六章 2
久しぶりの集まりで楽しくやっていると、ハヴェルがチェスワフに聞いた。
「今日、アマーリア先生は来ないのか?」
「来ないみたいだ。手紙を出したけど、捕まらなかった」
「ちっ。しっかりと呼んでおけよ」
「私もアマーリア先生に会いたかった。チェスワフ、ちゃんとしときなさいよ」
「アマーリア先生なら、私は図書館でたまに会うわ」
三人ともアマーリアとは、子どものときに遊びに来ていたこの家で会って以来の知り合いだ。特にハヴェルは美人のアマーリアに今も憧れている。彼女がいるくせに、とチェスワフにはそのことが少し腹立たしかった。ほんの少しだけ。
酒の瓶が少しだけ空き始めた頃、玄関から騒がしい声が聞こえてきた。
「信じられないわ! リリアナったら、初日からヤルミラ先生に罰を受けるなんて!」
「だから知らなかったの! チェスワフ先生がドラホミールの像に攻撃してたから、てっきりしてもいいのかと思ってたの。お願い、カレン! チェスワフ先生には内緒に……」
ようやくやってきたカレンとリリアナの気になる会話で、チェスワフは玄関まで二人を出迎えに行った。
「あ、チェスワフさん、こんにちは。今日はお招きいただいてありがとうございます」
カレンは藍色の髪に似合うシックなワンピースを着ていたが、チェスワフはそれを褒めることもせずに、カレンとリリアナに今の会話のことについて尋ねた。
「カレン、いらっしゃい。それより、リリアナ。どういうことだ? おまえ、家出る前に学校で失敗したとか言ってたが、それってもしかして……」
「えーと、それは、別にね、大したことじゃないの。ちょっと怒られて、トイレ掃除をするように言われただけで……」
「カレン、話してくれ」
誤魔化そうとするリリアナではなく、チェスワフは気まずそうにしているカレンに水を向けた。彼女はちょっと迷ったようだったが、彼の質問に答えてくれた。
「……リリアナが魔法火をドラホミールの像に当てたところを、ヤルミラ先生に見つかって罰をもらったんです」
「カレン! 裏切ったわね!」
……この馬鹿弟子が。チェスワフは自分のことは棚に上げて怒りたくなった。
入学の手続きにリリアナと一緒に魔法学校を訪れたときに、チェスワフはドラホミールの像の強度を示すために、彼女の前でそれを攻撃してみせた。これは本当はやってはいけないことで、学校の設立者の像にいたずらをした者にはトイレ掃除の罰が与えられる。
「おまえな、普通やっちゃいけないことぐらいわかるだろう」
「だって、チェスワフ先生だって攻撃してたじゃない!」
「……。こ、こういうことは見つからないようにやるものだ」
リリアナの反撃にチェスワフは自分でも苦しいことを言ってしまった。
リリアナとカレンの驚きと不信の目を避けるために、彼は二人を居間に連れて行くことにした。
「さ、さあ。もうお客さんは揃っているぞ。みんな、リリアナの入学とおれの弟子になったことをお祝いしに来てくれたんだ。紹介してやろう」
それで二人も会話を切り上げてくれる気になったようで、チェスワフについてきた。
「お待たせ。今日の主役が来たぜ。これが鷹の家門の新しい魔法使い、この灰鷹のチェスワフの弟子、リリアナだ。リリアナ、みんなに挨拶しろ」
チェスワフがリリアナを促すと、彼女はみんなの前で胸を張って名乗った。
「荒鷹の魔法使いマレクの孫弟子、灰鷹のチェスワフの弟子、リリアナです」
「ハヴェルはもういいな。リリアナ、こっちはクロエとラウラ。おれのガキの頃からの友達だよ。みんな、こっちの子はカレンだ。リリアナの学校での最初の友達だよ」
「カレン・エルディミールです。よろしくお願いします」
チェスワフの大切な人たちは、小さな二人の魔法使いに次々と自己紹介をしてくれた。
「魔法使いチェスワフの友人、ハヴェルだ。この街の魔法道具店で働いているから、何か困ったことがあったらいつでも来てくれ。リリアナ、久しぶりだな。といっても、ちょっと前に会ったばかりか。カレン、よろしく」
「同じく、ブカレスク魔法学院研究員助手、ラウラよ。ふーん、チェスワフの弟子にはもったいなさそうな子だ。リリアナ、カレン。こちらこそよろしくね」
そこまではよかった。二人ともかっこいい大人の魔法使いとして、簡略化された魔法使いの名乗りの方法でリリアナとカレンに挨拶をしてくれた。
だが、クロエだけは違った。
「ブカレスク図書館で司書をしている、魔法使いクロエです。チェスくんの彼女です」
クロエはさらりと問題発言をぶっとばした。普通に、さり気なく、何気ない調子で。
案の定、人を疑うことを知らない子どもたちはこの嘘にまともに反応してしまった。
「え、チェスワフ先生、彼女いたの!?」
