25 ユーリとグレゴリウスが竜舍で
応接室に残された外交官達は、ビリビリに破り棄てられた親書を見て溜め息をつく。
「まぁ、ユーリ嬢がルドルフ皇太子との婚姻を受け入れるとは、誰も考えてはいませんでしたがね……」
大使はやれやれとソファーに座りなおした。
応接室を辞したユーリは、自分の存在がコンスタンス妃を傷つけたのに落ち込んで、怒りより悲しみを感じていた。
『どこか遠くに行きたい!』
グレゴリウスもローラン王国大使館の馬車を見た瞬間から、ユーリに縁談を申し込みにきたのだと察して、怒りが込み上げていた。
ユーリが怒るだろうと、応接室に呼び出されたのを心配そうに見守っていたが、暫くたつと青い顔で退室してきた。
こんな時のユーリは、何をしでかすかわからないと、グレゴリウスは不安を感じて後を追いかける。
「ユーリ!」
竜舎でイリスに乗って飛び立とうとしているユーリを、ぎりぎりで止めることが出来た。
「君をあんな奴に渡すわけがないだろう!」
ユーリはグレゴリウスに邪魔されて、飛び立つことが出来ないけど、イリスから降りる気にもなれなかった。
しかし、グレゴリウスの言葉で、昔の両親の言い争っていた姿が蘇って、涙があふれてくる。
泣いているユーリをイリスから抱き下ろしたグレゴリウスは、どうしたら良いのか戸惑いながらも、しっかりと支えて抱きしめる。
『グレゴリウス、ユーリはなんで泣いているの?』
イリスのオロオロした声に、余りに泣きすぎてユーリとの接触がうまく取れないのだと察して、ローラン王国からの縁談があったんだと簡単に説明する。
『ローラン王国から縁談! 馬鹿な! ウィリアムはローラン王国が侵攻してきたせいで戦死したんだ。ユーリがローラン王国に嫁ぐはずがないだろう』
ユージーンとジークフリートは余り怒りを爆発させずに退室したユーリを訝しく思ったが、これからの対応策や、破り捨てられた親書の内容の確認に気を取られていた。
イリスの怒りとユーリが泣いているのを竜達から知らされ、急いで竜舎に駆けつける。
そこに泣いているユーリを抱きしめて、どうしたら泣きやんでくれるのか途方に暮れているグレゴリウスを見つけた。
『ユージーン、ジークフリート、フランツ! 良かった、これでユーリは泣き止む……少し残念だけど、私では泣き止めさせるのは無理だ……ユーリをずっと抱きしめていたいけど……』
それなのに二人の竜騎士は、お任せしますと肩をすくめて回れ右して出て行く。
『ええっ~! ちょっと二人とも出て行っちゃうの?
フランツ! 君は残ってくれるよね~』
フランツに救いを求める視線を送ったが、ユージーンに首根っこを捕まれて竜舎から連れて出られてしまった。
『え~っと、困ったなぁ~兎に角、ユーリが激しく泣くのがおさまるまでは待とう』
グレゴリウスは泣きじゃくるユーリを抱きしめる。
「二人っきりで、良いんですか? 何か間違いでも起こったら、困るんじゃないですか」
フランツはユージーンとジークフリートに大使館に着くまでブツブツ言っていたが、間違えなど起こりそうにもないし、万が一起こったとしても、あの二人の間違えなんて可愛いらしいものだと竜騎士に無視される。
ユーリは少し落ち着くと、自分がグレゴリウスに抱きついて泣いているのに気づいて、同級生だけにバツが悪く、腕から抜け出す。
「すみませんでした……もう、大丈夫ですから」
今まで腕の中で泣いていたユーリに困っていたのに、いなくなると寂しく感じる。
「何で泣いていたの? 君をローラン王国なんかに嫁がせるわけないじゃないか」
グレゴリウスの言葉に、涙がぽろぽろ流れるユーリだったが、ハンカチで拭くと、子どもの頃の両親の言い争いを思い出したと話す。
