5 ヒースヒルとの別れ
両親の葬式の次の日、自分のベッドで目覚めたユーリは、全てが夢だったら良いのにと、もう一度目をつむり眠ろうとした。
だが、ユーリの願いが叶う訳もなく、祖母に容赦なくたたき起こされる。
「さぁ、何時までも寝てる振りをしても駄目ですわよ。
さっさと起きて、顔を洗ってらっしゃい。
髪の毛も、ぐしゃぐしゃじゃないですか。
身だしなみを整えたら、朝食を頂きましょうね」
モガーナの命令口調にせき立てられて、ユーリは顔を洗い、ぐしゃぐしゃになってた髪をほどいて櫛でとかし、髪の毛を三つ編みにしなおした。
モガーナはユーリが全てをキチンとするまで観察して、この子はまんざら馬鹿じゃないようねと独りごちた。
朝食は、昨夜の残りをちょこっとつつくだけで、三人ともあまり食欲が無く、無言のまま終わった。
「ユーリ、これからは私とフォン・フォレストで暮らすのですよ。
ここからはかなり遠いので、お別れしたい友だちがいるなら、会っておきなさい。
私はこの家を管理してくれる人を手配します。
あの子達が大切にしていた家を、廃屋にするのは忍びないですからね」
祖母の言葉で、ヒースヒルを離れるのだと知り、両親と暮らした家を去りたく無いと思った。
しかし、子どもの自分が一人で農作業できるわけも無いし、両親が大切にしていた家がボロボロに崩れ落ちるのは嫌だったので、祖母の判断に委ねる事にした。
家を離れるのならここの風景を目に焼き付けておきたいし、ハンナとキャシーには別れの挨拶をしときたいと、 ユーリは外に出たが、巨大な竜が庭に鎮座しているのに驚いた。
葬式が終わるまでは、近所の人達が弔いに来るのに竜がいては怖がるだろうと、マキシウスはもう一頭の竜騎士と医者と共に砦に帰していた。
しかし、何時までも砦を留守にできないので、帰る為に呼び寄せたのだ。
ポーチから改めてつくづくと巨大な竜をユーリは眺めた。
「東洋の龍ではなく、西洋の竜に近いかな?
どちらも本当にいたとは思ってなかったけど、この世界には竜が実在するんだわ」
ユーリがこの世界が地球では無いと知った竜をまじまじと見ていると、竜の瞳がゆっくりと開いた。
竜の瞳は金色で、中の猫の目のような縦長の瞳孔がぎゅっと引き締まり、ユーリに焦点をあわす。
『君がマキシウスの孫のユーリだね、私はマキシウスの騎竜のラモスだ。
ウィリアムは残念だった……良い竜騎士になれたのに』
突然、竜に話しかけられてドキドキしたが、父の死を悼む気持ちが心に染みた。
『ありがとう、パパを運んできてくれて、最後を看取れて良かった……』
今でも両親の死を思うだけで涙が込み上げてくるが、パパとママが最後に会えたのは良かったと思えるようになっていた。
戦場で誰にも看取られず亡くなるより、愛する妻と子どもに会えたのは、パパにとって良かったと心から思った。
家の処分とユーリをモガーナに委せる事にした祖父のマキシウスは、まだローラン王国との国境を手薄にはできないと、竜に乗って北の砦に帰っていった。
『ユーリは、良い竜騎士になる!』
ラモスの言葉に頷きながら、フォン・フォレストの魔女と呼ばれる元妻と戦うのは骨が折れると、ぼやくマキシウスだった。
ユーリはマキシウスが竜に乗って飛び立ち、竜の姿が見えなくなるまで空を見上げていた。
竜が北の空に消えると、モガーナは家の管理を委せる人を手配する為に町まで馬車で出かけていった。
一人残されたユーリは、赤ちゃんの時みたいにポーチの階段に座り、ローラが手入れしていた菜園、ハーブ園、果樹園を見渡して、大人になったら帰ってこようと決心する。
祖母の家がどれほど遠いか知らないが、竜は論外として馬車しか移動手段のないこの世界では、なかなかヒースヒルに来れないだろうとユーリは思った。
ハンナとキャシーには絶対に会っておきたいと、ウォルター家の方に歩き出した時、向こうから訪ねてきた。
「父ちゃんから、お祖母様の家に引き取られると聞いて、会いに来たの」
「竜がいなくなったとビリーとマックが言うから、もうユーリも行っちゃったかと思ったけど、会えて良かった。
お父さんとお母さんは……残念だったね……」
お悔やみを言ってる途中から、三人で抱きあって泣いた。