「チェスワフさんに恋人……。それも、愛称で呼び合う仲……」
「リリアナ、カレン、これは違う。クロエ、堂々と嘘を言うな。なめてんのか」
「あら、違ったの?」
「違う」
「でも、私のファーストキスはチェスくんだよ?」
さらに重なるクロエの問題発言にリリアナとカレンがどよめいた。事の真相を知っているハヴェルとラウラはそうではなかったが。
「チェスワフ先生、本当なの!? 先生のファーストキスもクロエさんだったの?」
「チェスワフさんと、キ、キス……。そ、そんな不潔だわ……」
ハヴェルは二人の反応に笑って、ラウラだけがつまらなそうな様子だった。その言葉からはちょっぴりトゲが感じられた。
「クロエ、それくらいにしてあげなさい。子どもたちの前でしょうもないこと言うんじゃないの」
「あら、ごめんなさい」
「謝るくらいだったら、最初から言うんじゃない」
と、チェスワフはしれっとするクロエに釘を刺してから、それぞれの反応を示した二人の子どもに事の次第を明かした。
「おまえら、下らない話を真に受けるな。ちょっと緊急事態を解決するために、魔法の術で唇を重ねる必要があっただけだ。それもリリアナたちと同じくらいだったガキの頃の話だ」
「あ、でも唇を重ねたのは本当なのね」とリリアナが感想を漏らす。
「もうやめろ。だいたい、おれのファーストキスはクロエじゃなくて、アマーリアせんせ」
しまった、と思ったときにはもう遅かった。
今度はリリアナとカレン、ハヴェルとクロエとラウラも含めた全員が魔法をかけられたみたいに固まった。それから、ヒソヒソとつぶやき出す。
「おれもアマーリア先生にキスされたかった」と意味のわからないことを言うハヴェル。
「チェスくんって子どもの頃から女泣かせ……」とクロエが悲しそうに言う。
「っていうか、アマーリア先生ってショタコン?」と物騒なことを言うラウラ。
「チェスワフ先生、やるわね!」と、わけのわからないことを言ってリリアナがはしゃいで、カレンは「……もう人生どうでもいいわ。というか、チェスワフさんがどうでもいい」と何かを諦めたようにつぶやいた。
それぞれの感想を聞いたチェスワフの眉間には割れそうなくらいの皺が刻まれていた。
それから、やっと始まったパーティーは誰かが魔法を暴発させたみたいに混沌としていた。始めの内は普通だったのに。
最初は、やってきた客の誰もがリリアナにプレゼントを渡した。アクセサリーやちょっと役に立つ魔法道具に、花束やケーキやらだ。キーツ教授からのプレゼントは万年筆だった。子どもにはちょっと不相応な代物だったが、リリアナは嬉しそうだった。背伸びしたい年頃で、大人っぽい物が好きなのだ。
だが、料理が出てきてワインや麦酒のボトルを本格的に開け始めた頃から、だんだんと空気がおかしくなってきた。
まず、おかしかったのは、なぜかクロエの料理が混入していたことだ。たぶん、自分の家で作って持ってきたのをそのまま出したのだろう。
それを食べたリリアナとカレンは顔を青くしてしまった。ハヴェルとラウラがこっそりと「無理して食べたら死んでしまう」と耳打ちしていたが、不運な二人はにこにこと反応を伺うクロエのほうを見て、「いえ、とても……美味しい、です……」と言うと、無理して食べ続けた。
チェスワフも最初はリリアナとカレンに「無理して食べるな」と言っていたが、彼はその内酔っ払ってきた。必死にクロエのひどい料理を食べる二人を見ていてだんだん面白くなってきた。チェスワフは「よし、どんどん食え。弟子に腹を空かせるような師匠にはなりたくない」と言って、二人の皿にどんどん毒のような料理を盛り始めた。それら全てを口に入れたかわいそうな子どもたちは、ついにソファに倒れこんでしまった。
しかしそのときには、他の連中も呻くリリアナとカレンを見て爆笑するほどに酔っ払っていた。気づけば、テーブルの上には無数の空き瓶が並べられていた。
ハヴェルは上半身裸になって誰にアピールするともなく筋肉をムキムキさせていたし、酒が入ったラウラは泣き上戸になっていた。ひたすらクロエに仕事の愚痴をこぼしている。今日はその話はしないと言っていたはずなのだが。
逆に笑い上戸になったクロエはラウラの話を聞かずに、カレンとリリアナを見てずっと笑っていた。「倒れるまで食べるほど美味しかったのね。嬉しいわ」などととんでもないことを言っている。
四人の若き魔法使いたちと二人の魔法使いの卵のパーティーはこうして夜遅くまで続いたのだった。
チェスワフはこんなふうにこの家がにぎやかになるのを見るのは結構久しぶりだった。
昔マレクが家にいた頃、アマーリアが遊びに来たときはこんな感じだったかもしれない。




