6 何で付いて来たの!
「ユーリ……ユーリ……」
遠慮がちな声でユーリは、ハッと目が覚めた。
ガバッと起きあがると、横で呑気に寝ているグレゴリウスを睨んで、付いて来なければ問題にならなかったのにと、溜め息をつく。
「私も寝てしまったのね……ほんの少し横になるだけのつもりだったのに……
まだお日様は輝いているから、まだそんなに時間は経っていないわよね! 起こして、アラミスを説得させよう」
お昼寝の途中で目覚めたユーリは、何故自分が起きたのか? と不思議に思う。
「誰かが、私を呼んでいたような……」
「ユーリ……こっちよ!」
小さな声がした方向を見ると、遠くの木の後ろからハンナとキャシーがこちらにソッと手招きをしている。
「ハンナ、キャシー」
ユーリは飛び起きると二人の方に駆け出して抱きつく。
「ユーリ!」
久しぶりの再会に三人は抱き合って興奮した。
「ハンナ! 背が伸びたのね。
キャシーも少ししっかりして見えるわ」
11才になったハンナは背が伸びて美人になっていたし、キャシーも甘ったれだったのにしっかりしてきたようだ。
「ハックにユーリが墓参りに帰って来てると聞いて、会いに来たけど竜が二頭もいるんだもん。怖くて、近づけなかったわ。
ユーリって何回も呼んだのに、寝てるんですもの」
イリスやアラミスもハンナやキャシーに危険を感じず、威嚇もしてなかったが、やはり巨大な竜は普通の人たちには畏怖な存在だろうとユーリは思う。
「この竜どうしたの?」
ハックがお祖父様の竜だと誤解していたのを訂正するのを省いたが、幼なじみの二人には嘘をつきたくない。
「今、竜騎士になるための学校に通ってるの。
この竜はイリスっていうのよ」
「え~、ユーリは竜騎士になるの? 驚いた!」
全くの真実ではないが、嘘ではない説明に、ハンナとキャシーは驚いて、あれやこれや質問する。
「竜騎士って、竜に乗るのよね」
キャシーは竜が苦手で、こんな巨大な竜に自分より小さいユーリが本当に乗って来たのかと心配そうに尋ねる。
「キャシー、馬鹿ね! 何処に竜に乗らない竜騎士がいるのよ。
でも、ユーリが竜騎士になりたいと考えていただなんて、知らなかったわ」
ハンナは竜騎士にはなりたいからと、なれる物ではないという知識が無かった。
「竜騎士にならなきゃいけなくなったのよ」
どう説明したら良いのかわからず、ユーリはざっくりとした真実を口にする。
「ええっ~! もしかして、お祖父様が竜騎士だから、ユーリもならなきゃいけないの?
女の子なのに跡を継がなきゃいけないの?」
ハンナの誤解をどう解こうかと、ユーリは悩む。
「違うの! お祖父様に強要されたんじゃないわ。
私がイリスと離れられないから、竜騎士を目指すしかないの」
「意味がわからないわ~」
首を傾げる二人に、ユーリは反対に質問を仕返す。
「それより、ハンナとキャシーはどうしていたの?」
二人はあれこれとヒースヒルの出来事をユーリに教えてあげる。
「ローズとマリーのお母さんが再婚したのよ。
でも、二人はハントの名前のままが良いと、そのまま使い続けているわ」
ユーリはローラン王国との戦争で未亡人になったハント夫人が、再婚を急いだのは一人では畑仕事が出来ないからだろうと頷いた。
「ローズとマリーは新しいお父さんと上手くやってるの?」
「ハントの名前は名乗ってるけど、上手くやってるみたいよ。
それに、もうすぐ弟か妹が出来るから、楽しみにしているわ」
「ええっ! 少し早くない?」
ユーリは指を折って、本当にすぐに再婚したのだと驚いた
こんなに女の子が騒いでて、グレゴリウスも目が覚めないわけがない。
『眠っていたんだ……ユーリ? 村の友達かな?』
グレゴリウスは起きると、ユーリと見知らぬ女の子の方に歩いていった。
やはり王子としての気品が、予科生の灰色の制服を着ていても感じられる。
「ちょっと、ユーリ……誰?」
突然の貴公子の登場で、ハンナとキャシーは真っ赤になって固まってしまう。
ユーリは折角の幼なじみとの楽しい時間を邪魔されて、グレゴリウスに腹を立てたが無視もできない。
「ハンナ、キャシー、こちらは竜騎士の学校の同級生のグレゴリウスよ。
グレゴリウス、こちらは私の幼なじみのハンナとキャシー」
ユーリの紹介で、自分の身分をばらすつもりがないのを知って、愉快に感じる。
生まれてこの方、ずぅ~と皇太孫殿下としての窮屈な生活をしていたので、ユーリの後を一人でつけたり、ただの同級生として紹介されたりして、気持ちが高揚した。
グレゴリウスが優雅に二人に挨拶しているのを傍目で見ながら、本当につけて来なければ問題無かったのに! と心の中で愚痴るユーリだ。
「ねぇ、ユーリはいつまで此処にいれるの?」
現実的なハンナの質問にユーリはハッと何時かと尋ね返した。
「ううんと、だいたい3時ね~お茶にしましょうよ」
呑気なお茶の誘いに、ユーリは愕然とする。
『イリス、何でもっと早く起こしてくれなかったの?