少したって涙をエプロンでふきながらハンナとキャリーは、竜騎士がなぜウィリーを運んできたのか? あの綺麗な貴婦人がお祖母様なのか? と矢継ぎ早に質問してきた。
「竜騎士はパパの父親なの、だから私のお祖父様になるんだわ。
お祖母様は時々贈り物を送ってくれてたから知っていたけど、お祖父様が生きていたとは知らなかったの」
ハンナとキャリーは言い難くそうに、家でジョンとハックが話していたウィリーが見習い竜騎士だった話と、ハックを庇ってウィリーが怪我をした話を伝え、ごめんねと謝った。
ユーリはパパらしいと、新たな涙を流しながらも、責める気持ちにはならなかった。
改めて泣きあうと、おずおずとハンナはこれは噂なんだけと気になってと、前おきをして町で流れてる噂の真意を尋ねた。
「あのね、見習い竜騎士のウィリーがお姫様のローラと駆け落ちしたと皆が噂してるの。
前から、家のお祖母ちゃんは、ユーリの両親は駆け落ちしたんじゃないかねといってたの。
ローラはどう見ても農家の娘には思えない、良い家のお嬢様とウィリーが駆け落ちしたんじゃないかねって。
そしたら、北の砦でウィリーが見習い竜騎士だったとわかって……何年か前にお姫様と竜騎士の駆け落ちがあったと騒ぎだしたの!
皆、ウィリーとローラがそうだと決めてかかってるの」
ユーリは私も知らないのと答えて、祖母のモガーナに聞こうと思った。
まだ少ししか一緒に居てないが、モガーナは子どもの自分にも真実を話してくれると感じる。
三人で泣いたり、噂話をしたり、学校での思い出を話していると、ビリーとマックが納屋の陰からのぞいてるのにハンナが気づいた。
「あっちにいってよ!」
シッシッと追い払おうとするハンナを、ユーリは一緒に学校に通った仲間だからと止めた。
家にご馳走が一杯だから片付けるのを手伝ってと、皆で近所の人達が持ってきてくれた料理をつついた。
ビリーとマックは、ハンナとキャリーに朝ご飯食べたばかりなのにと呆れられる食欲で、ご馳走をたいらげていった。
その旺盛な食欲に刺激されて、女の子三人もコケモモのパイに手を伸ばした。
ハンナがビリーとマックから日持ちのしそうな固焼きのケーキやクッキーを取り上げる頃には、料理はあらかた片づき、ユーリは数日ぶりに食べ物の味を楽しみながら食べた。
ユーリはこうして両親の死に慣れていくのだと寂しく感じる。
「ねぇ、竜に乗せてくれるようにユーリのお祖父ちゃんに頼んでくれないかな」
あの厳めしげな祖父に、とても近所の子どもを乗せてと頼む勇気は持てなかったユーリは、キラキラとした瞳を向ける双子に北の砦に帰ったからと断った。
でも、なんで双子が竜騎士が祖父だと知ってるのかと不思議に思う。
「あんた達、盗み聞きしてたのね!」
ハンナに耳をひねり上げられて「痛いよ! 離してよ!」と口々に抗議するビリーとマックを、キャリーと一緒にお腹を抱えて笑った。
「ああ、まだ私は笑えるんだ」
笑いながら泣き出したユーリを、ハンナとキャリーは抱きしめて、一緒に泣き出す。
笑ってたと思いきや泣き出した女の子達に、ビリーとマックは『これだから女の子は苦手だ』と耳をさすりながら、文句を言う。
そうこうしているうちに、モガーナが町からハックを連れて帰ってきた。
足を怪我して除隊したハックがこの家に住んで管理してくれる事になったのだと聞き、ユーリはよく知っているウォルター家なら安心だと思った。
「ユーリ、あんたのお父さんが俺を助けてくれたんだ。
横手から襲撃されて落馬した俺は、敵陣に取りのこされちまった。
周りを敵に囲まれて、トドメを刺されそうだった俺を助けに来てくれたんだ。
足を怪我した俺を馬に引き上げて、味方の方へ向かう途中で、敵に追いつかれて囲まれて、俺を庇ってウィリーは怪我をおっちまった、済まない」
ハックはユーリの手を取ると、深く頭を下げて謝った。
「頭を上げて下さい。
父は味方を見捨てたりできない性格だったんですね。
父が亡くなったのは、貴方のせいではありません。
戦争のせいなんですから、貴方は私に謝る必要はないんですよ。
それより、この家を管理して下さると聞いて嬉しいです。
