想曲・拾壱~夢~
背中合わせの会話。後ろ手で扉を閉めれば、振り返る事無く蝋燭の灯された薄暗い廊下を進んだ。
導きがなくとも不思議と足は彼を屋敷の出口へと誘い、季節外れの菖蒲に見送られながら鉄扉を開けた。
砂利道に出た瞬間、静かだった世界が音を取り戻した。急に現実感を増した世界に、思わず背後を振り返った彼は軽く目を瞠る。
「――――…」
立ち入り禁止を示すロープの引かれた空き地。確かに今の今まで自分がいたはずの、まるで西洋の城を小さくしたような不可思議な建物は、もう、何処にも見当たらなかった。赤茶色の荒地は、菖蒲どころか雑草一本ですら生える余裕がないように見える。
ただ、確かに、憶えている光景がある。
玉露を弾いて輝いていた菖蒲と、何処までも澄み渡った、森の瞳。
あれは、決して、夢ではないと、確信出来るから。
たとえ、世界にその存在を刻まれず、抜け落ちた記憶であったとしても。それは、確かに存在していた。
微かに残った未練を振り払うように、彼は踵を返す。帰路に着くその足取りは昨日の彼が嘘のようにしっかりと大地を踏み締め、毅然とした背中は、やがて住宅の角へと消えて行った。
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