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スローライフ 泣き虫ユーリのどたばた恋物語!  作者: 梨香
第二章  子ども時代の終わり
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3  戦争の影

 ユーリが初めてローラン王国の脅威を感じたのは、いつだったのか。


 男の子達が大人になったら兵士になる! と声高に言い出した頃か?


 北に向かってた荷馬車が減り、穀物倉庫の支配人の娘のハリエットが南の大きな都市に引っ越した時だったのか?

 

 滅多に見ることがなかった竜が北の砦との連絡に、よく飛び交うのを目にするようになった時だったのか?

 



 ユーリが8才になった春、大人達は顔を合わせると、北の方を不安そうに眺めて議論をし始めるようになった。


 学校でも町の子の何人かが国境からほぼ半日の距離のヒースヒルが戦場になるのを怖れて、南の都市へと引っ越して行った。



 雪が完全に無くなる頃、町の集会所に兵士募集の張り紙が貼られた。


 夜になると、ヒースヒル周辺に住む男達は、集会所に集まり話し合いを持った。


 ウィリーも夜の集まりに出て行った。

   

 ユーリが寝た後、両親が夜遅くまで深刻な話を繰り返すようになり、朝になっても暗い顔のままで、沈黙が重く朝食のテーブルを支配する事が多くなった。


 ウィリーが畑仕事をしている時にも、近所の男の人達がしきりに側に来ては話し合い、畑を耕したり種まきを共同で急いで片付けていく段取りをつけた。


 なにかに追い立てられるように農作業を済ませた夕方、ウィリーは町の集会所から帰ると、ローラにお願いがあると切り出した。


「ローラ、君とユーリは私の母の所に行って欲しいんだ」


 ウィリーが町から帰ってきても、家は沈黙に支配されていた。


 その沈黙を破るウィリーの言葉を、キッパリとローラは拒否した。


「嫌ですわ! 私とユーリをお義母様の所に行かして、貴方はどうなさるつもりなの?

 戦いに行くつもりなんでしょう。

 ウィリー、駄目よ!」


 ユーリがびっくりしていると、外に出ていなさい! と、いつもは優しいパパに厳しく命令された。


 ポーチに腰掛けて『そんなに戦争が間近なの?』とシルバーのふかふかな毛皮に顔を埋めて聞いた。


『ウィリーは戦争になると思ってる。

 彼が戦いに行くなら、私も一緒に行く』

   

