6 特使歓迎晩餐会
歓迎の晩餐会があるので、特使一行はイルバニア王国の大使館にいったん帰る。
グレゴリウスは、エドアルドと馬車でニューパロマに向かう途中も気を使いながらの会話を続けていたので、少し疲れていた。
他のメンバーも同様で、外交官同士を馬車で二時間も同じ空間に閉じ込めたら、お互いに腹の探り合いが始まるので疲れを感じていた。
その疲れたグレゴリウスやジークフリートやユージーンに、竜達は『海水浴に行きたい』と駄々をこねたもんだから、当然、竜達を大使館に引率したユーリとフランツは普段以上にきつく叱られた。
ユーリは大使館に着くやいなや、大使夫人とドレスの打合せに入り、その後王宮で国王陛下に挨拶と忙しくしているうちに、竜達が海水浴に行きたがっている件を解決するのを忘れてしまっていた。
二人の指導の竜騎士であるユージーンは、特使随行である自覚のなさを手厳しく責めた。
『ユーリとフランツが悪いんじゃない。私が海水浴をしたいと言ったから、パリスもアラミスもアトスもルースも行きたいと言い出したんだ』
突然、ユージーンはイリスに話しかけられて驚いた。絆の竜騎士でないユージーンはパートナーのアトスとも、こんなに明確には話せなかったのに、イリスはまるで人間と話しているのが不思議に思えた。
『イリス、君が海水浴に行きたいと言っても、ユーリが止めるべきだったのだ。今は大事な仕事中なのだから』
そうは言いつつも、ユージーンも竜バカの一員であるので、イリスのとりなしに怒りはおさまった。
『私が悪いのだから、ユーリを叱らないでくれ。夏に海水浴できなくても、冬の冷たい海も好きだから、大丈夫だ。ただ、ユーリは冬の海風が冷たいから、あまり連れて行ってくれないんだ』
イリスの愚痴をユーリは『イリス』と怒って止めた。
「すみません、イリスには言ってきかせます」
ユージーンはアトスからも『海水浴に行きたい』と珍しく我が儘を言われたのにも負けて、海水浴を許可した。
「こんなに竜が海水浴が好きだなんて知らなかった。これでは海水浴させるまで、しつこく言い続けるだろうから、ユーリとフランツで竜達を海水浴に連れて行きたまえ。明日の会議は、まだ初日だから細かい話し合いにはならないだろうし、君達に使い走りに行って貰うこともない」
ユージーンの言葉が終わるやいなや、竜達は喜び『海水浴だ』とはしゃぎ出したので、疲れ気味のグレゴリウス、ジークフリート、ユージーンから「ユーリ、静かにさせろ」と命令されたのは仕方ないだろう。
『明日、海水浴に連れて行ってあげるから、大人しく今夜はしといてね。皆、疲れているのだから』
竜達はユーリの言葉に従い大人しくなったので竜騎士達はホッとしたが、自分の騎竜やパートナーの竜がユーリに従ったという事実に後で気づき驚くことになった。
昼食は船で少しとっただけだったので、お茶と軽食をとって各自の部屋に引き上げた。
ユーリとフランツは、どうにか無事に海水浴問題が解決したので安心して、明日の段取りを話し合っていた。
「まぁ、まだサロンにいたのね。ユーリ、早く部屋で晩餐会の支度をしなければ駄目よ」
大使夫人は自分も晩餐会の支度をしないといけないのでユーリの支度は侍女に任せたが、ドレスを着た姿を見てから、髪型やアクセサリーを最終チェックしてくれた。
カザリア王国の皇太子も若くて独身なので、妃候補を目指して社交界にデビューする令嬢方が後を絶たなかった。デビュタント達の白いドレスが氾濫している中で引き立つように、セリーナはスッキリとしたブルーのドレスを身に着けていた。
大使夫人が選んだユーリのドレスは、着てみると素晴らしく美しいシルエットで、特に後ろ姿はスッキリしているのにトレースが後に続いている様子が優雅だ。
全部髪を結い上げていたのを、一部分を巻き髪にして下ろして片方に流す髪型に変えさせて、白いバラを巻き髪の付け根に指すと、出来映えにセリーナは満足した。
「とても素敵だわ。このドレスは着た方が綺麗にみえるデザインね。あとは、仕上げのアクセサリーだわ。胸のカットのラインを生かしたいから、ロングネックレスは駄目ね。この黒のビロードのチョーカーが素敵だけど、公式の歓迎晩餐会にはくだけすぎてるわね。やはり真珠の三連のチョーカーにしましょう」