二人はイリスにもたれて座りこんで話した。
「ゲオルク皇太子が国王に即位する時、内乱が起こったの覚えてる? まだ小さかったから、朧気な記憶しかないけど、後でリューデンハイムで内乱の事を習って、あれがそうだったんだと気づいたの」
グレゴリウスは歴史で習って知ってはいたが、赤ちゃんの頃なので覚えてなかった。
「父と母は仲が良くて、ケンカや言い争いなどしたことがなかったから、幼い時だけど記憶に残っているの。母はゲオルク皇太子との縁談を嫌って、父と駆け落ちしたの。ローラン王国で内乱が起こり、北の砦から援軍が派遣されるのではと心配している近所の人の話を聞いて、凄く落ち込んだんだみたい。泣いている母を、父がキツい口調で諌めていたの。君をあんな奴に渡せるわけがないだろうって」
グレゴリウスはユーリがローラン王国の内乱を覚えているのに驚いたが、ロザリモンドがゲオルクと縁談があったと知って更に驚く。
「ユーリ、心配しなくても良いよ。絶対にルドルフ皇太子になんかに渡さないから!」
ユーリはグレゴリウスの『渡さない』という言葉に、えっ? と違和感を感じが、自国の臣下をルドルフに嫁がさないという意味だと誤解する。
「ルドルフ皇太子と結婚だなんて、絶対に無理だわ。父はローラン王国との戦争のせいで亡くなったのよ。
でも、私が悲しかったのは、自分のせいでコンスタンス妃が離婚されたのではないかと思ったからなの。私が絆の竜騎士だから、竜騎士の子どもを産ませたくて縁談を申し込んだのでしょ。私が女性の絆の竜騎士だから、なにも悪いこともしていないコンスタンス妃を悲しませたのだと思うと居たたまれなくなったの。男の子に生まれれば良かったんだわ」
少し落ち着いていたのに、また泣き出したユーリの肩を抱きしめる。
『ユーリが男の子だったら困るよ~』
自分の腕の中で泣くユーリを、グレゴリウスは宥める。
「コンスタンス妃の離婚は、君のせいじゃないよ。卑劣なゲオルク王と、自分の妃を守れなかったルドルフ皇太子のせいさ」
ユーリは自分を慰めてくれるグレゴリウスの言葉を、泣きながら聞く。
「まだ、王子達も幼いのに竜騎士の資質がないだなんて、そんなのわからないだろ。コンスタンス妃を娶ってからも、カザリア王国に小競り合いを仕掛けて、国境を自分勝手に書き換えて鉱山を手に入れたり、やり方が汚いんだ。7年前だって、父上が竜騎士でないとか、病弱だとか言い募って、自分がイルバニアの後継者だとかイチャモンつけて戦争を仕掛けてきたし」
グレゴリウスも病弱で竜騎士でないことで自責の念を持ち続けていた父上が、ローラン王国との戦争でどれほど苦しんだかを思い出して怒りがこみ上げた。
「父上もローラン王国との戦争で亡くなられたようなものなんだ! 元々、身体が丈夫じゃないのに、名目だけの皇太子でもできる限りのことをしたいと無理をされたから……」
グレゴリウスは優しくて穏やかな父上が大好きだったので、戦争中にどんどん消耗していく姿が心配でならなかった幼い時の記憶が蘇って、涙が零れそうになる。
ユーリはグレゴリウスが自制して涙を堪えているのに気づき、ローラン王国との戦争で傷ついたのは自分だけじゃないんだと、改めてゲオルク王を憎んだ。
「皇太子殿下、初めて会った時殴ってごめんなさい。考えてみたら、父上を亡くされたばかりだったのに……」
ユーリの謝罪の言葉に、グレゴリウスは幼い頃からの恋しい思いが抑え切れなくなった。
「ユーリ、初めて会った時から、君のことが好きなんだ!」
そう告白すると、驚いているユーリを抱きしめてキスをする。
ピシャン!
