第9話 女の子とのお昼ご飯の描写編(2)
「だめじゃないけど……」
周囲を確認する。
あーん。あーんか……。
中庭には私たちの他に数人の生徒がいるけれど、距離は離れている。
みんなお喋りやスマホに夢中なので、見られることはない、はず。
「誰も見てません。だから、いいですよね?」
月江さんが、ぐいっと距離を詰めてくる。
ち、ちかい。距離感おかしいのは私じゃなくて月江さんなのでは!
ともかく取材ね! たしかにあーんの描写は、作家として武器になるはず!
「う、うん分かった。じゃあ、どれがいい?」
自分を納得させてお弁当箱を差し出す。
と、月江さんは「えっと」とタコさんウィンナーを指さした。
「この可愛いのがいいです」
「タコさんウィンナーね。食べたこと無いの?」
「いえ。ですが最後に口にしたのは幼稚園児の頃だったので」
まぁ確かに高校生の弁当にタコさんウィンナーがある方が珍しいか……。
そう思いながら、私は箸でウィンナーを摘まむ。
「…………じゃあ、いくよ」
私はごくりと喉を鳴らして、それを持ちあげる。
月江さんは待ってましたとばかりに、桜色の唇を小さく開いた。
「はい、あーん」
「……あ、あーん」
ぱくり。もぐもぐ。
月江さんが私の箸ごとウィンナーを咥えた。
箸先に彼女の柔らかい唇の感触が伝わってくる気がする。
「ん……むぐ……」
彼女は口元を手で隠し、上品に咀嚼する。
そして、ごくんと飲み込むと、ほうっと幸せそうな息を吐いた。
「おいしいです……!」
「よかった。無難においしいよね」
「ふふ。では次は私が! 私のおすすめを差し上げます!」
と、月江さんは自分の弁当から黄金色の卵焼きを切り分けた。
そして、それを私の口元へと運んでくる。
「はい、あーん」
キラキラした瞳で見つめられる。
私は緊張しながらも、口を開いた。
「……あむ」
おぉ。上品な出汁の香りが口いっぱいに広がる。
めちゃくちゃおいしい。料亭の味だ。
でもそれ以上に──。
──これ、月江さんが使ってる箸、だよね……。
咀嚼しながら、遅れてやってきた事実に顔がカッと熱くなる。
これっていわゆる、間接キスというやつではないだろうか!
友達同士なら普通の行為なのかもしれないけど……!
でも昨日の手繋ぎがあった後だと、意識するなという方が無理だ!
しかも相手がこの超美少女なわけだし!
「ど、どうですか?」
「……おいしい。すごく」
「よかったです! ふふ、これが『あーん』……。なるほど、胸の奥がくすぐったくなりますね! 所有欲が満たされる感じです!」
月江さんは「ふむふむ」と真面目な顔で頷いている。
所有欲って、なんか語彙も怖い……!
「あ、あはは……」
私は乾いた笑いを出しながら、動悸を鎮めようとお茶をすする。
と、その時、月江さんが何かに気付いたように「あ」と声を出した。
「ん? なーに?」
月江さんの顔が不意に近づく。
整った顔立ちが視界いっぱいに広がった。
彼女の視線は、私の口元に注がれている。
「ついてますよ」
「……え?」
言うが早いか、彼女の親指が伸びてきた。
その指先が、私の唇の端をぬぐう。
「──!?」
ひやりとした指の感触。
彼女は私の唇についたタレを拭い取ると、くしゃっと微笑んだ。
「お弁当に夢中だったんですね」
「い、いや今のは自分でとれたし!」
「ふふ。こういうのも、小説にはよくあるシチュエーションですよね?」
「た、たしかにそうだけど!」
そう言って、彼女は汚れた指先をティッシュで優雅に拭った。
その一連の動作があまりにも自然で、そして妙に艶めかしくて私は完全にフリーズしてしまった……! 黙ったまま、月江さんの顔に目を固定されてしまう。
「……来栖さん、顔赤いですよ?」
「あ、暑いだけ。最近夏が近付いて来てるもんね……!!」
「ふふ。それは照れ隠し、というやつですね。可愛いです。それもよくある──」
「もういや! なんで私が主導権握られてる感じなの!?」
私はたまらず叫んだ。
月江さんってこんな子なの!?
清楚でおしとやかだと思ってたのに、天然のタラシ属性持ちだったなんて!
こ、これは取材だ! されてばかりが取材じゃない!
このまま負けっぱなしじゃダメ!
作家としての意地を見せなきゃ!
「つ、月江さんの方が、可愛い、よ……!」
私は精一杯の反撃を試みた。
けれど、月江さんはキョトンとして首を傾げる。
「え?」
「だ、だから! 月江さんのほうが可愛いって言ったの!」
……あれ、反応が薄い。
当たり前のことを言われ過ぎて『私はそりゃ当たり前に可愛いけどそれがなんだ?』ってなっているのかな! と、そう思ってたんだけど──。
「ありがとうございます、来栖さん」
月江さんは花が咲くような、気持ちのよい満面の笑みを浮かべた。
「来栖さんにそう言っていただけて、とても光栄です」
「え、あ……う、うん……!」
ま、眩しい……!
照れるでもなく驕るでもなく、与えた好意を純粋に受け止めるなんて。
ひねくれた考え方していた私が、恥ずかしくなってしまった。