 農作業をしてるパパしか知らないユーリは、パパが戦争に行くなんて考えられなかった。


 ハンナとキャシーがポーチに座ってるユーリに泣きながら近づいて、お父ちゃんが戦争に行くのと言った。


 家の中からママの泣き声が聞こえたので、顔を見合わせてパパも戦争に行くのだと知った。


 微かに聞こえる泣き声と宥めるパパの声にユーリは耳を手でふさいだ。


 三人はここに居たくないと思い、夕暮れの中をとぼとぼと歩き、庭の隅にある小川ほとりに腰掛けて、親が戦争に行くのだと心を痛める。


「お父ちゃんは結婚前は兵士だったの。

 だから、戦争になるなら国を守る為に行かきゃ駄目だと言うの。

 お母さんとお祖母ちゃんが必死で止めたけど聞かないの。

 家はハック叔父さんが兵士だから、行く義務はないと皆で止めたけど……お父ちゃんは行くわ!」


 わっと泣き出したハンナに、キャシーと、ユーリも、抱きついてわんわん泣いた。


 ひとしきり泣いたら、お互いの顔を見て、ひどい顔と指さして笑い転げた。


 泣いたり、笑ったり、感情の起伏が激しくなっていて、コントロールが効かなくなっていた。


 小川で顔を洗うと、晩御飯がまだだったと空腹に気づき、暗くなっていたので急いで各々の家に帰った。


「ユーリ、パパは戦争に行くよ。

 行かなければいけないんだ。

 私の居ない間、ママを頼むよ」


 帰ってきたユーリをぎゅっと抱きしめて、ウィリーは戦争に行くと告げた。


 ローラは泣きはらした目で、美味しい晩御飯を戦場に行く夫に食べさせたいと、料理に集中する事で不安や悲しみを抑えていた。


 食事の間にウィリーは、ローラに再度母の家に行って欲しいと頼んだが、あなたの側から離れたくないと拒否された。


 晩御飯を食べおわると、ウィリーはリュックに荷物を詰め込み始めた。


「明日の朝、ヒースヒルの皆と北の砦に向かうよ」


 こんなに急な出兵だとは考えてもなかったローラとユーリは、日持ちのしそうなドライフルーツや、お祖母様から贈られたブランデーなどを急いで用意した。


 ウィリーは手慣れた様子で毛布をクルクルと丸めて、リュックの上に乗せてくくりつけた。





 明くる朝、慌ただしく朝食を取ったウィリーは馬に荷物を乗せた。


 腰には短剣を差し、肩に弓を掛け、ローラとユーリにキスをした。


「じぁあ、行ってくるよ」

 

 まるで森に狩りに行くように、シルバーを連れて馬に乗って北の砦に向かった。

 

 ユーリとローラは、遠ざかるウィリーの姿が見えなくなってもずっと見送っていた。


 アマリアとベティが、子ども達を引き連れて来なければ、ずっと夜までぼぉ~と放心状態のまま立ち尽くしていたかもしれない。


「ハンナとキャシーから、ウィリーも戦争に行ったと聞いてね。

 家も、ジョンが行っちまった。

 なんだか、居ても立ってもいられなくなってね、ここに来たのさ!」


 アマリアが持ってきたパイで、お茶を飲みながら、大人同士、子ども同士、お互いに泣いたり、励ましあったりしてウィリーの出兵一日目は過ぎた。

 


 男達が出兵したので、男の子達は代わりに畑仕事をしたり、女の子達も家畜の世話をしなくてはならないので、学校は閉鎖状態になった。


 何人かの町の子と家の手伝いには幼い子どもが数人通うだけだった。


 ユーリは小学レベルは終了してたし、ママを独りにしたくなかったので学校には通わない事にした。


 なぜなら、ママはいつもの体調ではなく、お腹に赤ん坊がいたのだ。


 ユーリは他の友達の家は子沢山なのが羨ましくて、ずっと弟や妹が欲しいと思っていた。


『こんな時に戦争なんか仕掛けてくるだなんて!

 ローラン王国なんて大嫌い!』


 パパが出兵してからママはあまり食欲が無く、ユーリは心配で妊婦でも食べやすいサッパリとした食事を、周りの主婦に聞いて作って勧める。


 一週間がたった頃、ウィリーから手紙が届いた。

    

 こちらが心配している北の砦の様子などはあまり書かれてなく、ローラに無理しないようにとか、シルバーがユーリによろしくと言ってるとか、ユーリにお祖母ちゃん家に行こうとママを説得してくれと書いてあった。


 あと、ママが見せてくれなかった2枚目には、君の側にいたいとか甘い言葉が綴られていたみたいで、読みながら頬を染めて微笑む姿を、いつまでもユーリは覚えていた。




 春が過ぎ夏が来ようとする頃、一気にローラン王国の襲撃が激化しはじめた。


 馬に乗った兵士や、荷馬車にぎっしり乗った兵士や、兵站が、北の砦へ向けて毎日通り過ぎるようになり、空に竜が飛ぶ姿がしきりに見えるようになった。


 家に残ってる女達は不安に苛まれていたが、日々の暮らしや、たまにくる手紙で気をまぎらわすしかなかった。


 主婦達は何人かで家に集まって、兵士の服を縫ったり、白い清潔な布を細く切って包帯を作ったりの奉仕活動をしながら、手紙で知った情報を交換したり、慰めあったりしてお互いに支えあった。


「勝った! 勝ったんだよ!」


 いたずら小僧のビリーとマックが、町で配られた号外を振り回しながら、ユーリの家にも教えに来てくれた。


「本当? 戦争は終わったのね!」


 号外には一面に『勝利!』の文字が踊っていたが、終戦とは記事を読み進めても書いてなかった。


 そして、裏面には黒い縁取りの中に戦死者の名前が書いてあった。


 ローラとユーリは、その中にウィリーの名前が載って無いのをまず確かめて安堵したが、百人ちかくの人の名前に悲しみと恐怖を感じた。

   

「ヨシュア・ハント!……ヒースヒル在住!

