童貞力
◯ 第3回 萌え祭
第3回萌え祭を視察する萌え絵師。近くのサークルで立ち止まり、武者絵を手に取る。
サークル「どうぞご覧くださーい。『源平盛衰記』の巴御前でーす」
萌え絵師「やっぱ萌え祭は、武者絵が多いですね」
サークル「そりゃもう、流行のど真ん中ですよ!」
史実の浮世絵においても、『武者絵』は一大ジャンルだった。
牛若丸・弁慶といった正統派武将の他にも、巴御前という女性武将も人気があり、日本人がはるか昔から戦闘美少女が大好きだったことを現代に伝えている。
曲亭馬琴の『傾城水滸伝』にいたっては、『水滸伝』の登場人物の性別を逆転させ、賢く信念を貫く女性が大暴れする話に換骨奪胎した。
近年の女体化ムーブメントは、190年近くも前にご先祖様が通過済みだったのだ。しかもこの作品は普通に大ヒットしている。
せっかくなので絵を購入する萌え絵師。
萌え絵師「一部ください」
サークル「ありがとうございます!」
通りに戻り、買った絵を眺めながらしばし考える。
萌え絵師(人体の構造も、遠近法も、おかしいところがほとんどなくなってる。『萌え祭』以降、江戸絵画のレベルは恐ろしい速度で底上げされている……)
突然、背後から声をかけられる。
???「ある男が剣術の道場に入門し、高段者にわけもわからない間に倒された。だがやがて腕を上げ、剣先がハッキリ見えるようになった。萌え絵師さん、前はやることなすこと理解できなかったが、いまは動きがハッキリ見えるよ」
振り返ると、蔦重がいる。
萌え絵師「蔦重さん!?」
蔦重「歌麿さんや、浮世絵師たちの言葉だ。萌え絵師さんのことは神や悪魔のように見えたが、今ではただの優れた絵師に見える…」
萌え絵師「………」
蔦重「……とはいえ、この蔦重の目から見れば、まだまだ大きな差がある。うぬぼれだな……」
萌え絵師「………」
蔦重「なぁ萌え絵師さん。思い上がった連中をコテンパンにしてみないか?」
萌え絵師「えっ!?」
蔦重「正直に言うとな… 萌え祭の目玉として、あんたと歌麿さんに萌え絵頂上決戦をしてほしいんだ」
萌え絵師「あんまり気が乗りませんが… なぜ?」
蔦重「萌え絵が流行ってるいま、最高峰同士を激突させることで、人気は爆発。売上が底上げされ、みんなが得をするって寸法さ。頼むよ」
萌え絵師「まぁ……蔦重さんにはお世話になってますし……仕方ない。いいですよ」
蔦重「ありがとよ! ぜひ当代最強を証明してくれ!」
――――――――――
◯ 歌麿の家
蔦重、歌麿に先ほどの対決の話を振る。
歌麿「ちょっと待て! なんでそんなことを!?」
驚いて文句を言う歌麿に、蔦重は真剣な顔で詰め寄る。
蔦重「歌麿さん、よく考えてみろ。なぜ今まで萌え絵師は人気の分野を描かなかったか。『平家物語』や『源平盛衰記』など、簡単に人気を取れる美味しい作品はいくらでもあった。だが、萌え絵師は一切それらを描かなかった。いや、描けなかった。なぜなら字が読めないからだ」
萌え絵師はもちろん日本語の読み書きはできたが、江戸時代の本は現代とはまったく様式の異なる古文書で、現代人が解読するのは困難だった。
蔦重「萌え絵師は今、寺子屋に通って字を学び始めている。すでに源平盛衰記も読み始めている。これで奴においしい分野まで占領されてみろ、こんどこそ浮世絵界は滅びる!! 奴を止めるには、力が拮抗してきて、かつ人気分野に参入できない今しかない!!」
歌麿「………」
蔦重「鼻っ柱をへし折る好機!! これを逃したら、奴の天下はあと10年は続く…!!」
歌麿、ゴクリとツバを飲み、重々しい眼差しで蔦重を見つめる。
歌麿「背水の陣か… わかったよ……!!」
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◯ 作戦会議
歌麿の家で歌麿と女浮世絵師が向い合って座り、作戦会議をしている。
女浮世絵師「それで、彼とはどう戦うの……?」
歌麿「…正直言って、かなり差を詰めたとはいえ、萌え絵師とはまだ力量差がある」
女浮世絵師「同じ土俵で戦えば不利… 策はあるの?」
歌麿、少し考えてから発言。
歌麿「危険な賭けだが…女性ウケを捨てて、男性ウケだけに絞ろうかと思ってる」
女浮世絵師「ゴクリ…」
歌麿「江戸の人口は男女半々というわけではなく、男のほうが明らかに多い(男性:64.5%、女性:35.5%)。だから女からの人気を得られなくても、男の人気を倍集められればあるいは……」
女浮世絵師「萌え絵師が男女ともに人気がある以上、賭けるのもアリかもしれません… しかし男ウケと言ったって、付け焼刃では限界があるのでは……?」
歌麿「男にウケるかどうかは、童貞力で決まる!!」
女浮世絵師「ど、童貞力……!?」
歌麿「なぜなら、童貞ほどかわいい女の子を描くからだ」
女浮世絵師「では、童貞力アップの秘策とは…!?」