表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/25

八章 荒鷹のマレクの秘密

 マレクがチェスワフにリリアナを託した理由を教えなかったアマーリア。チェスワフがリリアナを守るため、彼女の秘密を知りたがっていたのに、ずっと連絡が取れなかったアマーリア。


「アマーリア先生……」


「来るのが案外遅かったわね、チェスワフくん」


「遅かっただって……? それはこっちの台詞だ! 今までどこにいたんですか! リリアナがさらわれたというのに、おれはあなたをずっと探していたというのに!」


 アマーリアの声は冷静だった。


「テオドルがあの子を連れ去ったのはもう知っているわ。私はそうならないよう、この数日間姿を消しながら、あの男の周辺を固めている魔法使いたちと狐の家門の力を削いでいた。あの男に警告していたの。リリアナに手を出すなって。でも、それが裏目に出たようね……。切羽詰まったのでしょう、テオドルは強引な手段に出てしまった」


 落ち着き払った様子のアマーリアの顔を、チェスワフは張り飛ばしたくなった。


「何をのんきなことを……!」


「落ち着きなさい、チェスワフくん。大事な人に何かがあると、すぐに取り乱すのはあなたの悪い癖よ。あなたがリリアナの師匠なら心を冷静に保ちなさい。リリアナの身の安全に危険が及ぶことはないことがわかるでしょ。テオドルはあの子を弟子として欲しがっていた。それなのに、あの子に傷をつけるような真似をすると思う?」


 そういう問題じゃない! チェスワフはそう叫びたかったが、それを必死にこらえた。それよりもアマーリアに言うべきことがあったのだ。


「……アマーリア先生はリリアナが金色の魔女の末裔だということを知っていたんですね? テオドルがあいつを狙っていることも」


「……ええ、知っていたわ。あなたがリリアナに使い魔を護衛につけていることも知っていた。リリアナの身はあなたに任せて、私はテオドルから手を引かせようとしていた」


「なぜ、おれに何も話してくれなかったんです?」


「……こうなったら、最初から話しましょう。あなたとリリアナには普通に暮らしていて欲しかったのだけど……。座りなさい、チェスワフくん。少し長い話になるわ」


 アマーリアの視線は焦燥と怒りにかられるチェスワフをゆっくりと落ち着かせていった。それでチェスワフは、少しものをまともに考えられるようになっていった。


 リリアナの秘密を正確に知る必要があった。彼女が金色の魔女の子孫であるとはどういうことなのか? なぜ、彼女がチェスワフの元へとやって来たのか。そして、なぜアマーリアはそれを教えてくれることなく、自分一人でリリアナを守ろうとしていたのか。それらを知った上で狐たちの屋敷に向かわねば、足をすくわれる危険があった。


「少しは落ち着いたみたいね。では話しましょう、全てを」


「全て……?」


「ええ、あなたに隠していた秘密を全て」


 そして、アマーリアは語り出した。それは文字通り全ての真実であった。


 七年前、チェスワフが十三歳のとき。


 ある日突然マレクがアマーリアの家を訪れた。突飛な行動をする男ではあったが、その様子はいつもと違った。どんな敵にもふてぶてしい笑みで立ち向かう男の顔に焦燥が浮かんでいたのだ。

訝しむアマーリアに、マレクは急いた様子でこの街を出る、と言った。


「なぜ?」


 アマーリアはそのただならぬ様子に理由を問い詰めたが、マレクがほとんど事情を話してくれることはなかった。


 「今は言えねえ。鷹の家門の厄介事におめえを関わらせたくねえ。クソガキのことをよろしく頼む。あいつにはおれがここに来たことすら言うな。面倒事に巻き込みたくねえ」


 マレクは酒飲みで女にだらしなく、借金までしているろくでなしであったし、誰にも言わずに行方をくらますことはよくあることだった。だが、そのときのマレクの様子は尋常ではなかった。長年の風雨にさらされたかのような荒っぽい顔に、鬼気迫る表情を浮かべていたのだ。


 事情を問い詰めようとするアマーリアだったが、マレクはさっと身を翻すとそれ以上は何も言うことなく街を出て行った。面倒を見ていたチェスワフのことを一人残して。


 もちろんアマーリアは人探しの術を使ってみたし、あちらこちらにマレクの行方を尋ねてみた。だが、本格的に姿を隠してしまったらしいマレクを見つけることは出来なかった。弟子を突然捨てる最低の人だったマレクは、最高の魔法使いでもあったのだ。


 チェスワフが怒り嘆き、アマーリア先生が行方を知らないまま七年経った日のこと。


 それはつい最近のことで、チェスワフがリリアナと初めて会ったわずか数日前のことだ。その日は一日中豪雨と風が吹き荒れていた。


 そんな嵐のような雨の中、深夜にマレクが七年前と同じような唐突さで、リリアナをアマーリアの家に連れてきたのだ。


 それまで行方知れずだった男に、アマーリアはチェスワフの分を含めた怒りをぶつけようとしたが、マレクとそのそばにいる女の子の様子に気づいた。二人とも泥だらけで、まるで何かから逃げるようにしてこの家にたどり着いたかのようだった。女の子の方は今にも倒れそうなくらい疲れきっていた。アマーリアはとりあえず二人を家の中に入れて、女の子の体をきれいにしてやってからベッドに寝かせた。


