正しいプロローグの作り方
月江さんの告白に、私はパニックに陥った!
だってそんなわけがないから! あの月江さんだもん!
高嶺の花で、すごい綺麗で清楚で優しいあの月江さん!
そんな彼女がまさか私みたいな陰キャに告白するわけがない!
で……でも間違いなく彼女は私のコト、好きって言った、よね。
私は黙ったまま月江さんを見る。
「……びっくり、しましたか?」
月江さんは申し訳なさそうに首を傾げる。
目の前の二房の三つ編みが、風に吹かれてなびいた。
「うん、今まで話したことなかったし、びっくりしたっていうか……」
冷静にほんとに、なんでだろう。
だって多分今日の朝、初めて話したと思う。
入学してからまだ一ヵ月と少しだし、関わることも、相手のことを知る機会も少ない。
じゃあこの告白は罰ゲーム、とか?
でもそんな子には見えないし、でもそうじゃないと訳わかんないし。
「そうですよね。話したこと、無かったですもんね」
月江さんは困惑する私をよそにバッグから何かを取り出した。
「こ、これ。なんですけど……」
それは──一冊の文庫本だった。
「これ──」
それは私の処女作『カナリアの毒』じゃないか!
中一の頃に公募に出した『中学生らしい瑞々しい感性のトリック(講評ママ)』が評価されたミステリー作品である。その作品にスパイス程度に入れた女性同士の恋愛描写がウケて二作目は百合モノのファンタジーを書くことになる、というのはここだけの話。
「あと、これも……」
それは私の二作目『落ちこぼれ貧乏貴族の成り上がり。 ~転生したら貧乏貴族の令嬢だったので、王都のお姫様と結婚することにしました!~』じゃないか!
改めて方向性変わり過ぎだな!
──っていうか!
「な、なな! なんでそれを月江さんが!?」
ほんとに! なんで!?
だって私の作家業を知ってるのは家族と学校の教師くらい!
中学は学校にあまり行ってないので自慢できる友人もいない!
ペンネームは本名とは分けてるし、顔出しも今まで一切してこなかった!
「それは、ですね」
私の質問に、月江さんは二冊の本で口元を隠しながら上目遣いで私を見る。
「好き……だからです」
「あの、それだとあまり分からないのですが!」
「そ、そうですよね……! えっと、かなり前ですがファンレターを送らせて頂いたんです。そしたらお返事を頂けて……」
ファンレターの返信の手紙……。
あ、確かに以前、一回だけ書いたことがある。
熱心なファンレターを貰ったのが嬉しくて勢いで手書きの返信したんだっけ。
でも、それだけじゃ私だって特定できるとは思えないし……。
「ある日、来栖さんが日直日誌に書いていた文字を見て、見たことあるなって思ったんです。そして私はその時のファンレターへの返信と見比べてみました」
「日直日誌!?」
「文字筆が一緒だなって。特に『い・す・な・ら』の癖が全く一緒で」
なんという観察眼。
観察眼とかそういう話でもない気はするけど!
「なるほど……?」
「はい。来栖さんの描く、繊細な心理描写。特に、ままならない感情に揺れ動く少女たちの姿、等身大の感情の発露の描写に、いつも救われてます。来栖さんは私の憧れです」
「救われてるなんて大げさな……」
「ほんとです。ほんとに、ほんとです」
月江さんの目は至って真剣だった。
「……ありがと、月江さん」
いきなりのこと過ぎて心が追い付いていない。
でも目の前の月江さんは、確かに私の本を持っていた。
ファンに直接会うのなんて、多分これが初めてで。
やばい。今私、すごい嬉しいかも。
「はい。だから──」
月江さんは一つ息を吸う。
「だから私は、あなたが好きです」
胸が高鳴っている。
心臓の位置が分かる。
「えと……嬉しい、です。すごく、嬉しい」
私は噛みしめるように口にする。
これは……本当に告白だった。
本当に月江さんは、私のことが好きだった。
けど告白されたってことは。つまり返事をしなければならないということで。
月江さんも私の返事を待っているはず。だから早く、答えをだすべきだ。
答えを渋って後回しにすることはダメだって、私は知っている。
でも、なんて言おう。
嬉しいのは本心で、出来るだけ彼女の気持ちに応えたいって思ってる。けど……ここで彼女の告白に頷いても、私がうまくやれる自信なんて一ミリも無かった。
だから──。
「けど、ごめんね。私、月江さんとは付き合えない」
これでいい。
途端、静寂が訪れる。
風が吹き抜け、木々のざわめく音がやけに大きく聞こえた。
私は恐る恐ると月江さんの反応をうかがう。
彼女はぽかんと口を開け、フリーズしていた。
やがて焦点が私に合うと、その顔を耳まで真っ赤にさせる。
あれ? なんか思ってた反応と違うような……。
「あ、いや。え。ま、待ってください……!」
月江さんの小さな手がワタワタと空を切る。
「あの……告白、じゃ。なくて。告白ではあるんですけど。すごい好きなんですけど」
え?
あれ……?
「私……そういう意味で、言ったんじゃ……!」
あ────!?
あ──────!!
あ────────!!(言葉にならない)
「え──────!」
勘違いしてた……!
いや普通に考えればそうだよね!
