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風は秋色  作者: 三塚未尋
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第5話

 滝が思っていたよりも早く、中村の裁縫は終わった。

「できたぁ!」

 最後に玉留めをして、彼女は達成感に声をあげた。

「全部終わったのか?」

「うん!」

 裁縫箱に針やら糸やらを片付ける中村の顔には、いっぱいの笑顔が浮かんでいた。苦労して作り上げた衣装なのだろう。今は彼女の膝元に乱雑に折りたたまれていて、その全貌はわからないが、よほど手の込んだものなのだろう。

 嬉しそうな彼女を見ていると、見ている側までその気持ちが伝播してくるようだ。

「おつかれさま。大変だったな」

「うん。今日中に終わって良かったァ」

 裁縫箱にフタをすると、中村は立ち上がって、それまで乱雑に畳まれていた衣装を広げて自分の体に当てた。そこで初めて、滝は彼女が今まで縫っていたものを知った。

 純白のドレスだった。花弁のように広がっているロングスカート。胸元にはバラのようなモチーフがふんだんに縫いつけられている。素材の布が安物だからかもしれないが、ややチープな印象を受ける。しかし、用いられている技術は一級品だと、滝の目には映った。

 息を呑んでいた。

「――すごいな。これ、中村が一人で作ったのか」

「ううん。胸のところの飾りとか、ちょこちょこ、みんなが手伝ってくれたの。わたし一人の力じゃ、こんなにスゴイのはできないよ」

 謙遜のようには聞こえない。たぶん、中村は心の底からそう思っているのだろう。

「これ、誰の衣装なんだ?」

「南原さん。南原さんって、ヒロイン役だから、思いっきり可愛く作ろうって、一生懸命作ったの。滝くんは、コレどう思う?」

「どうって訊かれても……すごい、としか言えないよ、俺には。服のことなんて、てんでわからないし」

 正直にそう言うと、中村はえへへと笑った。

「そう言ってくれるだけで、わたし、嬉しいよ。自分で言うのもアレだけど、これ、よく出来たと思う」

 自分の作製した衣装を抱き締めて、彼女は満足そうだった。しかし、不意にその表情が寂しさの色を帯びた。中村の唇がわずかに動いた。

「着てみたいなぁ」

 ぽつり、と。

 その小さな呟きを、しかし、滝は聞き逃さなかった。

「なんだ、着たいなら着ればいいじゃないか」

「あ……でも、これはわたしの物じゃないから、ダメだと思う」

「だからだよ。明日になったら、南原の物になるんだから、今のうちに着ておけって」

「でも――」

 遠慮している様子の中村に、冗談っぽく、笑いながら言う。

「それに、俺、その服着た中村を見てみたい」

 それを聞いた彼女は、抱き締めていた服の襟元に唇を寄せた。そして、困ったような目をして「ホント?」と訊いてきた。

「ああ。ホントだよ。嘘なんかじゃない。針千本飲んでもいい」

「それは指切りの時に言うことでしょ。もう、滝くんは……」

 呆れた風にそう言う中村だったが、表情は明るくなっていた。

「……じゃあ、ちょっとだけ、着てみよう、かな」

「うん、そうしろよ」

 夕暮れはまだ終わっていない。教室に差し込む黄昏の橙色に暗さが混じってきたが、教室の電灯を点けるには至らない。窓からの自然光だけで、充分に彼女の姿を見ることができる。

「ところで、そのままで着れるのか?」

「う……ん。たぶん、着れない。体操服みたいな薄い服の上からなら着れるけど、さすがにこの服じゃ」

 中村は、上はワイシャツに象牙色のセーターを重ね着したもの、下は膝丈までの群青色のパンツだった。寒さを嫌っての厚着だろうが、いかに小柄な中村でも、いささかブカブカしている。特に上半身が。

「セーター脱いでみたら?」

「うん、そうする。ごめん、ちょっとこれ持ってて」

 白い衣装を滝に渡すと、中村は身をよじってセーターを脱いだ。その仕草がなぜだか眩しく見えて、滝は窓の方を向いた。脱ぎ終えた気配を感じると、再び、彼女のほうを見る。

 セーターの下は、赤と白のチェックのシャツだった

「うん、これなら着れるかも」

 自信ありげな中村に衣装を返す。脱いだセーターは彼女の足下に置かれていた。

「……滝くん」

「なんだ?」

 中村はすぐには衣装を着ようとしなかった。右手の人差し指を滝の背中の方へ向けて、言った。

「えっとね、着るところ見られるの恥ずかしいから、ちょっとだけ、あっち向いてて」

「ん、あぁ――わかった」

 頼まれてすぐ、滝は聞き分けよく彼女に背を向けた。服を着るところを見られるのが恥ずかしい。彼女のそんな気持ちは全く理解できなかったが、女子には女子の都合があるのだろうと無理やり自分を納得させた。

