!  作者: 鳳仙花
13/22

シャルと夏の日その1!掃除!

放課後、掃除の時間となったシャルは鼻歌交じりに、雑巾を片手に教室の机を拭いていた。

非常にご機嫌なようで、栗色の毛の尻尾を振りながら熱心に掃除をしている。


「わんわんわわーん、今日もピッカピカの机ですよー!この牧羊犬シャルの手にかかれば、何だって新品同然です!」


「はいはい、張り切るのは良いけど、ちゃんと掃除をしてね。シャルはいつもそう言っては、爪で机に傷をつけたりするんだから」


「大丈夫ですご主人様!今日はちゃんと爪を()いできましたから!」


「研がないで切りなさいよ。そもそも爪を研いでどうするつもりなの。狩りでもするつもり?」


私のこの言葉に、シャルは不敵な笑みを浮かべてきた。

まるで意味深に何かあるような笑み。

しかしシャルが口にするまでもなく、爪を研いだ事に大した理由なんてないんだなと私は先に理解した。


「ふっふーん、惜しいですね。実はテレビで猫の引っかきが紙を切るというのを見まして、それに少し憧れていたのです!こう…スパッと紙を切ったんですよ!爪で!」


シャルはそのテレビに出ていた猫の物真似か、爪を立てる仕草をしては手を大きく何度も振り出した。

するとシャルの爪が机に当たって、机には一本の抉った線ができていることに私が(いち)早く気づく。

今のシャルの動きで爪による傷跡だと思い、私は何とも言えぬ表情で机を眺めた。


「どうしたのです、ご主人様。もしかして私の素晴らしい素振りに見惚れましたか?そのまま惚れ込んで、私に抱きついてもいいのですよ?」


「いや、シャル。机……」


私が言葉を濁しながら言うと、シャルはさっきまで拭いていた机に視線を移す。

これによりシャルは自分の爪で机に傷をつけたのだと、すぐに察しては隠すようにして机に座るのだった。


「シャル、そんなことをしても傷は消えないわよ。それに私が先に気づいたから、隠し通せるわけもないじゃない」


「くぅ~ん、新品同然にするどころか傷モノにしてしまいました。もうこの机は私と同じ中古品です……」


「何言ってるのよ。もう、あとでその席の人に謝りなさいよね」


私はそう言いながら、その席の人物が誰か思い浮かべる。

確か香奈恵の席だったはずだ。

香奈恵は几帳面な所があるから、学校の物で小さな傷とはいえ、けっこう気にしてしまうかもしれない。


「ご主人様、この席は……香奈恵さんでしたよね。許してくれるでしょうか」


シャルは潤んだ瞳で私の顔を見つめてきた。

綺麗にしようとして張り切っていたら逆に傷をつけてしまって、かなりショックだったみたい。

シャルの尻尾も耳も垂れ下がり、一目で分かるほどに落ち込んだ感情が表に出ていた。


「まぁ、素直に謝れば許してくれるはずよ。意図的に傷をつけたわけではないんだから」


とは言っても、シャルが爪を立てて素振りをしていたなんて変な話を、意図的でやっていないなど信じてくれるのか。

私だったら無理だ。

許しはするけど。


「あら、シャル。ずいぶんと落ち込んでいるようだけど、どうかしたのかしら?」


そしてこのタイミングで、帰宅するために荷物を取りに来た香奈恵と春が教室へとやってきた。

尻尾と耳のおかげか、すぐにシャルの異変に気づいては心配の声を香奈恵がかけてくる。

続けて春もシャルの様子を気にして、労わるように優しく言ってきた。


「シャルさん、そんなにお耳をお下げになってどうしたのですか?お昼に口にした蜂蜜で、具合でも悪くしたのでしょうか」


蜂蜜?

なぜだろう。

私にとっては聞き捨てにならない単語だ。

そもそも、昼食に蜂蜜なんてなかったはず。

急に私が別のことを気にしだしたとき、シャルは(うつむ)きながら暗い声でさっきのことを話しだした。


「うぅ、違います。実は…香奈恵さんの机を……」


シャルは座っていた机から降りては、お尻で隠していた机の傷を指さした。

そこには依然変わりなく、小さく細い傷がある。

大したことではないように思えるかもしれないが、案外傷があると書くときに障害となるものだ。

でもシャルにとってはそういう問題ではなく、人の物を傷つけたという認識が非常に強く、そのことに罪悪感を覚えていた。

シャルからしたら、小さい傷だから問題ないとかではないのだ。

しかしシャルの態度に反して、香奈恵は傷を見ては特別な反応を示すことはなかった。


「あら…」


ただ淡白にそれだけ呟いては、目を細めてくすっと笑う。

それからシャルの頭を撫でて慰めるのだった。


「この傷、前からあったものよ。もしかしてシャルが傷つけたと思ったのかしら?それなら、ただの勘違い。何も気にすることはないわよ」


そうだったかな。

私は思わずそう口にしかけたが、すぐに香奈恵の意図に気づいて発しかけた言葉を飲み込んだ。

そして香奈恵のこの言葉に、シャルの表情は一変して明るいものとなる。

いつもの底なしの優しさに溢れている、どこまでも素敵な笑顔に。


「そうだったのですか!それなら良かったです!わぅんわん!変に気にかけてしまいました!」


「くすっ、貴方って一日中元気な声よね。でもその元気な声が素敵よ。また、朝の挨拶の時にその元気な声を聞かせてね。じゃあ、私は帰るから。掃除頑張ってね。あと真理奈もさようなら」


「え、あぁ…香奈恵さようなら。またね」


「香奈恵さん、さようならです!今度一緒に遊びましょうね!」


私とシャルが別れの挨拶を返すと、春が手荷物を持っては同じように春とも別れの挨拶をした。

春は透き通った声で丁寧に頭を下げて挨拶をしては、先に教室へと出て行った香奈恵の後を慌て気味に追うのだった。


「さぁ、ご主人様!お掃除頑張りましょう!このエスキモー犬のシャル頑張っちゃいますよ!」


「エスキモー犬ってなによ?…そうね、私たちも早く掃除を終わらせて帰ろうか」


こうして私とシャルが気兼ねなく掃除を再開したとき、教室の外へと出た春は香奈恵の隣を歩きなら小声で話す。


「香奈恵様、あの机の傷って無かったものですよね?少なくともご昼食の時は見当たりませんでした」


「そうだったかしら?なら、今日の放課後に私がつけたのね。うっかりしてたわ。あとで修繕して貰える?」


「かしこまりました。お任せください。綺麗にしておきますね」


そう言って、春と香奈恵は学校から出て行くのだった。

それと同時に、掃除を張り切りすぎたシャルは机を倒して、香奈恵の机を歪ませていた。


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