お洒落な大使夫人は、美しいドレスをそれに相応しい可憐なユーリに着させて、髪型やアクセサリーを選ぶのに熱中して取り組んだ。
お陰で、出来映えはとても素晴らしいものだった。
「まぁ、本当に素敵だわ。髪に髪飾りではなく、白バラをさしたのは正解ね。白バラの妖精みたいだわ。やはり髪型を変えて良かったわ。アクセサリーもばっちりマッチしているし、これならデビュタントの白い軍団に囲まれても抜きん出れるわ」
ユーリを誉めるというより、自分のセンスに満足しているような大使夫人に侍女やユーリはちょっと可笑しくなった。
でも、確かに髪型やアクセサリーで印象が変わったので感謝する。
「アドバイスして頂き、ありがとうございます。私はアクセサリーを選ぶセンスがなくて、前に叱られましたの。大使夫人に選んで頂いて助かりました」
ユーリの素直な感謝の言葉に、セリーナはこれからの1ヶ月の間は退屈しないですみそうだと喜んだ。
二人とも身支度が整ったので階下に降りて行った。
先に着替えて待っていた男性陣は、美しい大使夫人と可憐なユーリに登場に賛美の声をあげた。
「セリーナ、今夜は格別に美しいよ」
クレスト大使は奥方をエスコートしながら、可憐なユーリと並んでも成熟した女性の魅力が引き立っている様子に満足して、お世辞ではなく本心からの賛美を送った。
「まぁ、ありがとう」
セリーナもユーリと自分がお互いの魅力を引き立てる組合せだと思っていたので、夫がその価値に気づいてくれたのが嬉しかった。
だけど、やはり若いユーリの新鮮な魅力には少し負けるかしらねと、美しいドレス姿から目が離せない様子のグレゴリウスを苦笑しながら眺めた。
「皇太子殿下、ユーリ嬢をエスコートしてあげて下さい」
ぼうっとユーリを眺めていたグレゴリウスは、指導の竜騎士のジークフリートの言葉で我に返り、ユーリをエスコートして馬車に乗った。
大使夫妻と皇太子殿下とユーリが先頭の馬車に乗ると、他の特使一行も馬車に乗り晩餐会へとむかった。
道中では明日からの会議の打合せではなく、ユーリの美しさと皇太子殿下が夢中で困るという話題になっていた。
「私も、何回かご注意しているのですが、今夜のユーリ嬢を見たら仕方ないですね」
ジークフリートは、昼の歓迎式典での皇太子殿下は忠告を聞き入れて、立派に役目を果たしていたのにと溜め息をついた。
「フランツ、私達は会議でユーリを見張れないから、お前がしっかりとガードするのだぞ。明日の海水浴も竜達だけで、まさかお前たちも泳ぐつもりじゃあるまいな。ユーリは年頃の令嬢としての慎みにかけるから、泳ぎたがるかも知れないが、フォン・フォレストの田舎ではないのだから絶対に駄目だと止めなさい」
ユージーンに頭ごなしに怒鳴られてフランツは「子どもじゃあるまいし」と小声で不平を漏らしたのを聞きつけられて、またお説教される羽目になった。
「子どもじゃないから、問題なんだろ。図体ばかりデカくなって、もう予科生じゃないのだから少しは自覚して行動しろ。大体、お前がついていながら、竜達を甘やかすから海水浴なんかに連れていくことになったんだ」
フランツは、許可したのはユージーンじゃないかという反論を飲み込んだ。これ以上何か言うと火に油を注ぐ結果になるのは明らかだったので、フランツは王宮に着くまで兄のユーリの指導の竜騎士としてのストレス解消の為に怒られ続けた。
馬車の中で説教中のマウリッツ公爵家の兄弟以外のマッカートニー外務次官とジークフリートは、各々の立場でユーリの可憐なドレス姿が及ぼす影響とそれの対策を考えていた。
グレゴリウスの指導の竜騎士であるジークフリートは、エドアルド皇太子もユーリに夢中になるだろうと考えて頭痛がしてきた。
『二人の皇太子がライバル心から馬鹿な真似をしでかさないように注意をしないと……それにしても、ユーリ嬢も急激に綺麗にならなくても良いのに……』
外務次官は同盟締結の為にユーリをエドアルド皇太子妃にできれば簡単なのにと、外務相からの絶対禁止の命令に内心で毒づいていた。