あのう、今から帰れない? ほら、グレゴリウスも休んで元気そうだし……』
イリスは『無理!』と一言で拒否した。
ユーリもさっきでも夜になるからと拒否されたのに、今からだと夜間飛行になるので無理だとガックリする。
「ねぇ? ユーリ、いつまでいられるの?」
何処までも現実的なハンナは、泊まる段取りや、食事の用意が気にかかる。
「余り学校を休めないから、明日の朝一番には帰らなきゃいけないの」
折角来たのにと残念がる二人に、ユーリはグレゴリウスのせいでゆっくりできないと心の中で愚痴る。
「朝一に発つなら、ゆっくりできないわね、残念だわねぇ……でも、今夜はユーリの家で一緒に寝れるわよ。
ハックがユーリは自分の家に泊まりたいだろうからと、私の家に泊まるの。
私達だけでゆっくりできるわ! あっ、でも……」
ちらっとグレゴリウスの顔を眺めて、ハンナは口をつぐんでしまう。
子供とはいえ男の子と一緒に寝るのは、ちょっと微妙だと感じるお年頃のハンナなのだ。
ユーリも女の子だけでゆっくりしたかったが、グレゴリウスをほっとく訳にもいかないしと悩む。
木陰から覗く双子を見つけて、良い案を思いつく。
「ビリーとマックも呼んで、いっそ皆で雑魚寝したら良いのよ。
夏だから毛布さえあれば床でも、寝れるわ」
ハンナとキャシーも、女の子だけの方が気楽で良かったが、遠くからきたユーリの同級生をほっとく訳にいかないので、覗いてる双子を呼び出す。
「ねぇ、ねぇ、ユーリ! 竜に乗って来たの?」
「竜に乗せてよ!」
相変わらずの二人に、ユーリは苦笑する。
「そうね、竜で家まで帰りましょう!」
やったぁ! とふたごは飛び上がって喜んだが、ハンナとキャシーは顔を青ざめて首を横に振る。
「私達は歩いていくわ!」
どうしようかしら? とユーリが困っていると、グレゴリウスが助け船をだした。
「私がこの子達をアラミスに乗せて、ユーリの家まで行くよ。
二人は家を知っているんだろ? ユーリは友達と歩いてきたら良いよ。イリスは好きにするだろう」
グレゴリウスは幼なじみの男の子でも、ユーリと竜に乗せたく無かった。
「まぁ、親切ね? でも、嬉しいわ!」
イリスもユーリが友達と話しながら歩きたいなら、先にアラミスと家まで飛んで行くと答えた。
『ハンナとキャシーは私が上を飛んでいたら、怖がるだろう。
何も襲ったりしないけど、たまに怖がる人はいるんだ』
『ごめんね、二人は竜を見たことがあまり無いから』
もちろん、ビリーとマックは竜に乗るのは大歓迎で、グレゴリウスにアラミスに乗せて貰う。
イリスはアラミスを先導して家へと向かう。
ユーリがあのふたごなら、凄く遠回りさせそうだとイリスに頼んだからだ。
『明日は朝一で帰るんだから、グレゴリウスを疲れさせないでね!』
ユーリ達は竜を見送ると、墓地から家まで色々と話しながら歩いた。
ハンナとキャシーは、グレゴリウスとの仲を聞きたがり、ユーリはただの同級生だと言い切った。
アマリアとベティが女の子達の夕食を持って来ていたが、グレゴリウスがいるので双子も泊まると聞いて、慌てて食料を取りに帰った。
子供達だけで、わいわいと賑やかに夕食を用意するのは楽しい。
ユーリの家のテーブルは小さかったから、ローラが前に農作業の手伝いにきた近所の農家の男達をもてなしたように、納屋の作業台を引っ張り出して、そこで早めの夕食にした。
夏の夕方の涼しい風が通り抜ける庭で、採りたての新鮮な野菜の料理や、鶏のロースト、焼きたてのパン、新鮮なミルクという王宮では食べたことのないシンプルながら美味しい夕食に、グレゴリウスは育ち盛りの少年らしい食欲をみせる。
もちろん、他の子ども達もたっぷり食べた。
「とても美味しい夕食でした。
こんなに楽しい夕食は初めてです。
ありがとうございます」
グレゴリウスの心からの感謝の言葉に、ハンナとキャシーは真っ赤になる。
「いえいえ、田舎料理で都会の方の口にあうか心配で」
もごもごと返事しているハンナに、ユーリは大爆笑する。
「お口にあうも何も! ビリーとマックより食べてたじゃない!