こんな可愛くて素敵なお嬢様女子が、私を恋愛的な意味で好きな訳ない!
何がすまし顔で「私、月江さんとは付き合えない」だ! 恥ずかしい! 漫画の読みすぎだろ、この脳内百合畑! わーこれから何年後もふとした拍子でこのことを思い返してベッドの上で軽く叫びながら悶々としてしまうんだろうなぁ……! トラウマフォルダに一つ新しいのが追加される瞬間を目の当たりにしてつらい……!
「ごめん! うわぁごめん。うわぁ~~ごめん!」
穴があったら入りたい……!
いっそのこと今から掘ろう。そうしよう。
校舎裏ならきっとばれないから──!
「お、落ち着いてください……! 地面を掘ろうとしないで……!」
「ご……ごめんなさい」
「いえ、私こそややこしい言い方になってましたよね」
二人して顔を真っ赤にして、お互いにぺこぺこと頭を下げ合う。
ひとしきり頭を下げ合ったのち、月江さんは一度大きく深呼吸をした。
その真っ赤な顔のまま、それでも真剣な眼差しで私を見てくる。
「と、ともかく! 私はあなたのファンってことを伝えたかったんです」
「うん、ありがとう。ほ、ほんとに! ありがとう!」
「こちらこそ、急に呼び出してすみません。それでは。新作も、楽しみにしてますから」
彼女は丁寧に一礼すると、本をしまい踵を返して歩き出した。
用件は済んだ。彼女は私に想いを伝えてくれた。
明日からはまた、お互いただのクラスメイトに戻る。
これで終わり。これで満足だった、はずなのに。
私は──。
「あの!」
なぜか呼び止めていた。
月江さんが不思議そうな顔で振り返る。
わずかに差し込む夕日が、彼女の眼鏡の縁をキラリと光らせた。
呼び止める理由なんて無い。強いて言えば、彼女が口にした新作という言葉が、胸に引っかかってしまったからかもしれなかった。
「新作、は。もしかしたら遅くなるかもしれない、です」
「そうなんですか? 学生さんですもんね。いつまでも待ちますよ」
「そ、そうじゃなくて。私今、スランプ中で、全然書ける気がしてなくて……」
「スランプ? ですか?」
月江さんが不思議そうな顔で首を傾げる。
私はどこまで話そうかと思いながら。
もういいやと思って、喉奥に詰まってた言葉を吐き出す。
「う、うん。今書いてるのが、現代を舞台にした女性同士の恋愛がメインのエンタメ小説でね。舞台は普通の高校。ヒロインは月江さんみたいな可愛いお嬢様。で、少しだけ世間知らず。そんな子が、恋に落ちて乱れていくっていう方向性、なんだけど……」
私が急に始めた説明に、彼女は驚くでもなく真剣な表情で傾聴する。
「でも私、説得力のあるリアルな描写ができなくて」
私は、一体どうしてこんなこと言ってしまっているんだろう。
「私が書きたい話なのかも分からない。大筋が見えても、中身がすかすかで」
握りしめていた拳に力が入る。
「それは多分、今の私がこんな陰キャだからで……。もっと私もキラキラなJKだったら、ネタ集めも簡単だったんだろうって、ずっと思ってて。だから全く書けなくて、新作を出せなかったらごめん、っていうか……」
ははは、と乾いた笑いを出しながら頬を掻く。
聞かれても無いこと、急に語って私は何がしたいんだ。
こんな話をしたって、きっと月江さんを困らせるだけなのに。
でも。作家の話なんて、相談できる親しい人間はいない。
だから、佐倉わかに好感を持ってる彼女に聞いて貰いたかったのかもしれない。
「急にごめん。幻滅した、よね。月江さんが憧れた私が、こんな人間で」
私は普通の女子高生──というにはやはり交友関係が少なかった。
帰りに寄り道もしなければ、休日に出かけたりもない。
勉強が特に出来るわけでもなければ、スポーツ万能というわけでもない。
ときめくような恋愛経験も無いし、気になる人だって今まで出来たことなかった。
私の人生は、創作の糧になってくれるようなドラマチックなものじゃない。
「来栖さん」
名前を呼ばれる。
私は地面の小石をつつきながら、わずかに映る三つ編みを辿ってその顔を見上げた。
「えっと。あはは……ほんとに根暗ですね。何に謝ってるかもよくわからないです」
苦笑いを返された!
視線も逸らされた!
ほんとに根暗でごめん!
次はなんて言われるんだ!
「ご、ごめ──」
「でも。私が憧れたのはあなたです。幻滅なんて、しないです」
間髪入れずに月江さんは言う。
凛とした声に、心臓が触れられたようにとくんと動いた。
「来栖さん。端的に言えば、新作のネタが浮かばないんですね」
追い打ちをかけるように、彼女が一歩、私に近付いてくる。
「う、うん。えっと……月江さん?」
「私みたいな女の子がヒロイン、なんですよね」
眼鏡越しの瞳には先ほどまでの恥じらいは無い。
代わりに、どこか強い光が宿っているように見えた。
月江さんはそっと手を伸ばして、私の手をとる。
「じゃあ──」
目に潤みを纏いながら。
私の手をぎゅっと握った。
「私を、あなたの小説のネタにしてくれませんか?」