 もしかしてローズとマリーのお父さん?」

   

 ユーリの言葉に、双子も号外を覗き込んで目を見張った。


 二人も戦争だとは勿論知ってたが、友達のお父さんが戦死するだなんて考えてもいなかった。


「家のお父ちゃんは大丈夫? 名前載って無いよね!

 ハック叔父さんは?」


 二人の名前が載って無いと言われホッとしたが、ローズとマリーのお父さんが戦死したんだと、胸がズキンと痛んだ。


「勝ったんだから、戦争終わるよね?」

    

 号外にはどこにも終戦とは書いてないと聞くと、がっかりとした様子で帰っていった。


 身近に戦死者が出た事で、ヒースヒルの人々は、改めて戦争が早く終わるように祈った。


 だが、何度撃退させてもローラン王国の砦への襲撃は止まなかった。


 大規模な戦闘の後には、号外が配られ、戦死者は増えていった。


 夏至祭が近づき、住民達にも手詰まりの閉塞感が漂いだした頃、北の砦から討ち出てローラン王国軍へと大規模な攻勢がかけられた。


 常に攻勢だったローラン王国軍は虚をつかれ一気に敗退し、終戦の話し合いがもたれたとの噂が聞こえてきた。


 しかし、砦から出撃した部隊にかなりの死傷者が出たとの噂も流れ、号外が出ないかと何度も子ども達は町へと足を運んだ。


 ユーリも何だか不安に押しつぶされそうな気持ちを振り払うように、町へ行ったが、号外は出ていなかった。


 町で待つと言うビリーとマックに、出たら家にも教えてねと頼むと、ユーリは家路を急いだ。


 昨夜から、ママはパパに何かあったのではと心配して夜も寝ていなかったし、ユーリも赤ちゃんの頃から胸に下げてる竜心石がチリチリとするような嫌な感じがしていたから、ママを独りにしておきたくなかった。

   

 家で待っていたローラは、号外が出てなかったと聞いてがっかりし、落ち着き無く家の中を歩きまわった。


 ユーリは少し休まないと身体に悪いと、昨夜から寝てないママを心配したが、青ざめた顔で大丈夫と言うだけでベッドで休もうとはしなかった。


「号外が出たよ! 戦争が終わった!

 勝ったんだよ!」


 ビリーとマックの言葉に驚いてポーチに出ると、号外を見て戦争が終わったと書いてある記事を見るやいなや、裏面の戦死者のリストをチェックした。


「戦争が終わった! パパも帰ってくるよね!」


 戦死者のリストの長さに胸を痛めながらも、ウィリーの名前が無いのに安心したユーリはローラに抱きついて喜んだ。


「そうね…‥心配しすぎて勘違いしたのかも……」


 ローラは何度も号外を見直して、昨夜からの嫌な予感は、自分の勘違いだったのだと首を振る。


 号外を届けてくれた双子に、お礼にクッキーをあげるからと、ローラは家に入りかけていたのだが、ハッと立ち止まると空を見上げた。


 ママが見上げた空を、ユーリやビリーとマックもつられて見たが、何も見えなかった。


「どうしたの?」


 空を見つめて固まっているママを心配して、ユーリはしっかりしてと揺さぶった。


「竜だ! 竜がこちらに飛んでくる!