 その間、マレクは使い魔の荒鷹と連絡をとり続けたり、窓から夜の闇を覗いたりして落ち着かない様子だった。


 怪訝な表情を浮かべるアマーリアに、マレクは事情を口早に説明し始めた。


「アマーリア、時間がねえ。おれはまたすぐに街を出なきゃならねえ。連れてきた子どもはリリアナってんだ。あの子をクソガキに預けてやってくれ」


 当然、アマーリアには意味がわからなかった。この男は七年振りに顔を合わせて何を言い出すのだ?


 マレクは懐から取り出したのはボロボロの本を取り出した。すり切れた革で出来ていて、元の色は金色だったようだがだいぶ煤けて、表面がはげている。マレクはそれをちょっとだけアマーリアに見せると、またすぐにしまってしまった。


 「闇の力を持つ魔物や闇の魔法使いたちが、リリアナとこの本を狙っていやがる」


 そこでマレクの使い魔が姿を現して主人に何事かを伝えた。それでようやくマレクは安心できたらしく、ふっと息をつくと懐から煙草を取り出して火をつけた。


 一服するマレクは何かを思案するようにしばらく目を閉じていたが、煙草を一本吸い終わると口を開いた。


「この際だ。鷹の家門の秘密をおめえにも話しておく。もちろんわかってんだろうが、他言無用だ」


 そうして、マレクは鷹の家門の秘密を語り出した。


 鷹の家門の歴史は古く、その起源はマレクにも定かではない。古いとはいっても魔法使いたちの栄華の時代にも鷹の家門は権力争いにまったく関わろうとしなかったので、大した権力や金、人脈は持っていない。現在でもそれは同じだ。だが、この家門の魔法使いたちがそういったものに興味を示さないのには理由があった。


 自分たちの本当の使命を知っていたのだ。


 金色の魔力を持つ一族と金色の魔術書を陰から守り続けること。それが鷹の家門が代々引き継いできた仕事だった。


「金色の魔力? ドラホミールと一緒にいた金色の魔女のこと? 彼女は実在したの?」


「おうよ。闇の勢力たちに対して二人が共に挑んだという伝説は本物だ。もっとも、ドラホミールが表舞台に立って堂々と戦ったのに対して、金色の魔女は世間の陰で戦っていたからかあまり知られてないがな。まあとにかく、ドラホミールは自分の杖を使って、魔女は自分の金色の魔力を使って、闇の力と争いを続けた。二人は生涯をかけることでその争いに勝利した。だが、自分たちがいない後の世に闇の勢力が復活するのを二人は恐れていた。そこで二人は考えたのさ」


 闇の力の復活を危惧するドラホミールと金色の魔女は、後世に自分たちの力を残すことにした。ドラホミールは自らの杖を。金色の魔女は自分の血を受け継ぐ子と、自らの金色の魔力を込めた魔術書を。

それらが闇の魔法使いや魔物に奪われて破壊されないように、ドラホミールは自分の杖を砕き欠片にして世界各地に隠した。そして自らの弟子の一人に、金色の魔女の子とその魔術書を世間から隠して守ることを託した。


 その弟子こそが現在の鷹の家門の始祖である魔法使いだった。


 金色の魔女の家系の魔力は時が経つにつれて薄れていったが、それでも鷹の魔法使いとその弟子たちは代々彼女の血を守り続けた。金色の魔術書とともに。


 ドラホミールや金色の魔女が死んでからの長い間、何も問題は起こらなかった。闇の勢力は衰えていたし、金色の魔女の家系に魔法使いの力を持つ子が生まれることはほとんどなかったのだ。ときどき魔法使いが生まれても、金色の魔力を発現することは滅多になかった。長い時を経て、金色の魔女の血は薄まりつつあったのだろう。


 それでも、鷹の家門は陰から彼女たちをひっそりと見守り、金色の魔術書を自分たちの家宝として隠し持つことだけは代々責務として引き継いでいった。


 マレクも若い頃にその使命を師匠に託されたが、何十年も何も起きなかった。マレクはときどきその家系の末裔である親子の様子を見に行くのと、師匠に託されたボロボロの本を隠し持つだけで、その仕事は済んでいた。


「このまま、弟子にしたクソガキの代にも何も起こらなきゃいいと思ってたんだがよ」


 そこでマレクは二本目の煙草をくわえた。その動きはこの男にはめずらしく疲れきったものだった。マレクは深く煙を吸って、ため息をつくようにそれを吐き出した。


「七年前のことだ。妙なやつらがおれの周りをうろつくようになったんだ。おれはこりゃあおかしいと思って、急いで親子の身柄を隠して、家宝の金色の魔術書を持ってこの街を出た」