『ユーリ嬢が緑の魔力持ちだから、カザリア王国に嫁がせないという外務相の考えは間違っている。元々農業国のイルバニア王国は穀物の不作などない。カザリア王国の北部は不作に苦しんでいるから、緑の魔力持ちのユーリ嬢を喜んで迎えるだろう。穀物の出来高より、ローラン王国の脅威に対抗する為のカザリア王国との同盟の方が大切なのではないのか!』
マッカートニー卿は外務相の命令だから従うしかないが、納得はしていない。
『ユーリ嬢がエドアルド皇太子と恋に落ちれば簡単なのだが……』
それぞれの思惑を乗せて、馬車は王宮に着いた。
ジークフリートはグレゴリウスが忠告を思い出して、落ち着いてユーリをエスコートしているのを見て安心した。
歓迎晩餐会にはカザリア王国の重臣、名門貴族達が招待されていたが、勿論、主賓はグレゴリウス皇太子だ。
そして、そのパートナーのユーリにも注目が集まった。
この夜のユーリは大使夫人が髪に飾った白バラのように可憐で、カザリア王国の人達は女傑の竜騎士のイメージを抱いていたので、衝撃を受けて見習い竜騎士の制服姿を見てなかった人達は本当だろうかと疑う者までいた。
エドアルドも見習い竜騎士の制服姿のユーリが肖像画よりも稟としていて魅力的だと感じていたが、今夜の可憐なドレス姿は咲き始めた白バラのように美しいと熱い視線を送る。
国王と王妃に主賓のグレゴリウス皇太子と共に晩餐会場に案内されたユーリは、出席者の視線が集中しているのを感じて少し緊張する。
グレゴリウスは王族として幼い頃から教育されてきたので、初めての外国での晩餐会にも緊張は感じない。
でも、エスコートしているユーリがこのような場面に慣れていないのを思い出し、腕にそっと置いている手が微かに震えているのに気づいた。
「ユーリ、誰も君を取って食べたりしないよ。今夜は、山ほどのご馳走が用意されてるだろうから」
グレゴリウスが自分の緊張に気づいて、軽口を言ったのにユーリは感謝する。
「ありがとう、そうね、多分食べきれないほどのご馳走だろうから、イリスに持って帰ってあげようかしら」
いつもイリスに甘いユーリだから、一瞬本気か? と顔を見たグレゴリウスに軽くウィンクしたので冗談だとわかり、こちらも笑顔を返した。
ヘンリー国王は隣国の若い皇太子が、エスコートしている令嬢の緊張を上手く解すのをしっかりとチェックしていた。グレゴリウスが帝王学を叩き込まれているのと、ユーリと親密なのを見抜いた国王だった。
我が子のエドアルドもユーリに心惹かれているのを隠して礼儀正しく振る舞っているのにも気づき満足した。
エドアルドは、教育係のマゼラン卿に夕刻「王族たる者、迂闊に心の内を表してはいけません」と、歓迎式典でユーリに見とれていたと叱責されたのだ。
こちらも幼い頃から叩き込まれた礼儀正しい振る舞いをしていたが、内面ではユーリのエスコートを代わりたい気持ちでいっぱいだった。
『ちぇッ、グレゴリウスは上手いことユーリ嬢の緊張を解いたな……私がエスコートしていたら、ユーリ嬢の感謝の籠もった微笑みを受けていたのに……』
晩餐会は和やかに進み、国王夫妻の質問にユーリはそつなく受け答えをした。
「女性の竜騎士は我が国には、お一方しかいなくて女傑だったとの伝説があるのです。それで、ユーリ嬢も武勇に優れた方かと思っていたのです。しかし、可憐なお姿を拝見すると、剣を振り回されてるのが想像できませんね」
国王のお言葉に、カザリア王国の伝説の竜騎士ビクトリア王女の武勇伝を思い出したユーリは恥ずかしく感じた。
「私は、お恥ずかしいことにビクトリア王女様みたいに武術に優れていません。竜騎士の学校のリューデンハイムで武術は劣等生だったのです。見習い竜騎士の試験に合格できるか、本当にひやひやしましたわ」
武術が苦手だと恥ずかしそうに打ち明けたユーリに、カザリア王国の人々はその可憐な容姿があれば武術など必要無いだろうと考えた。
「ユーリは馬術と弓は優等生でしたよ。あと、勉強はいつも負けてましたしね」
グレゴリウスの言葉に、そんなこと無いわと頬を染めている様子を、国王は微笑ましく眺めていた。
軽い話題を提供しながら、国王はユーリが我が国の女性竜騎士の伝説まで記憶していたと心に留めた。
無事に晩餐会は終わり、明日から同盟締結の為の会議が始まるので、特使一行は王宮に長居しないで大使館へ引き上げた。




