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スローライフ 泣き虫ユーリのどたばた恋物語!  作者: 梨香
第二章  子ども時代の終わり
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2  不穏な空気

 通いだして1ヶ月ぐらい過ぎた頃、ユーリは学校も案外イヤじゃないと思った。


 ハリエット達は、相変わらず嫌味を言ってきたりするが、ハンナやマーガレットも黙っていないし、ユーリは今は学習意欲に燃えていた。


 自分一人が、国や王様や首都すら知らなかったのもある。


 しかし、それよりも学校初日に帰宅して両親に言った瞬間の、うろたえた様子に疑惑を持ったのだ。


 学校でキチンと習った方が良いんだよとか誤魔化されたが、どうやら、自分の親は何か隠したい事があるらしい。




 それは前から感じてる周りの人達との違いの原因ではないかと、ユーリは推測したのだ。


 両親の秘密にしたい事は、今までユーリに話さなかった事。


 ヒースヒルに来るまで、どこに住んでいたのか?


 何をしていたのか?


 パパ方のお祖母ちゃまはたまに贈り物とか送ってくれるが、ママの方は?


 ママの親の話は、一切聞いた事がなかった。

   

 ユーリはパパとママが駆け落ちしたのではないか? と勘ぐっている。


 なぜなら、ママがどう見ても農家の主婦に思えないからだ。


 ママは多分良い家のお嬢様で、パパとの結婚を親に反対されて駆け落ちしたのではないかと考える。


 そして、両親が決して話題にしない首都、ユングフラウに住んで居たのではないかと推測した。


 様々な疑問を両親に尋ねたいが、多分はぐらかされてしまうだろう。


 学校に行くまでユーリの世界は、両親と、シルバーと、偶に訪問して来る近所の人達だけで狭いものだった。


 ある意味で両親の希望通り、世界をひろげつつあったユーリは、文字が読めれば、学校に置いてある本で国の事や、動物と話したり、植物と話したりする能力についても調べられると猛勉強した。




 だが、その猛勉強が町の子との争いの発端になるとは、ユーリは思ってもいなかった。


 普通の6才児が文字を覚えるより、ユーリは有利だった。


 6才児の記憶力を持ちながら、大人の解析力で表音綴りのシステムを理解し、知らない単語は辞書で調べる事によって、小学生低学年レベルの単語は全てクリアした。


「サリー先生、この本を借りて良いですか?」


 下の組の教室の後ろの棚には、数十冊の本が置いてあり、生徒達は借りて読む事ができる。


 ユーリはまずは下の組の子ども用の童話を読破しようと決めた。


「良いですよ、でも、まだ読めない字もあるかもしれませんよ」


 まだ学校に来始めたばかりのユーリに、子ども向けの本とはいえ読めるのか疑問に思った先生だが、お母さんに読んで貰うと聞いて納得した。


「読み終わったら棚に直接返さず、先生に渡してね。

 貸し出しノートにちゃんと返したとチェックしますからね」


 ウキウキと本を借りて帰ったユーリは、家の手伝いの合間に先生への言葉通り、知らない単語は両親に聞きながら本を読んだ。


 子ども向けの物語には、勧善懲悪の話や、教訓になるような話が多かった。


 その中でやはりヒーローとなるのは竜騎士で、両親はユーリが本を読むのは大賛成で、知らない単語や意味や教訓についての解説をしてくれるのだが、竜騎士については説明を飛ばす。

 

 学校でも男の子は竜騎士に憧れを持っていて、休憩時間とかに前に飛んでいる竜を見た話や、兵隊になった親戚から竜騎士について聞いた話をしてるのをよく耳にしていた。


 そして、どうしたら竜騎士になれるのか議論しあっていた。


『パパは子どもの頃、竜騎士に憧れなかったのかしら?』


 昔から、ウィリーと一緒のシルバーに、かまをかけても『ウィリーに聞けば良いだろう』と答えない。


 本を何冊も読んでいると、動物と話せたり、植物を育てる能力を持つ人が登場してくる話もあり、家族の他にもそういう能力を持つ人が居るとはわかったが、かなり少ないとも気づいた。


