シャルと夏の日その1!甘い蜜!
「わふふぅ…、とても官能的でおいしかったですよぉ。春さんの料理はまさにどれも至高の一品ですよ!パパさんのウィンナーより、おいしいかもしれないです!」
チキンを食べ終えたシャルは目の色を変えるほどに輝かせては、喜びの声をあげていた。
ここまでベタ褒めをしたくなる気持ちは分かるけれど、さすがに褒めすぎな気はする。
でもシャルらしい発言だ。
「まさに猫の缶詰に並ぶ一級品のおいしさでした!」
最後の余計と思えるシャルの一言で、春ではなく香奈恵が気難しそうな顔をした。
あそこまで褒めて最後は缶詰に並ぶ美味しさという表現に落ち着くのだから、確かに微妙な気持ちになるだろう。
それでも春は、それがシャルの精一杯の至高の表現なのだと理解してか、笑顔で応えてくれた。
「ありがとうございます、シャルさん。今度は猫の缶詰を扱った料理に挑戦してみせますね。きっと、シャルさんなら満足してくれると思います」
「わぅん!?猫の缶詰を扱った料理ですか!その発想はありませんでした!ぜひとも、その料理で私の舌を唸らせて欲しいです!ぐるるるるる…」
すでに唸ってる。
しかも唸り方が喜怒哀楽の怒を示す唸り方だ。
もはや表現の仕方が犬としても間違っている。
猫の缶詰が好物となってしまっているのも犬として怪しい。
いや、人間の姿している犬の時点でおかしいのかもしれないけど。
私はそんなことを思いながら、つい余計な言葉を発する。
「シャルは何を食べても舌を唸らせるでしょ。しかも大量のヨダレを垂らして」
「うーん?言われてみると、ご主人様の言う通りかもしれません。でもでも、私が一番にヨダレを垂らすのは、ご主人様を舐めている時ですよ!安心してください!」
「えぇ…、それって私が一番の好物ってことなの?これは喜ぶべき事なのかしら」
私は遠い目をしながら謎の発言を口にしていると、私とシャルのやり取りを見ていた香奈恵が怪訝そうな目つきで見てくる。
そして弁当を頬張りながら呟いてくるのだった。
「あなた達、いつも朝に何してるのよ。そもそも毛の次は涎の話?本当、昼食に相応しい会話をしなさいよ」
「にゃはっはっは~。でもシャルちゃん達らしくていいじゃないか!私もシャルちゃんに全身の隅から隅まで舐めて貰いたいよ!」
あずみは元気よくそう言うものだから、本気か冗談か分からない。
おそらく、冗談……だとは思う。
でもシャルは冗談だとは思わないで、真剣に考えては難しそうな顔をして呟くのだった。
「うーん、私は好きなものしか舐めないですよ?でもご主人様ほどではないですが、私はあずみさんのことも大好きです!だからお望みならば、いつでも舐めて差し上げますよ!」
「にゃっは~、なら今度舐め合いっこでもしようか!体中に蜂蜜でも塗りたくって、ベトベトのぬるぬるにしてさ!」
「あぁハチミツですか!いいですね!ぜひとも一度してみましょうか!ご主人様もどうです?」
シャルは爛々とした笑顔で私を誘ってくる。
犬の耳がピンとしていたり表情を見る限り、シャルは本気でやろうとしているみたいだ。
そんなの、想像するだけでも嫌だ。
蜂蜜の甘ったるい匂いに包まれて、全身をべとべとにして舐め合うなんて高度な遊びすぎる。
小柄なシャルの小さな舌が私の顔から首筋へと伝ったり、唇を舌で舐められて……そして肩や腕へと次々と舐め合うなんて…。
手足を絡めながら、舌を相手の白い肌に這いずらせて…舐めとっていく……。
「さすがに嫌だわ!絶対に嫌!もはや変態の域を越えてる!いくら何でも恥ずかし過ぎるじゃない!」
シャルと舐め合う姿を想像して、思わず私は大声で叫んだ。
すると何故かシャルとあずみはきょとんとしては、春が困惑に近い様子で私に心配する声をかけた。
「だ、大丈夫ですか?真理奈様」
私の体温が一気に上がった気がする。
きっとこれは夏に突然叫んだせいだ。
決して変な妄想を膨らましたり、妙なイメージをしたせいではない。
断じて違う。
そんな私の様子をよそに、香奈恵は少しいたずらっぽい笑みを浮かべては、私に追い打ちをかけてくるのだった。