竜みたいに大食らいなんだから」
ユーリの言葉に皆で大爆笑して、食卓を片付ける頃には庭も暗くなった。
子ども達はユーリの家の中で、デザートのラスベリーパイとお茶を楽しむ。
何となく女の子と男の子は別れて、かたまって座る。
ビリーとマックはグレゴリウスに「どうやったら竜騎士になれるの?」と口々に尋ねている。
テーブルに残って話している男の子達から離れて、夏だけど夜なのでちょっと暖炉に小さな火をつけて、女の子達は床に座ってお喋りを楽しむ。
ユーリはヒースヒルの最近の話題を聞きたかったし、ハンナとキャシーは竜騎士の学校の話を聞きたがり、お互いに話し合っていたが、ビリーとマックがうとうとしているのに気づき、寝床の用意にうつった。
暖炉の前に毛布を敷いて男の子達の寝床をつくるやいなや、農家の朝は早いのでビリーとマックは各々毛布を被って寝てしまった。
女の子達は寝室のベッドに三人で寝る事にする。
ハンナやキャシーも夜更かしの習慣はないので、ベッドにはいるとすやすやと寝てしまった。
ユーリはグレゴリウスが床では寝れないのではと心配して、そっと寝室から抜け出す。
グレゴリウスは昼寝したせいか、初めての体験に興奮しているせいか、眠れずに暖炉の小さな火を眺めていた。
「床では眠れないの?」
ユーリは寝ているふたごを起こさないように小声で尋ねる。
「いや、大丈夫だよ。ただ、まだ就寝時間じゃないだろ。
それに昼寝したから、眠くないだけだよ」
小声の会話にマックが寝返りを打ったので、シーと指を口に当てて二人はポーチにそっと出る。
「お友達は、もう寝たの?」
グレゴリウスはいかにも幼い男の子のビリーやマックが早く寝たのはわかるが、自分より年上っぽい女の子達が早寝なのに驚いた。
「農家の朝は早いから、特に夏場はお日様が昇ったら起きて働くもの。
夜は晩御飯食べたら直ぐに寝るのよ」
ユーリの言葉に農家の暮らしなど知らない グレゴリウスは驚く。
「そんなに長時間働くのか? 農家は大変だな」
ユーリは夏は作業が多いから忙しいけど、冬はのんびり過ごす農家の暮らしを説明する。
呑気に農家の暮らしについて話していたが、空に月が昇るのを見て、ユーリは今は何時だろうと思う。
「多分、今は8時ぐらいね! ああ、もうリューデンハイムの門限はすぎたわね。
皆、貴方が居ないのにもう気づいてるに違いないわ」
ユーリの言葉に、肩をすくめてグレゴリウスは小屋にはいった。
「しちゃったものは仕方ないよ! 二人で怒られよう」
少し眠たくなって、床に寝そべりながら欠伸まじりに答える。
「もう、呑気なんだから」
ユーリはグレゴリウスの言葉にぷりぷりしながら「明日の朝一番で帰るわよ」と言い捨てて、自分も早寝しなきゃと寝室に入った。
二人がすやすやと眠りに落ちた頃、ユングフラウでは皇太孫殿下の失踪が発覚し、王宮は大騒動になっていた。
王妃は毎朝ユーリと共に挨拶にくるグレゴリウスが来ないのを不審に思ったが、ユーリが欠席なので拗ねてるのだと解釈した。
皇太子妃は息子のグレゴリウスがリューデンハイムに居るものだと思っていたし、週末は警護の竜騎士と共に竜でユングフラウの郊外に行く事も多かったので、帰ってこなくても心配していなかった。
リューデンハイムからの使者から「門限を過ぎたのに皇太孫殿下がお帰りになっておりません。これから門限に遅れる時は、事前に報告して下さい」との校長の苦情の手紙を渡された時、皇太子妃は真っ青になった。
「皇太孫殿下はリューデンハイムに居ないのですか?
此方には、今日はきてきませんわ!
