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『恋愛・結婚』

『ズレた歯車の先…』

作者: ミオ
掲載日:2026/08/23

彼女の人生は、ずっと思い通りだった。


二十六歳で恋をして、結婚して、子どもを持った。


欲しいものは、欲しいと思えば手に入った。


家を買い、子どもを育て、夫婦としての年月を重ねる。


周囲から見れば、何も問題のない人生だった。


彼女自身も、そう思っていた。


「私の人生、順調よね」


そう言って笑ったこともある。


けれど、人生というものは、大きく崩れる前に、ほんの少しずつ歯車をずらしていく。


最初は、本当に小さな違和感だった。


夫との会話が減った。


家族で出かける回数が減った。


子どもが成長して、家の中が少しずつ静かになった。


それでも彼女は気にしなかった。


「まあ、そんなものよ」


そう思っていた。


次の歯車がズレたときも、まだ気づかなかった。


友人との関係が変わった。


親との関係も変わった。


昔は当たり前だった場所に、自分の居場所がなくなっていった。


それでも、彼女にはまだ「自分の人生」があった。


仕事があり、家があり、生活がある。


だから、見ないふりができた。


そして二十年近くが経った。


振り返れば、何か一つの出来事が人生を変えたわけではなかった。


小さなズレが積み重なっただけだった。


一度目のズレ。


二度目のズレ。


そして、気づいたときには、最初に思い描いていた人生とは、まるで違う場所にいた。


ある日、彼女は引っ越しの荷物を段ボールに詰めていた。


二十年前には想像もしなかった場所へ行くことに。


「どうして、こうなったんだろう」


手を止めて、部屋を見渡す。


笑った。


泣いた。


ここで家族を毎朝送り出した。


ここで、たくさんの「当たり前」を積み重ねた。


それなのに。


今、その当たり前を一つずつ箱にしまっている。


不思議だった。


悲しいはずなのに、涙は出ない。


むしろ、少しだけ笑えた。


人生は、思い通りにはならない。


でも、不思議なことに、


思い通りにならなかったからこそ、行ける場所もあるはずだ。


彼女は最後の箱を閉じた。


そして、部屋の電気を消した。


二十年、自分が生きてきた場所を後にして、新しい環境へ向かう。


怖くないと言えば嘘になる。


けれど、もう昔のように「こうなるはず」と未来を決めつけることもしなかった。


人生の歯車は、きっとこれからもズレる。


予定通りにはいかない。


思い描いた通りにもならない。


だからこそ。


今度は、ズレた歯車の先に何があるのかを見てみようと思った。


彼女は鍵を閉めた。


そして、一度だけ振り返る。


「さようなら」


誰に言ったのか、自分でもわからない。


過去に向けてなのか。


二十年前の自分に向けてなのか。


それとも、思い通りになる人生そのものか。


彼女は歩き出した。


新しい場所へ。


もう、何も決まっていない人生へ。


それは、失った人生ではない。


二十年かけて、少しずつズレていった歯車が、


ようやく別の未来を動かし始めた瞬間だった。

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