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六章 クロエとラウラ登場!

 リリアナが魔法火を出せるようになった翌朝。


「先生、起きて!」


「……は?」


 チェスワフが目を開けると、ベッドの上でリリアナが飛び跳ねていた。


「先生、ご飯作って! 魔法学校に行く支度をしなくちゃ。今日は私の初登校の日よ!」


「自分でやれよ……。おれはまだ寝る」


 チェスワフは毛布をかぶったが、わがままな弟子はそれを引っぺがして彼の顔をペシペシと叩いた。


「目を開けてよー。ほら、ちゃんと見て!」


「は?」


 チェスワフが身を起こすと、そこにはドラホミール魔法学校の制服に身を包んだリリアナが立っていた。革靴、ハイソックス、プリーツスカート、白いシャツ、そして魔法使いであることを示す黒いローブ。リリアナはそれらを着て自信満々にチェスワフのことを見ていた。


「どう? かわいいでしょ!」


「ああ、とってもかわいい。かわいいから、おれは寝る」


 再び体をベッドに横たえるチェスワフにリリアナは体当たりをかました。チェスワフはカエルみたいな声を漏らした。


「もうちょっとちゃんと見てよ!」


「いいかげんにしろ!」


 リリアナを成敗するためにベッドから立ち上がろうとしたチェスワフは足がもつれて倒れこんだ。


「あら、先生? チェスワフ先生? おーい」


「……リリアナ。お願いだから、朝食と学校に行く準備は自分でやってくれ。お祝いの準備だけはおまえが帰って来る前にちゃんとやっておくから……」


「わかったわ」


 カエルのように床に這いつくばった師匠がよほど哀れに見えたのか、リリアナもそれ以上は騒ぐこともなく静かにチェスワフの部屋を出て行った。


 チェスワフのこのだらしのなさには理由があった。昨晩は遅くまでいろいろと考え事をしていたのだ。


 チェスワフはリリアナが謎の金色の魔法火を出したことが気になっていた。金色の火というのはあまりにもめずらしすぎる。


 金色の魔法火、テオドルがリリアナを狙う理由と、イグナーツがそれをチェスワフに話してくれたこと。しかも、やつはそうなってしまったのには自分に責任があると言う。


 それに、マレクが何も言わずにリリアナをチェスワフに託したことと、リリアナの母親のマレクに関する言葉。


 どう考えても、イグナーツの忠告通り、リリアナはいわくつきの女の子だった。


 魔法修業で疲れきったリリアナが寝たあとも考えに考え抜いたチェスワフは、ついにアマーリアに事情を問いただすことに決めた。


 自分の好奇心を満たすためや、マレクのことを知るためではない。それだけならば、チェスワフは一度信じると決めたアマーリアに話を聞こうとは思わなかっただろう。


 リリアナを守るためだ。


 本人に事情を聞くことは選ばなかった。問い詰めて彼女を心配させたくはなかったし、マレクのことについてはほとんど知らないと言っていた。それに金色の魔法火を出したことについて、彼女自身は何も疑問に思っていないらしい。


 それで、昨晩はチェスワフの使い魔に手紙を持たせて、アマーリアのところへやったのだ。


 チェスワフがやっとの思いでベッドから抜け出すと、アマーリアを探していた使い魔の灰鷹が突然空中に姿をパッと現した。魔法使いたちの使い魔は自由自在に姿を現したり消すことが出来る。


「おまえ、やっと戻ってきたか! アマーリア先生は見つかったか?」


 灰鷹はふるふると頭を横に振った。その鉤爪には昨日持たせた手紙が握られていた。


「そうか……。おまえでも見つからないとなると、先生は完璧に姿を消したな。これじゃ、今日のパーティーにも来れないだろうな……」


 チェスワフの使い魔は優秀だったから、魔力の形や気配を覚えた人物はだいたい見つけ出してしまう。だが、それも魔法使いたちが自分の気配を隠そうとしなかった場合に限りだ。


 灰鷹は許してくれと、というように主人の指を甘噛みしてから姿を消そうとしたが、それをチェスワフが呼び止めた。


「待て待て。まだ仕事があるんだ。これをハヴェルとクロエとラウラに届けてくれ。もっと早くにこの招待状を送らなければいけなかったんだが、いろいろとありすぎてつい後回しになってしまった。早めに届けてくれよ。あー、カレンへの招待状はいいか。リリアナが連れてくるだろうから」


