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クラスメイトの箱入りお嬢様が、私の百合ラノベのネタになるまで!  作者: 沢谷 暖日
第1章 月江梓という女の子

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第18話 正しい想いの伝え方?

 キーホルダーの入った袋を提げ、バスの時間まで海沿いのベンチに腰を下ろす。

 このままだと月江さんが帰り着くのが六時ちょうどになりそうだった。


「…………」


 ざぁざぁ。と潮騒の音が心地よいリズムで鼓膜を揺らす。

 夕暮れ時の海風は少し湿り気を帯びていて、私たちの頬を優しく撫でていた。


「月江さん、今日は楽しかった?」

「はい! ……あ、でも」


 月江さんは少し困ったように眉を下げた。


「帰って雫に、楽しんできたのがバレそうで不安です。顔が緩みっぱなしで……」

「そっか。今日は一応、生物学の生態調査? 的な名目で来てたんだよね」

「はい。でも実際たくさんの魚を見られて、とても勉強にもなりましたし、嘘ではない……はずです!」


 自分に言い聞かせるように月江さんは拳を握る。

 その姿がなんだか少しおかしくて、私はくすりと笑った。

 すると月江さんは、ふと真面目な顔に戻って私を見つめてくる。


「来栖さんは取材できましたか? いえ、佐倉先生にとって良い時間になりましたか?」


 その問いに、私は「あー」と天を仰ぎながら今日一日を振り返る。

 待ち合わせの時の、月江さんの衝撃的な可愛さ。繋いだ手の温もり。クラゲの水槽での儚げな横顔。そして今、隣で感じる彼女の体温。すべて、新鮮に残っている。


「そう、だね」


 私は海の方へ視線を移し、噛みしめるように言った。


「……この思い出が、しばらく創作のガソリンになってくれそう。ありがとう」

「よかったです。先生の力になれて、光栄です……!」


 月江さんは嬉しそうに目を細めると、水平線を見やって、ほぅ、と。うっとりとした溜息を吐いた。オレンジ色に染まる海を見つめるその瞳は、どこか遠くを見ているようで。


「時間の感覚がなくなっちゃって、もうこんな時間で。なんだか──」


 独り言のように、ぽつりと。


「ずっとこうしていたいなぁ……なんて」


 とくん、と心臓が鳴った。


「……そう。だね」


 ……ずっと、こうしていたい。

 その言葉は、私に向けたものだったのかな。

 それとも、ただこの空間に対する感想だったのかな。


「…………」


 いや。だからなんだというのだろう。

 もし、私に言ってくれてたとして、これ以上は何も起きない。

 きっと私は、浮ついたことなんて何も思わない。

 そのはずだ。そのはずだ、と思う。


 ────。


 どうでもいいんだけれど、百合の話を書いているからと言って、私は別に女の子のことが好きというわけではない。女性の百合作家でも、結構そういう人は多いと思う。

 処女作の『カナリアの毒』の百合描写は、状況の混乱を表現するために用いた描写だった。それがたまたまネットで受けて、以降百合作家を名乗ることになるだけで。

 私は女の子が好きではない。でも、男の子が好きであるかどうかも分からない。

 私は人に好かれたことは多少あれど、好きになったことは今まで無い。

 実際、分からないからこそ、恋愛の話を書けているというのはあると思う。

 閑話休題。

 私には恋愛のことは分からない。

 でも、そんな私でも、今がなんとなくいい雰囲気なのは分かった。

 もし、ここにいるのが私じゃなくて、月江さんに恋する女の子なら。

 可乃子ちゃんであれば、きっとここで月江さんに想いを伝えるんだろうと思う。

 だから私は──。


「ねぇ、(あずさ)。……さん」


 ふと、口を滑らせた。

 飛び出た言葉は、震えていた。

 月江さんは驚いたようにこちらを見る。

 口はそのまま滑り続けて、思考までもが上滑りした。


「なんて、名前で読んでみたりとか」


 照れ隠しに頬を掻く。

 心臓が、痛いほどに脈打っていた。


「……来栖さん?」


 月江さんの顔が見れない。

 きっと困った顔をしているに違いない。


「あ、梓。……梓、さん」

「えと……はい……」


 私は、何をしたいんだろう。

 可乃子ちゃんの気持ちを代弁してあげたいのかな。

 だとしたら、後はもう彼女に任せてみていいだろうか。

 ここからはデートの取材・番外編ということにして。


「手、繋いでいい?」

「えっ、は、はい……!」


 私は、月江さんの手をとる。

 やっぱりその手は柔らかく、細くて、ひんやりとしていた。

 扱いを間違えれば崩れ落ちてしまいそうで、私は大切に両の手でそれを包み込む。


「……嫌じゃない?」

「あ、はい! だけど急に、どうしました?」

「えっと……なんとなく。こうしたいと思って」


 答えると、月江さんの手がぎゅっと、浮いた手の骨に触れた。

 手が熱かったのは多分、私のせいで。汗ばんで、少し申し訳なくなる。

 不意に訪れた沈黙は、今日何度目のものか分からないけど。

 その沈黙を意識してしまって、心臓の音がどくどくと聞こえた。

 私のか、月江さんのか。どちらにしても──早すぎる。


「あ、あのさ!」


 私は心音を誤魔化すように、少し声を張り上げた。

 目も合わせられないまま、二人分の足元を眼前に私は続ける。


「私、入学した頃から梓さんのこと、目で追ってたんだ」


 多分、私は告白をしようとしている。


「凛としていて、高嶺の花みたいなのに、誰にでも優しくして、可愛らしいところもあるところとか、素敵だなって思ってて」


 でも、告白をするのは私じゃない。取材のために作り上げた、一つの人格だ。


「今日、たくさんの月江さんの表情を知って。もっと一緒にいられたらって思った」


 それをきっと、月江さんも理解している。


「だからね」


 一つ、息を吸う。


「あの、ね……」


 一瞬、喧騒が消えた。


「梓さん……好き、だよ」


 それでも、本心だったと思う。

 月江さんのことを素敵だと思っていた。

 月江さんともっと一緒にいたいと思った。

 好き、っていうのは。友愛的な意味だけど。


「えっ──と……」


 月江さんは虚を突かれたような声を上げた。


「返事を、聞かせて」


 握った手に力を込めて、私はとうとう彼女を見る。

 月江さんは夕暮れよりも鮮烈な赤色に顔を染めていた。

 それでもその瞳は、どこか寂し気に揺れていて──。


「……ごめんなさい」


 そう、口にした。

 一切も澱みのない、柔らかな笑みで。


「どうしてか、聞いてもいい?」


 痛くなる心臓を感じながら、私は問うた。

 その瞳は私を見据えつつも、どこか遠くを映していた。


「あなたには、私なんかでは相手になりませんから」


 突き放すような言葉なのに、声は優しかった。


「逆じゃない? 私、梓さん相手なら──」

「いえ。相手には、なりませんよ」


 有無を言わさない。

 私が何を言おうと、もう聞き入れてはくれなさそうだった。

 私の取材に付き合って、彼女なりに役を演じきってくれたのかもしれない。


「そっか」


 六月になったばかりの、ぬるい風がびゅうと吹き抜けた。

 水平線上の太陽は、もうじきその姿を隠そうとしている。

 どこかでカラスがかぁと鳴いて、ばさばさと空を泳いだ。

 水面がきらりと赤い光を反射して、瞼がぱちりと瞬く。


「…………」


 沈黙が流れた。

 心臓の音はもう、止んでいた。

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