 二頭いる!」


 ビリーとマックの叫び声に空を見上げたユーリの目に、矢のようにこちらに向けて飛んでくる竜が飛び込んできた。


「ウィリー!」


 バサッバサッと上空の冷たい空気と共に竜が庭に降りてきた。


 初めて間近に見る巨大な竜と、巻き上がる土煙に、ユーリとビリーとマックが立ちすくんでる中を、ローラは竜に向かって走っていった。


 一頭の竜に、竜騎士がウィリーを支えて乗っていた。


 もう一頭には、竜騎士とシルバーを抱えた医者が乗っており、着地するやいなや二人と一匹はさっと飛び降りた。


 二人はウィリーを竜から下ろし、もう一人の竜騎士も、竜から飛び下りると三人でぐったりとしているウィリーを家に運びこんだ。


 ローラとユーリは、ウィリーが酷い怪我をしているのに気がついて、三人の後ろから夢中でついて家に入った。 


 ベッドに横たわったウィリーは、息も絶え絶えで、医者は「言わんこっちゃない」と薬を与えたり、手を額にかざして呪文を唱えて治療を施した。


「奥様、すみません、手を尽くしましたが、内臓の損傷が酷すぎました。

 本当は、動かせる状態では無いのですが、本人のたっての希望で……

 ですが、あまり時間はありません」

   

 ウィリーの様子から瀕死の状態だとローラとユーリは感じていたが、医者の言葉に打ちのめされた。


 それでも良くなる事を祈りながらウィリーの手を握り締めて、名前を呼ぶ。


「ローラ……ユーリ……」

  

 ふっと、意識が戻ったウィリーに、ローラは大丈夫よ、すぐによくなるわ! と励ました。


 しかし、ウィリーは……すまない……と、一言いうと意識をなくした。


 ユーリも側についていたかったが、ウィリーを連れて来た竜騎士に、二人にさせてやれと寝室から連れ出された。


 居間にはアチコチ傷だらけのシルバーが、心配そうに寝室を眺めていた。


『すまない、ウィリーを守れなかった』


 ユーリはシルバーの傷を避けて抱きしめて『シルバーのせいじゃないわ、パパは死ぬの?』と尋ねる。


『ああ、ウィリーは死ぬ前にローラとユーリに会いたいと、父親に無理を言って家に帰って来たんだ。

 ローラに約束を破ったのを、謝らないといけないと』


 シルバーの言葉にウィリーの死を覚悟したユーリは涙を流しながら『父親? パパの父親? 生きてたの?』今まで話題に上がらないので、死んでると思いこんでいた祖父の存在に驚いた。


「酷いな! 勝手に殺さないでくれ」


 ユーリの頭の上から竜騎士が苦笑して言い返した。


『彼がウィリーの父親だ』


 シルバーと竜騎士の言葉に驚いて見上げたユーリと、竜騎士の瞳があった。


 祖父の瞳がパパと同じ茶色なのに気づいたが、いつも笑いを含んだ優しそうなパパの瞳と違い、厳しく人を射抜くような視線だとユーリは感じた。


「お前はウィリアムとロザリモンド様の娘なのだね、名前は?」

 

「ユーリ・キャシディです」


 ロザリモンド様? 疑問に思いながらのユーリの答えに竜騎士は眉をしかめる。


「キャシディ? どこから引っ張り出し名前だ? ああ、あそこか!」


 竜騎士は息子の偽名の出所を独り納得した。

   

「私はウィリアムの父親のマキシウス・フォン・アリストだ。

 君はユーリ・フォン・フォレストだよ。

 キャシディという名前はウィリアムの祖母の実家のフォン・キャシディ家から取ったのだろう」


 突然現れた祖父に知らない名前を押し付けてられても、ユーリには全然受け入れられない話だ。


「私はユーリ・キャシディです。

 他の名前はいりません」


 小さな女の子に言い返されるとは思ってもみなかったマキシウスは、少し驚いて足元に座っているユーリとシルバーをじっと見つめた。


『シルバー、ウィリアムはこの娘に何も話してないのか?』


『さぁな! ウィリーはユーリに、あんた達とは関わりのない世界を与えたかったのさ』


 シルバーの辛辣な言葉に苦笑して『そうも、言ってられないだろう』とマキシウスは応えた。


「あなたはシルバーと話せるの?」


「ウィリアムが誰の血を引いて、動物と話せると思うのかね。

 ユーリ、君にも同じ血が流れているのだね」


 祖父と孫の睨み合いは「ダメよ! お願いウィリー! おいていかないで!」というローラの悲痛な叫び声に引き離された。


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