「チェスワフくんには何も言わずに?」とアマーリアは静かに問いただした。


 その言葉にマレクはその夜初めて黙った。が、また口を開いた。


「あのクソガキは鷹の家門の仕事なんか知る必要はねえ。あいつにゃ、一応鷹の戦闘魔法術を仕込んだが、それを使う羽目にならないことに越したことはねえ。あんなクソガキが闇の力と戦ったら、すぐにくたばるのが関の山だ」


 とにかく、とマレクはアマーリアの追求をかわした。


「この七年間、おれは闇の勢力の動きを探っていた。たまに親子の様子を見に行って、金色の魔術書を隠しながらな。闇の連中は親子の方にはあんまり興味がないみてえだったし、探そうともしていなかった。金色の魔力が薄まっているのを知ってたんだろうな。それよりもおれが持っている魔術書の方を血眼になって欲しがっていた。おれがやつらを引きつけてたから、親子の方は特に心配はいらなかった。だが最近になって母親の方が死んじまった。あんまり体の強い女じゃなかったからな。それで金色の魔女の末裔は、おれが連れてきたガキ一人だけになっちまった。かわいそうなこった」


「それがあの子なのね?」


「そう、リリアナだ。母親がつけてやったいい名前だ。母親はあの子に自分たちの家系の秘密は教えなかった。理由はだいたい察しがつくが。まあそれはいいとして、おれは闇の連中を引きつけるためにまた街を出る。やつらはリリアナの行方は知らねえし、知れないようにおれがリリアナに術をかけてある。まず心配いらねえ。だが、リリアナを連れてはいけねえから、あの子をクソガキに預けてやってくれ」


「……あなたの仕事についてはわかったわ。でも、リリアナは自分で預けに行きなさい。チェスワフくんはあなたのことをずっと……」


「クソガキのことなんざ知ったこっちゃねえよ」


「何を言ってるの! あなた、それでもあの子の師匠なの!?」


 いや、とマレクは煙草の火をもみ消して言った。その顔にはアマーリアが久しぶりに見る男の笑いが浮かんでいたが、それは苦みばしったものを含んでいた。


「おれはあのクソガキの師匠なんかじゃねえよ。何せ、鷹の家門の仕事をあいつに引き継がせるつもりはねえってんだからな。鷹の家門の魔法使いとしちゃ、師匠失格だろ?」


「……どういうこと?」


 アマーリアの疑問にマレクは断言するように答えた。


「あのクソガキはリリアナを普通の魔法使いの子として育てて、飯を食わせてやりゃあそれでいい。仕事を手伝わせようにも、あいつは弱っちいから使えねえよ。クソガキは厄介な鷹の仕事をやる必要は一切ねえし、リリアナも自分の血の秘密をわざわざ知って怯える必要はねえ。面倒事を背負うのは老いぼれたジジイ一人で十分だ。ま、あいつらに危険が及ばねえように精々命張るとするぜ」


 ちゃんと事情を話してやるべきだ、と説得しようとするアマーリアにマレクは言った。


「ふん、ガキを面倒に巻き込んで泣かせなくねえ親心がわかんねえのか。リリアナの母親が子どもに秘密を話さなかったのも同じ理由だろうよ」


「……ずいぶん歪んだ親心ね」


「うるせえよ。とにかく頼んだぜ。今話した全部を絶対にクソガキにもリリアナにも言うんじゃねえぞ、いいな」


 マレクはそれだけ言うと、アマーリアに背中を向けて足早に家を出て行こうとした。


「待ちなさい! あなた自身は大丈夫なの? 危険ではないの!?」

アマーリアが彼の身の安全を心配する声に、マレクはにやりと笑いながら振り向いた。


「なめてんのか」


 と、男は口癖を言った。その言葉には最高の魔法使いの最大の自信が込められていた。マレクは尊大な笑みを浮かべ、誇りと愛情を込めて自らの名と弟子の名を口にした。


「アマーリア、おれの名を忘れたのか? おれは灰鷹のチェスワフの師匠、荒鷹のマレク様だぜ? 死ぬわけがねえだろう」


 おれは灰鷹のチェスワフの師匠だ、とマレクは言った。だから死ぬわけがない、と。それは自分の子を残して死ぬわけがないという、親としての誇りであり宣言であった。


「じゃあな、アマーリア。くれぐれもクソガキとリリアナのことを頼んだぜ」


 そして、吹き荒れる嵐の中、マレクは七年前と同じようにこの街から姿を消した。


 リリアナをチェスワフの弟子にすることをアマーリアに託し、彼らには何も事情を言わないよう頼んで。


ようやく事の真相に触れましたね。

疑問点や矛盾に感じる部分があったら、感想欄にお願いします。フィードバックしたいので。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