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二章 2

 チェスワフはリリアナを連れて、踊る小人亭に向かった。チェスワフは仕事帰りの食事や一杯ひっかけたいときには、この店をよく利用していた。


 そこはうまい酒と料理を出す店だ。なんでも、料理にかける魔法に秘訣があるらしい。店主はこの街にあるドラホミール魔法学校出身の魔法使いで、街の魔法使いたちにいろいろと顔が利く。そんな店主ときっぷのいいカミさんのおかげで、この店はいつも魔法使いで繁盛している。


 まあ、この街には魔法使いがあふれるほど住んでいるから、というのもあるかもしれない。チェスワフが子どもの頃から住んでいるこの街は、魔法使いがたくさん住んでいることと、絵本の中から飛び出してきたみたいな街並みから、おとぎの街と呼ばれていた。住人たちも好んでその言葉で自分たちの街のことを呼んでいる。チェスワフもいい名前だと思っている。


 チェスワフたちが明るく賑やかな店に入ると、さっそくこの店の常連の一人がチェスワフに気づいた。チョコレート色の肌にスキンヘッド、何より巨大な体に分厚い筋肉が特徴的な男だった。大男はチェスワフに陽気な声をかけてきた。


「よう、チェスワフ。今日はもう仕事終わったのか?」


「ハヴェル。いや、今日はちょっといろいろあってな。仕事は途中でやめてきた」


 チェスワフとこのハヴェルという男は、二人がドラホミール魔法学校に通っていた頃からの付き合いだった。子どもの頃はあと二人、クロエとラウラという友人を加えて、四人で一緒によく遊んだものだった。彼らはチェスワフが大事な人間だと断言できる、数少ない人物たちでもあった。マレクに捨てられた傷を、子どもの頃のチェスワフは彼らと過ごすことで癒していたのだ。チェスワフはそんな彼らに感謝していた。意地っ張りの彼は面と向かって、それを言うことは滅多になかったが。


