出会いの高速道路
俺は仕事上、高速道路をよく使っていた。
下手に普通道路を使うより、早く進めて気に入っていた。
―が、ある春の日、同僚から変な話を聞いた。
「なあ、お前の使っているあの高速道路。出るんだってな」
「何が?」
「女の幽霊だよ」
同僚は顔は笑っていたが、目がおびえていた。
「1人の若い女の幽霊が、高速道路を歩いているらしい」
「歩く? 高速道路は歩けないだろう?」
「だから幽霊だから、歩けるんだろう?」
ああ、なるほど。
思わず納得してしまった。
「最近、若い女が連続で襲われる事件が多くなっているからな。それを苦にして、自殺した女の幽霊じゃないかと言われている」
「まあ春だからな。そういうのも多いだろう」
そう言って本気にはしていなかった。
だかある夜、出先で帰りが遅くなったが、それでも会社に戻らなくてはいけなくなり、高速道路を通って帰った。
…ところが、高速で車を走らせている途中、ライトが1人の人物の姿を浮かび上げた。
真っ赤な服を着た、女の子の姿を―。
しかし一瞬のことで、車はそのまま走っていく。
「…疲れてんのかな、俺」
仕事で疲れていたのと、周囲が暗かったせいでおかしな幻覚でも見てしまったのだろうか?
…それにしては、ハッキリと見えた気がしたが…。
その後、夜遅い日に高速道路を通ると、必ずと言って良いほど、その女の子を見かけた。
同僚にそのことを伝えると、真っ青になった。
「やっぱそのコ、幽霊だって!」
「…にしては、何か現実味があったような感じがするんだよな」
そう、彼女が幽霊だとは、何故か思えなかった。
夜中に高速道路を1人で歩くなど、普通の女の子ならできないことだ。
いや、そもそもそんなことをしたら、彼女は警察に捕まり、注意されるだろう。
そんなことを考えていたある日の夜、通った高速道路は空いていた。
そしてライトがまた彼女の姿を浮かび上げた時、俺は思わず車を止めた。
「ねっねえ、キミっ!」
「はい?」
可憐な声で、彼女は振り返った。
今日の服装も、真っ赤だ。
もしかして精神病なのかもしれない…。
「高速道路を1人で歩いていたら危険だよ。送るから車に乗って」
「えっと…」
彼女の困惑した表情を見て、ハッとした。
これではナンパだ。
俺は名刺を一枚取り出し、彼女に差し出した。
「俺の身分証明。警察に持っていきたかったら、持ってっていいから。でもここは本当に危険だ。車に乗ってくれないか?」
名刺には俺の顔写真や社名、それに仕事用のケータイナンバーも載っている。
彼女は戸惑いながらも名刺を受け取り、弱々しく微笑んだ。
「それじゃあ…サービスエリアで降ろしてもらって良いですか? 家族に連絡しますので」
「分かった。じゃあ助手席に」
「はい」
にっこり笑った彼女の笑顔はとてもキレイだった。
隣に乗せて気付いたことだが、彼女の肌はとても白い。
長く黒い髪に、大きな琥珀色の瞳。
まるでお人形みたいだ。
「今まで何度もキミを見かけたんだけどね。どうして夜の高速道路を1人で歩いているんだ?」
「わたし、探している人がいるんです。その人はこの高速道路をよく使う人なので、歩いていれば見つかるんじゃないかなって」
「探している人って、誰?」
「う~ん…。重要な人です、わたしにとっては」
重要? 『大切』、ではなく?
