24.終戦
テストなんて消えればいいと思うのです……
レイシスの渾身の一撃により爆音が轟いた。
いくら魔王といえど街から一直線に加速しながら飛んできたレイシスは受け止めきれなかったらしく、衝突とともに後方へ飛ばされていった。
レイシスはすぐにレイへと駆け寄ると、
「レイ君!!」
抱き締めた。
しかしレイは今、言わずもがな満身創痍である。
そんな状態で強く抱きしめられれば……
「痛い痛い痛い!ちょっ!?お姉ちゃん!痛いから!」
こうなるのは当然と言えた。
レイシスは1度最愛の弟を解放すると、
「大丈夫レイ君!?」
……どうやらレイの状態を確認していなかったらしい。
途端に焦り始める。
「エクストラヒールエクストラヒールエクストラヒールエクストラヒールエクストラヒール!!!」
「お、お姉ちゃん!?そんなにかけなくてももう治ってるから!?てかハイヒールで十分だから!!」
エクストラヒールとは回復魔法の中でも上級のものであり、通常は高位の神官などでなければ使うことができないほどの難しい魔法だ。
この世界で回復魔法が使える人は少ない。
適性もあるが、適性があっても扱いが難しいために極める人などほぼ居ないのだ。
回復魔法は消費魔力が多いため、適性がある者は大抵保持魔力が多い。
なのでわざわざ難しい回復魔法を極めなくとも、他の魔法を極める方がストレスが少ないのだ。
それ故、回復魔法の使い手は冒険者パーティーや貴族、王国騎士団などに重宝される。
なかでも中級回復魔法であるハイヒールを使える者などは王宮の専属になったりもする。
そんな回復魔法、それもハイヒールの上のエクストラヒールなどを連発するレイシスは異常を通り越してもはや変態と言えた。
……ちなみにだがレイは回復魔法の適性がある。
なのになぜ使えないか?
それは母であるアリスが回復魔法を使えないからである。
ならばレイシスに教えて貰えばいいのでは?と思うだろう。
もちろんレイは姉に頼んだことがある。
が、レイシス曰く、「レイ君の傷は私が治してあげる!」だそうだ。
レイはこの戦いで決断した。
(回復魔法は何がなんでも覚えよう……)
と。
レイシスのブラコンは加速していくばかりである。
閑話休題。
「本当に?本当に大丈夫?」
「うん。もう一回目で完治して『ガバッ!』もぐもぐごは……」
途中から抱き締められて喋れなくなった。
ていうか息が!息が出来ない!
レイは必死で姉の背中をタップした。
「あ~よかった。ってあれ?どうしたのレイ君!?」
「ぜぇはぁぜぇはぁ。な、なんでも…ふぅ…ないよ。」
危なかった。
お花畑が見えた気がする。
「フハハハハ!なんと愉快なことか!竜王の子孫が二人も我が前に参上してくれるとはな。面白い、我は今最高に気分が良い!」
後方を振り返ると、やはり無傷の巨狼が目を爛々と光らせてこちらを見ている。
と、レイシスが立ち上がった。
瞬間。
ライガに勝るとも劣らないレイシスの殺気が一帯を支配する。
レイは察した。
(めっちゃ怒ってるぅううう!!!)
そう、かつてないほどにレイシスはキレていた。
そして、
「ふふふ。ただの犬畜生の分際で……」
氷でさえ温かいと感じてしまうほどの冷たいこえである。
レイシスから、レイでも驚くほどの魔力が放たれる。
それはレイシスを包み込み、
「私のレイ君に手を出したこと、後悔させてあげるわ!」
次の瞬間にはその姿を美しい紅竜の姿へと変えていた。
「我こそは『災厄の狼魔王』のライガ!いざ尋常に……」
場を静寂が支配する。
そして、
「「勝負!!!」」
人外同士の死闘が始まった。
「レイ君はそこで休んでなさい!いいわね!」
とお姉ちゃんは言い残してライガに向かっていった。
どうやら血が足りてないことを悟られたらしい。
(まぁ回復魔法じゃ血は作れないからしょうがないか)
もっとも、レーヴァテインは血を再生させることも可能なのだがお姉ちゃんは知らないので仕方ない。
既にレーヴァテインによる血の再生は始まっており、あと数分で終わる。
しかしあの黒雷は厄介だ。
氷はほとんど電気を通さないというのにそれを魔力にものをいわせて壊したり、僕の障壁をくだいたりと。
挙句、レーヴァテインの再生を阻害する効果……というより傷の治り自体を阻害する効果があるときた。
僕は考える。
(黒雷、黒雷か……。ふふふ、ならあれでいくか!)
