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クラスメイトの箱入りお嬢様が、私の百合ラノベのネタになるまで!  作者: 沢谷 暖日
第1章 月江梓という女の子

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第4話 手を繋ぐ 頬を撫でられる

 命令。

 その甘美で背徳的な単語に、私の喉がごくりと鳴る。

 何かをして欲しいと月江さんは言った。私の小説のために。

 恋愛描写といえば──キスは、さすがに申し訳なさすぎるのでナシとして。

 ハグ……は心臓が持たないだろうし……。

 もっとこう初歩的で、それでいてときめくような──。

 じゃあ。


「手とか、繋ぐ?」


 正直へたれた! が、これくらいでいいと思う!

 なんでもとは言われたが、実際になんでも言ってしまうと多分引かれちゃうからね!

 月江さんは、ふふ、と柔らかく笑う。よし、多分これで間違ってなかった!


「はい。では、手を」

「う、うん。……緊張するね」


 それになんか、恥ずかしいな。

 ハグとかキスとかと比べてハードルは低いけど、相対的に見てなのでエベレストが富士山になったくらいのもの! で、でも私の描写力向上のためにこれは必要な行為……!

 私は目を逸らしつつ、恐る恐ると右手を差し出す。

 そしてそれはすぐに、月江さんの両手に包み込まれた。


「──っ」


 ひんやりとした感触に、私の身体がびっくりする。

 柔らかくて、ひんやりとしてるはずなのに体温が伝わってどこか温かい。

 と。すぐに添えられていた月江さんの左手が、するりと動いた。

 包み込んでいた指先が、私の指の隙間を探るように滑り込んでくる。

 私が反応するよりも早く、彼女の細い指が私の指を絡めとった。

 まるで逃げ場を塞ぐように、手のひらが吸い付く。

 ってこれ──。


「恋人繋ぎ、じゃないですこれ?」

「そうとも言うらしいですね」

「そうとしか言わないかも!」


 箱入りだから限度を知らないのでしょうか!

 まぁいいや! これは取材! 月江さんもそれは承知の上のはずだ!

 ここで私が取り乱すと、冷静に今の状況を描写できない。だから落ち着け!

 で、でも。なんというか距離が近付くにつれて、息が詰まる。

 目前にいる月江さんのせいで、私の思考は更に迷い込んでいくみたいだった。

 至近距離で見る月江さんの顔は、溜息が出るほど整っていた。

 特に、目元。まつ毛の長さは、その美貌を現すのによく使われる言葉だけど。

 実際に長いまつ毛を見れば、なるほどめちゃくちゃ美しいなと思わされる。

 瞬きをするたびに、バサッという音がしそうなくらいだ。


「綺麗、だね」


 思わず本音が口を衝く。


「……そう、ですか?」

「月江さんってメイクしてない、よね」

「はい。母に禁止されてますし、やり方がまず分からないので」

「……羨ましい」


 すごい。すっぴんでこのクオリティ。とてもすごい。

 素材の良さが私の貧弱な語彙を奪っていくので、描写力を高めるどころじゃなさそう。

 私が感心してまじまじ見つめていると、月江さんが不意に手を離した。

 ふっと温もりが消え、現実に引き戻される。


「なにか掴めそうですか?」

「えっなにが?」

「先生の小説の話です」

「あそっか。えっとなんか、恥ずかしくてそれどころじゃなかったというか……」


 私が正直に白状すると、月江さんの眉がぴくりと動いた。

 そして真っ白なほっぺたが少し膨らむ。


「スランプから抜け出したいんですよね?」

「す、すみませんっ! 今から本気出します!」


 月江さんがむくれている! か、かわいい……!

 でも月江さんは大真面目だと思うので、ほんとに本気出さなきゃ!

 私が姿勢を正すと、月江さんは一つだけ頷いて一歩分距離を詰めた。

 そしてその白い指先を、ゆっくりと私の顔に伸ばしてくる。


「これは……どうですか?」


 月江さんの手が、私の頬に添えられる。

 親指が、私の唇の端をなぞる。


「ひゃっ……」


 また変な声が出た。

 彼女の瞳が私を覗き込む。


「先生だったら、この状況……どう書きますか?」


 な、なるほど。

 確かに触れられながらだったら、なにか言葉は出てきそうだけど。

 私は唾を飲み込んでから、脳内の言語中枢をフル回転させた。

 この感触。この熱。私ならきっと──。


「……冷たいはずのその手は、溶かすような温度を持って、肌に染み入る」


 ドクドクと心臓が鳴っているのが分かった。

 沈黙を意識するとまずい。

 ダメだ。緊張で思考が変な方向に滑っていく……!