一瞬、告白の言葉に驚いてる隙をつかれてキスを許したが、唇の感覚にハッと我にかえったユーリは、グレゴリウスの頬を平手打ちした。
「なんてことするの! 謝って損したわ!」
ぷんぷん怒るユーリを抱きしめると、慰め代だよと照れ隠しに耳元で囁いたグレゴリウスは、ユーリに一方的にボコスコに殴られたが、幼い時とは違い反撃はもちろんしなかった。
大使館で破り捨てられた親書を並べ直して、内容を確認したりしていた他のメンバー達も、一時間以上経つので流石に心配になって竜舎に来てみたら、グレゴリウスがユーリにボコスコ殴られている最中だった。
「ユーリ、止めなさい」
ユージーンに怒鳴られて、殴るのは止めたけど、ツンとしてユーリは大使館へ走り去る。
『グレゴリウスがユーリにキスするから、殴られたんだ! ユーリは悪くないよ』
イリスの言葉を聞かなくても、頬にうっすら残った手形とバツが悪そうに赤面しているグレゴリウスを見れば、何があったのかは歴然としている。
「ほら、間違いが起こっただろ」
フランツが笑いながら頬を撫でてるグレゴリウスを揶揄すると、ユージーンから拳骨が落ちた。
ジークフリートは大体の経緯は想像できるとは思ったが、これも指導の竜騎士の職務に入るのだろうかと溜め息をつく。
「皇太子殿下? 事情の説明をして頂けますか」
ユーリがルドルフとの縁談ではなく、コンスタンスが自分との縁談を申し込む為に離婚されたのに傷ついたと知って全員が驚いたが、女性に優しいユーリらしいと苦笑する。
「そんなのユーリのせいじゃない。自分の妃すら守れないルドルフ皇太子なんかにユーリを渡せないと思ったら……」
ボッと頬を赤らめて口を閉ざしたグレゴリウスだったが、恋愛に関して達人のジークフリートに、ユーリから初めて会った時殴ってごめんなさいと謝罪された件も、その時から好きだったと告白した事も、触れるだけのキスだった事すらも白状させられる。
やはり、たいした間違いではなかったと、二人の指導の竜騎士達は安心したが、突然の告白とキスにぷんぷん怒っているユーリをどう宥めるか悩む。
「グレゴリウス皇太子殿下、9才から成長してないのですか? 令嬢にいきなりキスして、平手打ちされるだなんて」
ジークフリートは指導の竜騎士としての説教をしようとしたが、若いグレゴリウスの一途な思いをこめた衝動的な可愛らしいキスと、ユーリの素早い反撃を思い浮かべると、しかめ面をキープするのが困難になる。
我慢できず吹き出してしまったジークフリートに、ユージーンも、フランツも同調してしまったので、グレゴリウスは、酷い! と文句たらたらだ。
「では、ジークフリート卿は、いちいち令嬢の許可を貰ってからキスされるのですか?」
グレゴリウスの反撃に、苦笑して教育的指導をしながら大使館へ向かうジークフリートの後ろを、ユージーンとフランツは少し離れてついて行く。
「アリスト卿が皇太子殿下の指導の竜騎士にジークフリート卿を選んだのは、外交官としての能力、いざという時の護衛官としての武術を見込んでからだ。お年頃の皇太子殿下を指導する意味も含まれていたのだろうか?」
自分には皇太子殿下の恋のお悩み相談係は無理だとユージーンは考える。
また、グレゴリウスにツンケンした態度を取るかもしれないユーリに、外交の場での礼儀を叩き込まなくてはいけないのかと、大伯父に恨み百万倍のユージーンだった。
自分の後ろを歩いていたフランツがいつの間にか消えたのに気づかなかった。
フランツはユージーンのジークフリートの評価をクスクス笑いながら歩いていたが、薔薇のアーチの陰からユーリに手招きされて、庭の東屋について行ったのだ。
「グレゴリウス皇太子殿下にキスされたんだって?」
東屋に着いても自分から手招きして誘ったくせに、何も言い出さないユーリをからかう。
「そんなの、どうでもいいわ! いえ、どうでも良くないかも……皇太子殿下は、初めて会った時から好きだったなんて酷い嘘を言ったのよ。なんで、あんなことを言ったのかしら?」
大使館へ帰ろうとしていたユーリは、グレゴリウスが口にした告白が本気なのか、冗談なのか、だんだんわからなくなって頭がぐるぐるになった。
部屋に帰る気にならず、庭を目的もなく歩き回っていたのだ。
ユージーンの後ろにフランツを見つけて、告白の真意を聞いてみたいと思った。
「本当に今まで皇太子殿下が君を好きだと気づいてなかったの? 予科生の時から、ずっと皇太子殿下は君にぞっこんだったじゃないか」
今までフランツはグレゴリウスがユーリに気持ちを告白していないのだからと、知らない顔を通していた。