 灰鷹はパーティーへの招待状をまとめて受け取ると、一鳴きしてからさっと姿を消した。


「まあ、急ぐ話でもないし、アマーリア先生にはまた今度会って話を聞けばいいか。それよりも今日は忙しいぞ」


 そのように自分を無理やり納得させたチェスワフはさっそくやるべきことに取り掛かった。仕事に行く前に少しでもお祝いの準備を終えなければ。


 結局、朝だけでパーティーの準備は終わらず、その日もチェスワフは仕事を早退した。しきりに謝るチェスワフにキーツ教授は「いいから、いいから」といつものように答えた。確かにチェスワフの研究は自分一人で進めるものだし、スケジュールにもまだ余裕があるとはいえ、キーツ教授にはどこかで埋め合わせをしなければ、とチェスワフは考えていた。


 酒やケーキなどの荷物を抱えて家に帰ってから、キッチンで料理などを作っていると、弟子が初めての魔法学校から元気よく帰って来た。


「先生、ただいま!」


 リリアナが杖と鞄を振り回しながらキッチンに飛び込んできた。


「杖はやたらと振り回すな。靴の泥はちゃんとマットで拭え。おかえり、リリアナ」


 興奮している彼女は師匠の注意も聞かずに、初日の感想を滔々とまくし立てた。


「私、学校でヤルミラ先生に褒められちゃった! 普通の色の魔法火を出して見せたら『三日間で魔法火が出せるようになる生徒はそうはいない』って。まあ、そのあとちょっと失敗してやらかしちゃったけど。でも、魔法学校はとても楽しかったわ。いろんな子がいて、難しい授業がたくさんあって、学食のご飯は美味しくなかったけど、すごく楽しかった! そうそう、カレンは家に一度帰ってからおめかしして来るって。チェスワフ先生にお招きいただいてありがとうございますとだって」


 チェスワフは楽しそうに話すリリアナに、疑問に思ったことを聞いた。


「ちょっと失敗したって、何をやらかしたんだ?」


「え? えーと……。そうだ、靴の泥を落としてくるわね。手も洗わないと。お母さんがいつも女の子はきれいにしとかなくちゃって言ってたし!」


「おい」


 追求しようとするチェスワフの手をかわして、リリアナはさっと身を翻した。


「失敗って……。最初から何かやったのか?」


 彼は激しく不安になったが、身だしなみを整えてパーティーのためのとっておきの服に着替えてきたリリアナは「カレンを迎えに行ってくる」と言って、また家を飛び出してしまった。


 こんなボロ家でのパーティーにカレンがおめかしして来る必要はないと思ったが、まあそこは女の子の気持ちというやつなのだろう。カレンの家でお茶でも飲んでいるのか二人はなかなかやってこなかったが、夕方頃になると別の客が来た。ハヴェルとラウラが揃ってやって来たのだ。灰鷹はしっかりと仕事を果たしてくれたらしい。


「よお、チェスワフ。大変だろうと思って、早めに来て手伝うことにしたぜ」


「悪いな、ハヴェル」


「チェスワフ。あんた、弟子をとったなら早く言いなさいよ。それに当日にパーティーに招待するなんて。プレゼントをゆっくり選ぶ暇もなかったじゃない」


「そう言うなよ、ラウラ」


 チョコレート色の肌をしたスキンヘッドの大男ハヴェルは、見かけに似合わないかわいいケーキの箱を持ってきていた。しかも、街で女性たちに人気のケーキ屋のものだった。こういうところは結構マメな男で、この見かけで意外にも女にモテる。チェスワフなんかよりはずっと。今も彼女がいるはずで、この間はやたらと金のかかる女だとなんだか楽しそうに愚痴を言っていた。むかつく。


 ラウラは髪をポニーテールにして、スリムな体と整った顔の造形をしている。少しボーイッシュな顔立ちのラウラはまだチェスワフに文句を言い続けた。彼女は昔のことまで掘り返して、突然弟子をとったチェスワフのことをネチネチと責める。