 そして、竜騎士は竜と話せると書いてあるのを見つけて、騎士に話す能力があるのか、竜に話す能力があるのか疑問を持った。


 シルバーは話す能力のある狼だが、ウィリーとユーリ以外は聞き取れない。


 それと同じだとすると、竜に話す能力があっても、それを聞き取る能力が無いと竜騎士にはなれないのではないかと考えた。




 サリー先生はユーリの読書と授業中の様子を見て、この子は一年生の内容を全てクリアしてると気づいた。


 キャシーと仲良く座ってるのを引き離すのは可哀相な気もしたが、一年生の内容では退屈だろう、いや二年生でも退屈ではないかと推測した。


 算数の時間、一年生が一桁の足し算を苦心して、指をこっそり使ったりして石板に解いているのに、ユーリはさっさと済ましてぼんやり外を眺めている。


 サリー先生は、二年生、三年生にも黒板の問題を解くように言いつけて、教室の中を歩きまわっては間違っている子どもに教えていたが、ぼんやり外を眺めてるユーリの横に立って、暇そうねと声をかけた。

 

 小学生の算数に退屈していたユーリは、先生の言葉に驚いて、「はい」とうっかり応えてしまった。


 学校や、友だちは、そんなに嫌いじゃないが、あまりに退屈で困っていたのだ。


「これを解いてみなさい」


 先生が机に置いた紙には、二桁の足し算、引き算、かけ算、わり算が書いてあった。


 これを解けば飛び級になると迷いもしたが、あまりに退屈してたので、なるようになるとスラスラと解いた。


「一度、ご両親とお話しないとね」


 先生のちょっと興奮した様子に『しまった!』と思ったけど後の祭り。


 先生と馬車で家まで帰るはめになった。


「ユーリは一年生と二年生の内容は既に終了しました。

 三年生でも物足りないかもしれません」


 いきなりの先生の訪問に、まさかユーリに限って! と思いながらも、何か悪い事でもしたのではないかと緊張していたウィリーとローラは、先生の言葉に安堵した。


 自分の子どもが賢いと、先生に言われて喜ばない親はいない。


 しかし、先生の郡の学校に行かした方が良いという言葉は、まだ幼いからときっぱりと断った。


「ユーリ、大きな町の学校に行きたいかい?

 そこに行けば、上の学校にも進学できるんだよ。

 いつか、もう少し大きくなった時に、ユーリが行きたいと思ったなら反対はしないよ」


 ウィリーはユーリの進路を閉ざしたくは無かったが、まだ幼い子どもを親元から離す気も無かった。


 ユーリも田舎暮らしが気に入ってるし、郡の学校に行く気にはない。


「大きな町の学校になんか、行きたくないわ。

 私は小学校を卒業したら、家を手伝うわ」


 両親はユーリの言葉を複雑な気持ちで聞いた。


 勿論、今すぐ郡の学校に行かすつもりは無かったし、ユーリの特殊な能力が世間に知られるのを防ごうとしていた。


 しかし、我が子の未来を田舎生活に、縛り付けて良いのか? という根本的な悩みと、全く上昇思考のない我が子に、自分たちの世捨て人のような生活の影響では? という心配を、ユーリが寝てから二人は長いこと話しあった。




 ユーリが三年生に飛び級すると聞いて、キャシーは席が離れるので少し寂しく思ったが、隣に座ってて退屈してるのに気づいていたから納得した。


 ハンナは年下のユーリに飛び級されてちょっと複雑な気持ちになったが、ハリエット・ジョーンズが真っ赤になってサリー先生の依怙贔屓よ! と、町の子達と騒いでるのを見るやいなや、弁護に回った。


「ユーリが三年生になるべきだと、先生が考えられたから三年生になったのよ。

 あんたより、ずっと賢いんだから!」


 ハンナにケンカを売らないでと、止めに入ったが遅かった。


 今までハリエットはユーリを田舎者の一年生として無視していたが、三年生に飛び級するし、自分より賢いと言われては放置できない。


 迷惑なハリエットのライバル意識は、ユーリが相手にしないのでますます燃え上がり、周りの取り巻きを動員して小さな嫌がらせが多発するようになった。


「ユーリの服って、青い服と、赤い古い服しかないの」


「二枚しか服持ってないなんて、信じられない」


 町の子達のイヤミに『くだらない事ばかり言ってるなぁ』と部屋が服であふれて困ってる世界を知ってるユーリは、シンプルな生活で良いと、全く気にかけなかった。


 しかし、他の農家の子達は本当は羨ましく思ってるだけに腹を立てた。


「ハリエットに言わせたいだけ、言わせて良いの?」


「そのうちに飽きるわよ」


 いきり立つ友だちに苦笑しながら、相手にしなければ飽きるだろうと言ったが、他にする事がない田舎なので、全然飽きるどころかエスカレートしていく。

 

 昼休みの後、掃除用のバケツの中でずぶ濡れになっている自分の教科書を見つけた時に、呆れを通り越して怒りを覚えた。


『よくもやったわね! ハリエット!』


 相手にしなければ飽きると思っていたが、間違いだと気づいて、対策を練らなければと考えた。


 泣きながら先生にずぶ濡れの教科書を見せて訴える!