この家には父と母の思い出が詰まってますから、大事にして下さい」
ハックは8才の子どもとは思えないユーリのしっかりとした言葉に驚きながらも、ウィリーの娘さんだから立派なのも当然だと頷き、家は大事にすると引きうけた。
モガーナは孫の対応に感心し『さすが私の孫だわ! 教育のしがいがあること』と独りごちた。
家の管理の手配も済み、祖母の家に引っ越す準備といっても、身の回りの品と、ウィリーとローラのわずかな形見だけで、チェスト1つに余裕で納まるぐらいしかなく、お昼になる前に片付いた。
「フォン・フォレストまで、馬車で何日かかるの?」
地図で国の形は知っているが、東北にあるヒースヒルと、南西にあるというフォン・フォレストは国の端と端になる。
ユーリはヒースヒルから出たことが無かったので、馬車で国を横断するには何日かかるのわからなかった。
「馬車で移動したら、半月はかかるかもしれませんね。
途中で何回も乗り換えたり、旅館で休まないといけませんしね。
ああ、でも今回は知り合いの引退した竜騎士にお迎えを頼みましたから、途中で休憩しても、明日にはフォン・フォレストに着きますよ」
祖母の言葉で、ユーリがこの国の大きさとか、馬車の移動と竜の移動速度の差を考えてるうちに空から竜が舞い降りた。
「モガーナ様、このたびはウィリアム様が戦死されたと聞き、胸の潰れる思いです。
お悔やみを申し上げます」
年配の竜騎士が、祖母の手にキスしながらお悔やみを言うのを側で聞きながら、舞い降りた竜が少し灰色に変色しているのに驚いた。
今まで見た竜は青味を帯びた黒色ばかりだったけど、灰色の竜を初めて見て、竜にはいろんな色があるのかしらと不思議に思う
『私は、年をとったから灰色になったのですよ。
私の絆の竜騎士のハインリッヒが、年をとって銀髪になったのと同じです。
貴女はウィリアムの娘ですか?
ウィリアムの騎竜になるはずだったイリスは私の子どもです。
イリスはウィリアムが亡くなって落ち込んでいるのです』
突然の竜の言葉に驚いていると、竜騎士のハインリッヒが、自分の騎竜をたしなめた。
『これこれ、キリエ! 自分の事情を、両親を亡くしたばかりの幼い女の子に押しつけるんじゃありませんよ』
そしてユーリの手を取ると、貴婦人にするようにキスをして謝った。
「お初にお目にかかります。
竜騎士のハインリッヒ・フォン・キャシディです。
貴女のお祖母様のモガーナ様の従兄です。
先程はキリエが失礼をしました。
竜というものは身内に甘いですから、許してやって下さい」
銀髪だけど昔はさぞかしハンサムでモテていただろうとわかる老竜騎士を一目でユーリは気に入った。
多分、パパもハインリッヒの事が好きで名前を借りたのだと微笑む。
この人なら幼なじみの頼みも笑って聞いてくれると、ユーリは双子を竜に乗せてやって欲しいと頼んだ。
「良いですよ、キリエも運動不足ですから、フォン・フォレストまでの準備運動に一回りぐらいなんでもないです」
双子達が大喜びで竜に乗せて貰ってる間に、ユーリは祖母と当分来れそうにないからと両親の墓参りに行った。
まだ土の新しい墓を見るとユーリは涙が止まらなくなったが、庭から採ってきたママの一番好きだった蔓バラを墓に植えた。
蔓バラはユーリのこぼした涙に反応するように、スルスルと蔓で墓地をおおうと小さな白い花を咲かした。
ユーリは自分にママの血も流れていたのだと改めて涙を流した。
モガーナはユーリの力をみて、強すぎる力の代償をこの孫がいつか支払わなければならないのではと、心を暗くした。
祖母は孫の行く末を心配し、過ぎたるは及ぼざるがごとしとつぶやきながら、村の墓地を後にした。
竜の背中にチェストをくくりつけ、それにもたれるようにシルバーを抱っこしたユーリが座り、その前にモガーナを支えてハインリッヒが座り、竜が飛び立つ。
「わぁ~! 空を飛んでいるのね!」
ハインリッヒはユーリの為に、小さな家の上をクルリと旋回してくれた。
ユーリは見送りのハンナとキャシーとビリーとマックに手を振った。
『さぁ、キリエ! フォン・フォレストまで頑張ってくれよ』
きゅいぃ~ん! と灰色のキリエは一声鳴くと、グンとスピードをあげてヒースヒルを後にした。