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スローライフ 泣き虫ユーリのどたばた恋物語!  作者: 梨香
第二章  子ども時代の終わり
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9  モガーナの困惑

 折り悪く外出していたモガーナは、竜が館に舞い降りるのを見て急いで帰ってきた。モガーナの巡らした防御の魔法は、ユーリを傷つける意志のないイリスには無効で、不意打ちをくらってしまったのだ。


「もっと急いで! このままでは大変な事になるわ!」


 馬車を猛スピードで飛ばして館に着いたモガーナが目にしたのは、竜に寄り添って目の周りを掻いている孫娘の姿だった。


 ユーリはイリスに寄り添って『目の周りが痒いんだ』という甘えに『仕方ないわね』と掻いてやっていたが、静かに怒りを表しているお祖母様に気がつき、バツが悪そうに掻いてる手を止めた。

 

 モガーナは竜と孫娘をぼ~っと見ている使用人達を「さっさと、仕事に戻りなさい!」と散らし、呆然と竜の側に立っているエミリアを侍女のメアリーに部屋で休ませるようにと連れて行かせた。モガーナは、春恒例の牧羊地の境界線争いの調停を依頼してきた、管理人と領民に心の中で毒づいた。


「ユーリ、どういう事か説明してくださる?」


 ユーリはしどろもどろでお祖母様にイリスとの経緯を説明した。モガーナは一目で孫娘と竜の絆に気がついたが、認めたくなかったから、ユーリに説明させている間に何か妙案が浮かばないか思索していた。


「お祖母様、ごめんなさい! 竜騎士になってはいけないのわかっていたの。でも、イリスとは離れられない!」


 ユーリの言葉で、モガーナは孫娘が竜馬鹿の一員になったのを悟り、苦々しく思ったが、こうなった以上腹をくくるしかないと諦めた。


『ユーリ……こんな時に悪いんだが……お腹がすいた。私はここ暫く食事を取っていなかった』 


 イリスの猛烈な空腹感がユーリを襲ってきて、立っているのが難しいぐらいになる。


「お祖母様! イリスが……」


 腹を立ててるお祖母様に、原因のイリスの食事を強請るのは気が引けたが、絆のせいでユーリも空腹感に支配されてしまった。


「イリスに何か食べさせてやって下さい! お願いします!」


 そう言いいながら倒れそうになったユーリを支え、やせ細ったイリスを見たモガーナは緊急事態だと察した。


 モガーナはマキシウスと一時期結婚していたので、竜がどれほど食べるか熟知していた。使用人に食用の雄牛を手配させてイリスに食べさせた。


 ユーリは、イリスが雄牛をペロリと食べるのに驚きながらも、めまいがするような空腹感が無くなってホッとする。


『まだ、食べ足りない』

 

 雄牛一頭を食べてもまだ欲しがっているイリスに、先程までの空腹感が無いのを感じるユーリは『絶食の後に一度に食べては駄目よ!』と言い聞かす。


『美味しい雄牛だった。モガーナにお礼を言ってくれ』


「お祖母様、ありがとう。イリスもお礼を言ってます」


 モガーナは痩せているイリスを眺めて、この竜を健康な状態に戻すのに、どれほどの雄牛を与えればいいのだろうと溜め息をついた。


 モガーナはユーリと落ち着いて話したいが、ユーリは絆を結んだばかりのイリスから離れようとしない。


『竜馬鹿のマキシウスから、絆を結んだ直後は、新婚カップルと同じだと聞いたわ。お互いに絆を結んだ相手の側にいたいと願うと……』


 モガーナはユーリとイリスが離れないのなら、一緒に居られる場所で話すしかないと考える。


「ユーリ、二階のテラスにイリスを行かしなさい。そっと着地するように言い聞かしなさいよ! サロンの窓ガラスを割らないように」

    

 ユーリはお祖母様をこれ以上怒らせないように、指示にしたがう。




 二階のサロンの掃き出し窓を開け放つと、大きな頑丈な石造りのテラスが狭く見える竜が座っていた。


「ここなら落ち着いて話せるでしょう」


 モガーナもユーリも昼食は食べてなかったが、イリスの雄牛一頭丸かじりを見て食欲は失せていたので、お茶だけ飲みながら、これからの事を話し合う。


「お祖母様、私は竜騎士になったのですね」


 モガーナは目の前の巨大な竜が消えてくれるなら、凄く物事が簡単になるのにとイリスを睨みつけて溜め息をつく。


「そうですわね。ユーリ貴女は竜騎士になり、現在は継承権2位ですわ。いえ、まだ皇太孫殿下は竜騎士になってらっしゃらないから、継承権1位かもしれませんね」


 二人してトホホと笑うしかない状況に困惑していると、イリスが皇太孫は絆の竜がいると、まだ機密の情報を教えてくれた。


『グレゴリウスの騎竜はアラミス、アルフォンスの騎竜ギャランスの子竜だ』


 ユーリがイリスの言葉をお祖母様に伝えると、少しはマシかしらと苦笑する。

 

