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風は秋色  作者: 三塚未尋
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第6話

 帰り道は、どちらが言い出したわけでもなく、中村彩子と帰ることになった。

「そういや、一緒に帰るのって初めてだな」

「うん」

「まァそりゃ、まともに話したことも無かったんだから、当然だよな」

「うん」

 それで、会話は途切れた。校門を出て一分と経たなかった。あっという間だった。

 話題が見つからなかったわけではない。文化祭のことならお互いに関係しているから、当たり障りのない話のネタだった。それぐらい、わかっていた。なのに喋り続けられなかったのは、ただ単に、滝が少なからず緊張していたからだった。

 辺りはすでに暗くなっている。空はすっかり宵闇に覆われていたが、西の方角にある家々の屋根の向こうには、わずかな夕陽の残滓が見えた。

 会話も無いままに、バス停に着く。生徒達の姿は無かった。浜口や他のクラスメートは、さっさと帰って行ってしまったようだ。なんて薄情な連中だと思ったが、反面、安心もした。

 次のバスが来るまで、三分。

「滝くんも――」

 二人で停留所のベンチに腰掛けたところで、彼女が口を開いた。

「二宮駅からバスで通ってるんだよね。家はどこなの?」

「んー、駅から自転車で五分ぐらいのところ」

「そっかぁ。近いんだね」

「中村は?」

「わたし、二宮駅からもう一回バスに乗って、武蔵町まで」

「うへー! ずいぶん遠いところから通ってるんだな、中村って。根性あるなァ」

 滝の物言いに、彼女は面白そうにクスッと笑った。

「そんなにスゴイことじゃないよ」

「いやー、でも武蔵町って、けっこう離れてるだろ。へぇ……。中村って、毎日そこから来てたんだ。知らなかったぜ」

 バスが来るまで、そんな調子で話をした。正直なところ、救われた思いだった。彼女が会話の口火を切ってくれなかったら、きっと永遠に滝光一は沈黙していただろう。

 やがて、バスのヘッドライトが見えてきて、その車体が二人の前で停まった。

 乗り込むと、乗客は誰一人としていない、貸し切り状態だった。どこに座っても良かったのだが、滝はわざわざ一番最後部の、四人がけの席に座った。二人がけのシートに座る勇気が無かったからだった。

 中村も、滝と同じ席に腰を下ろし、裁縫箱の入った鞄を膝の上に寝かせた。

「そういや、浜口の衣装って、本当に電球だらけなのか?」

 言葉の終わりにバスのドアが閉まる空気音が重なり、すぐに車体を震わせて、バスは発車した。

「ジュリーのコスチュームのこと? うん。本当に電球だらけ。パラシュートも、真っ先にみんなで作ってあるから、準備バッチリ」

「そっか。電球……なぁ。火とか出なきゃいいけどな、その服」

「うーん。どうだろ。もし、出火とかしちゃったら、大変だよね」

 呑気な口調の中村に、滝は苦笑い。

「そりゃ大変どころじゃないぞ。大問題だっての。浜口が火だるまになって、トキオじゃなくてあいつが空を飛ぶことになっちまうぜ」

「それは――笑い話じゃないよね」

 しばらくの沈黙。

「……消化器、用意しないといけないかもな」

「……そう、だね」

 それから、一つ、二つとバス停を過ぎた。それでも乗ってきたのは、腰がエビのように丸くなった年寄りの女性一人だけだった。

 その女性を乗せてから最初にバスが信号で止まった時。

 ふと、滝は尋ねた。

「もういいのか、あの白い衣装。南原のアレ」

「あ――うん」

 中村は穏やかに笑顔を浮かべて頷いて。

「もう充分、着たよ」

「そうか。なら、いいんだけどな」

「うん。いいの。滝くんに、褒めてもらっちゃったし」

 照れたように笑う。

 滝は、あの凝った作りの衣装を思い出して、賛同するように頷いた。

「ホントにアレは上手に出来てたからなァ。あの服を褒めないヤツなんていないよ」

「……そうじゃなくって」

 ガッカリしたように、彼女は肩を落とした。

「もう。滝くんって、どうしてそう」

「――え?」

「いいの。滝くんにはわからなくても」

 中村は顔を反対側に向けてしまった。何か悪いことを言ったのかと滝は不安に思ったが、しかし、うっすらと笑っている中村の顔が暗い窓に反射しているのを見て杞憂だと思った。怒っていないのなら怒っていないと、言って欲しい。ホッと息をつきながら、切実にそう思った。

 しかし、彼女の言葉が何を意味していたのかは、終点である二宮駅前のバス停に到着しても、教えてもらうことはできなかった。

 二人がバスを降りる頃には、空も街もすっかり夜の雰囲気になっていた。駅前のロータリーでは、これから帰宅するのだろう、部活のバッグを背負った男子学生やデパートの袋を提げた女性など、大勢の人達がめまぐるしく行き交っていた。

「中村は、ここからまたバスに乗るんだよな」

「うん」

 彼女の向かうバス乗り場は、滝が自転車を駐めている駐輪所とは反対方向に位置していた。

「じゃあ、ここでお別れだな」

「……うん」

 滝は片手を小さく挙げて振った。

「また明日な。気を付けて帰るんだぞ」

「うん。あ――滝くん!」

 さよならを言うのかと思ったら、まだ何か言いたいことがあるらしい、中村はジッと滝を見て。

「えっと……あの、ね」

「ん、なに?」

 歯切れの悪い言葉の先を促すと、彼女は、はにかむような笑顔を浮かべた。

「今日は、ありがと。滝くんと話せて、すっごく、楽しかった。ちょっとだけ――一人で頑張ってて良かったかもって、思っちゃった」

「え?」

「それじゃ、バイバイ、また明日ね!」

 そう別れの挨拶を早口に言うなり、中村は駅の中に走り込んで行ってしまった。

 残された滝は、ぼんやりと、遠ざかっていくクラスメートの背中を見送った。すぐに雑踏の中に彼女の姿は隠れて見えなくなる。けれど、それでもしばらくの間、滝はその場に立っていた。

 頭の中に彼女の言葉が反響する。

 話せて、楽しかった。

 そう、彼女は言ってくれた。

「……間抜け」

 呟いて、駐輪場へ歩き出す。

 ここでも街路樹が葉を落としていて、歩道を秋色に染めていた。

 靴底に落葉の音を聞く。

「ああ、もう」

 口もとに笑みが浮かんだ。


 話せて嬉しかったのは、俺のほうなのに。

 先に向こうに言われるなんて――


 ふいに風が強く吹いた。

 街路樹から落ちてきた一枚の葉が、滝光一の鼻先を掠めていった。


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