「…こんな聞き方をして、悪いとは思う。キミはその…精神的にうんぬんってコなのかな?」
「どうでしょう? わたしは自分では正常だとは思いますけど、周りの人から見れば、おかしいのかもしれませんね」
彼女はコロコロと笑う。
サービスエリアを見つけて、俺はほっとした。
彼女は見た目はとても素敵で、魅力的だ。
しかし中身がおかしいと言うより…純粋過ぎる気がした。
「あの、よろしかったら、何か一緒に食べません? 家族が迎えに来るまで時間かかりますし、お礼に奢ります」
「キミ、未成年だろ? 年下に奢ってもらうのはなぁ」
「う~ん…。あっ、これならどうでしょう? 後から来るわたしの父に払わせるんです。それなら構わないでしょう? 後からお礼に行くのも、重苦しいと思ったんですけど…」
…確かに後から家に来られても、ちょっと困るな。
「それじゃあ、ごちそうになるよ」
「はい♪ お好きなだけ、食べてくださいね」
俺は車を降りて、食堂に彼女と向かった。
「今のサービスエリアって、豪華になりましたよね。24時間営業なんて、昔はありえませんでしたし」
「ホテルや温泉まである所まであるからね。まあ食事が取れるのは一人暮らしとしてはありがたい」
「独身なんですか? 恋人は?」
「仕事が恋人なんだ」
「まあ」
店内の光の下で見た彼女は、本当にキレイで可愛い。
そして食堂の店員が彼女を認識したことで、俺は安心していた。
やっぱり彼女は幽霊なんかじゃない。
「親子丼セットにしょうかな。味噌汁付きの」
「じゃあわたしも同じので」
店員に注文した後、彼女はケータイを開いた。
「それじゃあちょっと家族に連絡してきますね」
「分かった」
彼女はケータイを持って、店の隅へと移動した。
その間、俺は席を立ち、水をコップ2つに入れた。
ここでは水やお茶は無料だが、自分で取りに行かなければならない。
まあ店内に人はまばらだから、苦にならないが。
「お待たせしました! あっ、お水ありがとうございます」
彼女は美味しそうに水を飲む。
「お父さん、すぐに来てくれるって?」
「はい、でも30分以上はかかるって言われました」
「それじゃあその間、付き合うよ。キミを1人にするのは何だか危険な気がする」
「そうですか? ではお願いします。1人じゃ味気ないですからね」
会話をしている間に、注文の品が来た。
「結構美味しいですね♪」
「ああ、俺はよくここで食べるんだ。メニューはほとんど食べたかな」
「スゴイですね。お仕事でここの高速道路、よく使われるんですか?」
「ああ。本社勤めなんだけどね。いろいろお店を回らなくちゃいけなくて、ここの高速道路は毎日何回も使うぐらいだ」
「へぇ…。それって会社の人、ほとんどですか?」
「まあそうだな。俺の部署の人間はほとんど本社にいない。おかしな部署だろ?」
「移動好きな人にはたまらない部署ですよね」
「確かに。車が好きなら、たまらないね」
彼女と会話をしながら、食事を済ませた。
その後はお茶を飲みながら、談笑した。
「あっ、そうだ。キミはもしかしたら知らないかもしれないけど、最近、若い女性ばかり被害に合う事件が多発しているんだ。気をつけた方がいい」
「ああ…そう、ですね」
そこで店内に置いてあるテレビで、ニュースが流れた。
30ぐらいの女性キャスターが重々しくニュースを読み上げる。
内容は例の女性ばかりが被害に合うヤツだった。
新たな犠牲者が出たらしい。
被害者達に共通点はなく、ただ若くキレイなコばかり狙われるというウワサだ。
夜道を1人で歩いていると、いきなりライトを消した車が近付いてきて、突然車の中に引っ張り込まれる。
そして暴行を受けた後、見知らぬ土地に捨てられるという、残酷極まりない事件だった。
しかし女性達がさらわれた場所は各地転々としていて、次にどの土地で事件が行われるか分からないというのが、恐ろしい。
「…あんな事件が起こっているんだ。探している人がいるなら、他の人に頼んでみるといい。探偵や警察とか」
「…それで見つかるなら、良いんですけどね」
そう呟いた彼女の声と表情は、ぞっとするほど冷たかった。
被害者達が捨てられる場所は各地転々。
