終曲・弐~想~
「あの時の約束を、お前は守ってくれたから」
遥か昔。まだ、この魂が此岸にあった頃。刹那の時間を共有したあの少年は、言っていたから。
強く願えば、もう一度だけ、道は拓けると。
ただ、願った。死者を渡す広大な川を此岸へと戻っていった魂が、自分の孫のものだったから。冥府の掟を破った魂はただ、堕ちるしかない。
永遠に続く苦しみから、愛しい者を救う為に。
「借りは返す主義だ」
いつか聞いた言葉と同じ台詞を貰えば、再びその唇から笑みが洩れる。視線を傍らに移しても決してその深緑の双眸と目が合うことはなく、変わらない在り方に、少年を見る彼の瞳はとても優しかった。
「あいつの事、よろしくな、冥府の門の番人さん」
死者の時間を戻すことは叶わない。
だから、せめて。その魂が灼熱地獄へと堕ちる事がないように。彼が少年へと願ったのは、それだけだった。
これから、悠久の時間を、死者として過ごしていかなければならない、愛しい者を。
無言の了承を得れば、彼は死者を渡す広大な川の彼方に見える此岸へと背を向けた。
「やっぱり、お前は、人間が好きなんだと思うよ」
最後に残したそんな言葉に、否定も肯定も返ってこなかった。門をくぐれば、重厚な音を立てて閉じられる扉。
互いに、背中合わせの最期。だから、彼は気付かなかった。
腕を組み、遥か先に臨む生者の世界を見つめるその唇に、穏やかな笑みが浮かんでいた事を。
「…人の想いは、時として、運命すらも凌駕する」
彼の呟きを聞くものは、一人としていない。
どうか
愛しい者が
幸せでありますように
死者が紡ぐ
決して届かないこの想いを
あなたが
生者に
伝えて下さい
終劇