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風は秋色  作者: 三塚未尋
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第2話

 昼食を食べた後、午後から準備が再開された。しかし、準備と言っても、滝たちがすることは、どちらかというと〝練習〟だ。なんといっても、クラスの出し物が演劇で、滝はその劇中で舞台に上がる役者なのだから。

 教室の半分を体育館のステージに見立てて、台本を片手に持ち、セリフと立ち位置を確認していく。そして改善点が見つかったら、全員で話し合って修正する。そんな作業を、場面毎に細かく区切って、何度も繰り返す。

 滝は役をもらっていたが、一つの場面に出る端役なので、ほとんど練習中は床に座って他人の稽古を眺めているだけだった。

 ――南原、か。

 さきほどのクラスメートとの話を思い出しながら、仮想の舞台で劇を演じている女子をじっと見ていた。南原郁美だ。彼女もクラスの劇に出演する。しかも、ヒロイン役で。

 あれだけ男子達が推すのも、たしかに頷けた。南原は背が高く、切れ長の瞳が中学三年生とは思えない大人っぽさを漂わせている。風貌だけではない。運動もそつなくこなすのは体育の授業で知っているし、定期テストでは毎回必ず十位以内に入っているという明晰さも知っている。才色兼備の具現と言っても過言ではない。

 彼女はボーダーのシャツに丈の短いズボンという軽装だった。動きやすいための服装なのだろうが、体のラインが見ていてよくわかってしまう。コンビニ帰りに男子の一人が「南原ってスタイルいいよな」と言っていたのを不意に思い出して、滝は急に恥ずかしい気持ちになって目を伏せた。

 まともに南原郁美を見られずに、顔を俯けたまま台本を適当に捲っていると頭上から声をかけられた。顔を上げると、件の南原郁美が上から見下ろしていた。一旦、休憩に入ったようだった。

「南原さん――どうかした?」

「ううん。べつに。ただ、滝くんがヒマそうにしてたから、話しかけてみただけ」

 切れ長の目が、面白そうに笑う。からかっているのだろうか、と一瞬思ったが、そういうふうでもなかった。

「あたしの演技、どうだった?」

「どうって訊かれてもなぁ……素人の俺よりも、演技指導に訊いたほうがいいよ」

「あたしは滝くんに訊きたいの。さっきの練習中、あたしのこと見てたでしょ」

 彼女は視線に気づいていたらしい。

 薄い笑顔を浮かべたまま、しかし、どう反応しようか滝は困って、曖昧に「まぁね」と返した。

「やっぱりネ!」

 南原郁美は満足そうに笑顔を浮かべた。

「ね、どうだった?」

 演技のことを訊いているのだろう。

「……よかった、と思うよ」

「そう。滝くんにそう言ってもらえると安心だわ」

 満面の笑みの南原郁恵。本当にそう思っているのか、今ひとつ怪しい。

「あたし、滝くんのマッチ、楽しみにしてるわよ」

 そう言うと、彼女は女子の集まりに入っていった。

 一息を吐く。

 安心したと南原郁美が口にしたことが、頭に引っかかる。演劇に関しては全くのド素人な滝光一に「よかった」と言われて、本当に安心しているのだろうか。あまり話したことのない相手であるせいかもしれないが、どうにも南原郁美の言動は軽率な感じがする。

 なんでみんなは南原がイイんだろう、と考えていたら、突然背中から重量が覆い被さってきた。人がもたれかかってきたのだ。

「たーきぃー」

 頭の上から聞こえてきたのは、クラスメートの男子の声だった。

「南原さんとなぁーに話してたんだァ、このやろー」

「なんも話してないよ。降りろよ、重いってば」

 文句を言うと、背中の重りがすぐに離れた。

 後ろを向いてのしかかってきた友人を見る。彼は床に座って、チョコレートをかじっていた。

「浜口……今までどこにいたんだ?」

「出番無くてヒマだったから、他の教室覗いてた。今年は二年生のお化け屋敷が力入ってて期待できるぜ。ほれ、お前にもやるよ」

 ポケットから四角形の小さなチョコレートを四つ取り出すと、浜口はそれを渡してきた。

「ああ。ありがと。……これ、どうしたんだ?」

「もらい物。知り合いのところでお菓子パーティやっててさ。おこぼれに預かった。で、お前は南原さんとなに話してたんだ? ん?」

「だから、特に何も話して無いって」

 もらったチョコレートをポケットに入れる。

「マッチのモノマネを楽しみにしてるって言われたぐらいだよ」

「ふへー! いーなー! 羨ましいなー! オレも南原さんに言われたいぜ。『浜口くんのトキオ楽しみにしてるわ』とか」

 後半の言葉は二人にしか聞こえないような、音量を絞った声だった。

 滝も声を潜めて、クラスメートに尋ねた。

「……お前も南原のこと、好きなのか?」

「あたりまえだのクラッカー。て、なんだ、『お前も』って。まさか滝も南原さんのこと!」

「いや、俺は違う違う。でも、そうか。浜口もそうなんだな……」

「中等部の男子はほとんどそうじゃないか? なんといっても、あの可愛さだからな。話しかけられたりしたら、オレ、卒倒するかも」

「ふーん……」

 そんなにイイ女子だろうか。と思ったが、口には出さずにおく。

「ところで――」

 浜口が言った。

「オレの衣装はどうなってるんだ?」

「ああ、あの電飾だらけの服とパラシュートか。さぁ……どうなんだろ」

 劇の衣装を作るのは舞台に上がらない女子たちの仕事で、その作業は使用許可の下りた空き教室で行われている。役者は役者で舞台稽古をしなければいけないので、その進行状況はよく知らない。

「これから見に行くか?」

 滝が訊いてみると、浜口は「めんどくさいからパス」と言ってチョコをかじった。

「女子ばっかりのところに男二人が入っていくのもアレだろ?」

「まぁ……そうだな」

「出来上がってくるのを楽しみに待つぜ」

 のんきに言った浜口は、鼻歌で『TOKIO』を歌い始めた。


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