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風は秋色  作者: 三塚未尋
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第3話

 準備の後片付けと下校を促す校内アナウンスが流れて、今日の練習はお開きになった。全員で、壁際に寄せておいた机と椅子をもとに戻し、窓の鍵を全て施錠する。それだけで片付けは終わりだった。

 誰が言い出したわけでもなく、教室にいたクラスメートたちは自然に「おつかれ」と口々に言い合いながら、教室を出て行く。おそらく、大道具や衣装を作製するグループも、勝手に帰宅し始めるだろう。

 ――ちゃんと片付けしておいてくれるといいんだけど。

 文化祭中のクラスの最高責任者である滝は、教室に誰も残っていないことを確認してからドアを施錠した。

「おーい、滝。帰ろうぜー」

 廊下の先、階段の手前で浜口や他の男子たちが待っていた。

 滝は彼らに鍵を掲げて見せながら言う。

「鍵を職員室に置いていかないとダメだから、先に帰ってて。あとから追いつく」

「おう、わかった。早く来いよ」

 片手を挙げると、浜口たちは階段を下りていった。

 クラスメートたちの姿が見えなくなってから、滝は職員室に向かう。平日なら、教室の施錠は担任の教師がやってくれるのだが、休日だけは責任者が行うことに決まっていた。

 ――早くあいつらと帰ろう。

 職員室に鍵を返して、駆け足で下駄箱へ向かった。

 素早く靴を履き替え、外に出る。空は青色と茜色の入り交じったような色を呈していて、ところどころに薄雲の白い皮膜が張っていた。

 昇降口は、これから帰宅する生徒で賑わっていた。そこをさっさと抜けて、校庭の木々が落とした葉を踏みながら、浜口たちに追いつこうと早足に校門へ向かう。

 と。

 ふと見上げた校舎の、一つの窓が開け放たれていた。

 普段ならそんなことは気にも留めないが、今は見過ごせなかった。文化祭の準備期間中、滝はクラスの責任者だった。

 足が止まる。

 記憶が正しければ、窓の開いているあの教室は、滝のクラスに使用許可が下りている空き教室だった。そして、そこは衣装を作製する女子たちが使っているはずだった。おそらく、彼女たちは窓を一つ開けっぱなしで帰ってしまったのだろう。

「……手間だなぁ」

 苛立ち混じりに呟くと、滝は踵を返して下駄箱に戻った。

 後片付けに不備があったクラスには厳しい罰則が下されることを、身をもって知っていた。事実、一年生の時、滝のクラスは窓の鍵を閉め忘れていたというだけで休日の準備活動を禁止された。

 靴を履き替えて、廊下を走る。すでにどこの教室にもひと気は無く、廊下は極めて静かだった。自分の足音を大きく鳴らしながら、件の空き教室に直行する。空き教室のドアには施錠の義務は無いので、職員室を中継しなくても良かった。

 脚を動かしながら、俺が気づかなかったら大変なことになっていたぞとつくづく思い、同時に、明日の学校で女子達にどう注意しようかを考えていた。

 やがて、目的の教室前に来ると、滝は躊躇うことなくドアを開けた。

 机も椅子も無い、ガランとした教室。

 その中央あたりに、一人の、女子が床に座りこんでいた。

「――あ」

 振り返った彼女と目が合い、お互いに口から声が漏れた。

 中村彩子だった。

「滝……くん?」

 彼女に呼ばれて、それまで突っ立っていた滝はハッとした。

「どうかしたの?」

「あ……イヤ、どうかしたってわけじゃ、ないんだけど」

 開け放たれている窓を指さした。

「そこ、開いてるから、閉め忘れたのかなって思って、閉めに来たんだ」

「あ……そっか。ごめんね、もう帰らなくちゃいけないんだよね」

「中村は?」

「わたしは、まだもうちょっと。あと少しで、これができるの」

 そう言って、彼女は膝元の白い服を持ち上げて見せた。

 どうやら居残っていたらしい。

「これが終わったら、ちゃんと閉めて帰るから。大丈夫だよ」

「あー、そっか」

「うん」

 中村彩子がこちらを見つめている。

 それだけでなんだか恥ずかしくなってしまい、滝は目をそらした。視線を中空に漂わせる。教室の背面に寄せられた段ボールの山。上部のフタが開いていて、中に詰め込まれている布の端が見えている。ついさっきまで十数人の女子達で賑わっていたこの教室にも、今は彼女一人きり。好きな子が、一人きりで――

「滝くん?」

 呼ばれて、ハッとなって彼女を見た。

「滝くんは、これから帰るところだったんでしょ?」

「ああ、そうなんだけど、な……その」

「え?」

 滝の曖昧な返答に。彼女は首をかしげた。

「なんていうかさ……」

 次の言葉が見つからず、滝は口を閉じた。

 しかし、その数秒後。

 何も言わずに教室に入ると、後ろ手にドアを閉め、中村彩子の前に腰を下ろした。そして、目を丸くしている彼女に、滝は短く「手伝うよ」と言った。

「え……い、いいよ、そんな!!」

 ブンブン両手を振る中村。

「これ、滝くんの仕事じゃないし!!」

「そうかもしれないけど、な。俺って一応、責任者だから。残ってるやつがいたらそいつが帰るまで、俺は帰れないんだ。だいたい、女子一人残して帰れるかっての。だから、中村が早く帰れるように、手伝うんだよ」

 耳が熱いのを、滝は感じた。

 言った言葉の内、半分は本音で、もう半分は建前だ。責任者としての義務なんてものは体のいい理由付けに過ぎず、本当は、中村彩子と一緒にいたかった。口が裂けても、そんな下心は言えない。

「あ――ありがと」

 中村は照れたように目を伏せた。

「でも、こればっかりはわたしがやらなくちゃだから。滝くんにやってもらえることって無いんだ」

「そ、そうか……」

 滝は少し肩を落とした。

 と、中村が「でもね!」と力強く言った。

「わたし、ここで一人でいるの、ちょっと寂しいから。だから、なんにも手伝ってくれなくてもいいから、これができるまで、一緒にいて欲しいの。お願い、していい?」

「も、もちろん!」

 嬉しさに、声が裏返りそうになった。


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