15 生涯の師!
親密そうにアンと何を話しているのか気になって、二人の皇太子は折角の教授専用食堂での真っ当な昼食を味あうどころではなかった。
ユーリとアンの話が聞こえなかったのは、エドアルド、グレゴリウスにとってはラッキーだったのかもしれない。
「何か質問があったのでしょ?」
二人で授業の内容を話しながら食事を取ったが、あらかた食べ終わった頃、アンはわざわざユーリが自分に質問しに来たのに、言い出し難いのだと自分から聞いた。
「私は竜騎士ですし、したいと思う仕事も沢山あるんです。でも、本当は子供も欲しいんです。グレンジャー講師には笑われるかもしれないけど、私の子どもの頃の夢は、農家のお嫁さんになって、沢山の子ども達と幸せに暮らすスローライフだったの」
アンは結婚には興味はないが、だからといって結婚をしたいという女性を軽蔑はしないので、先を促した。
「竜騎士になって、農家のお嫁さんは諦めたけど、子どもは諦める必要ないと祖母に言われて……と言うか、私しかフォン・フォレストの血筋は残ってないから、子どもを産んでくれるように頼まれているんです。私も子どもは欲しいけど…… 」
アンは変わったお祖母様がユーリに求めている、食事とベット以外のもう一つの事が、子孫を残すことだと聞いても驚かない。
フォン・フォレストという名前は歴史で習った微かな覚えしかなかったが、反乱を起こそうが旧帝国時代から続く家なら、お祖母様の願いは当然に思われた。
「それでは婿養子を強要されているのかしら? 話を聞いただけですが、気にいらない男性との結婚を強要されるような方には思えないけど」
「まぁ、誤解ですわ! 祖母は私が好きになった人なら、誰でも良いと言ってますわ。名前もどちらでも良いみたいですし、そもそも結婚しなくても、子どもを産めば良いと思ってるぐらいですの。私は、できれば好きな相手を見つけて結婚したいのですが……私は結婚しても、竜騎士の仕事を続けたいのです。でも、今の社会で理解のある男性が見つかるか不安ですし、上手く両立できるかも悩んでいるんです」
「とても、話のわかるお祖母様ね! なのに、貴女は結婚したいのね? 結婚して、仕事を続けるのは難しいわよ。よほど理解のある男性を見つけなければいけないわね。確かに、お祖母様が仰るように、子どもを産むだけの方が簡単に思えるわね。評判は落ちるでしょうが、うるさい結婚相手に仕事の邪魔をされなくてすむわよ」
グレンジャー講師の結婚しないで子どもを産むと言う言葉に赤面する。
「私は両親が心から愛し合っているのを見ながら育ちましたから、どうも結婚に過剰な夢を持っているのかもしれませんね。いつか、心から愛せる人と出会えれば良いのですが……その人が働くのに反対したら、困りますよね……」
「まぁ! そんな人と恋愛しなければ良いのよ」
「それは、そうですが……祖母も、竜が嫌いなのに竜騎士の祖父と恋に落ちたし、父も身分違いの母に一目惚れで駆け落ちしたんですよ。この人は働く女性に理解のある人だからと、恋に落ちるとは限りませんもの」
アンはイルバニア王国を揺るがした醜聞を思い出した。
「駆け落ちなら、国王陛下の許可は得て無いのでは?」
「そうね! 家は代々、王様から許可を得た結婚なんかしてないのだから、好きになった相手と子どもを作れば良いのね。その相手が私が働くのを認めてくれるなら、一緒に住めば良いのだわ」
スッキリした表情のユーリが出した結論は、皇太子の妃候補とはほど遠い物で、アンは爆笑する。
「ごめんなさいね! あまりにも革新的で面白い結婚論だったから。ユーリ、貴女は竜騎士で仕事も持ってるし、経済的にも自立している自由な女性なのよ。好きなように生きなさい」
サマースクールに招待するぐらいだから、ユーリのことが好きなエドアルド皇太子には気の毒だが、女性が自立して生きるのが難しい社会で頑張っている女の子を、皇太子妃という人形にしたくないとアンは考えた。