 ハヴェルはチェスワフのそばにくっついて、店の中をキョロキョロと見ているリリアナに気づいた。


「なんだ、その子? おまえの隠し子か?」


「馬鹿、そんなわけないだろう。リリアナ、こっち来て挨拶しな。このハヴェルの顔は犯罪者みたいだが、悪い男じゃない」


「えーと、こんにちは。あれ、違うかしら? ……こんばんは?」


 リリアナは曖昧な挨拶をすると、ハヴェルのことをこわごわと眺めた。その大きな体とゴツい筋肉にびびっているようだ。


「なんだあ、このガキは? とって食ってやろうかあ!? ああ!?」


 びくっ。


 リリアナはハヴェルの大声に驚いて一歩後退りをした。そんな彼女の様子にチェスワフもハヴェルも声を上げて笑ってしまった。


「悪かったな、嬢ちゃん。冗談だよ。おれはハヴェル。この街の魔法道具店で働いている。チェスワフとは幼馴染だよ」とハヴェルがリリアナに頭を下げた。


 リリアナはハヴェルのことをまじまじと見た。その視線はつるりとした頭に向いている。


「その頭は剃っているの? それともハゲているの?」


 怖いもの知らずのその質問に、チェスワフが慌てたように腕を振った。


「馬鹿、リリアナ。そんなことを聞くんじゃない。ハヴェルは昔、魔法の実験中に悲しい事故にあってしまって、それ以来髪が生えなくなってしまって……」


「そ、そうなの!? ご、ごめんなさいっ! 私、なんでもかんでも聞いちゃう癖があって……」


 ハヴェルはチェスワフの頭をポカリとやった。


「つまんねえ嘘つくなよ。リリアナ、こいつの冗談だ。信じないでくれ、悲しくなってくる」


「えっ、嘘だったの? なあんだ」


「なんで、ちょっとつまらなそうなんだよ」


 ハヴェルが大げさに情けない顔をして言うと、リリアナは笑った。どうやら、リリアナとハヴェルは仲良くなれそうだった。


「で、その子は結局おまえとどういう関係なんだ?」


 チェスワフとリリアナはハヴェルと同じテーブルに着いていた。チェスワフが麦酒、リリアナが果実水を頼むと、ハヴェルがリリアナについて尋ねてきた。


「おれの弟子だよ」とチェスワフが答えた。


「へー、そうか。弟子かー。ふーん。……弟子!?」


 ハヴェルは椅子を蹴飛ばして立ち上がった。リアクションの激しい男だ。


「おい、麦酒こぼれてる」


「あ、ああ。すまねえ。しかし、弟子っておまえ……。いくらおまえが優秀でも、弟子を持つには早すぎねえか?」


 確かにチェスワフくらいの歳の者が弟子をとるというのはかなりめずらしかった。


「まあ、弟子とは言っても、おれはこいつに飯を食わせて学校に通わせてやるだけでいい。おれが魔法を教えることはないんだから、大したことはない」


 チェスワフの言葉に、今度はリリアナが椅子を蹴飛ばして立った。


「えっ! チェスワフ先生が魔法を教えてくれるんじゃないの!?」


「なんだ、おまえ勘違いしてたのか。おまえは魔法学校で勉強してこい。おれはおまえに魔法を教える暇はない」


「だってー。私、先生に魔法教わるの楽しみにしてたのに……」


 落ち込むリリアナの肩をハヴェルが励ますようにバンバンと叩いた。グローブみたいに大きな手で叩いたものだから、リリアナは椅子に沈み込んだ。


「まあ、へこむなよ。こいつは女には甘いから、泣いて頼めば教えてくれるって」


「……ほんと?」


 リリアナは顔を上げてハヴェルとチェスワフのことを見た。


 くだらない話を真に受けるなよ、とチェスワフは眉間の皺を深めた。彼はまともに相手をするのが面倒になって、やってきた麦酒をごくりとやった。


 それは、なんだかいつもより苦い味に感じられた。


 そんな会話を交わしている内に、注文していた料理が届いた。


 いろんな野菜をじっくりと煮込んで、いい出汁が出ているスープ。香辛料を混ぜあわせたソースに漬け込んでから焼いた仔牛は肉汁が滴っている。それに、この店で焼いたばかりのパンは外はパリっとしていて中はフワフワだ。どの料理からも素晴らしい香りがしてくる。たぶん、ソースや出汁を作るときに魔法で一味つけているのだろう。チェスワフは料理魔法についてはそれほど詳しくないのでわからないが。


 それらのものが運ばれてくると、リリアナはすごい勢いで食べ始めた。手当たりしだいに手を伸ばして食べている。


 チェスワフとハヴェルは大人顔負けのその食欲に驚いてしまって、食事の手が止まっていた。リリアナは見られていることに気づくと、恥ずかしそうにそろそろと食べ始めた。


「アマーリア学部長のところで、ちゃんと飯食ってなかったのか?」とチェスワフがリリアナに聞いた。


「……ううん、そんなことないわ」


 ハヴェルが気まずそうにしているリリアナを安心させるように笑った、


「別に飯ぐらい好きに食えよ。腹がはちきれるまで食っちまえ。どうせ、ここはチェスワフのおごりなんだから」


「他人事だと思いやがって」とチェスワフは言ったが、確かにこんな子どもに食事の遠慮をされても困るので、彼もリリアナに見せつけるようにモリモリと食べ始めた。そうすると、リリアナもそれにつられてか、先ほどの勢いを取り戻した。


 やがて、テーブルの上はさっぱりきれいになった。スープは一滴も残っていないし、ソースはパンで拭い取られて皿はきれいになっている。だれもが満足したように一息ついた。


「このお店の料理すごく美味しいのね。このお店の残飯を食べるネズミがうらやましいくらい!」というリリアナの物騒な台詞に、そばを通った店員がぎょっとしたようになった。その様子を見てチェスワフもハヴェルも笑った。


「リリアナ、デザートでも食うかい? ここのパンプキンケーキは美味いぜ」とハヴェルが言った。


「ほんと? 私ケーキって大好き!」


 ハヴェルがリリアナにケーキをすすめていたそのとき、チェスワフはある男の視線に気づいた。


 店のカウンターバーで一人、酒のグラスを傾けている男。シルバーに近い色の髪をオールバックにして、鮮やかなブルーのローブを着こなしている。


 この男が狐の家門の魔法使い、青狐のイグナーツだった。


 イグナーツはチェスワフやリリアナのことをじっと探るように見ていた。そして、イグナーツはついて来いというようにチェスワフに向けて首をくいっと曲げると、店の二階に続く階段を上り始めた。


 ――しかたない。チェスワフはイグナーツについていくことに決めた。


 自ら進んで話したい男ではなかった。腹が膨れて良い気分に浸っている今はなおさらだ。だが、イグナーツのただならぬ雰囲気に話をする気になった。


「ちょっと知り合いを見かけたんで、話してくる」とチェスワフは二人に告げると、二階への階段に向かって歩いた。嫌な予感を抱えながら。


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