第2話 女の子を初めて家に上げる描写編(1)
「へー、月江さんって意外とインドアなんだね」
「はい。休日は基本的にお屋敷……いえ、自宅で読書をしていることが多いです。あとはピアノのレッスンくらいで」
電車に揺られ、最寄り駅に降り立ち、自宅までの道を歩く。
その道中で私たちは他愛もない話で時間を消化していた。
月江梓さんという女の子は、私が思っている以上に普通の女の子だった。
いや、お屋敷とかピアノとか節々に育ちの良さは漏れ出てるけど……。
佐倉わかの話になると少し早口になるし、学校の先生の愚痴には静かに同意してくれて、オタクに優しい清楚系お嬢様という感じでかなり素敵な人間!
「なんか、意外。もっとこう、すごい雲の上の住人だとずっと思ってて」
「そうですか? 私はたまたま裕福な家に生まれただけですよ。……私からすると、来栖さんの方がすごいです。中学生で小説家デビューしてるんですから」
月江さんは少し恥ずかしそうに、けれど尊敬のまなざしで微笑む。
その純粋な光が、私には少し眩しい……。
「……私は、昔から物語を考えるのは好きだったから。あと受賞は運もあっただろうし、多少の商売っ気もあっただろうなって今なら思う。あの時の原稿見返すと、それはもうすんごいし。……悪い意味で!」
「そう、なんですね」
月江さんはあまり腑に落ちてない様子で頷いた。
私が小説を書けたのは、学校にほとんどいってなかったのもあると思う。
だから時間だけはたくさんあって、想像力は良い意味でも悪い意味でもよく働いた。
何十作と書いたそのうちの一つがたまたま時代の波と編集者の目に留まっただけ。
多分私が中学生じゃ無かったら受賞はしていなかったんじゃないかな。
そんな話をしているうちに我が家に到着してしまった。
ごくごく一般的な、二階建ての一軒家。
「ここが私の家です。着いてきてくれてありがとうね」
本来ならここで解散。
なんだけど、月江さんは帰ろうとはしない。
スクールバッグを大切そうにぎゅっと抱きしめ、立ち尽くしていた。
「あの……」
そして何かを言いたげにもじもじしていた。
傾いた太陽に照らされる頬が赤い。
どうしたんだろう。そう思っていると──。
「サイン、欲しいです」
「さ、サイン!? え、わ、書いたことないよ私?」
「そ、それでもいいです!」
思わぬ言葉と必死な形相に、私はたじろぐ。
サイン。サインかぁ。そんな話、今まで一回も出たこと無かったな。
せっかくだから書いてあげたいけど、こんな外で書くわけにもいかない。
私は「なら」と玄関の方を指して首を傾げる。
「よかったら、上がってく? 特にお構いはできませんが……」
「えっいいんですか? 上がります。すごく、上がります」
月江さんの目がぱぁっと輝く。
よかった。すごく上がっていってくれ。
私は「ささ」と彼女の背中を押して、家の鍵を開ける。
「お邪魔します……」
月江さんが恐る恐る、我が家の敷居を跨ぐ。
靴を脱いでそろえる所作一つとっても美しい。
かかとがミリ単位で揃っているような気がした。
私のローファーが雑に脱ぎ捨てられてるのが恥ずかしくて、慌てて端に寄せる。
「あの。今、ご家族はいらっしゃいますか?」
「いや、今は誰も。両親は仕事で、妹は部活かな」
挨拶をしたいってことだったのかな。
答えると、なぜか月江さんは安堵したような表情になった。
わかりました、と頷いたのに対し私は「よし」と答える。
「私の部屋、二階だから。でも、汚いからね。引かないでね」
「つまり、先生の仕事場ってことですよね。光栄です……!」
微妙に話が伝わってなさそうな相槌!
私は諦めるように二階に上がり、私の部屋に通す。
もしかすると私は、部屋に友達を上げることすら初めてだったかもしれない……!