目にものをみせてやろう。
激しい戦闘音を一時的に無視し、
僕は目をつむり精神を研ぎ澄ませた。
Side~レイシス~
「はあっ!」
私は魔王に向けて連続で鋭い爪を振り下ろす。
しかし、
「ふんっ!」
そのことごとくが避けられ、受けられ、流される。
どうやら相手の方が技術的には数段上のようだ。
伊達に魔王をやってないわねこいつ。
私はその場で回転し、勢いを利用して尻尾を叩きつけた。
その破壊力は一目瞭然で、当たれば間違いなく命を奪うであろうことは想像に難くない。
「ガアッ!」
だが、あろうことかライガはそれを頭突きによって完全に受け止めてしまった。
(なんて防御力してんのよ!)
私はすぐさま距離をとって構え直そうとするが、すでに犬は目の前に迫っていた。
「っ!焼き尽くせ炎よ!」
咄嗟に魔術を放つが、それはあっさりと前足の一振りで払われてしまう。
(でも体制はととのえられたわ!一気に押し切ってみせる!)
そしてもう一度、今度は温存する魔力など考えずに全身に行き渡らせて身体を強化し、短期決戦を挑む。
向こうもそれが分かったようでニヤリと笑みを浮かべている。
霞む速度で振られる前足を紙一重で躱し、懐へと入り込もうとするが、犬の隙の無いステップで中々入る事が出来ない。
(もどかしい!)
しかし焦っては足元をすくわれてしまいそうなので油断はしない。
私は懐に入ることを一度諦め、足を尻尾ですくいにかかる。
これには犬も少し驚いたようで、足を取ることに成功する。
(もらった!)
強化された尻尾で犬を振り回して地面に投げる。
犬はきっちり足から着地をしたが、私は構わず畳み掛ける。
着地した瞬間に、再び足を狙う。
しかし2度目はやはり躱されてしまった。
今度は上から叩きつけるように蹴りつける。
またもライガは頭突きで対処しようとするが、それが私の狙いだった。
(ここよ!)
すると彼女はあろうことか途中で蹴りを中断した。
ライガは少々違和感を感じながらも隙を突くように噛み付きにかかる。
それが私の狙いだとも気づかずに。
私は尻尾を地面に突き刺し、尻尾のみで体を支え下から蹴りを放つ。
ライガもこれは予想外だったようで、ガードが間に合わない。
殺った!
と私は思い、嬉しさのあまり周囲へと気を配ることを一瞬怠った。
……怠ってしまった。
気づいた時にはもう遅かった。
私の頭上には影がさした。
黒雲による影が。
「くくく。油断大敵、だぞ!」
轟音と共に凄まじい衝撃が私を襲った。
突然のことで頭が真っ白になり、受身も取れずに地面に叩きつけられた。
「カハッ!?ケホッ!ケホッ!」
何が起きたの?
簡単だ。黒雷に打たれたのだ。
やっと頭がついてきた。
急いで立とうとするが何故か体が動かない。
(っ!?どうして!?)
どうやら感電してしまったらしい。
傷の治りもいつもより遅い。
すると、頭上にもう一度魔力が集まるのを感じた。
「!?」
「終わりだ!」
必死に体を動かそうとしたが、このタイミングでは既に間に合わないと悟り、諦めた。
ぼんやりと迫り来る黒雷を見ながら考える。
(せめて最後にレイ君の顔を見たかったわ……)
そして急激に瞼が重くなる。
しかし、意識を失う直前に聞こえたのは雷の轟音ではなく、
「ありがとうお姉ちゃん!後は任せて!」
という愛する弟の声であった。
私はなぜかすぐに安心した。
そして微笑みながら意識を失った。
Side~レイ~
レイシスが黒雷に打たれる少し前、レイは新たな魔剣を創成するために魔力を練っていた。
(あと少し、あと少しで完成する!)