 先生も誰がやったか、やらせたかは推察できるだろうけど、証拠が無いから、しらをきられてお終い。


 ユーリはそれでは駄目だと首を横に振る。


 ケンカ両成敗になるだろうけど、気取ったハリエットにも、痛い目にあわせてやろうと決意したユーリは、わざとらしく授業ギリギリに教室に入ってきたハリエットの顔面目指してずぶ濡れの教科書を投げつけた。


「こんな真似をしてただですむと思ってないでしょうね!」


 顔面にずぶ濡れの教科書を投げつけられて、ギャ~ギャ~と叫んでるハリエットを突き飛ばす。


 仰向けにすっころんだ身体を、足で押さえると「いい加減にしないと、しょうちしないわよ!」と怒鳴った。


 周りの子供達は、いつも大人しいユーリのいきなりの暴力に、驚いて固まってしまった。


「私じゃないわ!」


 ハリエットが足の下から逃れようともがきながら叫ぶのを、ぐっと踏みつけて脅しつけた。


「あなたじゃなくても、あなたがしたと私は考えるから!

 今度こんな真似したら、ただじゃすませないわよ! わかったわね!」


 元々、身に覚えのある事だけに、怯えたハリエットが頷いたのを見ると、ずぶ濡れの教科書を拾って、平然と自分の席につく。


 何事もなかったようなユーリとは対照的に、わ~ッと泣きながらハリエットは教室を出ていった。


 サリー先生が教室に入って来ると、ハリエットの取り巻き達が、口々ににユーリの暴力を言いつけた。


「サリー先生! ユーリがハリエットにずぶ濡れの教科書を投げつけたの!」


「ハリエットを突き飛ばしたのよ!

 その上、足で踏みつけたの!」

 

 それに対抗して農家の娘達も、ハリエット達の何時も馬鹿にした言葉や、ずぶ濡れになった教科書を言いつけた。


 騒ぎに驚いたサリー先生は、ユーリに本当なの? と問い質す。


「サリー先生、ハリエットに教科書を投げつけたのは本当です。

 ハリエットは教科書をバケツにつけてずぶ濡れにしたか、取り巻きにさせたからです。

 聞いてもしらをきるでしょうから、二度とこんな真似をさせない為に必要だと思ったのです。

 ハリエットは理解したと思いますが、そこにいる取り巻き連中が理解できてないなら、これから言い聞かせますけど時間をいただけますか?」


 これから暴力を振るうと宣言されて、取り巻き連中は青ざめた。


「暴力は駄目です!」


 サリー先生もびっくりしたが、そこは教師だから暴力は駄目ですと、立ち上がったユーリを止める。


 怯えて泣く取り巻き達にユーリは、二度とこんな事しないでね! と釘をさす。


「ハリエットに謝るつもりはありませんが、暴力行為の罰は受けます」


 平然と言ってのけるユーリに、先生はどうしたらいいのかわからず、校長先生に押し付けた。


 職員室で一人で本を読んでいたオブライエン校長は、サリー先生から暴力行為をした罰を与えて下さいというメモを持ってきたユーリを困惑して眺める。


 ヒースヒル校には三人の教師しかいない。

 

 下の組の担任のサリー先生と、上の組の担任のクリス・ビリンガム先生と、校長のキース・オブライエンだ。


 校長の仕事は上の学校に進学する生徒の勉強を見る事と、二人の先生の補助で、今は進学する生徒も居ないので、たまに職員室によこされる問題を起こした生徒に、説教と罰を与えるのが仕事になっていた。


 暴力行為自体は嘆かわしい事だが、こんな田舎の学校でも日常茶飯事だ。


 だが、普通そのメモを持ってふてくされた態度で職員室に来るのは男の子で、ケンカの訳を聞き、大概がどうでもいいような原因だが、ケンカ両成敗の原則で手の平にムチと罰の宿題を出して終わりにしていた。


