シャルと夏の日その1!昼休み!
体育が終わった後は昼休みの時間だ。
昼休みなのだから当然昼食をとるわけだけど、大抵の人は決まったグループでご飯を食べていることが多い。
私もその例外ではなく、というよりシャルの弁当も私が持っているので、如何なる時もシャルとご飯を食べることになっている。
あとは香奈恵、春、あずみのグループで合計四人と一匹だ。
積極的にあずみは机を並べてはくっつけて、笑顔で楽しそうに歌っていた。
「ごっはん~ごっはん~、毎日同じ冷凍のおかずでも楽しいご飯~!ごっはん~ごっはん~、毎日お腹を減らしておいしく食べるよごっ飯~!」
机を並べ終えると、あずみは自分の弁当を一番最初に机の上に置いた。
それから少し遅れて、春が香奈恵の分の弁当を取り出した。
春はメイドロボのため、人間のような食事は取らない。
一応食べることはできるようだけど、必要がないからしない、だそうだ。
それでも仲間はずれのような扱いはしたくないので、席に着くことになっている。
「ごっ主人様~、ご飯まだですかぁ?勇ましく強い闘犬シャルは、周りのお弁当さんの臭いのおかげでヨダレが止まりませんよ。早く早く、ですぅ!わんわん!」
「はいはい、分かったからヨダレは垂らさない。また机に、自分のヨダレの臭いでも染み付けるつもり?朝の時点でもヨダレだらけにしていたのに」
「朝?なんのことか私には分かりませんねぇ。確かに何だか、机が朝食べたウィンナーの匂いがしましたけど!」
「…たまにシャルの言っていることが本気なのか冗談なのか分からないわね。はい、お弁当」
そう言って私が取り出したのは猫の缶詰である。
少しいたずらしてやろうとして、私は嫌味な笑みを浮かべながら出して見せたのだが、意外にもシャルは目を輝かせてしまう。
「わぅん!?これは朝の授業でやっていた噂の猫の缶詰!物凄くおいしくて犬界でも三大美食に入っていると聞きました!」
「犬界ってなによ。そんなの初めて聞いたわ。そもそもこれ猫用…」
「犬界ってのは、この前見た雑誌に書かれていた単語です!その雑誌の特集で、犬の好物百位から一位まで大公開、というのがあったんですよ!それで第三位に猫の缶詰がありました!」
「…あぁ、それで真に受けて猫の缶詰が何とかって夢を見たのね。ずいぶんといい加減な特集だね」
「はうはうはふ!食べていいですか、ご主人様!」
シャルのヨダレの量が多くなっては、ついには舌を垂らし始めた。
まさかここまで食いついてくるとは思っていなかったもので、私は面をくらう。
ただあずみはそんなシャルの様子を見て、声をあげて笑った。
「にゃっはっはっは~!シャルちゃんって犬みたいだね~!そんなに尻尾や耳まで動かしてさ!」
「わぅん?私は犬ですよ?」
「シャルちゃんは冗談が下手だなぁ!犬ならもっとこう…犬らしい物があるでしょ!毛深ったり!」
「くぅ~ん、私ってそんな毛とか無いですかね…。ご主人様ぁ、私って毛少ないです?」
私が猫の缶詰を開けている途中に、シャルは私に聞いてきた。
変な質問で、なんと答えればいいのか困ってしまう。
とりあえず私は適当に話を合わせて答えてみる。
「うーん?一緒にお風呂入る時とか気にしたこと無いけど、言われてみればシャルって体毛殆どないかもね。髪やまつ毛とかを除けば、無毛かもしれないわ」
「む、無毛…!それって今更ではありますけど、犬である私としては由々しき事態な気がします!やっぱり犬らしく毛が生え揃っている方がいいですか!下の毛はしっかり整えれるくらいありますし!」
「ちょっとその言い方おかしいわよ!それは尻尾の毛の事でしょ!だいたい犬みたく毛だるまになっても、私のベッドや制服が毛だらけになるから今のままで充分よ!」
私は思わず声を荒らげて答えてしまっていた。
でも、突然シャルのような言葉を言われたら誰だって動揺するはずだ。
そしてこんな会話をしていると、香奈恵が目を細めて呆れ気味に呟いてきた。
「毛、毛って食事の時間に何て話をしているのよ?話すならもっと別の話題にしてちょうだい」
私は香奈恵のおでこに貼られた絆創膏を見ながら、さすがに会話に品が無さ過ぎたと後悔する。
そしてそんなことを思っている間に昼食の準備は整い、全員が箸を手にとった。
それから一番食事を楽しみにしていたシャルが、満面の笑顔で幸せそうに、響き渡る声で食事の挨拶をする。
「では、いっただきっまーす!」
シャルに合わせて、私達も遅れながらいただきますと静かに言う。
しかし私たちが言い終わる前にシャルは待ちきれなかったようで、箸で猫の缶詰の中をほじくり出していた。
そして箸で一口分だけ摘んでは、大きく口を開けて中へと運び込む。
その瞬間、シャルはにやけてはとろける表情で幸せを表現した。