 間をおかずして、すぐに衣擦れの音が聞こえてくる。

 しばらく彼女が動いている気配を背後に感じていた。その時間は、滝光一にとってはずいぶん長く感じられた。あの衣装を着た中村彩子は、どんなふうになるのだろう。そう思って、気持ちが昂揚していた。

 どれぐらい経った頃か。

「いいよ」

 彼女の声がようやく滝の耳に響いた。

 焦る気持ちを抑えて、ゆっくり後ろを振り返る。

 そして、そこに立っている彼女を見た。

 途端、息が苦しくなった。

 可愛い。キレイ。そんなありきたりな言葉では足りない、彼女の立ち姿。その花のような清純さに頭の奥が痺れた。

 薄暗い教室で夕暮れの茜に輝く、純白のドレス。

「どう……かな」

 それを着ている中村彩子は、へその辺りで両手を組んで、こちらを不安そうに見つめている。

「ヘンじゃ、ない?」

「ぜ――ぜんぜん! すごい、すっごく、可愛いよ!」

 本心から、そう言った。彼女の首もとに咲く華も、裾が床に接しているスカートも、どれもが愛くるしく、見ているだけで胸が切なくなった。

「よかったぁ」

 ホッとしたように息をついて、中村は開いている窓に近づいていった。

「ちんちくりんって言われちゃうんじゃないかって、心配だったの」

「どうして。ちんちくりんなところなんて無いだろ」

 そう滝が言うと、窓を背にした彼女は、スカートを軽く持ち上げて見せた。

「これって、南原さんの体に合うように作ってあるから、わたしが着ちゃうと、ところどころ丈が余っちゃうの。スカートも、本当は足が見えるくらいの長さなのに。それに――胸のところも、すっごく余裕あるし」

 恥ずかしさと残念さが同居したような顔をして、中村は人差し指で〝首〟もとの華に触れた。

 胸のあたりがうんぬんと言われても、滝にはどう返事をすればいいのか思いつかなかった。それどころか、そう聞いた直後に恥ずかしさが湧き上がって来て、顔が熱くなってしまった。あまりそういうコトを言わないで欲しいと思う。

「でも、俺はそのカッコウの中村、イイと思うぜ」

「――うん」

 一瞬、風が強く吹き込んできた。

 床に接していた彼女のスカートの裾が、カーテンのようにひらめく。

「こんなことなら、卒業写真用の使い捨てカメラ、持ってくれば良かったな。今の中村の姿、写真に撮りたいんだけど。今からでも教室から持ってくるかなァ」

「ダメだよ」

 思いがけず、強ばった声が返された。

「え? どうして?」

「だって、現像する時になったら、わたしがこの服着たのバレちゃうもん。そんなの、南原さんに悪いよ。それに、こんな姿、みんなに見られたら恥ずかしいよ」

「あ――それも、そうかもな」

「でしょう?」

「ああ。今みたいな可愛い中村、他の野郎には見せたくないからなァ」

 笑いながら、滝は心底安心していた。

「それに、俺、中村のその姿、絶対に忘れないし。たしかに、カメラなんて要らなかったな。ん――どうした?」

 いつの間にか、中村は俯いたまま口を閉ざしていた。

 滝は、彼女を怒らせるようなことを言ったか、あるいは、悲しませるようなことを言ってしまったのか、不安に駆られた。

「な、中村……?」

 前髪に隠れた彼女の瞳。口もとはキュッと結ばれている。思わず、立ち上がって、歩み寄った。

 と、

「滝くんは――悪い人、だよね」

 俯いたままで、中村が呟いた。

 表情の読めない抑揚の無い口調に、滝は戸惑う。

「俺が悪いヤツって、どうしてだよ?」

「だって、だってさ。そんな冗談言って、わたしのこと、困らせて……」

「バ――。冗談なもんか。俺は本気だっての。それに、中村を困らせようとして言ったわけじゃないぞ、さっきのは」

 つい、反論するような強い口調で返してしまった。

 二人の間に、ほんの数秒の、気まずい沈黙が流れる。

 これはとりあえず謝るべきか――そんな考えが滝の思考に浮かんだ時、中村はその顔を上げた。困ったように眉を寄せていた。

「ほら、そういうのが悪いって言ってるの」

 文句を言われる。が、怒っている口調ではなさそうだった。

 滝は胸を撫で下ろした。

 その直後。

 窓の向こうから「お前ら何やっとるんだ」という男性の野太い怒鳴り声が聞こえてきて、二人は同時に肩をビクッと震わせた。

 すぐに滝が窓から顔を出す。眼下に、懐中電灯を手にした教師がいて、目が合った。おそらく見回りでもしていたのだろう。

「すいません、忘れ物があって取りに来てたんです、今すぐ帰ります!」

 でっちあげた理由を伝えると、教師は「戸締まりして帰れよ」と言って、すんなりどこかへ歩いていった。

「あれが川橋だったらこっぴどく説教されてたところだったぜ」

 肝を冷やす思いをしたが、どうやらペナルティは受けずに済みそうだった。

「じゃ、そろそろ帰るか」

 滝の言葉に、中村はウンと小さく頷いた。


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