シャルと夏の日その1!大声!
そのまま私は寝ぼけ眼の上、ぼんやりとした意識のまま授業を受けた。
そして隣の席のシャルは、最初は真面目に授業を受けていた様子だけど、昼食の後ということもあって睡魔に襲われながら板書された文字をノートに書いている。
いつもなら注意してあげるけど、さっきまで私は夢の中だったから何だか注意するのに気が引けた。
それでもシャルにとっては授業は大切なものなので、仕方なしに私は魔法の言葉を唱える。
「ジャーキーあげようかな……」
私は周りの人には聞こえないほどの声量で、そう呟いた。
おそらく、先生の言葉でかき消されそうなほどの小声だったはずだ。
しかしシャルは私の言葉を確かに聞き取っていたようで、耳をピンと立てる。
そしてぎらついた横目で私の顔を見ているのが、視線の気配で分かった。
「ご、ご主人様……!今、なんと言いましたか?」
「さぁね?私は何か言った記憶はないけれど?」
私は適当にはぐらかしては、明らかに意味深な雰囲気で口元を緩めてみせる。
その私の仕草に反応してなのか、それとも私のさっきのぼやきにくいついてなのか、シャルは食ってかかる勢いで話し出す。
「私の聞き間違いでなければ、私にジャーキーを数トン単位であげようかなと言っていたはずです。間違いありません!」
「間違いだらけよ。もし、私があげると言っていたとしても、トン単位であげるわけないじゃない。そんなにあげてたら、シャルが豚になるわ」
自分の口から言った言葉だが、犬が豚になるとは変な言い回しだなと思いつつ私は授業を受けようとした。
しかし私の言葉にシャルは、してやったり顔で突っ込んで来るのだった。
「トン単位であげると豚に…?もしかして豚を豚とかけて言っているんですか?う~ん、微妙ですね」
「別にそんなつもりで言ったわけじゃないわよ!それにシャルにだけは微妙と言われたくないわ!授業中なんだから、もう静かにしてなさいよ!」
思わず私が声を荒げると、先生から厳しい眼差しを向けられた。
明らかに私の行動に対しての視線だ。
それにクラスメイトの数人も、不思議そうな目で
私を見てきている。
その恥ずかしさに私は顔を赤らめては身を萎縮させて、誰にも視線を合わせまいと俯くのだった。
そんな私をフォローでもしようとしてなのか、隣でシャルがウィンクしながら小声で話かけてくる。
「ご主人様、どんまいです…!」
悪いが私が大声をあげた一因はシャルのせいだ。
その一因に励まされたくない。
「もう嫌だ……。ただでも夏だから暑いのに、羞恥心で更に暑い…」
でもおかげで私とシャルの眠気は完全に吹き飛び、目の覚めた状態で授業を受けることはできた。
残念ながら、集中できたかどうかは全くの別問題ではあるのだけど。
そうして、睡魔が強烈なる昼食後の授業の終わりを報せるチャイムが鳴り響く。
同時に恥ずかしさから開放される思い。
授業が終われば、授業中であった私の奇特な行動なんて忘れさられる。
ただ奇声をあげただけだし、そうに違いない。
むしろそうであってほしい。
「にゃっはっはっはっは!真理奈、爆睡してたね!しかもあんな大声の寝言もあげてさ!」
私の考えなど夢で出てきた蜂蜜のように甘いと言わんばかりに、授業中で私が大声をあげたことをあずみがやって来ては指摘してきた。
しかも余計に恥ずかしくなるようなことを引っさげて。
「う~、寝言じゃないわよ。ただでも居た堪れない視線を注がれて恥ずかしいんだから、あまり言わないでよ。そもそも私って、そんな周りが見て分かるほどに爆睡してたの?」
「にゃは~、すごい爆睡してたよ。しかも凄いイビキを鳴らしてた!もうこの世の終焉を報せる地響きだと思うほどのイビキ!本当に凄かったゾ!私あずみ、嘘、ツカナイ」
「不思議、すごく嘘っぽく聞こえるわ」
「何ぃ~!私はこれでも正直者だと巷では大評判なんだよ!もう三つ星もらえるほどに正直者で有名なんだから!」
相変わらず勢いで言葉を言っているあずみを見て、私は思わず表情を緩めた。
普段、変な発言を大声で発しているあずみに比べたら私の恥ずかしさなんて些細なことだろう。
そう思うと恥ずかしい気持ちが薄らいでくる。
「ところでご主人様!」
「ん、何よ?」
先ほど授業で使用していた教科書をしまいこんだシャルが、つぶらな瞳を輝かせながら迫ってくる。
明らかに何かを期待しての表情で、切望の眼差しだ。
「ジャーキーのことなんですが…」
「何のことよ。って、まだ食いつくつもり?」
「当たり前です!ジャーキーに関しては愛玩犬シャルにとっては死活問題ですから!死ぬまで欲しがります!」
「さすがにそれは欲しがり過ぎよ。性欲も食欲も睡眠欲も少しは自制しなさい」
「無理です!私の食欲は無尽蔵!性欲は底なし!睡眠欲は無限大ですよ!わんわん!」
シャルは尻尾を振っては、笑顔で大声を張り上げた。
素直な気持ちを口にするのは結構だけど、もう少しは人間らしく恥じらいを知るべきだと私は思う。
「にゃは、さすがシャルちゃん!私に負けず劣らずの正直者だねぇ。これは負けていられないよ!」
「一体あなたたちは何の勝負をしてるの?何でも相手より勝っていれば良いってものじゃないのよ…?」
「ご主人様、細かいことは気にしたら駄目です。いちいち気にしてたら、きりがありませんよ!」
またシャルがウィンクしながら私にそう言ってきた。
気にさせてるのは、どう考えてもシャルとあずみが原因で私は大声をあげずにはいられなかった。
「そうさせてる張本人のシャルには、そう突っ込まれたくないわ!」