「イリスと此処で静かに暮らすわけにはいかないのでしょうか?」


 そうできたら嬉しいと、物は試しで聞いてみたが、聞きながらユーリも駄目だろうと思っていた。


「竜が勝手に飛んで来ただけでも、領民や館の使用人達には大スクープですよ。

 まして、ウィリアムとロザリモンド姫の駆け落ちを知らない者はいませんから、貴女が継承権を持った事は枯れ草に火が燃え移るより早くひろがることでしょう。

 こうなったら正式に竜騎士になって、暗殺や、誘拐から身を守るしかないかもしれませんね」


 マキシウスのそれ見たことかと言わんばかりの顔が脳裏に浮かんで、眉をキッとそばだてながらモガーナは、忌々しい! とイリスに一瞥を与えた。 


 イリスは強引ではあるが絆の相手を見つけた幸福感と、ひさしぶりの食事に満足してうつらうつらしていたが、モガーナの視線を感じてピクリッとしっぽを動かした。


「正式に竜騎士になる? 竜はイリスがいるから、仕方ないけど、騎士と言われても……剣とか全く持ったこともないのに……」


 ユーリの騎士のイメージは武芸に秀で、王に忠誠を誓うとか漠然としたものだ。この世界でどのような仕事をしているのか全く知らない。


「そうですわね、剣の修行も必要でしょう。でも、それが全てではありませんよ。

 イルバニア王国の竜騎士は、行政官の役割も勤めるのですから、政治、法律、外交の知識も必要になるでしょう。

 今までユーリは地方の貴族として必要な教養を身につける勉強をしてきましたが、竜騎士になるにはまだまだ足りません」


 モガーナは昔ウィリアムが竜騎士になりたいと言い出した時を思い出して、深い溜め息をついた。


「竜騎士になるための学校は、ユングフラウにあります。ウィリアムは10才の時にリューデンハイムに入学して、15才で見習い竜騎士になりました。

 しかし、ユーリの知っての通り、20才の竜騎士の叙勲の前にロザリモンド姫と駆け落ちしたのです。

 本来、竜騎士は武芸や学問を修めた大人がなるものなのです。皇太孫殿下や貴女が竜に選ばれたのは、イルバニア王国の後継者として名乗りをあげているゲオルク王を遠ざけるには好都合ですが、どう考えたらいいのかしら」


「パパはママの為に10年の竜騎士になるための努力や、私がイリスと結んで知った竜との絆を捨てたのね。いえ、竜と絆が結ばれる前だから駆け落ちできたのだわ」


 竜騎士になる事はまだ覚悟が出来てるとは言い難いユーリだったが、イリスに騙し討ちの絆の結び方をされたのに、イリスと離れるなんて考えれない自分に驚いていた。


「まぁ、ユーリ! 貴女も竜馬鹿の一員になってしまったのね。マキシウスも私より竜を優先する竜馬鹿でしたわ」


 お祖母様の嘆きに耳が痛いユーリだったが、一度会っただけだが厳格そうな竜騎士の祖父も竜馬鹿と呼ばれるのが少し笑えた。


「お祖母様、女性も竜騎士になれるの? 今まで見た竜騎士は三人しかいませんが、女性の竜騎士はいませんでした」


 ユーリは機械化が進んでいないこの世界では力仕事は勿論の事、男性が労働の中心で、女性は家事、店の売り子、教師ぐらいしか働く場所が無さそうだと思っていた。


「そうですわね、女性の竜騎士もいらしゃいましたよ。現在、女性竜騎士がいるとは聞きませんが、過去には何人か有名な女性竜騎士がいらっしゃいましたわ。女王陛下もいらしたし」


 ユーリは歴史で勉強した女王が女性竜騎士だったのだと改めて知った。女性でも竜騎士になれるのなら、自分も努力するしかないと不安を感じながらも、ユーリは決意した。


 どんどん、田舎でのスローライフから遠ざかっている気がするユーリだったが、イリスとは別れられない以上は竜騎士修行も仕方ないと諦める。


 ハインリッヒとキリエのように年とって引退すれば、田舎でスローライフできるのかなと、9才のユーリには遠すぎる目標に溜め息をつき、早期退職とかは無いのかしらと微かな希望にすがりついた。


 まだ竜騎士の自覚も無いまま、竜と絆を結んでしまった孫娘の行く末を心配しながら、この図体のデカい竜をどこに寝かせるかの問題に頭が痛いモガーナだ。


 前にフォン・フォレストに滞在したマキシウスとラモスは絆を結んで時間を経てたので、離れていても大丈夫だったが、ユーリとイリスは当分は離れがたいだろうと察し、ウィリアムなら一緒に納屋に寝かせるのにとぼやいた。


 モガーナは、どうせ此処にユーリが居られるのは長く無いだろうとサロンを諦めて、使用人達にベットを運ばして問題を解決した。モガーナは、サロンをユーリの寝室に提供するのは諦めがついたが、孫娘がフォン・フォレストから、自分から離れるのは諦めのきれない気持ちで一杯になる。


 しかし、イリスがユーリと絆を結んだのが世間にばれない訳がないと知っていた。つくづく、竜に孫娘を誘惑されて、騙し取られたようでうんざりする。


 冬の間にユーリをもっとビシバシ鍛えて竜の魔力を跳ね返す魔力を身につけさせるべきだったと、後悔するモガーナだった。

  

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