想曲・陸~夢~
夢を、見ていた気がする。
とても、懐かしい夢。とても、悲しい夢。
十歳の時。二歳年上の姉が流行り病で亡くなった。遺体を前にして、親戚一同が泣いていた。
自分には、それが不思議でならなかった。だって、姉はそこにいたから。たとえ、体は体温を失って二度と動かなかったとしても、大好きだった姉の姿は、そこにあったから。
――お前は、冷たい子だね。
誰の言葉だったのだろう。死者を前にして悲しむ素振りを見せなかった自分に、突き立てられた言葉の刃。
あぁ、あの頃からなのだ。
生と死の境界線が、あやふやになったのは。
「…見慣れない天井」
もう、随分前に瞼は上がっていた。夢から引きずってきた過去からようやく意識が現実へと舞い戻り、目の前の光景を脳が認識する。
疲労を訴えてくる体に疑問を感じながらも、ゆっくりと体を起こす。何かが床に落ちる音に視線を落とせば、自分に掛けられていただろう毛布が視界に入った。
立ち上がり、改めて自分が寝かされていたソファの部屋を見渡す。四方を高い本棚で囲まれた、暗い空間だ。天井近くまである高い本棚は整然と本が納められていて、洋書のものも目立った。
ソファと本棚しかない殺風景な光景に溶け込むかのように、木製の扉はあった。取っ手に手を掛け、内側に開いていく。
「――起きたのか」
薄闇に慣れてしまった目には、部屋を照らし出す陽光すら眩しく映る。数秒白く染まった視界がその姿を捉えるよりも早く、冷めた声音が耳朶を叩いた。
「あ…」
現実に戻ったといっても何処か夢見心地であった彼は、返す言葉に迷う。