まさに今まで食べた物の中で、格段に一番おいしい物を食べたかのような満足顔。
それはクラス中の全員が思わず注目してしまうほどで、シャルは一口飲み込んでは、次の一口を味わうように咀嚼しながら食べていく。
いつもは早食いだったり騒いで食べるから、この反応は中々に新鮮だ。
このまま黙ってくれるならと私はシャルを放っておくことにして、自分の弁当の中身を見る前に香奈恵の弁当の中身を覗き込んだ。
香奈恵の弁当は基本的に春が作っている。
家事を本職とするメイドロボ故に、料理はプロの料理人に負けていないレベルらしくて、いつも香奈恵の弁当には驚かせてくれる。
「あら、今日はチキン入りなのね。いつもは、夏には食べやすくてヘルシーな品じゃないといけないとか言うのに」
香奈恵の開けた弁当は珍しくも、至って普通の料理に思えた。
でも普通に考えたら毎日作る学校の弁当で、普通の料理で埋めるだけでも相当な話だ。
それに彩りは鮮やかで、一種の芸術性を秘めた弁当の中身となっている。
単純にキャラクター弁当のような、とにかくカラフルで派手とかではない和風の落ち着きが一番印象に残る弁当。
分かりやすく言うと、正月に食べるおせち料理のように華やかさと和風を上手く表現したものだ。
香奈恵は焼き上げられたチキンを箸で掴みあげた。
一見、私からしたら色よく焼かれて冷めてしまったチキンにしか思えない。
でもあずみがオーバーリアクションで、そのチキンに反応した。
「おお!おいしそうじゃないかぁ!ねぇねぇ香奈恵、このあずみ殿にそのもも肉チキン野郎を一口分けて下さらぬでしょうか!」
「口調が滅茶苦茶で何を言ってるのか分からないけど、食べたいのね?別にいいわよ。私、少食だから。でもせっかくだから、代わりに何かおかずを分けてちょうだいね」
そう言って、香奈恵は箸でチキンをあずみの弁当へ置いた。
それからすぐにあずみはチキンを箸で掴み取っては、口の中へ放り込んだ。
咀嚼して、あずみなりに堪能しては喜びの声をあげる。
「うみゃーい!すごいすごい!冷めてるのにこの味の濃厚さと柔からさ、そして肉汁!とても鳥のもも肉とは思えませんなぁ…。春さんの仕事ぶりには、この美食家のあずみも驚きの一言だよ、にゃっはっはっは~!」
大げさに大絶賛するあずみではあったけど、春さんは心底嬉しそうな微笑みを浮かべている。
そしてほのかに鳥肉から香るゴマとレモンの匂いが漂い、私の食欲も刺激してきた。
おそろしいことだ。
食べている本人だけではなく、周りの人の食欲も刺激させる一品なんて、なかなかにできないと思う。
特にシャルなんて鼻がいいために、より強い食欲を湧き立てては猫の缶詰を綺麗に食べてしまう。
それからシャルは目を輝かせて、香奈恵を見つめ続けるのだった。
「え、シャルちゃん。そんなに見つめてどうかしたのかしら?…もしかして貴方も食べたいの?いいわよ、はい」
「わぅん!ありがとうございます!お返しとして今度猫の缶詰を分けてあげますね!」
「……あぁ、うん。シャルちゃんからは別におかずは分けてくれなくていいわよ?私、缶詰って苦手だから…」
この言葉に私が一番に反応して、話の流れとして簡単に追求した。
「へぇ、香奈恵って缶詰苦手なんだ。でも確かに好んで食べるものというと、少し違うかもしれないね」
「……そうじゃないわ。昔、シュールストレミングっていう缶詰を食べたことがあってね。それがトラウマでダメになったの」
「シュールストレミング?なんだろ、テレビか何かで聞いたことあるような…?」
どこかで聞いたことある単語に、私は唸って思い出そうとする。
でも私が思い出すよりも早く、春が私の疑問に笑顔で答えてくれた。
「シュールストレミングというのは世界一臭い缶詰のことですよ。厳密には日本では缶詰としては分類されておらず、発酵具合によってかなり味が左右されるニシンの塩漬けです。何でも最近では、長年放置されたその缶詰の処理に爆弾処理班や缶詰の専門家などが出動したようです。とても強烈な一品なので、真理奈様も機会があれば一度口にしてみるといいですよ」
「え…、爆弾処理班が必要になる食べ物なんて嫌だよ。香奈恵もよくそんなの食べる気になったわね」
「自分で言っておいてなんだけど、シュールストレミングの話は掘り下げないでちょうだい。思い出したら気分が悪く……うっ……」
香奈恵は顔を青くしては、息をつまらした声を漏らした。
よほどトラウマとして記憶に残っているらしく、香奈恵の状態を見るけだけでどれほどの缶詰なのか想像できてしまう。
きっと臭いに敏感なシャルが嗅いだら、こんな反応では済まなくなるんだろうなぁと思いながら、チキンを食べるシャルを私は眺めていた。