だからどうかお姉ちゃん、無事でいて欲しい。
そして遂に、
「魔剣創成!」
レイの目の前に膨大な魔力が圧縮されていく。
それはやがて少し歪な形の剣を型取り、レイのイメージにより具現化していく。
全部で5本。
「創成完了。『守護者の剣』」
僕の周りには5本、真っ白な十字架のような形状の剣が宙に浮いた状態で主である僕を守護するかのように待機している。
それを見て僕はほくそ笑んだ。
どうやらうまくできたらしい、と。
おっと、感傷に浸るのは後にしてお姉ちゃんと交代せねば。
ちょうどその頃、レイシスは黒雷の直撃により動けずにいるのが遠目に見えた。
「ってヤバイじゃん!?」
音すらも置き去りにする速度で姉のそばへと向かった。
そしてちょうど僕がお姉ちゃんに駆け寄ったと同時に、またも黒雷が放たれる。
しかし僕は慌てない。
そして一言、
「守護者の剣!」
と叫ぶ。
すると、このままでは直撃するかと思われた黒雷が、
5本に枝分かれした。
そしてその全てがレイの守護者の剣に吸収されてしまう。
「何だと!?」
これにはライガも驚愕を隠せないようであった。
(まぁ自慢の一撃をいとも簡単に防がれたら無理もないか)
僕はお姉ちゃんに微笑みながら、
「ありがとうお姉ちゃん!後は任せて!」
と告げた。
お姉ちゃんは安心したかのような笑みを浮かべて意識を失ったようだ。
レーヴァの炎をお姉ちゃんの治療にあて、略して守護剣を一本だけ待機させ、念の為に結界を張っておく。
さて、これで思う存分戦えるな。
魔力は心もとなく、守護剣は4本になってしまったが、まあ大丈夫であろう。
「行くよ?」
と一声かけてライガに詰め寄る。
ライガも爪で応戦する。
しかし、レイはそれを防ごうとしない。
ライガは訝しんだが構わず爪を振り下ろす。
「なっ!?」
しかし、それは守護剣により、あつさりと弾き返された。
レイはそれに対し笑みを浮かべて言った。
「雷しか防げないと思った?」
そして剣を一閃。
ライガは間一髪でそれを大きく飛び退って避けた。
しかしその恐ろしい頬からは煙が上がっている。
どうやら掠ったようだ。
すかさず僕は追撃を加える。
守護剣を使い、レーヴァテインを振ってダメージを与えていく。
もちろんライガも応戦するが、手数が違いすぎる。
徐々に傷が増えていく。
「小癪な!黒雷よ!」
「無駄だよ!」
ライガが黒雷を放つが全て守護者の剣に吸収される。
「ならばこれならどうだ!」
するとライガは先程の黒雷を数十本束ねたような巨大な黒雷を落としてきた。
もはや質量も伴うのではないかという圧迫感だが、
「無駄だって言ってるよ!」
それすらもレイの創り出した守護者の剣によってふせがれてしまう。
さしものライガもあっさり防がれるとは思わなかったのか、そこに隙ができた。
無論、それを見逃すレイではない。
「もらった!」
距離を一瞬にして詰め、レーヴァテインで決して浅くはない傷を作ることに成功する。
「グォオオオ!?ガァア!」
苦し紛れに爪を振るってくるが、既にレイは翼をはためかせ、距離をとっていた。
「さて、ここで問題!」
突然レイが言う。
痛みに耐えながらもライガはレイを睨みつける。
構わずレイは続ける。
「君の黒雷は何処に行ったのでしょうか?」
レイの前に守護者の剣が展開される。
その切っ先は全てこちらを向いている。
ライガはレイが何を言ってるのか理解できなかった。
それがライガの運命を決めた。
「正解は……」
そしてレイは全ての魔力を4本の守護剣に乗せた。
立っているのも辛くなるほどの眩暈がするが、耐える。
十字架を象った剣がレイの魔力に呼応して白い輝きを持ち始める。
そして切っ先が開いた。
「この中だよ!魔術反転、白雷放……」
白き魔力は白き雷となって収束していく。
レイがレーヴァテインを指揮棒の如く振り上げ、
「発射!!」
言葉とともに勢いよく振り下ろすと同時、
真っ白な、極太のレーザーのような白雷の奔流がライガへと押し寄せた。
この白雷、守護剣に蓄えられたライガの絶大な魔力へさらにレイの魔力が加えられたため、容易には対処でき無い事は想像に難くない。
……そう、それは魔王でさえ例外ではない。
ライガは本能であれをくらえば消滅することを察した。
回避は不可。瞬時に今あるすべての魔力を防御に回す。
もはや最初の時の余裕など皆無だった。
防御結界を幾重にも張り巡らせると、大気を揺るがす程の衝撃に見舞われた。
「ヌゥオオオオオオオオオオオ!!!」
防御結界をものともしない凄まじい勢いで白雷がライガに迫る。
それでも必死に防御し続けたが、遂に最後の防御結界が破られ、
直撃した。
爆発がおき、視界が白く染まる。
やがて光が収まった後には、
大きなクレーターの中に子狼の姿で倒れ伏すライガがいた。
僕はその姿を見てホッとした。
地面に降り立つと安堵とともに強烈な眠気に襲われた。
(あっ!ヤバイ)
抵抗することなど出来ず、レイはそのまま意識を手放した。
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