この県でもあったことだし、近隣の県でもある。
あまりに範囲が広過ぎて、警察の混乱ぶりが目に見えるほどた。
しばらくは沈黙がおりた。
しかし1人の男性が店内に来たことで、彼女の表情が変わった。
「お父さん!」
「お前、またこんなことをっ…!」
父親は娘を見て、何故か安堵の表情ではなく、困惑の表情を浮かべた。
「この人が、わたしを保護してくれたの」
「あっ、ご挨拶が遅れて申し訳ございません。この子がご迷惑をおかけしまして…」
「いっいえ、危ないと思ったので、保護したまでですから」
頭を下げられると、こっちが恐縮してしまう。
「それじゃ、お会計、よろしく」
彼女が笑顔で、伝票を父親に差し出した。
「分かった分かった。それでは失礼します」
「はい…」
父と娘はお会計に向かい、そのまま店を出た。
ガラス越しに見ていたが、父親はどこか疲れた顔をしていて、彼女は明るかった。
しかしいきなり彼女は振り返り、俺に向かった笑顔を見せた。
そして彼女の唇が何かを言った。
…でも距離がありすぎて、聞こえなかった。
だが父親には聞こえていたらしく、憤怒し、彼女の腕を掴んで行ってしまった。
何だ? 彼女は一体、何を言ったんだ?
翌日、眠い目をこすりながら本社に出社した。
「おはよ…」
「おはようさん。寝不足って顔しているな」
「まあな。お前は何だかスッキリした顔をしているな」
「ああ。それより眠気覚ましにコーヒーでも飲みに行くか?」
「そうだな…」
このままじゃ車に乗るのも危険だ。
「昨日、帰りが遅かったみたいだな。ご苦労さん」
上機嫌の同僚が、ブラックコーヒーを奢ってくれた。
本社の最上階にはカフェスタイルのレストランがフロアごと入っていて、そこは街並みが見下ろせて人気だった。
しかし今は仕事中。俺達のいる部署の人間以外はいない。
「あっ、そうだ。やっぱりウワサの女の子、幽霊じゃなかったぞ」
「ん? どういうことだ?」
同じくコーヒーを飲む同僚に、俺は昨夜のことを話して聞かせた。
「…ふぅん。キレイな女の子だけど、ちょっと頭のネジがゆるんでるのかね」
「そういう言い方はよせよ。…まっ、正常とは言えないがな」
「そういうのをイカレてるっつーの。てーかよく女の子に声をかけたな。恐ろしくはなかったのか?」
「現実感がありすぎなんだよ、そのコ。実際食堂の人だって対応してたし、生きた現実の女の子だよ」
「へ~。でもキレイなコなら、会ってみたいもんだな」
同僚の顔がイヤな表情になった。
「やめとけよ。30代になったんだし、そろそろ身を固めることを考えるべきだ」
「お前は真面目だなぁ。オレはまだ、遊び足りないぜ?」
同僚とは大学からの付き合いで、コイツは当時から遊び人として知られていた。
泣かされた女の子は数知れず。
そのままの勢いで、会社でも遊びまわっている。
コイツのせいで会社を辞めたコもいるぐらいで、さすがに上司が注意をしたら、最近は大人しくなったみたいだ。
…まっ、外で遊ぶようになっただけだが。
「今じゃ仕事で各地転々として、なかなか遊べないんだけどな」
肩を竦める同僚を見て、近場ではコイツの悪評を聞かなくなったことを思い出す。
「でもお前、定時で毎日帰っているじゃないか」
「残業は趣味じゃないんだ、お前と違って。でもキレイな女の子が見られるなら、残業も悪くないかもな」
「…言ってろ」
コイツの発情は病気みたいなもんだし、そのうち再発するだろう。
何て言っても春だし。
「とりあえず、仕事頑張ろうぜ。クビになったら、女も寄ってこない」
「そうだな。それじゃそろそろ行くか」
欠伸をかみ殺しながら、立ち上がった。
「おいおい。しっかりしろよ?」
「ああ、何とか平気だ」
「じゃ、お互い頑張ろうぜ!」
「だな」
―そしてその時見た同僚の笑顔が、最期に見たヤツの笑顔だった。
あの夜から数日、早めに帰れることが多くなり、彼女を見かけることはなかった。
もう歩くのは止めたのかと思った。
そのことを少し心寂しく思いながらも、ほっとしている自分に気付く。
やっぱり夜、高速道路を女の子が1人で歩くなんて危険すぎる。
それに…何だろう?
