第11話 放課後の打ち合わせ
作家が経験したことしか書けないというのは言い過ぎにしろ、経験したことの方が書きやすいというのも事実……。だから小説には小説家のキャラが出てきやすいし、漫画の場合も然りといえる。つまるところ、デート経験が無い私はもちろんデートをしていた方がいいということになるし。でも今更だけど、私なんかにその役目が務まるのかなとも思い始めてしまった! 誘ったのは私なのに!
「来栖さん? どうかしました? ぼーっとしてますよ?」
放課後の教室。
夕焼けが差し込み始めた窓際で、月江さんが不思議そうに小首を傾げていた。
「あ、ごめん。水族館の話ね。えっとどこまでしてたっけ?」
「待ち合わせの時間です。駅前のロータリーに十時でどうですか?」
「う、うん。それで大丈夫!」
行先は県内唯一の水族館のマリン水族館。
地元民には定番のおでかけスポットだ。
「すごい楽しみです。水族館なんていつぶりでしょう……!」
月江さんは嬉しそうに目を細める。
私も正直、緊張しつつも結構わくわくしていた。
たしか最後に水族館に行ったのは、小学生の遠足だったかな?
少し前にリニューアルもあったらしいし、新鮮な気持ちで楽しめそう。
「あ、そうだ!」
と。ある程度、話も纏め終わったところで月江さんは閃いたような声を出した。
「ん? どうしたの?」
「えっと、当日もし電車が遅れたりした時のために……」
そのままスマホに顔の半分を隠すようにして、控えめに問うてくる。
「連絡先、交換したいです」
「あ、うん! いいよ! あでも待って、月江さんの家ってLINEってできるんだっけ? そういうの厳しいんじゃない?」
「今回のはあくまで生物学調査の業務連絡なので大丈夫です! さ、交換しましょう!」
若干鼻息が荒い月江さんに、私は慌ててカバンからスマホを引っ張り出す。
QRコードを表示させると、彼女が慣れない手つきでそれを読み取った。
『ピロン』という子気味好い電子音が、教室内によく響く。
「追加できました! なにか送りますね!」
すぐに私の画面に、可愛らしい猫のスタンプが表示される。
『月江梓』という名前が、私の友達リストの一番上に加わった。
たったこれだけのやり取りなのに、なんだか特別な糸で繋がったような気持ちになる。
「ありがとうございます、来栖さん。ふふ、なんだか先生と繋がるなんて、担当編集さんになった気分です!」
「あ、あはは。お手柔らかに……担当さん……」
「はい!」
そう言って月江さんがはにかんだ、その時だった。
「梓さーん! まだー? 一緒帰ろーよー」
廊下からよく通る明るい声がした。
教室の入り口には、クラスの派手めグループの女子が三人こちらを覗き込んでいる。
月江さんにいつも親しくしている人たちだ。
どうやら今日は、あの人たちと帰る予定らしい。
「あ、ごめんなさい! 今、いきます!」
月江さんは私に向き直ると、申し訳なさそうに眉を下げた。
「すみません。待たせているみたいで……。今日はこれで!」
「う、うん。大丈夫。引き止めちゃってごめんね」
「いえ! では日曜日の十時ですね! またご連絡します!」
月江さんはカバンを持つと、花が開くような笑顔を残して駆けだしていった。
入口で友達と合流した瞬間、賑やかな声に包まれている。彼女はあっという間に、私のファンの女の子から、クラスの人気者としての顔に戻ってしまった。
私と月江さんは所詮、ファンと作家の関係。
月江さんはそれ以上ともそれ以下とも思っていないんだろうな……。
友達だって思ってるのも、もしかしたら私の一方的な思いだったりして……。
「んー……」
考えるほど、思考はぐるぐると着地点を見失う。
まぁいいや! ともかく今度の水族館デートは、作家として完璧に取材しよう!
と、今はそんな結論に落ち着くことにした。