ルドルフ皇太子との縁談絡みのドタバタに便乗した感があるとはいえ、真剣な思いを告白したのに嘘とは酷すぎるだろうと御節介をやく。
「予科生の時から? 嘘でしょ! いつも意地悪ばかりされてたわ。どうして皇太子殿下が私のことが好きだったなんて、言えるのよ」
フランツはよくある好きな女の子を虐めてしまう馬鹿な男の子だったんだよと、グレゴリウスも凄く反省している事も同時に伝える。
「君も皇太孫殿下に最初からツンケンするから。あちらも子どもだったし、つい意地悪されたんじゃないか」
「だって、それは……」
ファーストキスというには幼いものだと今のユーリにはわかるし、さっきも謝ったように父上のお葬式の後なのに平手打ちにして悪かったとも思う。
「ユーリが誰を好きになろうと、ユーリの勝手だよ。でも皇太子殿下が君のことをずっと好きなのも、殿下の本心なのさ。それでどうこうしろなんて僕は言わないけど、エドアルド皇太子とあまり見せつけるのは気の毒だと思うな~」
「エドアルド皇太子? 政略結婚なんてしないわよ。そりゃ、エドアルド皇太子は悪い方じゃないし、カザリア王国を将来ちゃんと背負っていかれる方だと尊敬しているわ。でも、皇太子なのよ! 無理に決まっているわ」
言っている端から、グレゴリウスも無理だとユーリにはわかってしまった。
「君が嫌なら誰も強制できないよ。だって、絆の竜騎士なんだから」
少し青ざめたユーリを心配して、フランツは慰めたが、感情がぐるぐるなユーリはしくしくと泣きだす。
「絆の竜騎士なんかじゃなければ良かったのに……いいえ、男の子だったら良かったんだわ。そしたら、お祖父様もガッカリされなかったわ!」
フランツはユーリが泣くのが苦手で、いつもユージーン任せにしてきたので持て余す。
「何を馬鹿なこと言ってるんだ。マキシウス大伯父様がユーリが男の子だったら良かったなんて、言うはずないだろ。そりゃ厳しい人だけど、ユーリのことを愛しているさ」
泣いてる女の子に議論をふっかけても、感情的になっているのを逆撫でするだけだとは未熟者のフランツは知らない。
「フランツは男の子だから、わからないのよ! 私は武術なんか大嫌いなのに、ずっと努力して、あの成績なのよ。お祖父様は私が女の子で、武術も駄目だから、きっと失望してらっしゃるわ。父も竜騎士にならないで駆け落ちしたし、親子二代で失望させているのよ」
完全にヒステリー状態にさせてしまって、グレゴリウスの告白どころの話ではなくなり、フランツにはお手上げだ。
「何をケンカしているんだ?」
ユーリの部屋まで説教しに行ったユージーンは、不在なので庭にまだいるのだろうと探しに来たが、遠くからでも言い合っている声が聞こえて東屋にたどり着く。
「ユージーンだって、女性の見習い竜騎士の指導なんて嫌よね。男の子に生まれたら良かったのよ。そしたら、こんな縁談とかこなかったし、私のせいで不幸になる人もいなかったんだわ」
パニック状態のユーリを、ユージーンは抱きしめて言い聞かせる。
「コンスタンス妃が離婚されたのは、ユーリのせいじゃないし、そもそも離婚されて不幸かどうかもわからないじゃないか。あんな性格の悪そうな舅と縁が切れて、清々してれるかもしれないさ。仲が良かったとはいえ、親の言いなりに自分を離婚する夫には幻滅されただろうしね。勝手に自分を悲劇のヒロインにするんじゃない。それに、男でその駄目駄目な武術だったら、それこそ目も当てられないさ」
慰めて貰ってるような、馬鹿にされているようなユージーンの言葉で、ユーリは考えてもみなかったと我にかえる。
「そうね! コンスタンス妃もあんなファザコン駄目亭主と一緒より、一人になった方が良いかも。正式に離婚したなら、素敵な方と再婚すれば良いのよ。それに、男の子だったら武術が得意だったと思いこんでたけど、下手な人もいるものね~。私が男の子で武術が駄目駄目だっら、それこそお祖父様にしごきまくられてるわ」
仮にも一国の皇太子をファザコン駄目亭主はないだろうと、ユージーンもフランツも思ったが、ユーリの気分が少し落ち着いたのもあり、あまり好意を持てる相手でもなかったので注意しない。
「ユージーン、グレゴリウス皇太子殿下を殴ったのを怒りに来たなら、謝らないわよ。だって……」
ユーリは落ち着くと、ユージーンが自分に説教するために探しにきたのだと思って先手を打とうとしたが、触れた唇の感触が蘇って赤面する。
ユージーンもフランツも、グレゴリウスから触れただけのキスだと聞き出していたので、赤面するユーリを可愛らしく思い、まだまだお子様だと笑った。