「白濁する波の奔流が、理性まるごと飲み込んで、私に襲いかかるのが──」

「ま、待ってください。官能小説みたいになってます……!」


 月江さんが真っ赤になってストップをかけた。

 私は「え!」と思わず大きな声を出す。


「その。リアルな描写とはいえジャンルは、エンタメ小説なんですよね? ちょっと固すぎるかなと……!」


 た、たしかに──!

 経験がないせいで知識として持っている『それっぽい描写』を引用すると、どうしても平成の官能小説みたいな言い回しになってしまう!


「だからほんとに、先生が感じた今の感情を言葉にしてみてください」


 月江さんは諭すように私の頬を撫でた。

 その指の動きは、なんというか絶妙だ。

 強すぎず弱すぎず、くすぐったいようで心地いい。

 なんか月江さん、手つきが手慣れてるような気がするんですけど……!

 さっきもさりげなく恋人繋ぎしたりさ! もしかして──!


「あの。月江さんって他の子ともこういうことするの?」

「えっなんでですか?」


 月江さんがきょとんとした表情で首を傾げる。


「いや、なんかその。手つきがえろいと言いますか……」

「えぇっ……ろ……!?」


 月江さんがバッと手を引っ込めた。

 その白い肌が、首筋まで一気に茹で上がっていく。


「私、えろいんですか?」


 月江さんは自身の両手を見つめ、わなわなと震えながら問いかけてきた。


「ち、違う! いや違くないかもだけど、そういう卑猥な意味ではなく!」

「じゃあどういう意味ですか……! 私、破廉恥なことしたつもりありません!」

「いや、なんか手つきがプロっぽいというか、慣れてるなって」


 正直な感想を漏らすと、月江さんはぴくりと肩を震わせた。

 そして潤んだ瞳で、上目遣いに私を見てくる。


「えっと、私今。なりふり構わず色んな女の子に手を出す人間だと思われてます……?」

「そ、そこまでは思ってないよ! あでも、付き合った清楚系の女の子が経験豊富だった時に感じる心のもやもやみたいなのはリアルに感じることできたかも! ありがとう!」

「待ってください! 私も初めてです! 本はこれまでたくさん読んでたので、想像でしてみただけです……!」


 月江さんは顔を真っ赤にして抗議した。

 普段のクールな彼女からは想像もつかない必死さである。


「想像で?」

「はい。昔見た小説の描写を思い浮かべながら、こうすれば相手がドキッとするんじゃないかな、みたいなの……で、その──」


 月江さんは視線を泳がせ、もじもじと指先を合わせた。


「来栖さんの力に、なりたい……ですから」


 消え入りそうな声。

 けれど、そこには私への純粋な敬愛があった。

 その姿があまりにも健気で私は──。


「か、かわいい」


 口から本音が零れ落ちる。

 でも可愛いんだからしょうがない!


「え?」

「あ、いや! なんでもない! その、ただ……」


 私は照れ隠しに頬を掻く。


「私なんかに、ここまでしてくれるの……すごい、嬉しいかも」

「そう、ですか? ならよかったです……。私も嬉しいです」


 月江さんが柔らかく笑う。

 その笑顔を見て、私はふと今の状況の異常さを再認識した。


「なんか昨日までただのクラスメイトだったのに。すごい背徳的かも。文字に起こすと放課後の密室でいちゃついてるって感じだから」

「……でも私にとっては、ただのクラスメイトじゃないですよ。嫌でした?」


 月江さんは我に返ったように、少しだけ不安げに私を見上げた。


「ううん。全然。むしろ──」


 もっと知りたい。

 そう口にしようとした。その時──。


 ──♪


 スマホが着信音を吐き出す。

 どうやら月江さんのスマホらしい。

 彼女は慌ててバッグからスマホを取り出した。

 画面を見た瞬間、彼女の顔がぎょっとしたようになる。


「い、妹からです……!」

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