「安心しなさい、真理奈。私が最高級の蜂蜜を用意してあげるわ。というより、すでに用意してあるわよ。春!真理奈に蜂蜜をかけてあげて!」
「え?あ、はい!分かりました香奈恵様!」
どういうわけか春は気合の入った返事をしては、弁当を入れていたバッグからは蜂蜜が入ったボトルを数本取り出してきた。
そして全てのボトルを春は手刀で切り裂き、ボトルの中身の蜂蜜を私に全てぶちまける。
「ちょ…ちょっと待って!唐突すぎて意味が…!って、うわわわわ!」
戸惑う私の意見は通る猶予もなく、蜂蜜が私の体にかかってはべっとりとした感触がまとわりついた。
そして蜂蜜独特の甘ったるい匂いが教室中に充満しては、私の席の周りが蜂蜜で満たされる。
しかも蜂蜜は私の胸先や太ももから下へと垂れていって、糸のような物を体から引いている状態となってしまっていた。
制服もベトベトで、もう私は脳内がパニックで怯むことしかできなくなる。
そんな汚れた私にシャルは抱きついてきた。
そのせいでぬちゃりとした粘着音が鳴っては、シャルも自分の体を蜂蜜で汚した。
「わっふぅ!ありがとうございます、香奈恵さん!ではご主人様、早速舐めましょうか!ご主人様の味を堪能させて頂きます!」
「ま、待ちなさいシャル!いきなりのことに私ついていけてないわよ!」
そんなパニックに陥る私を諭すようにあずみは落ち着いた口調で言ってくる。
それも、さも自然な流れと言わんばかりの顔をしていて余計に私を混乱させるものだ。
「なに言ってるの、真理奈。いつもシャルちゃんと舐め合っているんでしょ?にゃっはっは、まったく羨ましいなぁ」
「一方的に舐められているだけで舐め合っているという事実はないよ!わわっ、本当に舐め始めないでよ!馬鹿犬!」
私はつい暴言を吐いてしまうが、もはや私の叫びなどシャルはおろか全員の耳に届いていない。
シャルの小さな舌が私の頬を伝っては、蜂蜜を舐め取った。
すでに蜂蜜で汚れているけれど、更にシャルの唾液も混ざって私は汚される。
生暖かい感触と、シャルが先ほど食べていた猫の缶詰の臭いが私の五感を刺激した。
「わふぅ…。やっぱり私はご主人様と体を密着させて、舐め合っているのが一番の幸せですよ!」
「発情しているだけじゃない!それに舐め合っていない!」
「なら舐め合いましょうよ!二人の家族愛を確かめる時ですよ!」
家族愛…?
家族愛ってなんだろう。
少なくとも私の知っている家族愛と、シャルの言っている家族愛は意味が違う。
私が混乱の中、哲学的な思考に至ろうとしている間にもシャルは私の顔を舐め続けていた。
そしてシャルの舌が私の首筋を伝うと同時に、シャルの小さな指先が私の制服のボタンに触れてきた。
「ちょっ…ちょっと……やめなさい!この……いやああぁあぁあぁ!」
ついに私は絶叫あげて、シャルを突き放そうとした。
その時だった、とでもいうべきだろうか。
私は、突っ伏していた机から頭を上げた。
「はっ……夢か…!」
「ご主人様?…どうかしたのですか?」
授業中にも関わらず、隣の席にいたシャルは私の異常に気が付いて声をかけてきた。
そのシャルの目線は心底から心配そうにしているもので、さっきまでの出来事が本当に夢だったのだと思わせてくれる。
「い、いや……何でもないわよ。ほら、授業に集中しなさい」
「わん、もちろんです。世界でも指折りの警察犬シャルはいつだって真面目なんですよ!」
「……いつだって真面目なら、年中無休で発情しないでよ。おかげで変な夢を見せられたわ」
真夏の気温によるものか、奇妙な夢によるものか、私はいつのまにか額に流れていた汗を拭った。
どこから夢だったのか分からない。
でも、昼食の後ってどんな授業でも眠くなるからね。
眠くなるのは仕方ない。
問題はその見た夢が、まるで私が発情しているみたいな内容だったことなのだけど。
「はぁ……」
思わず私はため息を吐いては、何のことを書いているのことすら分からない黒板を眺めた。




