蘭学
○ 木々の茂る小道・夕暮れ
鬱蒼と木々が茂る夕暮れの小道を、歌麿や女浮世絵師たちが歩いている。その表情は一様に沈鬱だ。
女浮世絵師「萌え絵の流行で、浮世絵界は変わってしまいました。というより崩壊寸前です…… 若い人たちは既存の流派から飛び出し、自分なりの萌え絵を追求しています。問題は私達です。長年住んだ世界から移るのは容易じゃない。かといってボヤボヤすれば取り残されてしまう… このまま歴史から忘れ去られるわけにはいきません!」
女浮世絵師たち、いっせいに歌麿に詰め寄る。
女浮世絵師たち「それには、私達も萌え絵を修得するしかありません! 歌麿さん、あなたの力が要るんです! 力を貸して下さい!!」
歌麿「………!!」
歌麿、女浮世絵師の手をぐっと掴む。
歌麿「わかった。一緒にあの小僧を倒そう…!!」
女浮世絵師たち「おおっ!!」
歌麿たち、決意に燃える目で団結を誓う。
歌麿「これから俺たちは、全員で一頭の獅子だ……!!」
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○ 秘密会議
狭い和室に浮世絵師たちが集まり、深刻な面持ちで相談をしている。
歌麿「なぜ萌え絵がこれほどウケるのか…… みなさんのお知恵をお借りしたい」
勝川春朗「すいません、いいですか?」
歌麿「春朗さんだったね。なんでも言ってくれ」
春朗「萌え絵は、目も異常に大きいし、一見デタラメに描いてるようですが、そのくせなんというか、体に触れそうな説得力がある気がするんですよね……」
歌麿、萌絵と浮世絵を手にとって比較する。たしかに言われてみると、萌絵はありえない体型なのに、体の質感が伝わってきそうな気すらする。比べると浮世絵は、体の説得力が若干弱いようにも感じる。
歌麿「ありえない体型と服装なのに肉感的というか、色っぽいんだよなぁ…… 俺達の絵とはなにが違うんだ?」
浮世絵師たち「うーん……」
一向に答えは出ない。
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◯蔦重の店
蔦重の店。歌麿と蔦重が向い合って座敷に座っている。歌麿に絵の依頼をしているのだが…
蔦重「歌麿さん、今回は中版でお願いしたい」
歌麿「……大版じゃないのか」
蔦重「歌麿さんほどの絵師の版型を小さくするのは失礼だが、最近はほとんどの浮世絵師の版型を小さくさせてもらってる。……今はそういうご時世なんだ」
二人の間に重い沈黙が流れる。歌麿上を向き、ため息をつきながらも了承する。
歌麿「実力の世界は、売れない方が全て悪い。再び売れるよう精進するしかない…か……」
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○ 歌麿の長屋
歌麿の長屋。画材や紙が散乱した部屋で、ひとりで萌絵を練習している。しかし、どうしても萌え絵とは似ても似つかぬ代物になってしまう。
歌麿「……ダメだ!!」
ビリビリに破いてしまう。
歌麿「畜生… なんべんやっても糸口がつかめねぇ……」
そこに、やつれた女浮世絵師が訪ねてくる。
女浮世絵師「こんにちは」
歌麿「女浮世絵師さん……随分やつれたな」
女浮世絵師「お互い様ですよ…」
歌麿「で、なんの用だい?」
女浮世絵師「ちょっと気になる話を聞きまして。蘭学の先生がこんなことを言ってたとか…」
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○ 蘭学塾(回想)
広い和室に机が並び、蘭学を学ぶ生徒たちが真剣に先生を見つめている。講義の合間の余興として、蘭学者の先生が萌絵についての私見を示した。
蘭学者「人体は筋肉の塊だ。絵を見ても、医者だからどうしてもそこに目が行ってしまう。浮世絵師の絵は、どんなに上手い奴でも身体に嘘があるんだが、萌え絵にはほとんど嘘がない。萌え絵師は間違いなく、蘭学を修めた人間だ」
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○ 現実に戻る
歌麿「蘭学……?」
女浮世絵師「もしかしたらこれが、春朗さんの言ってた『体の説得力』の答えなのかも… 体の構造に熟知しているから嘘が出ず、説得力が出る…」
歌麿「……蘭学…… 奴は何者なんだ……」
女浮世絵師、暗い顔で机の上のお茶を飲む。
女浮世絵師「しかし、今さら蘭学なんか覚えようが…… もう廃業している仲間も多いし、そろそろ潮時かもしれませんね……」
歌麿「スリに身を落としてる仲間もいるらしいしな……」