「あんた、魔法学校で子どもだったときから、そういうところあったよね。人のこと気にせず自分勝手に物事を進めて。ドラホミールの杖を探しにいきなり旅に出たし、私と一緒に魔法伝承学の研究者になろうって言ってたのに、私を置いて一人で研究員になるし。今度は何の相談もなく弟子をとったって。一言ぐらい言いなさいよ。ほとんど同じ職場で働いているんだから。あんたの合同研究室と私のいる研究室なんてすぐ近くじゃない」


 ラウラは魔法伝承学の研究員助手という立場で、チェスワフと同じブカレスク魔法学院で働いていた。チェスワフとは違って、彼女はまっとうに魔法学院を卒業してその職についたのだ。今は研究員への昇格を目指して日々がんばっている、はずなのだが……。


「だいたい、なんであんたが研究員で、私はまだ助手なのよ。あんたが好きなこと研究している近くで、私は嫌な上司にこき使われてるのよ。子どもの頃は同じくらいの成績だったのに。何より腹が立つのは、あんたがキーツ教授と同じ部屋で働いているってこと。私はあの人の助手を目指してたのに、他の人のところの助手に回されちゃうなんて。しかもよ……」


 ラウラのチェスワフへの非難はいつのまにか自分の愚痴へと変わっていた。助手なんて奴隷くらいにしか思っていないと噂の上司に相当いびられているらしい。


 慰めようかと思っていたら、ラウラは毒をさんざん吐いたらそれですっきりしたようで、ふっと息を吐いて首をふった。

「ま、今日はあんたの弟子のお祝いだから、こんな話はなし。さ、まだ全然準備が進んでいないみたいじゃない。もうちょっと部屋をきれいにしなさいよ。あーあ、これだから男の家事は……」


「これでもきれいにした方だ」


 チェスワフのささやかな抗議を無視して、ラウラはきびきびと動き始めた。手慣れた様子で物を片づけ、チリを拭い始める。ガミガミ言って結局人のことを手伝うところは、子どもの頃から変わらない。


 チェスワフとハヴェルは顔を見合わせてにやりと笑った。


「チェスワフのことは言えないよな。ラウラも相変わらずだ。さて、おれは料理でも手伝うか。クロエも、もうすぐ来るってよ。あいつが手伝おうとする前に料理は終わらせないとまずい。何せあいつの料理の腕は……」


「ああ、最悪だ」


 それ以上は何も言わずに二人は黙って働き始めた。思い出を共有していると、ときに言葉は必要なくなる。特にそれが毒のようなものクロエに食べさせられたという、最悪の思い出ともなればなおさらだった。


 三人でいろいろと支度をしているうちに、クロエはすぐにやってきてくれた。


「チェスくん、来たよ!」


「クロエ、よく来てくれたな」


 クロエは長い髪を下ろしてカチューシャをしていた。美しい顔立ちによく似合っている。服はきれいなワンピースで、少し気合いが入っているようだった。


「ごめんね、もっと早く来て手伝うつもりだったんだけど、服を選んでたら遅くなっちゃった」


 クロエもドラホミール魔法学校で出会った幼馴染の一人だ。これでチェスワフが子どもの頃からの四人が揃ったわけで、ちょっとした同窓会の気分だった。彼女は今、ブカレスク魔法学院を卒業してから就いたブカレスク図書館の司書の仕事をしている。


「それにしても、弟子をとったなんてどうして教えてくれなかったの? しかも、女の子の弟子なんでしょ。かわいい子だってハヴェルから聞いたわ。そんな子と一つ屋根の下、二人っきりって大丈夫なの? 私もこの家に泊まろうか?」


 馬鹿げたことを言い出したクロエにチェスワフはため息をついてしまった。本気なのか冗談なのかわからない台詞はやめてほしい。チェスワフの気持ちもつゆ知らず、クロエはまだ言った。