 メモを渡したユーリの事は、オブライエン校長も飛び級した賢い大人しい子供だと思っていたから、暴力行為と結びつけにくかった。


 読みかけの本を諦めて、これはじっくりと話を聞かないといけないみたいだと、ユーリに座って事情を話すように命令した。


「私の教科書が、バケツにつけられてずぶ濡れになっていたのです。

 このまま黙っていたら、同じような事を繰り返されると思い、首謀者のハリエット・ジョーンズに、二度とこのような事をしないように暴力を使ってわからせました。

 ハリエットに謝るつもりはありませんが、暴力を振るったのは間違いありませんから、罰は受けます」


 整然と話すユーリに、サリー先生では手に余るだろうと、オブライエン校長は溜め息をつく。


 校長は目の前の金髪を2つのお下げにして、赤色のちょっと洗い晒したワンピースを着てる小さな女の子を、じっくりと観察した。


 平然とした様子ではあるが、両手をぎゅっと固く握って緊張している。


「何故、教科書をずぶ濡れにしたのが、ハリエットだと決めつけるのかね?

 イタズラ好きの男の子かもしれないじゃないか」


 オブライエン校長はユーリの事をもっと知りたいと思い、議論をふっかけた。 


「男の子はこんな事しません。

 イタズラでカエルだとか蛇の抜け殻を机に入れたりしますけど、教科書をずぶ濡れしたりしたら親にムチで打たれるから絶対にしません。

 こんな物を大事にしないような事は、町の子のハリエット達しかしません。

 前からハリエットは私に意地悪をしてましたが、無視すれば諦めると思ったかけど間違いでした。

 それにハリエットは二度としないと頷きましたから、彼女がやったのだと思います」

 

 理路整然と話すユーリに何故言葉で解決しなかったのか聞くと、言葉で解決できないと思ったからと言うと、立ち上がって手の平を上にして差し出した。


「悪い事をしたら罰でムチでうつのでしょう。

 私はハリエットに暴力を振ったから、罰をうけます」


 差し出した手が小さく震えてるのを見て、とてもムチでうつのは無理だとオブライエン校長は考えた。


「座りなさい! 自分のした事が悪いとわかってる、小さな女の子をムチで打ったりしませんよ。

 ユーリは暴力が良くないとわかってるけど、ハリエットの嫌がらせを止めさせるために暴力を使ったんだね。

 そして、暴力をふるったら罰を受ける事もわかってる。

 ムチは、必要ない」


 職員室に来てから緊張していたユーリは、校長先生の言葉にホッとした。


「でも、何か罰を受けないと駄目なのでは……」   


 そう言うユーリに「そうだねぇ」と考えてるオブライエン校長を、ちょっと変わった先生だなと思う。


「君に罰の宿題を出しても意味がないような気がするんだが、どうかな?

 サリー先生から、ユーリは小学校のレベルをクリアしてるのではと聞いてるしね。

 そうだね、これから一週間は職員室で勉強するというのはどうかな?

 職員室謹慎! これなら罰としても厳しくていいだろう」

 

 やれやれ、やっと読書に戻れると、本を取り上げて、さっさと出て行くように手をちゃいちゃいする校長先生に一礼してユーリは教室に帰った。


 丁度、授業の終わった時で、サリー先生に一週間の職員室謹慎ですと報告すると、男の子からは恐怖のざわめきと、ユーリの友達からは同情の声、ハリエットの取り巻きからはいい気味だという控え目な声があがった。




 職員室謹慎の一週間は楽しかった。


 校長先生は好きな本を読みなさいと、職員室に置いてある本を貸してくれた。


 今まで子供向けの童話しか読んだ事なかったユーリには、難しい単語とかもあったが、校長先生が教えてくれた。




 こうして、ユーリは学校生活に馴染んでいっていたが、何故こんな田舎町に大きな穀物倉庫が出来たのか、荷馬車がどうして増えたのか考えてなかった。 


 穀物倉庫に集められた穀物の多くは南の首都や、大都市ではなく、北のローラン王国に運ばれていた。


 元々、北のローラン王国はイルバニア王国ほど農作物に恵まれていないが、今まではこれほど大量の穀物を輸入する事はなかった。


 大量の穀物の代金はどうやって支払われているのかも、ユーリの知らない話だった。


 ヒースヒルの人々が平穏な生活をしていられるのも、後少しの事だと誰も気づいてなかった。


 北のローラン王国が西のカザリア王国と戦争しているから、食糧を兵站として大量に輸入しているのだと、心ある人々は憂慮していたが、その人達も姻戚関係にあるローラン王国がその爪を自国に伸ばすとは考えもしなかった。

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