ユーリはがさがさと書類挟みから紙を取り出した。
「図々しいのですが、私の考えている女性の自立支援の対策案を見てもらえるでしょうか? 何かアドバイスを頂けると、嬉しいのですが……」
食事が終わってお茶を飲んでいたアンは、おずおずと差し出された紙を手にとって読み出す。
「女性の職業訓練所、職域の拡大、女性官僚の採用、託児所の設立……これは、大仕事ね! ユーリは外交官では無いの? 確か、カザリア王国と同盟を締結する特使の一員だと思ってたけど?」
アンはユーリが提案している一部でも実現できれば素晴らしいと考えたが、外交官の仕事と両立するには大仕事だと懸念する。
「私はグレゴリウス皇太子殿下の学友として、社交のパートナー要員なんです。外務省に属しているのは、特使随行期間だけです」
「では、女性の為に何かしたいと考えているのね! イルバニア王国の事情は詳しくないけど、そういう部署はあるのかしら?」
理論を実践しようとしているユーリに、アンは熱心に質問する。
「女性の為という部署はありませんわ。強いて言えば国務省の福祉課が近いと思って、帰国したらそちらで見習い実習する予定なのです」
アンはやはり女性の為の部署は無いのだと気落ちする。
「見習い竜騎士の立場では何もできないと思うと、少し焦ってるんです。竜騎士になって、やっと一人前の官僚ですもの。普通だと4、5年かかるけど、少しでも早く仕事ができるようになりたいわ。でも、女性の為に予算を出して貰うのは難しそうで……」
ふ~っと、二人で溜め息をつく。
「確かに、男社会の官僚達が、女性の職業訓練所をつくる為の予算を回してくれるとは思えませんね」
「いつかは、予算を獲得したいですわ。でも、いつになるのか? いえ、予算なんか取れないんじゃないか不安なの」
グレンジャー講師はユーリが凄く焦っているように思えて、急にはなかなか変革は出来ないものよと諭す。
「こういう活動をしていると、急進的な言動を取りがちになって、却って支持する人を遠ざけることがあるから気をつけてね! 貴女は若いから、なかなか自分の思う通りにならないことも多いと思うけど、一歩づつ進んでいかなきゃ駄目よ」
ユーリはグレンジャー講師の言葉に感謝した。
「ありがとうございます。官僚社会に嫌気がさした時には、思い出して頑張りますわ。いつかは予算を分捕ります。それとは別に、この夏から始めたい非営利事業があるので、上手くいったらご報告しますね。ローラン王国との戦争で父親を亡くした子女達の数人でも良いから、安心して働ける職場をつくろうと計画してるのです」
ユーリはパーラーの計画と予算を書いた紙を、書類挟みから取り出してグレンジャー講師に意見を聴く。
店舗の外装や、内装、パーラーの従業員の可愛らしい制服、ティーセット、数種類のスケッチに、それぞれの予算、人件費、従業員の寮費と、解る範囲で調べた必要経費が詳しく書かれている。
「まぁ、これを貴女が考えたの? 凄く可愛らしいパーラーになりそうね。でも、非営利では続けられないのでは? 継続的に雇用しなければ、却って従業員達の為にならないわよ」
「非営利と言うのは、この事業に出資して頂く方に分配金の支給ができないという意味なんです。まずは、簡単なデモンストレーションとして、夏の離宮があるストレーゼンで小さな出店をしてみるつもりです。上手くいったら、その収支報告書を持って出資者を集めて、ユングフラウに一号店を出店しますわ」
ユーリの夢のある計画が上手くいくこと祈っているわ! と手を握り締める。
ユーリにとって初めての同士ともいえるアン・グレンジャー講師のサマースクール参加は有意義なものだった。
ユーリは悩んだ時にはアンに手紙を書いて相談する。
ただサマースクール以後、投げつけられて打ち所が悪かったのか恋に落ちたマーカスと、女性竜騎士って素敵だわと勘違いした女学生がイルバニア王国大使館前をうろつき、護衛の兵達を困惑させた。