「だって私たち恋人だし、家に泊まるくらいいいよね」


 そんな呆れたことを言うクロエにチェスワフは言い返した。


「元、だろう。元恋人だ。それも十四歳のガキの頃に一ヶ月間付き合っていただけだろうが」


 それも付き合っていたと思っていたのはクロエだけで、チェスワフにはその自覚がまったくなかった。ある日ご飯を食べているところに突然、「付き合って」とだけ言われたチェスワフは勘違いしたのだ。彼はてっきりその言葉を買い物に付き合うことだと思っていた。一ヶ月間クロエと一緒にあちこち回って、その思い違いが明らかになったときにはひどいことになったが。


 結局、チェスワフとクロエはこれまでにまともに付き合ったことはなかった。


 マレクが家を出て行ってチェスワフはいろいろと大変で、色恋沙汰どころではなかったのだ。おまけに、クロエはおろか、ハヴェルにラウラ、アマーリア先生にも何も言わずに、ドラホミールの杖を探しに出たことで、彼女に「こんなどうしようもない人を好きだったなんて馬鹿みたい」と愛想をつかされてしまった。


 ろくでもないことを思い出していたチェスワフにクロエは言い続けた。


「でも、チェスワフくんが弟子なんか育てられるの? 人に心配ばかりかけているチェスワフくんが」


「私も心配。こんな自分のことしか考えていないようなやつが弟子を育てられるの? リリアナっていう子が心配ね」


 クロエとラウラのその言葉にハヴェルも賛成だというようにうなずいた。


 なんだか、さっきからチェスワフは昔からの友人に責められてばかりだった。十七歳のときに友人たちに何も言うことなく、ドラホミールの杖探しにこの街を飛び出した前科はそれほどまでに重いようだった。こいつらはそれだけおれのことを心配してくれたのだと、チェスワフは自分を納得させようとしたが、そこから始まった会話はちょっと勘弁してほしかった。


 ラウラが話を切り出して、ハヴェルはあとを継いで、クロエが思い出を蒸し返す。


「チェスワフってさ、子どもの頃もひどかったよね」


「ああ、こいつは昔からそうだったな。おれたちに迷惑をかけまくってた」


「あれ覚えてる? みんなで遊んでたときに、チェスくんが私たちに黙って勝手にいなくなったの」


「ああ、あのピクニックに出かけたやつでしょ? 覚えてる」とラウラが応じる。


「そっちか。おれはてっきり学校でかくれんぼしていたときの話かと」とハヴェル。


 チェスワフは耳をふさいで頭を抱えたくなった。幼馴染というのは覚えていてほしくない思い出まで共有しているから困る。


 ようやくチェスワフにとっては嫌な思い出話が終わり、それからはクロエとラウラが部屋をきれいにして、ハヴェルとチェスワフで料理を完成させた。クロエが「私も料理を手伝うわ」と言ったが、三人で必死になって止めた。祝いの席の食事で腹痛など誰も起こしたくなかったのだ。


 ひとまずはパーティーの準備が一段落した。まだパーティーの主役とその友人の二人はやってこない。


「どうする? もう大人だけで始めちゃう?」


「クロエ、今日はチェスワフの弟子のお祝いでしょうが。本人がいないのに、どうして始めるのよ?」とラウラが反対したが、ハヴェルが言った。


「ちょっとくらいいいんじゃねえのか。麦酒くらいは構わないだろうが。どうだ、チェスワフ?」


「まあ、別にいいだろう」


 この国では麦酒は水みたいに飲まれている。麦の生産量が高いからたくさん作られているし、実際水よりも安い値段で売られていた。麦酒はジュースだ、という者までいる。ちなみに、ワインもよく飲まれていた。酒飲みで陽気で寛容な国なのだ。


 この四人もそのご多分に漏れず酒は嫌いではないから、麦酒の瓶を開け始めた。チェスワフが買い込んでいた瓶のラベルを見たハヴェルが満足そうに言った。


「踊る小人亭の麦酒か。いいじゃねえか」


「私は跳ね馬亭の方が好きだわ。最近は仕事が忙しくてあまり行ってないけど」


「どっちでもいいよ」とラウラがクロエに応じた。


 四人揃って飲むのは久しぶりだった。子どもの頃はみんなこの家によく遊びに来て、おかげでチェスワフも寂しい思いをしなかった。魔法学校を卒業してからも付き合いは変わらず続いていた。だが、最近は互いに忙しくなって四人同時に揃うことがちょっと難しくなっていたのだ。


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