どういう事なのでしよう? 国王陛下か王妃様の所でしょうか?」
皇太子妃のただならぬ様子に、女官達は慌てて両陛下のもとに皇太孫殿下がおこしでないかと聞きに走った。
「王妃様の所には朝の挨拶にも来られなかったと仰られました。
国王陛下も今日は皇太孫殿下に会われてないとの事です」
女官達の報告に、皇太子妃は心が張り裂けそうになる。
そこに、国王陛下や王妃様が慌てて来られて、リューデンハイムの校長からの手紙を読んだ。
「なんて事だ! グレゴリウスはどこに居る!」
イルバニアの継承権1位の皇太孫殿下が行方不明という非常事態に、王宮は大騒動に陥った。
「大丈夫ですよ、グレゴリウスは無事ですわよ。
あの子にはアラミスが付いていますもの。
国王陛下、ギャランスはアラミスの異常を何か伝えましたか?
アラミスが無事なら、グレゴリウスも無事ですわ」
王妃の言葉で、国王は平静を取り戻した。
『ギャランス、アラミスは無事か?』
王宮の竜舎で寛いでいたギャランスは突然の絆の竜騎士の激情に驚いたが、自分の子のアラミスの異変は感じなかった。
『アルフォンス、落ち着きなさい。アラミスは無事だよ。
どこに居るかはわからないが、寛いで寝てる。
グレゴリウスも無事に決まってる。
絆の竜騎士に何かあったら、アラミスは呑気に寝てないよ』
国王は自分の絆の竜の言葉に安堵して、心配している王妃と皇太子妃にグレゴリウスの無事を伝えた。
ひとまず皇太孫殿下の無事にほっとしたものの、相変わらず行方不明のままのグレゴリウスの捜索に、ユングフラウに在住の竜騎士が極秘に集められた。
グレゴリウスが無事なのなら、騒いで行方不明を世間に知らせたくなかった。
勿論、リューデンハイムの校長も竜騎士なので王宮に駆けつけていたし、マキシウスも極秘の知らせに驚いて駆けつけた。
校長のアンドレは、リューデンハイムの生徒である皇太孫殿下の失踪に、心臓が締めつけられるような不安に苛まれていた。
「グレゴリウスはどこにいるのか? 無事なのはわかっている。
ギャランスがアラミスが寛いで寝てると言っているから、無事なのは明白だ。
あの子が行きそうな場所に思い当たらないか?」
アンドレ校長は冷や汗をかきながら、皇太孫殿下が時々警護の竜騎士と行く場所を探させたが、いなかったと報告した。
「グレゴリウスと親しくしていた生徒に、何か知らないか聞いてみたらどうだろう」
国王陛下に言われるまでもなく、校長は既に全員から聞き取り調査していた。
「教師達から皇太孫殿下がどこにいるのか知らないと、生徒全員の聞き取り調査の報告を受けております。
ただ、外泊している生徒もおりまして、その生徒の家にも聞き取り調査に行かしておりますが、まだ全員からは返事がありません」
校長の言葉に「リューデンハイムは予科生の外泊は基本禁止では?」との声が上がった。
ここに招集されたのは、全員が竜騎士でリューデンハイム卒だったので、自分達が苦しめられた規則を覚えていたのだ。
「グループ研究の優等のご褒美で、外泊を許された生徒が二人います」
校長の言葉に「グループ研究か」と懐かしむ声があがったが、王妃はハッと顔色を変えた。
「校長先生、ユーリは優等を取ったのですよね。
アリスト卿、ユーリはお宅にいるのですか?
グレゴリウスもユーリも、今朝挨拶に来ませんでした。
ユーリは金曜に優等で外泊だから、のんびりしたいと土日の挨拶を……」
王妃の言葉にマキシウスは驚き、非礼にも言葉を遮って校長に尋ねる。
「ユーリから、週末には帰らないと手紙が来ました。
校長先生、あの子はリューデンハイムにいるのでしょうか?」
校長はマキシウスの言葉に驚く。
「ユーリは貴方の屋敷にいるのではないのですか? なんてことだ!」
継承権1位の皇太孫殿下と、継承権2位のユーリが二人共、行方不明という事実に皆が狼狽えた。
マキシウスは不安で心臓がドキドキしたが、ラモスに『落ち着け! ユーリは無事だよ。イリスは呑気に寝てる』と言われ、ハッと思い出した。
「ユーリの居場所には思い当たりがあります。
もうすぐ、あの子の両親の命日ですから、きっとヒースヒルの両親の墓に参ったのでしょう。
申し訳ありません、皇太孫殿下の居場所は思いつきません」
マキシウスの言葉で、国王も王妃も皇太子妃もグレゴリウスも一緒に違いないと感じた。
「皇太孫殿下もきっと一緒ですわ! あの子はユーリに夢中ですから、付いて行ったのだわ。
本当にこんなに心配かけて、帰って来たらきつく叱らなくてはいけませんね」
王妃の言葉にその場の人々はほっと一息ついたが、おさまりきらないのは肝を冷やしたアンドレ校長だった。
「こんな事しでかして! お二人ともリューデンハイム退学です!」