彼女の行動には、何か深い闇の匂いがする。
それこそ、関わってしまった者を呑み込んでしまうような深い闇。
俺は人と関わるのがあまり好きではないが、人を見る目はあった。
どんなに偽りの仮面をかぶっていても、漏れ出す感情を読み取るのが上手いみたいだ。
だから同僚とは付き合いやすかった。
アイツは表も裏もないも同然だったから…。
…なのに何故、アイツは車の事故で死んだんだ?
しかもいつも使っている高速道路で。
そして何故…彼女がその場にいるんだ?
俺の頭の中は真っ白だった。
ああ、そうだ。
久し振りに仕事で遅くなったんだ。
出先から本社に戻る途中で…例の高速道路を走っている時だった。
目の前に事故の現場があって、俺は慌てて車を止めて、救急車を呼んだ。
ケータイを切った後に気付いた。
彼女が、そこにいることに。
アイツの車は思いっきり壁に突っ込んでいた。
前の部分からは炎と煙が巻き上がり、壊れた運転席からは同僚の体が半分、出ていた。
多分もう…。
「…どうして、キミがいるんだ?」
俺はやっとのことで、彼女に声をかけた。
「この人だったんです。わたしの探している人」
彼女は無表情で、同僚を指さした。
「コイツが…キミに何をした?」
「わたしには何も。ただ、結婚間近だった妹を誘拐され、暴行され、捨てられただけです」
ああっ…!
俺は両膝を地面についた。
例の連続婦女誘拐・暴行事件の犯人は、同僚のコイツだったのか…。
「妹はショックで、自殺しました。三週間も前の話ですけど」
「…それで、復讐を考えたのか」
「ええ。警察の人も気付いていました。犯人の男がこの高速道路を使っていることを。なのでわたしがオトリとなり、歩いていたんです。妹の姿を真似して」
彼女はそう言うと、自分の赤い服を見て、一回りした。
「この人、この高速道路を使って、被害者達を誘拐し、各地に捨ててたんです。なのでここを何度も通れば、必ず事故を起こしてくれると思っていました。わたしと妹の顔は、似ていますから」
「似て…いたのか?」
「ええ、何せ双子ですから。もっともニ卵生ですが」
彼女は淡々と語る。
アイツはさぞ肝が冷えただろうな。
夜の高速道路、自分が暴行した女の子を見かけたら…そりゃ事故るな。
「…だからキミのお父さんはあんなに疲れていたのか」
「ええ。捜査は難航していた上に、母が気をおかしくしてしまったので。ならば動くのはわたしの役目でしょう?」
「警察は信用しなかったのか?」
「いいえ。ただ力不足なのは憎んでいます」
この高速道路を犯人が使うと分かっていても、特定するのは難しかっただろう。
「どうして…犯人がコイツだと分かった?」
「犯人の行動パターンを、詳細に調べたんです。いろいろな手をつくして、いろいろなパターンを考えましたよ。そしたらあなた達の働く特殊な部署を見つけたんです」
特殊、か…。
確かにそう言えるな。
思わず苦笑が浮かぶ。
こんな特殊な部署でなければ、ヤツも犯罪に走ることもなかったのかもしれない。
そして彼女にバレることも…。
「それじゃあ俺のことも候補にあがっていたのか?」
「最初の頃は。でもあなたは本当に仕事をしていただけです。調べたらすぐに分かることですよ」
「…そうだな」
そしていつも定時に帰っているコイツは、その後、犯罪を繰り返していたというワケか…。
「何度かこの人をつけていた結果、犯罪の現場を目撃して、間違いないことを確信しました。だから死んでもらったんです」
「まさに自業自得だな」
俺は失笑しながら立ち上がった。
