スリ
◯ 歌麿の長屋
歌麿の長屋に、一枚の萌え絵を抱えた浮世絵師が駆け込んでくる。
浮世絵師「歌麿さん、大変だ! 萌え絵師がとんでもねぇ新作を出しやがった!!」
浮世絵師、持ってきた絵を歌麿に渡す。建物の2階から、帰ってきた父親に「おかえりなさい」と笑顔で声をかける女の子の絵だ。
驚くべきはその構図。カメラは建物の2階にあり、画面端を埋めるように窓枠が大きく描かれている。女の子は身を乗り出して笑顔を見せ、視点の先には地上から手を振る父親がいる。現代でいう『三点透視図法』で描かれたダイナミックな絵だ。
歌麿「なんだこれは!? こんな構図、どうやったら思いつくんだ…!? しかも全く違和感がない……」
浮世絵師「『浮絵』の究極ってやつだな……」
江戸絵は奥行きの概念が希薄で、平面的な画面構成が多かった。西洋から入ってきた一点透視図法で描かれた絵は『浮絵』と呼ばれ、美術というより、絵に奥行きがある驚きをウリにした『見世物』として扱われていた。当時は遠近法に関する理解も不完全で、現代の目で見ると不思議な空間感覚の作品が多い。
歌麿「浮絵としても究極点で、絵としても正直、文句のつけようがない… 差は広がる一方か……!!」
歌麿たちの顔に絶望がにじむ。
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◯ 歌麿の長屋
萌え絵の練習をする歌麿。しかし相変わらず上手く描けない。
歌麿「くそったれ!!」
怒りのあまり、筆を壁に投げつけてしまう。大きくため息をつくと、米びつまで歩いて中を見る。残りはもうわずか。
歌麿「廃業……か………」
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◯ 夜の繁華街
夜の繁華街を、萌え絵師がひとりで歩いている。
萌え絵師「すっかり遅くなっちまった…」
そこに、男がドンとぶつかってくる。
男「おっと、ごめんよ」
萌え絵師「あ、いえ…」
二人はそのまま何事も無く分かれ、男はサッと路地裏に入る。
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◯ 裏路地
先ほど萌え絵師とぶつかった男が、懐から大きな財布を取り出す。男はスリだった。
スリ「くっくっくっ… さすが人気萌え絵師様。重い財布だねぇ… こりゃあ中身も期待できそうだ……」
薄汚い笑みを浮かべながら、人通りのない夜道を歩いて行く。
スリ「お前のせいで、俺たち浮世絵描きは地獄を見てるんだ。天誅ってやつさ……」
スリは、『萌絵』の隆盛についていけず廃業に追い込まれた、元浮世絵師だった。
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◯ スリの長屋
狭く汚い自宅長屋で、財布の中身を改めるスリ。予想通り、かなりの額が入っている。
スリ「さすが売れっ子様だ。金持ちだな……ん?」
スリ「なんだこれは……?」
iPhoneをいじる。
スリ「ただの箱か…? でも、なにか押すところが……」
しばらくいじってるうちにiPhoneが起動する。
スリ「な、なんだこれは!? 絵が光る、切り替わる!?」
さらにいじってると、動画を再生してしまった。アニメ絵が動いている。
スリ「ひっ… ひえぇぇぇー!?」