膝のほこりを払い、聞こえてきた救急車の音を聞く。
「それでは、わたしの役目はここまでです」
彼女は俺に向かって微笑んだ。
「もう…二度とここを歩かないでくれよ?」
「分かっていますよ」
「あっ、それともう一つ」
「はい? 何でしょう」
「キミと食事をした日、お父さんに叱られていただろう? 俺に向かって、何を言ったんだ?」
「ああ…あの時ですか?」
彼女はくるっと振り返り、数歩歩いた。
そしてまた振り返り、俺を見て微笑む。
…あの時のように。
「あなたは『違う』。だから生かしてあげます」
その言葉を発した唇の動きが、あの夜の彼女の唇の動きと重なった。
ぞくっ!と背筋が震えた。
「なるほど…。お父さんが怒るわけだ」
「はい。車の中でも説教されました。でも悪いことじゃなかったんですけどね」
「確かに。俺は何もしていないから、生かされているワケだし」
「ええ、無関係の人は巻き込む気はありませんでしたから」
辺りに救急車の音が響いてきた。
「それじゃあわたしはこの高速道路を降りますね。もう二度と歩くことはないでしょう。さようなら!」
彼女は眩しい笑顔で、その場を立ち去った。
俺には引き止めることはできなかった。
燃え盛る車から見えるアイツの犯罪を、止めることができなかったのだから…。
それから数日後。
ニュースはアイツのことで独占されていた。
事故はただの事故だと処理された。
しかしアイツの車の中から、被害者達の痕跡が発見され、アイツの犯罪が明るみになってしまったのだ。
会社はアイツの仕出かしたことで、大きな痛手を負った。
でも俺だけは冷静に仕事をしていた。
高速道路に現れる女の子の話は、あの日以来聞かないし、見かけもしなかった。
全ては終わってしまったことなのだ。
だがある日、新入社員が会社にやってきた。
新入と言っても、退社する者が多くなり、途中採用で入ってきた。
まだ23歳の青年ということから、俺に教育係が回ってきた。
会社の最上階のカフェで待ち合わせをしていた。
ブラックコーヒーを飲みながら、ぼんやり街並みを見下ろしていると声をかけられた。
「あの、遅くなってすみません。途中採用で入ってきた者ですが…」
「あっああ、話は聞いている。これからよろし…」
最後の言葉は、言えなかった。
途中採用で入ってきた青年は、あの彼女だった。
今はスーツに身を包み、髪を茶色く染め、短く切っている。
だが、その顔には見覚えがあった。キレイな、笑顔。
「ご縁がありますね」
彼女…いや、彼はニッコリ微笑んだ。
「キミ…わざとだろう? 今度はまさか、会社に復讐しに来たんじゃないだろうな?」
「普通に就職ですよ。ホラ、僕の家族、今大変なことになっていますから」
父親は発狂した母親の看病をしているとか言っていたな。
「だから大学院を辞めて、就職したんです。本当は教師になりたかったんですけどね。今は手っ取り早く、稼ぎたいので」
肩を竦めて苦笑する彼を見て、俺は深くため息をついた。
「まっ、これからよろしくな。キミは根性があるみたいだから、ここの仕事は合うと思うよ」
「僕もそう思います。よろしくお願いします、先輩」
彼は笑顔で俺と握手をした。
―そこで俺は気付いた。
ああ、俺ももうまともじゃないんだなってことに。
警察に彼の存在を知らせず、彼を受け入れてしまっている。
だがそれもまた、正気の成せることなのではないかと、俺は思ってしまう。
正気と狂気。
表の顔と、裏の顔。
俺とアイツ、そして彼が持っている二つの顔は、案外誰もが持つ顔なのではないのかと…。